プラネッツ・エンカウンター2209(9)



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 だが、その追撃は数分で無謀だと判明する。急激なマイナスGに、全身の毛穴が縮み上がるような感覚…!!
「艦長、後続のメレアグロスが速度を落とします…!」
「朱雀、灘白…、ついてきませんっ」
「艦長、無茶です、これ以上…は…っ」富樫の声が途切れる。
 風渡野はぎりっと奥歯を食いしばった。当然だ。何の準備もなく、いきなり内部に重力の働いている艦での急速沈降は、真下へダイブしているも同然だ。船が耐えられても、内部の人間は……。
「司、艦を…水平に戻せ…っ」
「…艦体、水平に戻します!」
 人工重力が働く艦内部にかかっていたマイナスGが、次第に引いて行く。
「畜生ぉっ…」座席のアームレストに捕まって降下に耐えていたカナデが、吐き出すように唸った。「そうか、あっちは中に人がいないんだ!」
「無人機動艦隊、…艦影消失!…22隻全部を見失いました…っ!」兵藤が無念そうに告げた。
「艦内、被害はないか…!?」
「各部署、被害報告を」富樫がいつになく打ちのめされたような顔で、伝声管に縋り付いている…。
 致し方ない。こっちは有人艦なのだ。艦内には人工重力で上下を作り出している。そうしなければ戦闘は愚か、長期間の宇宙航海そのものすら不可能なのだから。

(なんという艦隊だ…)

 公式発表で公開されたのは、誰もが閲覧できる艦のスペックだった。自分は知っていたはずだ。あの艦隊の船には、人間工学に基づいた措置が施されていない。当然艦内には上下など存在せず、この宇宙の上下左右どこへ艦首を向けようと…例え急激に回転しようが直立しようが、何らその機動に支障はない……
「糞ぅっ…」
 小さく唸る。富樫だけが、それを聞きつけ振り返った。
「…富樫、ラグナロクへ連絡を取れ。今の無人艦隊の逃走データを進藤に送るんだ」
 ——大変だ。あれを侮ると、我々は…やられるぞ…!!
「……艦長…!」
 副長富樫の頬に、風渡野の焦燥がビリッと伝わった……
 急げ!! 

 



「振り切りました」
 至極冷静な新田の声に、当然だ、と言わんばかりに島が頷いた。ついて来られるとは毛頭思っていない。有人艦の機動性能の限界は、この俺の手腕で計り尽くしているのだから。
(先頭のアルテミスは健闘していた方だな。…なかなか腕のいい操舵士を乗せているらしい)
 あの墜落するようなダイブに数分でもついて来られたのだから、褒めてやろう。



 言わずもがな、宇宙空間には上下左右は存在しない。ジャイロコンパスに表示される「上下」「左右」は、あくまでも人間の平衡感覚に基づいて設定されている。人工重力を艦内に働かせるのは、筋肉の衰えや骨粗鬆症を防止するため、というよりはもっと基本的な理由からだ。…地球人としての、基本的な生物学上の摂理。地球人類の体は頭を上に、足を下にし、適正な重力をかけた状態でしか長期の宇宙航海には耐えられない。
 そして、戦闘中は当然、全員がシートベルトを装着している、というのが条件であるが、厨房や格納庫、工場などはそのかぎりではなかった。 人間が生活しながらの航海、そして戦闘である…艦を無闇と傾斜させる事は、戦闘能力を著しく低下させる結果につながる。まして、急な降下や上昇、回転を行えば内部で怪我人、悪くすれば死亡者も出る。

 一方、無人艦は内部に人間はおらず、すべての機器が固定された状態で稼働する。給排水循環装置は積まれていない。人間工学に基づいたその他の機器も載っていない。隔壁の異様な多さ、そして全艦に張り巡らされた自動修復装置…無人機動艦は90度降下、高速回頭、ロール機動にも対応する。下手な小型機よりも機動性能は良いくらいだ。

『無人機動戦艦は、有人戦艦より機動性能が高い』

 事実はその通りである…だが、それを認める軍人は今のところいない。 
 自分たちの艦隊が、リモコン、傀儡…などと揶揄されている事は、島も承知している。だが、今までのところ現存する無人機動艦隊と交戦した経験のある有人艦があるのか…といえば。それは、皆無なのだ。その秘めた力を知るものは、まだ…誰もいない。

「俺たちを敵に回した事、後悔させてやりますよ」
 昂然とそう言い放った太助にニヤリと一瞥をくれ、島が答えた。
「…そうだな。今の遭遇でこちらの性能をいくらかでも見抜いて、警戒したやつが居なければ…だが」
「基本スペックは公表されていたじゃないですか。よく解析すれば予測できる事ばかりなのに、まるで警戒してなかったですよね、さっきの艦隊も」
「ああ」だが、これで一手、手の内を見せたも同然だ。アルテミスなら風渡野さんだ……感づかれたと見ていいだろう。

