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「…長官、進藤准将の仮想敵艦隊が攻撃態勢に入りました!」
双方の通信を管制しているリレー衛星から、通信士の報告が入る。「地球防衛軍の背後を狙い、波動砲攻撃を開始する模様です」
「いよいよ使うか」集まった閣僚らがざわついた。大統領も真顔になって身を乗り出す……
「地球艦隊の現在位置は」
「衛星フォボスから約57宇宙キロです」
「…波動砲を回避できるかどうかの瀬戸際ですな…フォボスの影に逃げ込んでしまえば波動砲は届かないが…」
「無人艦隊は何をしてるんだ。間に合わんぞ」
藤堂はふいに苛立ちを覚えた。島が援護に入らないのは、ボストリコフからの要請がないからだ。援護要請がないのに、手を出すのは道義に反する。殊に相手は中将、島の階級では具申できる内容も限られる…お助けしましょうか、などと中将相手に言えたものか。
(これが確実に死を伴う敵との交戦であれば、島は躊躇するまい。相手が中将だろうが元帥だろうが、援護要請が出ていようが出ていまいが、とっくに援護に入っている)
藤堂の焦りと苛つきを他所に、通信から矢継ぎ早に報告が入った。
「進藤准将のラグナロク、および並行するブルーノア、サラトガ、青龍が波動砲の発射体勢に入りました…」
「仮想敵軍、先頭の4隻が波動砲を…発射!」
「おお!」
作戦室内が一瞬静まり返る。地球艦隊は逃げ切ったのか…!?
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「島隊長!」
神部と新田がほぼ同時に島を振り返る。観測を担う梓と瀬尾は、波動砲の着弾を確認するためレーダーから目を離さずにいた……レーザー反応弾に置き換えられてはいても、波動砲である…フォボスの側面をかすめて飛ぶその破壊力を表す反応の厖大さは、目の前のパネルにもリアルに再現されていた。
「…後ろから波動砲で撃ちやがったか…!」
「地球艦隊の残数は」
冷静にそう問う島に、瀬尾が答える。「…17!!地球艦隊の半数が…壊滅…!」
援護を申し出るか。流石の島も躊躇する。このままでは見殺しにするようなものだ。…が、梓の金切り声に全員がパネルスクリーンに向かって顔を上げた。
「…映像が出ます!!ああっ」
すげえ!
満身創痍の地球艦隊17隻が、揃ってすべて反転している。速度を落としたために後続の17隻が波動砲攻撃に飲まれたが、先行していた17隻は回避・反転し、攻撃態勢を整えていたのだ。リレー衛星からの映像がパネル一面に現れる。そこには、フォボスの表面のサテライトカメラから捕えた、地球艦隊の側面映像が投影されていた——
「地球艦隊、仮想敵軍に向けて波動砲を撃ちます…!!」
旗艦タイコンデロガ、および九頭竜、チャンセラーズヴィル、キティホーク、…反転し波動砲発射孔の狙いを定めた主力戦艦の艦首から、波動砲の発射反応が計測される——
戦慄の数秒間——
「判定は!?」
「…仮想敵軍の中央に穴が開きましたっ」「…10隻が撃沈!」
「10か!」たったの!
くそ、反撃を予想してたのか…避けられたぞ!
(流石は進藤准将だな…)
そう思ったことは口には出さない。仮にも、進藤准将は敵軍の将なのだから。島は茫然としている瀬尾と梓に怒鳴った。
「ぼけっとするな!仮想敵軍第二分隊の現在位置を捕捉しろ!我々の相手はそっちだ!」
本隊同士の波動砲の応酬に気を取られている場合ではない。この間隙を突いて風渡野大佐の第二分隊が畳み掛けて来るのは必定だ。
「……フォボスから20宇宙キロ、指定された我々の待機ポイントLH507への進路上にいます!!左下方30度から地球艦隊に向かって全速上昇中!」
「あいつらを先にどうにかしないと、俺らの活路もねえってことだ」
太助が呟いて、即座にコンソールパネルに向かう。それを一瞥し、島は口の端で微笑んだ……
「総員、ここから忙しくなるぞ。作戦通りフォーメーション・RaptorからREXへ、大越と太助はステルス7隻をポイントLB59から680へ展開!」
「…了解!」
*
「仮想敵軍本隊のダメージ、17%!波動砲の反撃で10隻が撃沈!」
兵藤美咲の声に、カナデがまた舌打ちした。
「…チッキショウ…やったわね!」
「かまうな!作戦通りだ。進藤の本隊が体勢を立て直している間に、我々が前面に出るぞ。カナデ、主砲発射用意!司、フォボスの左側面へ向かって全速上昇、地球艦隊を追撃!」
「宣候!フォボスの側面、方位NW35へ全速前進」
「艦長、右上方20度に艦隊反応!無人機動艦隊…、艦影15隻です!」
「来たな」
今頃出て来ても、もう遅いぞ、島。
先ほどの、彼らの逃走データを進藤に送ったはいいが、あいつの返答はこうだった…「逃げていろ、傀儡。もう手遅れだ」。そう、まさにその通りだったな。
タイコンデロガが援護要請のタイミングを逸したか、単純に艦の操作に手間取っていただけなのか。コソコソ逃げ隠れしていたのが裏目に出たな…所詮は傀儡、糸を切ることは出来ないマリオネットよ。
(心配するまでもなかったか。このまま俺たちが、…戦場を制覇するのだ)
風渡野はふふ、と笑いを漏らした。
波動砲攻撃を受け、方陣中央の10隻が壊滅した仮想敵軍本隊が体勢を立て直している隙に、風渡野率いるアルテミス、およびメレアグロス以下26隻が高速で前面に移動し、同じく波動砲攻撃によって千々に乱れている地球艦隊のとどめを刺す。
進藤の立てた作戦はストレートだが、良く出来ている。三手先を読むのが最低条件の艦隊戦、実にセオリー通りながら。こう作戦通りに事が運ぶと気分は最高だ。懸念していた無人機動艦隊は出る幕もなし…、島よ、残念だったな。
「迎撃に出て来た無人艦隊は15隻だな」
「はいっ」
「さっき遭遇したステルス艦7隻を含む第二機動艦隊22隻だ。ステルス艦はコスモレーダーには映らん。カナデ!まとめて掃討するぞ!」
「了解!」
主砲発射用意!方位NNW15、仰角25度、距離8000!
