プラネッツ・エンカウンター2209(8)




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 仮想敵軍・旗艦ラグナロクの第一艦橋では、風渡野からの通信を受けた進藤が憮然としていた。
「無人機動艦隊の援護は間に合わんはずじゃなかったのか!?」
<火星基地の第二艦隊だけが先んじて援護に来た、とわしは判断する>

「22隻か…。かまわん、もうじき地球艦隊も我々も小惑星帯を抜ける。奇襲はしくじったが、傀儡が援護に来たところで底は知れているさ」
 そう言って不敵な笑みを見せた進藤に、風渡野は懐疑的な表情で応えた。
「……進藤、油断するなよ」
<心配性だな、風渡野!>はっはっは、と豪快に笑った進藤に、再び苦笑する風渡野だった。

(…まったく。お前は昔からこうだ)
 一体幾つになるまで、俺がケツを持ってやらにゃならんのだ…進藤?
仕方ない、存分に暴れろ。俺がしっかりフォロー入れてやる。

 ——全艦隊に通達。
<ラグナロク艦長、進藤宗吾だ。この先、フォボス宙域では無人機動艦隊との接触が予想される。数は多いが、所詮遠隔操作のリモコン艦隊、予想外の動きには弱いはずだ。引き続き、我ら本隊とアルテミス・メレアグロスの分隊とは別動、地球艦隊が無人艦隊の後続と合流するのを阻止する!>


 



 地球艦隊旗艦<タイコンデロガ>。

 伝説の古戦場の名を冠した、この地球防衛軍最大級の巡洋戦艦の第一艦橋には、緊迫感が満ちていた。今や僚艦の55%が撃沈され、絵面としては敗走中である…脱落コールサインを発した僚艦は、アステロイドベルトの手前で停止し、戦域を離脱して行った。観測、通信の声が飛び交う中、操舵手だけが無言で必死の操艦を続けている。

 艦長ボストリコフは腕組みしたまま思案していた。アステロイドベルトのメインベルトを通過中、背後でレーザー反応弾の発射反応があったという。——これが実戦であれば…。
(……我が艦隊は後背から奇襲を受けていた、と考えるべきか…)
 気付かぬうちに壊滅、というパターンだったのやもしれぬ。
 なぜ…発射反応が消えたのか。
 小惑星へすべてが弾着し、我が艦隊までは届かなかった…と考えるのは、あまりにも都合が良すぎる。
(…無人機動艦隊が援護に来たか?)
 しかし、私はまだ援護要請は出しておらん。
「……全艦隊速度を上げよ。フォボスの反対側まで逃げ切り、反転、迎撃態勢に入る」
「了解。全艦隊に通達します」
「…ボストリコフ艦長、島少佐へ援護要請を出しますか」副長が切迫した表情で、だが躊躇いがちに具申した。この先、アステロイドベルトを出れば開けた空間である…いくら速度を上げたとて、背後から追撃されることは目に見えている。数ではすでに圧倒的形勢不利……艦長、ご決断を。
「……まだだ。無人機動艦隊には予定通り、フォボス宙域の合流地点で待機するよう伝えろ」
 余計な手出しは無用。
 我々はペトルーシュカ(操り人形)の手は借りん。

 だが、副長の己を恥じたような複雑な表情を見やり、ボストリコフは一瞬戸惑った……私は、傲っているのだろうか…?
(いや。これまで…地球防衛軍艦隊はこうやって戦いをくぐり抜けて来た。各艦の長が、武人の誇りを賭けて戦いに臨んで来たのだ。無人の船に、そのプライドがあるか? …否、英雄とは…誇りを持って闘う者にこそ、与えられる称号ではないか)

 英雄の丘に奉られる、歴代のヤマト艦長、そして物故した栄えある戦士たちを思う。私が過去の侵略戦争中、療養などに時間を取られておらなんだら。あの丘に今頃は…私の像も建立されていたかもしれぬのに。
 しかし、島少佐は——あの英雄の船を駆った男だ…それが一体なぜ、隠れた場所から無人の船を操って闘うような…怯懦にして狐疑するような真似を?
(…ヤマトの乗組員は皆、一廉の男だと思っておったのだが)
「ご武運を」と言って敬礼した島大介の顔が脳裏をよぎる。買い被りだったか。所詮、新世代の考えることは理解できんな…。
 しかし、手出し無用と言うからにはここが正念場だ。起死回生の一戦、あの若造に見せてやらねばならん。

 タイコンデロガ以下、残存の地球艦隊34隻はさらに速度を上げ、火星の衛星フォボス周回軌道を目指した。

 






「地球艦隊旗艦タイコンデロガより入電!」
 神部の声に、CDC内はしんと静まり返る。
「…援護要請か!?」
「いえ」

 <——無人機動艦隊に通達。本艦隊はフォボス宙域BH561にて敵艦隊を迎撃する予定。貴艦隊はフォボス周回軌道上のポイントLH507に向かい、そこで待機せよ>

「……なんでえそりゃ!」
 徳川が憤慨し、声を上げた。「あのジジイ…背後から狙い撃ちされてたことも知らないんじゃねえのか?!」
 島が太助を諌めるようにかぶりを振り…立ち上がる。「…神部、通信はそれだけか」
「…はい、以上です」
「アッタマ来んなーー!」
 太助の不平に、CDCの管制官8人全員が同意を示している。開戦前、君たちの出番はないかもしれん、と言い放った地球艦隊総司令ボストリコフ中将。その顔に浮かんだ「無人の船の助太刀は無用」と言わんばかりの表情……。

