プラネッツ・エンカウンター2209(12)



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「…当たれえぇっ!!」戦線を離脱した<アルテミス>の第一艦橋で、カナデが叫んだ。

 脱落コールサインを出し、彼女たちの<アルテミス>は戦域からは離れつつあるが、メインスクリーンには戦況をずっと捉えているのである。


 地球艦隊のボストリコフ総司令が、島少佐に地球艦隊の指揮権を委譲した。その直後、信じられないようなスピードで無人機動艦隊は布陣を新たにした。傷ついた残存地球艦隊8隻を後退させ、背後に守るかのように散開し、瞬く間に主砲攻撃を開始したのだ。
 対する進藤准将の仮想敵軍もほぼ同刻に主砲攻撃に移った。
 真っ向から相対しての、ショックカノンの撃ち合いだ……



「兵藤、立川、判定はどうだ!!」
 弾道が伸びる先に目を凝らし、風渡野も叫んだ。仮想敵軍本隊は33隻、地球艦隊は捕捉可能な総数、40隻あまり。だが、そのうち満身創痍の地球艦隊の残存勢力は応戦に加わるだけの余力はない。つまり、双方ほぼ同数での撃ち合いということになる……

 ——その刹那。

「艦長!壁が……!」
 富樫と兵藤が信じられない、といった顔で引きつるように叫んだ。
「壁!?」

 仮想敵軍の放った眩いばかりのショックカノンの弾道が、宇宙空間に突如現れた黒い無数の壁に次々と弾着し、着弾を示すイルミネーターが照射されたのだ。ほぼ全弾が、その「壁」のようなものに当り、遮断されて行った。
「なんだ…あれは…!?」
 レーダーを睨みつけていた兵藤が息を飲む。
「艦長、……あれは、ステルス艦隊です…!!」
「なにィ…?!」
 7隻のステルス艦が、仮想敵軍本隊と地球艦隊の間に縦列散開しています!!
「な……」
「そんなバカな戦法ってあり!?」
 自分の艦隊、盾にしたっていうの……?!

 やられた…——
 進藤、逃げろ…!!

 風渡野の丹田から後頭部にかけて、締め上げるような戦慄が走った。艦長だけでなく……第一艦橋の全員が、頭上のスクリーンパネルに映る
信じ難い光景に言葉を失っていた。



 仮想敵軍と地球艦隊との中間ポイントに現れたステルス艦隊の縦列に弾着し、ほとんどの主砲弾道がそこで途切れる。ほんの十数秒、発射の遅かった無人機動艦隊28隻が密集体型のまま放ったショックカノンの光の束が、素早く沈降したステルス艦隊の上部をかすめ、仮想敵軍に向かって伸びて行き——。

 着弾…!

 旗艦ラグナロク、被弾。サラトガ、青龍、ブルーノア…すべて、全艦の被弾率、90を超えます……
 仮想敵軍…25隻が撃沈…!




「……何たる戦法だ」
 勝敗は、ついたも同然だった。尚かつ残存艦にたたみ掛けるような砲撃を加え続ける無人機動艦隊に、防衛軍作戦司令室に集う者たちは言葉もなかった。

 恐れ入った…といった表情で、大統領が額に手を当て…大きな溜め息を吐いた。意表を突かれていた他の閣僚たちも、次第に血の気が戻って来たようだ。

「…まさか、僚艦を盾にして…相手の弾道を遮るとは」
 もちろん…これは演習である。実際には何の被害も損害も出ていないのだが、それにしても……なんということを。
「……無人の船を…侮っていましたな……我々は」
 いや、総司令ボストリコフ中将も、進藤准将も。
(そして…私もだ。……島)
 藤堂は笑い出したいのを寸でのところで堪えつつ、他の皆と同様、頭を振っている自分に気付く。
 まさかの采配である。
 内部に乗組員がいる有人艦であれば、絶対に選択し得ない戦法だ。同胞の乗り組む船を盾にするなど、これは例えば冷酷無比な異星人ならやりかねんことだが……
 そう考えて、藤堂ははたと気付く。

 島……君は。
 侵略者の非情な戦法にも躊躇せず相対することが出来るようにと?