「無人機動艦隊からもショックカノンの発射反応が多数確認されました!」
「かまわん、撃ち尽くせ!」
歯を見せて声高に命じる。カナデが復唱した。「全砲塔、無人機動艦隊に向けて…発射!」
アルテミス以下26隻全艦の主砲が相次いで火を吹いた。フォボス方面から降下して来る無人機動艦隊、そして相対し上昇する仮想敵分隊…双方が主砲の火柱を吹きながら、まったく速度を落とさず交差する。
巨大な艦同士が至近弾を撃ち合うこの状況は、乗組員たちの想像力を否が応でも掻き立てた。もしもこれが実戦だったら。空砲とは言え繰り返す射撃の反動に艦は揺れ、上昇に伴うGに加えて轟音がクルーたちを執拗に揺さぶる。実弾であれば、まさに両軍の艦の、存亡をかけた壮絶な殺し合いである……
「…命中精度、95%!」
「あっちもいい腕してる!!」こっちもかなりやられたわ、アルテミス…前部甲板および側面…ダメージ48!
照準機から目を離さず、カナデが叫ぶ。兵藤が着弾計を睨み…、ぱっと顔を輝かせた。
「こちらの砲撃はほぼ全弾命中しました!…無人機動艦の第二艦隊、全艦を…撃破!!」
「マジ!?」
すれ違った無人艦隊15隻への着弾率がすべて120%を超え、その場に確認された艦影がすべて、反転も停止もせず戦線を離脱。つまり、艦隊全部を撃破したと判断して良い。
やったぁぁ〜〜〜!!
上昇の続く艦内で、奇声が上がった。
きゃああ、やったやった!!
メリッサごめーーん!!
島少佐の艦隊、22隻!半分やっつけちゃったわよおおお!!
「喜ぶのはまだ早いぞ!この先、地球艦隊の残存勢力17隻と残る無人艦隊がまだ28隻、いるんだからな!」
風渡野は、沸き返る第一艦橋を両手を広げて制止する。「後続、全艦被害状況を報告!司、上昇は続行!このまま本隊と合流し、決戦に挑むぞ!」
「了解っ!!」
諌めても止まらない娘たちの歓声を聞きながら、風渡野も笑いを隠せなかった。第一艦橋は早くも勝利に歓喜する声で溢れている。久々に、気分のいい演習だ……!
だが、艦長席の正面に位置する中央操舵席の司が、2・3度気忙しく振り返り兵藤と如月に何事か言っているのが目に入った。
「どうした、司?」
「艦長」
上昇中だ。操縦桿から手を離す事の出来ない司の代わりに、観測の兵藤が転がるように艦長席へやって来て告げた…「無人機動艦隊の脱落コールサインが、15隻しか確認できなかったんです」
「どういうこと?」副長の富樫が割って入る。
「司さんが気がつかなかったら見落としてました…。撃沈された船は脱落コールサイン出して戦線離脱、がルールですよね?でも、さっきの艦隊は15隻しかコールサイン、出してなかったんです」
じゃあ、本当に15隻しか居なかった、ってこと?!
「……ということは」富樫が顔色をさっと変え、風渡野を振り返った。「ステルス艦は…?」
「…うむ」
風渡野は、ふいに背筋がぞっとするのを感じた。
私は…大きな勘違いを…?
突如、兵藤のレーダー席からエマージェンシーコールが鳴り響いた。艦橋全体がランプの点滅で赤く染まる…
「戻れ、兵藤!!」
転がるようにレーダー席へ戻った兵藤の叫び声に、勝利に沸き返っていたはずのアルテミス第一艦橋は、一瞬にして突き落とされた——
「真後ろからショックカノンの発射反応多数!…避け切れません……!!」
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