プラネッツ・エンカウンター2209(11)

 

************************************************

 

「うそっ…」
「回避しろ!」

 ……間に合いません!

 風渡野の背筋を、冷たいものが流れ落ちる。「通信回線を開け、ラグナロクを呼び出せ!!」
「駄目です、着弾……!回線が切断されます…!」
「くそおおお…っ!!!」

(進藤!やられた……!!無人機動艦隊は、3部隊に分かれて行動している!我々は罠にはまった……ステルス艦7隻が、単独で我々の背後にまわっていたんだ…!!)

 上昇を続けるアルテミス以下、戦闘巡洋艦、駆逐艦26隻は真後ろから無数のレーザー反応弾を浴び——


「進藤艦長!!第二陣がやられました!!」
 地球艦隊の波動砲の反撃に遭い、艦隊の中央を貫かれた後、体勢を立て直しつつある仮想敵軍本隊、ラグナロクの第一艦橋。
 ……進藤准将は通信士の怒鳴り声に唖然とした。

「何ぃ?そんな馬鹿な」
 どういうことだ!
「風渡野大佐のアルテミスだけが回避して無事ですが、残りは…25隻全部が脱落コールサインを出して戦線を離脱中です!地球艦隊を追撃する途中で、別働隊から奇襲をかけられたようです」
 通信士も信じられない、といった表情だ。観測も慌ててそれを確認している。…間違いないようだった。

 脱落した艦との交信は、原則として行なってはならない事になっている。撃沈された僚艦と現実に交信できないのと理屈は同じだ。何が起きたのか。風渡野のアルテミスが残ったのは僥倖、といえば言えるが…。
「アルテミスも被弾、ダメージは80を超えます。間もなく航行不能になるかと」航行不能になれば、脱落と見なされる。アルテミスとも交信は出来なくなる……
「風渡野を呼び出せ!何があったんだ…!!」
「アルテミス!こちらラグナロク!応答せよ…!!」
 通信士の必死の呼び掛けも虚しく。ややあって……観測からの報告が無情に響いた……
「アルテミス、航行不能…!」
 交信、回復ならず!
「風渡野…!!」応えない旧友の船。——進藤の悲痛な声は届かない—-。

 

 



「…仮想敵軍第二陣、完全に撃破しました」
 新田の声に、うむ、と島が頷いた。
「…くそお」槙田、海江田そして梓が、操っていた自艦の撃沈を目にして肩を落とす。
「いや、よくやった。あれは俺でもおそらく避けきれないだろう…だが戦いはこれからだ。気を抜くな」
 判定により撃墜された艦艇は、有人であろうと無人であろうと素早く脱落エリアへ導き出し、戦域を確保しなくてはならない。息をついている暇などないのだ。槙田、海江田、梓は島の激励に気を取り直し、再び半月状のキーボードに指を走らせ始める。
 
 実際、すれ違い様に激烈な砲撃戦を見せてくれた仮想敵軍第二陣は確かに敬意を表すべき手練だった。囮に選んだ<金剛>がすべて撃破されてしまったのは、槙田や海江田の経験の浅さだけが原因ではないだろう。第一、囮とは言え、15隻すべてがやられるとは島ですら思っていなかったのだ。しかも、その後…真後ろに先回りしていたステルス隊の砲撃を、一隻だけが艦を横倒しにして回避した。それが風渡野さんのアルテミスだった。
(ふふ、流石は風渡野教官せんせい。アマゾネス、の浮き名は伊達じゃない、と言うわけだ…)

 しかし、火星メリディアニ基地のCDCにはいまだ緊張が走っている…
援護要請は出ていないのに、またもや手出しをした形になるからだ。
「いいんですか、島隊長」
 大越が不安そうにそう問い掛けた。
 島はと言えば、しれっとした顔で腕組みをしたままである——
「待機せよ、しかし必要とあらば動け。そういう命令だからな。俺たちの進路上に現れた敵だ。迎撃しないわけにはいかないだろう。…タイコンデロガにはそう報告しておけ」
 引き続き、我が無人機動艦隊は指定待機ポイントへ向かい、全速で航行を続ける。
 誰からともなく、へへへっ…と笑いが漏れ。さざめき立つようにCDC内に広がった。
「ふふ…」「あはは…」