(侵略宇宙人たちの冷酷非道な戦法に、我々は何度煮え湯を飲まされて来ただろう?臣下や肉親の命すら盾にする異星人の攻撃に躊躇いなく立ち向かうために、我々も僚艦を犠牲にすることすら選択肢に入れなくてはならなかった……)
 藤堂の脳裏に浮かんだ、幾多の悲劇。自艦を生きた盾としてヤマトを護り、宇宙の塵となって消えて行った無数の艦艇。その中に乗務していた、数百、数千の宇宙戦士たち。爆発の光芒と硝煙の中に消えて行った、彼らの生命………

 例え地球が存続し続けるためであろうとも。あのような愚行を2度と繰り返すことのないように。
無人機動艦隊には、そうする力と可能性がある……と我々に知らしめるために…

 ——島、君は。

 

 



「あーあ、俺らのステルス艦隊、轟沈だぜ」
 笑いながらそう言った太助に、大越も苦笑の破顔で言い添える。「まったく…!実戦で艦をこんな使い方したら、大目玉ですよ…?隊長」
「一体幾ら防衛費割いてると思ってるんだ!!てめえら!って?」ま、怒鳴られるのは俺一人さ。
 島の飄々とした物言いに,太助も大越も思わず吹き出す——
 あはははは…!!
 火星基地、メリディアニ・ベースの無人機動艦隊CDCに、清々しい笑いが満ちあふれる。

 時を置かず、地球防衛軍地球作戦司令本部からの、地球連邦政府大統領の声明が全軍に発せられた。
<フタマルゴーロク、すべての作戦を終了する。プラネッツ・エンカウンター・オーバー。全軍に告ぐ。地球艦隊の勝利を持って、プラネッツ・エンカウンター2209をすべて、終了する——>

 やった…やったァ!

 総員が立ち上がって、手近なものを放り投げ。ひゃっほ〜〜!!歓声が上がる。時代が変わるぜ!!俺たちが変えるんだ……!!もうリモコン艦隊なんて言わせねえぞ!!

 コマンダー・ブースからその様子を見守りつつ、島も満面の笑顔で頷いた。
「…みんな、ご苦労だった。槙田、海江田。撃沈された15隻は残念だったが、飛躍的にコントロ—ルが良くなったな。梓、瀬尾。観測との平行作業、ありがとう。神部、新田。君たちもよく通信との平行作業をこなしてくれた。竹村、昇竜とガルダとの連携は期待以上だったぞ」
 最年少の槙田から、最年長の神部たちまで全員が、隊長の賛辞に顔を輝かせる。
「大越、そして…太助。ステルス隊の最後の機動は見事だった。皆、よく俺の指示に応えてついて来てくれた、感謝している…ありがとう!」
「島さんそんな、改まって…照れますよお」
 頬を紅潮させ、互いに肩を叩き合う仲間達。
 太助が赤くなって頭を掻くそばで、大越は感極まって目に涙。ちくしょう、これでやっと溜飲下がりましたね!!俺、ずっと隊長について行きますよ…ね、徳川先輩?!!鼻水垂らしながらひしと訴え…。



 数分後。
 防衛軍作戦司令部から火星基地無人機動艦隊CDCへ連絡を入れた藤堂平九郎は、この若者たちの輝くばかりの昂然とした顔に出迎えられた。

 出さなくともいい犠牲を極力出さぬ戦法を模索する、彼らの指揮隊長島大介の采配は、防衛軍作戦本部ならびに連邦政府閣僚らを心底感心させた。同時に、脱落した地球艦隊旗艦<タイコンデロガ>艦長・テオドール・ボストリコフ、また仮想敵軍総大将<ラグナロク>艦長・進藤宗吾両雄からも、健闘を祝福する伝令が入る。


 ——無人機動艦隊が、まさに地球人類の歴史をまた一歩、塗り変えた瞬間であった。

 

 

 

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