Original Tales 「息子よ」(2)



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 時に、西暦2203年、3月。

 かつては酷く枯渇していた海の水が、恐るべき猛威となって宇宙から襲いかかる。その中を、ヤマトが進んで行った。大気圏を突き刺すかのように降り注ぐ、怒濤のような滝飛沫、容赦なく都市を飲み込む巨大津波……衛星のサテライトカメラから入る通信画像は劣悪を極めた。だが、月のほど近くの宙域で…地球人類最後の希望が光芒と共に…水惑星を沈静化した。その一部始終は逐一、地下都市内の地球防衛軍作戦本部の大型モニターに転送され続けた。

「ヤマトが…またしても地球を救った…」
 藤堂平九郎のその呟きは、作戦本部内に巻き起こった歓声の嵐に掻き消される。移住用の艦艇には乗らず、ヤマトの戦士たちの闘いをずっと見守って来たクルーの家族の何人かが、この作戦指令本部にやって来ていた。
 森雪の父母が、抱き合って涙を流している。そのそばで、モニタをじっと見上げて両手を握りしめている高齢の夫人は、藤堂の孫娘と結婚した相原の母だ。島大介の父母と、弟と思しき少年もいた。南部重工業の名誉会長、そしてその夫人の顔も見える。小学生の女の子が、大人たちの歓声や涙に面食らい、両親へしきりに問い掛けていた…
「太助おじさんは?おじさんは勝ったの?それとも死んじゃったの?」
 大人たちが泣いているものだから、そんな質問が少女の口をつくのももっともだ。 
 藤堂は自分も泣き出したいのを堪えつつ、徳川太助の兄一家に声をかけた。
「…間もなく通信が回復するはずです。防空駆逐艦<冬月>で彼らはあの宙域を離れました。追って乗組員の安否もすぐに明らかになるでしょう」
 そう言っているそばから、通信士が顔を綻ばせて報告した。
「長官!!冬月の水谷艦長から入電です!!」
「おお……」

 無数にノイズを作り出す、原色の走査線と共に。冬月艦長水谷、ヤマト副長真田志郎、そして戦闘班長、古代進の姿がメインモニタに投影される。
「古代…!真田君!」
 胸の前で拳を握りしめ敬礼する彼らの姿に、無事だったか、と声が漏れる。
「…よくあの水柱の中央までヤマトを持って行けたな。君たちの技術と智慧、そして何より…その勇気に、心から…感謝する…!!」
<…長官>
 だがしかし、ノイズと共に映し出された古代進の表情はなぜか沈んで見えた。 無理もない…再び多くの犠牲が出たのだろう。残念なことであるが、戦場にあっては犠牲は付き物だ。藤堂は古代の肩を叩いて直に慰めてやれないことを歯がゆく思いながら、深く頷いた。


「沖田君は…無事か」
 一瞬、眉間に苦悩を走らせた古代の様子に、まさか、という思いが藤堂の脳裏を過る……
 妙な間があった。古代をちらと見下ろした真田が先んじて口火を切る。
<……長官、ご報告いたします。ヤマトは艦内に重水を積載し、アクエリアスの水柱中央にて波動砲エジェクターを使用、地球標準時間午前6時12分、自爆。以てアクエリアス沈静に成功しました。これより、宇宙戦艦ヤマト乗組員生存者は防空駆逐艦冬月にて、帰還の途につきます>
「自爆……」
 家族の中から、悲痛な声もあがる…地球が救われたとは言え。あのヤマトが…自爆とは。何と大きな代償なのだろう……
 二人の傍らに立つ水谷艦長が、改めて古代を見やる。真田の報告に、古代も異論はないようだった。続いて古代が報告を引き継ぐかに思えたが、またしても妙な沈黙。真田が意を決したように古代を促す。それに応え…艦長代理は酷く苦しそうに言葉を継いだ。
<藤堂長官。沖田艦長は…ご立派な最後を遂げられました。…ご遺体は、戻りません。艦長は…ヤマトと共にアクエリアスの海に自沈されました>
「なんだと」
 藤堂と同様に、南部の両親、森雪の両親が思わず声を漏らす。
「…詳細を報告したまえ」一体どう言うことだ。
 言い淀む古代に代わり、再び淡々と一部始終を話す真田。水谷が思わずうなだれる。艦長代理はその間、口を一文字に切り結んだままであった。


 島の父康祐は、痛々しい表情で沈黙する息子の親友を、心底労いたい気持ちでまじまじと見つめた。同時に幾許かの胸さわぎが肩口をかすめて通り過ぎる…副長と、艦長代理。もう一人の副長はどうした……?
「あなた…大介は無事なのかしら」
「ああ。順に報告があるさ。…心配ない」
 死傷者自体は少ないと、少し前の通信では報告されていた。生存者19名、などという過去の戦闘に較べたら、ずっと心安らかでいられたのだ。不安に震える妻小枝子の肩を抱き、いつの間にかそばに寄り添って来た次男の腕を、康祐はしっかりと掴んだ。
「義一は。義一は無事なんでしょうか」相原の母が、義理の娘の祖父に向かって懇願するように問う。藤堂の後ろにいた晶子がいつのまにか相原の母の横におり、その小さな老母の肩を優しく抱いていた。

 地球市民は、ほとんどが避難用艦船に乗り込み、地球外の基地やコロニーへ避難しようとしていた。だが、無残にもその多くがディンギル星人の攻撃を受け、壊滅している。ここに招致されてやってきたヤマトクルーの家族は、今まさに死闘を繰り広げている息子、娘たちを置いて自分たちだけ避難は出来ないと決意し、最後まで地下都市に止まって戦況を見守っていた者たちだった。
 おもむろに古代が口を開く。
 島康祐は、その直前に古代進の瞳が一瞬だけはっきりと、自分の視線を捕えたと思った。
<…死亡者の数は、先に報告した通りです。ですが…沖田艦長と同様、遺体はすべて…戻りません。負傷者の搬送だけで…ぎりぎりでした…>
 次いで、申し訳ありませんッ!と深く頭を下げた古代の背に、水谷がそっと手を置くのが見える。


 申し訳ない。


 古代からも、本部に集まった乗組員の家族らが小さくモニタに映って見えるのだ。藤堂にではない…家族たちへの、謝罪である——
 防衛軍作戦本部の後部ドアから、取材のストロボが無数に光るのに気付き、次郎が振り返った。
「お父さん、テレビが来てる」
 テレビなんて、映るんだろうか。…そんな懸念は、闘いが終わった途端に不要なものになったようだ。ドアのところで警備兵と取材の記者連中とが押し合いになり……怒声が聞こえる。
「生存者の発表を!艦長が戦死したってのは、本当ですか!!」
 後に正式な政府発表があるから不確かな情報を流してくれるなと記者たちに釘を刺しつつ、藤堂は古代を促した。
 ——だが古代が読み上げたのは、生存者よりもずっと少ない、負傷者と死亡者の氏名だった。

「…副長、島大介。…艦長。沖田十三。……死亡者は以上です」
 ストロボが花火のように光る。



 島康祐は耳を疑った。息子の名前が、古代の口から出た、と思った。妻小枝子が、同様に思ったのか不安げな顔のまま、康祐を見上げる。ふいに、次郎が父の手を振り切ってメインモニタへと踏み出した…

「古代さん、…兄さんは」

 画面の中の古代が、次郎を見た。
 ——康祐は…その後のことを、…覚えていられなかった。

 

 

 

 

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