プラネッツ・エンカウンター2209(13)



**********************************************

 

「結局、島少佐の一人勝ちか…」


 巡洋戦艦<アルテミス>第一艦橋で、兵藤美咲が呟いた。

 彼女らの任務はすでに、通常の太陽系外周警備航海に戻っていた。アルテミスは再び、5隻の僚艦と共に冥王星周回軌道の外側…星の密度の低い、飲み込まれるような漆黒の闇を背に悠然と航行を続けている。

「…メリッサ航海長は狂喜乱舞してるけどね、…無人艦隊大勝利!でさ…」
 そう言って、兵藤は中央メイン操舵席で鼻歌まじりに操縦桿を握っているメリッサ航海長の後ろ頭をこっそり指差した。
 メリッサってば、いっそのこと無人艦隊へ就職すりゃいいのに。掃除婦でもなんでもやりそうだよね…島少佐のそばでならさ。
「ぶっははは…」
 兵藤の言い草に、カナデも吹き出した。



 今年度の<プラネッツ・エンカウンター2209>は、結局…、仮想敵軍全滅、地球艦隊残数6、そして無傷で残ったのが無人機動艦隊35隻。地球艦隊…いや、無人機動艦隊の圧倒的勝利に終った。リモコンの後方支援艦隊に、あんなにあっけなく進藤准将の仮想敵軍本隊がやられるとはねえ。

「…でも、鮮やかな動きだったわ。…悔しいけど、とても有人艦にはできない芸当よ。反転も、上昇も…降下も、それをコントロールする技量も…」副長の富樫が参った、という顔で苦笑している。「敗因は一重に、それを侮ったことにあるわ。次年度はそうはいかないんだから…!」
 富樫の目標が早くも次の演習に定められているのを知って、風渡野が艦長席で笑っていた。
「でも、ああいう闘い方の出来る艦隊は、今後絶対に必要ね。…味方の盾になって散る、というのは…後世、美談として語られるし、故郷に銅像が建ったりもするけど、あたしたち、……そんなの嫌だもの」

 そんな死に方して、英雄、なんて言われたくない。
 生き抜いてこその、勝利よ。

 富樫の言葉に、第一艦橋のメンバー全員が頷く。


「でも…それって、あたしたちが女だからそう思えるのかもしれないね」
 通信補佐の如月がぼそりと呟いた。「男の人って、そうじゃないでしょ。…私の父親、男だったら玉砕が本望、って言ってたもん…」——残されたママが、泣いてるのを知ってたのは…私だけだった。その父さんもママも、もう…死んじゃったけど。
「あんたのお父さんには悪いけど」
 レジーナが如月に向かって慈愛に満ちたウインクをしつつ、言葉を挟む。「男って、…莫迦だから」
 ——玉砕がカッコいい、って本気で思ってるのよ。

「…ね?そうですよね、艦長」
「え?…ええっ?!」
 急に話を振られ、風渡野は面食らう。なんだって「男は莫迦だ」っていう局面で、話を私に振るんだね……!?
「だって、艦長がここで黒一点、だからでしょ」
 カナデがにやにやしつつ、そう言い放った。

 まったく。
 …このじゃじゃ馬娘たちめ。私に一体、なんと言って欲しいんだね?
 苦笑しつつ、心に思うことを、風渡野は言葉に乗せた——



「君たちは、私が出会った中でもとびきりの戦士たちだ。それはな。生きることの…いや、生き延びることの重要さを知っているからだよ。君たちは、命を生み出すことができる。無駄に生まれた命なんか、この世には一つもない…女性の君たちだからこそ、それが分かるだろう?」

 私の母親は、私を産む時に酷い難産だったそうだ。命を賭けて、私を産み落とした。この23世紀の医学を持ってしても、人が命を産み出す時は命懸けだ。
「戦いは…その無償の行為、絶対的な愛情の体現を一瞬にして奪う。玉砕、英霊?そんなものは糞食らえだ。母の命を賭けた闘い…、その無私の愛情に較べたら、そんなものは屑だよ」
 風渡野の声に僅かばかりの苦渋を聞き取り、皆、一瞬しんとする。
「なんだ?神妙になるな。…要は、私が言いたいのは、だな」

 人生訓を語り出すといつでもからかい出すはずの彼女たちが、いつになく真面目な顔で黙り込んでしまったのを見て、風渡野はふふ、と苦笑を漏らした。
「生きるために智恵を絞れ。死ぬために戦いに赴くな。君たちになら、それが出来る……バカな男たちと違って、な」
 富樫が、こくり、と深く頷いた。
 立川、兵藤、如月。そして、レジーナ、カナデ、メリッサも…嬉しそうに答える……

「はい、艦長!」

 

 




「艦長の…さっきの言葉、司さんにも聞かせたかったですわ…」
 アルテミスの艦長室に、富樫が銀盆を携えてやって来ていた。
 デスクの傍らにある小さなテーブルに、盆から紅茶のカップをそっと置く。
「…ありがとう、富樫君」会釈しつつ、風渡野は答えた。「……クルーのご機嫌取りが上手ですね、とは言わないのかね?」
「ええ。…今日のところは」
 ふふふ、と切れ長一重の瞳が微笑む。

「司さん…、カリストに到着した頃ですね」
「ああ。カリストから、次期に地球へ向かって出発することになるだろう。…7月に発動する特殊輸送任務に、司を推薦しておいたからな」
「特殊任務…?」


 艦長室の天窓からは、無限に広がる漆黒の宇宙が覆い被さるように見えている。目を据えていると、飲み込まれてしまいそうになる…悠久の深淵。
 その淵を眺めながら。風渡野はふふ、とまた笑みを漏らした。
「……カリスト基地司令の推薦状が必要なのだそうだが、面倒だから推薦状を代筆してくれ、と司令に言われてな…。今回の演習での代打の操舵を、褒めちぎっておいたよ」
「そうですか」うふふ。ご苦労様です。

 司さん。……彼女、確かに変わってる子でしたよね。
 あんなに成績優秀で、実績もあるのに…妙に頼りな気で。でも、いざという時の操舵の腕には、正直私も…驚きましたわ。
「それにしても…所属基地司令の推薦状が必要だなんて、どんな任務なんですか?」
 富樫がふと怪訝そうに訊く。
「……さあな」

 ——あの島大介の片腕として、あいつは役に立ちそうだ。
 そう思ったことは、口には出さなかった…藤堂平九郎から概要は聞いたが、司が携わることになる例の任務は、「護りの操舵」を極めた彼らにこそ、担って欲しい……

 



「さあ、この先はまた難所続きだ。君の紅茶を頂いたら、ブリッヂに戻るとしようか…」
「はい、艦長…」
 微笑む副長の笑顔と同じくらい甘い、お気に入りのミルクティーを啜りながら。
 風渡野はまた、吸い込まれるような宇宙の闇に柔和な視線を戻した——。

 




 西暦2209年、2月。
 <プラネッツ・エンカウンター2209>は何人もの戦士たちの運命を変えた……

 誰もそれとは知らぬうちに。
                         

 

                               <了>

***************************************

 

あとがき