 だが、そう言った隊長の顔が、そして声が。妙に嬉しそうだ…、と感じたのは太助だけではなかった。
「梓、瀬尾、地球艦隊の動向を監視!この先は高速機動が命だ。第一と第二のコントロール編成を変えるぞ。デコイの15隻とステルス隊、本隊の3つに分かれる……オペレーション・トライアングラー発動!」

 


「…藤堂長官、地球艦隊の形勢は不利のようだな」
「そのようです。…ですが…まだ判りませんよ、大統領」

 地球防衛軍総司令本部。
 リレー衛星を介し戦況を受信している作戦室には、大勢の閣僚と防衛軍幕僚監部とが集まり、この演習の行方を、固唾を飲んで見守っていた。

 防衛軍総司令長官・藤堂平九郎が連邦政府大統領の隣に掛け、ポインタを使って目の前の大パネルに展開される戦況平面図を解説する。火星基地のヴィデオパネルと同様、地球で受信できる戦況も、パネル上では3次元で蠢く光点の集合体である。だが起きている出来事を俯瞰するのには充分だった。
「地球艦隊の背後には、島少佐の無人機動艦隊が控えております。現時点で地球艦隊の戦力は45%に減少しましたが、無人艦隊を考慮すれば戦力はいまだ圧倒的に地球側が勝ります」
「…ボストリコフ中将が援護要請を出さないのは、無人艦隊を戦力として認めておらんからだと私は思いますが」防衛軍参謀のひとりが冷笑的に横から口を挟んだ。
「それは困るな。昨年度防衛費の何%をあの艦隊に当てていると思うんだね」閣僚の一人が、渋い顔で藤堂に視線を寄越した。「ボストリコフ中将に無人艦隊への援護を要請するよう、こちらから連絡をするべきですかな」
「いや、彼に任せようじゃないか…仮にも、中将はあの沖田くんの戦友だった男だ」別の年配の閣僚の言葉に、藤堂も無言で頷いた。



 ヤマトの初代艦長、沖田十三。
 よもや…彼も、無人の艦隊が地球を護る日が来るとは思っても見なかっただろう、と藤堂は考える——その艦隊を率いるのが、彼の申し子の一人であることも。島大介がこの艦隊を選び、そこに生きる道を見いだしたのは偶然ではない。沖田の精神が、そこに根付いている事を藤堂も知っている。

『明日のために、今日の屈辱に耐えるのだ、それが男だ』
 かつてイスカンダルより生還し、藤堂の片腕として暗黒星団帝国と闘った古代守が伝えてくれた、沖田の言葉だ。蛮勇を武器にすることなく、活路を見出すために智恵を絞る。無人の戦艦を操るのは、臆病者だからではない…生きてこそ、それが未来の勝利につながる、それを真に悟っているものだけが信念を持って携われる任務なのだ。沖田とかつて共に戦場を駆けたボストリコフも、その真意は同じく捕えているだろうと思いたい——。

「…無人機動艦隊がそろそろ地球艦隊と合流しますな」
「援護要請はまだ出ていないようですが」
「………」
 藤堂は目を細めて3Dパネルに見入った。

 ボストリコフの率いる地球艦隊34隻は火星の衛星フォボスを目指して全速移動中だった。衛星の影に集結し、反転して仮想敵軍を迎え撃つつもりなのだろう。しかしその一方であくまでも無人艦隊の援護は受けないつもりなのだろうか。
 追撃する仮想敵艦隊は補足できるものが43隻。アステロイドベルトでの遭遇において脱落したのはそんなに多数だっただろうか……
「…進藤准将の仮想敵艦隊も、おそらく分隊を出していますな。…ちょっと探してくれ」
 副官に命じ、藤堂は3Dパネルの一角を使い、登録されている各艦の個体識別信号を表示させる。「…ご覧下さい、仮想敵軍の26隻が別動で奇襲作戦に入っているようです」
「ほう」
 幕僚監部らも身を乗り出してパネルを凝視した。

「…無人機動艦隊は第一と第二が合流したようだな」
「いや、…また分かれたぞ」
「何か策でもあるのか?早く合流して地球艦隊の援護要請に備えるべきだろうに…」
 島少佐は何を考えてるんだね? 彼も元ヤマトの乗組員だからな。奇襲作戦は得意なんだろうが、艦隊戦はどうだかね……
 幕僚監部らは各々が戦況の予想を始める。閣僚たちも加わって、チェスか立体将棋の中継気分なのだろう。
(これも平和の証なのか——)
 藤堂は軽く目を閉じて、ふうと鼻から溜め息を逃す。

 個体識別信号を目で追った。地球防衛軍は黄色の光点、仮想敵軍は青色の光点…そして無人機動艦隊は各艦が緑色の光点で表示されるが、藤堂の目にも確かに無人艦隊の第一と第二艦隊が一度合流し、再び分離したように見えた。
「…?」
(——島、一体何を考えている?早く合流しろ…そして、援護要請に備えるのだ)

 

 

 

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