 
「……隊長、タイコンデロガから入電です!!」
 ——と、噂をすれば。
 今度こそ、神部の声が引きつった——
 
 白髪のいかつい中将の顔が、CDCのメインパネルに映し出される。

<…島少佐。ボストリコフだ>
「中将、ご無事でしたか…!波動砲攻撃、お見事でした!」島は機敏に返礼し、タイコンデロガの労をねぎらった。
<君も人が悪いな、少佐。…いや、君たちの実力、しかと見せてもらった>
「差し出がましい真似をして申し訳ありません。…指定の待機ポイントLH507への進路上で遭遇したものですから」
<…いや、かまわん。正式に援護要請を出そう。…と言いたいところだが>

 言い淀んだボストリコフの髭面に、太助がまたもや小声で文句を垂れた……(言いたいところだが、だと?この期に及んで…ったく!あくまでも俺たちには助けを求めないってか!!)
 それを聞きつけた大越が、横で肩をすくめて苦笑いする。

 パネルではボストリコフが顔を上げ。あらためて口火を切った…
<我がタイコンデロガはすでに全艦の94%が被弾している…交信不能になるのは時間の問題だ。援護要請を出すにも、私はその機を逸してしまった。この期に及んでは援護ではなく…、地球防衛艦隊の指揮権を、島少佐、君の無人機動艦隊に委譲したい>
 一瞬、CDC全体の呼吸が止まった。

 ……なんだって?

 太助がぽかんと口を開け。今にも文句を言いそうになっていた神部が開いていたその口をぎゅ、と閉じた——
「……光栄です、ボストリコフ中将」
 ただ一人、それに動じなかったのは島である。
「私の艦隊も15隻を失っていますが、残り35隻は健在です。残存する仮想敵軍の戦力は33、相対するにはちょうどいい数でしょう」
<引き受けてくれるか>
「任せてください、中将」

 ほんとかよ…?



 タイコンデロガとの交信は、数分後に途絶えた。…旗艦が、ダメージ100%を超え、脱落したのだ。
 島が、コマンダーブースから全員を見下ろした。その頬に、ゆっくりと笑みが広がる。

「総員、覚悟しろ。我々の無人機動艦隊が、地球防衛軍の最後の砦となった。最終防衛ラインをこれ以上後退させてはならない…!」
 全員が固唾を飲む。
 太助が額に汗を浮かべ…にやりとした。「…やろうぜ」
 神部が、大越がその声に頷いた。槙田も新田も海江田も。梓、瀬尾、そして竹村も、昂然と顔を上げる。


「地球防衛軍の残存艦隊はすでに10隻を割っている。彼らを護り、決戦に挑むぞ!!」

 


 



 日本自治州、メガロポリス・シティ・セントラルに位置する地球防衛軍作戦本部も、事の成り行きに騒然としていた。
「…ううむ、驚いた」
「風渡野大佐の分隊が奇襲攻撃に失敗するとは…」
「ボストリコフ中将が指揮権を島少佐に譲っただと?」

 無人艦隊が…地球を護ると言うのか。

 藤堂も、正直な処驚いていた。
 考えられる要因としては、アステロイドベルト内で一度、また小惑星帯を出たところで再度…風渡野の第二陣と島の無人機動艦隊が近接したことである。こちらのパネル上では両軍を表す光点が接近したのが見てとれるだけだったが、あれは島の念入りな作戦だったのではなかろうか。

(小惑星帯の中で島が風渡野君の第二陣に攻撃を続行せず、すぐに姿を眩ましたのも、その後に艦隊の姿だけ見せて逃げたのも……?)