「あいつら、俺たちの助けがなかったらもうとっくに全滅してたんだぞ!」
「ちぇーっ!!」
「…まあ、そういきり立つな」
 島だけが平静に笑みを見せていた。
 ボストリコフ中将が後背からの奇襲攻撃に気付かなかった、とは考えにくい…むしろ、間接的にであれ、無断で援護に踏み切った俺たちを諌めているのかもしれん。ただ「待機せよ」とだけ伝えて来た中将の真意は俺にも正直わからん。
「…だが、やはり上の命令は絶対だ。こればかりは守らなくては統制が取れん。秩序と連携の乱れたところから、戦線は崩壊するものだからな」——まあ、<それ>命令遵守ばかりでは勝利は勝ち取れない、というのも事実だが。

 問題は、一線をどこで超えるか…だ。

 地球艦隊司令中将は「待機せよ」と命令を下した。最後の最後まで、武人の意地を賭けて俺たちには援護要請を出して来ないに違いない。…個人的な意地のためにむざむざ艦隊を破滅させるような愚将だとは思いたくはないが、一度大見栄を切った以上、きっと最後まで独力で切り抜けようとするだろう。こちらとて、あの名だたる老将に恥をかかせるような真似はしたくない…。

「『待機せよ』ただし…必要とあらば動け。すなわちこれはそういう意味だと、——俺は捕える」
 そう言うと、島は全員を見渡し…ついで不敵な笑みを浮かべた。
「……さあ、ぼけっとしている時間はないぞ。奇襲が失敗したと判明したんだから、仮想敵軍は俺たちと第一艦隊、さらには地球艦隊との合流の阻止にかかるはずだ」

「6時の方向に艦隊反応を確認!距離30宇宙キロ!」
 間髪を入れず、瀬尾がパネルを拡大する。
 青色の明滅が30隻近く…アステロイドベルトの外縁から現れた。
「来たぞ…さっきの仮想敵軍の分隊だ」
「反転して迎撃しますか!?」
 だが、島は首を横に振った。
「残念ながらそれはできん。予定通りポイントLH507へ全速で向かう。大越、<ガルダ>アルゴノーツへ発令。速度30から60宇宙ノットへ。…振り切るぞ」
「エンコード開始っ」
 半月状に配置される独特のキーボード上を、コントローラーたちの指が滑る。

 

                   *




「風渡野艦長!前方、12時の方向に艦隊反応…明瞭なもの15隻を捕捉!」
 アルテミスの第一艦橋に、レーダーオペレーター兵藤美咲の緊迫した声が響いた。
「15?…22ではないのか?!」風渡野が聞き返す。
「…艦影、15です!加えて不明瞭なものが数隻ありますが、完全には補足できません!!」
 いや、…そうか、ステルス艦との混成なのだ。「…やはり近くにいたな。あれがさっき遭遇した火星の第2無人機動艦隊だ。22隻のうちコスモレーダーに映らないのが7隻いるんだ!」
 だが遠隔操作だ、単独で動く船はない、と思いたい。…22隻が同じポイントに居ると判断していいはずだ…風渡野は数秒躊躇したが、艦橋のメンバー全員の視線を受け、言い切った。
「いずれにせよレーダー反応のないものの動向は捕捉できん。22隻が集結していると仮定して攻撃するしかあるまい」
 富樫が頷いて号令をかける。
「カナデ、主砲発射用意!」
「無人機動艦隊との距離、約20宇宙キロ。有効射程距離圏内まであと5宇宙キロ!」
「艦長!無人艦隊が急速移動、下方へ逃げて行きます!!」
「…追え!地球艦隊と合流させるな」
「了解っ」
 司が機関部へ怒鳴る…「機関全速、50宇宙ノット!無人機動艦隊を追います」
「全艦隊へ通達、12時の方向へ全速前進!」
「了解っ」

 だが…風渡野は次の瞬間、司と兵藤の叫びに言葉を失った。
「艦長、…追いつけません!!」
「無人機動艦隊、急速沈降!速度70…いや、80宇宙ノットで遠離ります!!」さらに速度が上がります…沈降スピード、90宇宙ノット!!
「なんだと!?」
 なんだ、その速度は…!?
 主砲発射角を避け下方へ…「艦載機でもないのに、そんな加速があるか!?」
 司が風渡野を振り返る。「艦長…本艦も降下しますか」
 追え、と指令を下したのだ。風渡野は意を決して頷いて見せた。
「降下角40!速度50から60へ」
「灘白以下、第二分隊全艦へ!無人機動艦隊を追い、急速降下せよ!!」

 

 

 

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