 第二無人機動艦隊に所属するステルス艦7隻については風渡野君も承知していたはずだ。だが、明らかにその存在が彼の判断を狂わせた…
“ステルス艦であろうと、本隊と共に行動するようにしか操れない”。
…そう彼らは思い込んでしまったのではないだろうか。

 
 俯瞰して垣間見える、島の取った作戦とは、おそらくこうだ。
 第二無人機動艦隊22隻のうち、公式発表で伝えられる、コスモレーダーに反応しないステルス艦は7隻。島は、わざわざアステロイドベルトを出たところで、その7隻を含む第二艦隊22隻をアルテミスに捕捉させた。移動している限りステルス艦であれ赤外線探知レーダーには反応があるから、風渡野隊はそこで22隻が密集体型で移動しているのを一度確認したわけである。他方、月から向かって来る第一機動艦隊28隻が相手のレーダーにずっと継続して映っている……すなわちそれと別に15隻の艦影をコスモレーダーに捉えれば、「こちらが第二機動艦隊で、ステルス艦7隻も同じ位置にいるだろう」と相手は短絡に思い込む。
 巧妙な心理作戦である……ステルス艦隊が単独で作戦行動に出ているという可能性について考える余地を与えないのだ。現に、風渡野もすれ違い様に撃滅した15隻と共に、ステルス艦隊7隻も共に葬ったと勘違いした。

 だが、良く考えれば単純極まりないこの誤算の最大の原因は、無人機動艦隊を侮った事にある。傀儡、マリオネット。「所詮はリモコン艦隊、繊細な動作コントロールは不可能」だと、誰もが根拠無く思い込んでいた。
 さらに、無人機動艦隊の第一と第二が一瞬合流したのに再度分離したのは、この数字のトリックを継続するためなのだと考えれば、その一見無駄な動きにも説明がつく…。
 風渡野隊にやられた無人艦15隻は、おそらくコントロ—ラーの技量レベルに合わせて編成し直した「囮」なのだ。管制官の技術レベルも一律ではない…厳しい現実だが、風渡野隊とすれ違い様の砲撃戦で轟沈した15隻を操っていたのは、新人たちなのだろう。第一と第二を混成し、新たに編成し直した28隻とステルス艦隊7隻が、指揮隊長島大介の切札となる。彼はそれを…地球最終防衛ラインに据えようとしているのだ。


(いずれにせよ、…君はたいした男だ、…島)
 ヤマトでは副長として、古代に進言を繰り返して来た彼だ。常に二手三手、先を読んでいるとしてもまったく不思議ではない。むしろ今まで、私自身も……彼を侮ってはいなかっただろうか。
(沖田君。君の息子たちは…まさに地球にとってなくてはならない財産だ)
 藤堂の頬が、独りでに綻ぶ。



「…できるのかね」
 大統領が、心無しか頬に笑みを浮かべ、藤堂にそう訊ねた。——島少佐の無人機動艦隊は、あの仮想敵軍から地球を護れるのかね?
「彼なら…やるでしょう」
 藤堂も静かに笑みを浮かべた。彼の操るのは、此の度はヤマトではない。だが、歴代ヤマト艦長、そして古代進、真田志郎、さらに彼の僚友たちすべての技術を結集した成果が、あの無人機動艦隊なのだから。
「ご覧下さい」
「……おお」
 作戦本部の頭上に展開される3Dパネルスクリーンに捉えられた無人機動艦隊の映像に、皆から歓声が上がる。

 巨大艦船の一糸乱れぬスピーディな動作。仮想敵軍が布陣を立て直すより数倍速く、無人機動艦隊は半月陣形を整え、傷ついた地球艦隊を後方へ庇うようにして散開し…その艦首を右から左へと一斉に急速反転させた。
「主砲を撃つぞ…!」
「まさか」
 閣僚のひとりが興奮して叫んだ。「陣形を組んでから、40秒と経っとらんぞ…!!」ムウ、考えられん!これほど早い回頭は見たことがない。
「仮想敵軍も応戦します!」
 観測士官の声が閣僚たちの声を追って上がる。だが、反転する必要がない分、無人機動艦隊より仮想敵軍の方が十数秒、発射が早い……!

 無数のレ—ザー反応弾道が、双方の艦隊から伸びる——!

 

 

 

12)へ