プラネッツ・エンカウンター2209(7)


********************************************


 

 一方、22隻からなる第二無人機動艦隊は、月から向かって来る第一艦隊28隻と合流するべく、火星軌道上にて待機陣形を取っていた。


 現在、第一艦隊の管制を担う神部・竹村・新田と旗艦<昇竜>を担当する徳川はともかく、その他のメンバーはただじっと待っているだけである……
 じりじりと、時間だけが過ぎる。
 ボストリコフからの援護要請は、まだない。
「…仮想敵軍、移動を開始!アステロイドベルトを突っ切ってきます」
「地球艦隊を追撃して来る模様」
 パネルに反映される光点の数は、丁度アステロイドベルトの中を航行していることと、双方がダメージを受けているためにかなり不明瞭だ。小惑星帯の中では、チャフやフレアでレーダーが撹乱された状態とあまり変わらない。艦隊の位置や互いの距離は計れても、艦の数までは反映されない…

 島はふいに、違和感を覚えた。進藤准将が、ストレートに小惑星帯を縫って地球艦隊を追撃して来るとは。追いすがる自軍の姿をこれ見よがしにさらし、その距離もほとんど詰めていない。まるで…地球艦隊を罠の中にわざと逃がすかのような進軍だ。いや…俺にそう見えるだけなのか?
「太助。…第一機動艦隊が月から到着するのは何分後だ」
「…あと35分後です」

 頭上に広がるパネルを凝視する。島は頭の中で、アステロイドベルト宙域を思い浮かべた。——アステロイドベルトにある、無数のデブリ(=大型の塵/メテオロイド:流星物質と同義)といくつかの小惑星群、そしてほとんど障害物のない空間回廊、<カークウッドの空隙>。
 航海士として太陽系内のどのエリアも観測し、把握し尽くしているという自負から来る懸念か…、脳裏に、背中に…ビリッと来る焦燥感。
 ——何かがストレート過ぎる。
「太助、第一が第二と合流してから地球艦隊の援護に入れるようになるまで何分かかる」
「…ええと」
「早くしろ」
「42分!」
 視線を、ぐいと上げた。進藤准将は打って出る気だ。根拠無し、直感である。それだけあれば、俺の知っている過去の敵なら間違いなく切り込んで来た——
「第二機動艦隊、第一との合流を待たずに援護に向かうぞ!」
 島の号令に、CDCの全員が戦慄する。
「海江田、槙田!アステロイドベルト内部の気流の強さ、アストラエア、フェーベ、ケレスの位置関係を測定、梓、瀬尾!カークウッドの空隙を監視!何か動いたらすぐに報告しろ。神部、竹村、新田は第一艦隊の速度を上げろ。全艦、最大戦速からいっぱいへ加速!」
 ——了解っ!!

 進藤准将の仮想敵軍はデブリの間をこれ見よがしに突き進んで来るが、分隊がどこかから奇襲をかけるつもりではないのか。それもおそらく、俺たちの無人機動艦隊が援護に駆けつける前に?




 <アルゴノーツ>自律航法制御システムにより、<ガルダ>が率いる第二無人機動艦隊22隻は小惑星帯を約30宇宙ノットのまま通過していった。刻々と位置を変える小惑星の間隙を縫っての航行も、センサーとの連動で不安感はない。CDCからの操作に加え、アルゴノーツA.I.が艦を安全に導いているのだ。
 一路アステロイドベルトの中の、回廊とも呼べる障害物のない通路…<カークウッドの空隙>を目指す。

「隊長、今のところ、敵影…なしです」
「カークウッドの空隙まで、あと70宇宙キロ」デブリが多くて、これ以上はスピードが上げられません。
 徳川太助が、ちらりとこちらを見上げた。
 その視線を受け、僅かながら疑心が首をもたげる……
(敵が分隊を出して奇襲攻撃をかけるつもりなら、速度を上げて先回りできる空間を選んでいるはずだ…だがこの時期、<カークウッド>は気流の流れの変化によって、通常よりも狭くなっている。はたして、20隻にも上る艦隊が高速で移動できるだけの空間があるのかどうか——?)

「地球艦隊の動向は」
「現在、前方11時から3時の方向へ向かい、速度20宇宙ノットでメインベルト内を通過中です!」
「我々との接触までの時間は?」
「あと9分です。距離、約120宇宙キロ!」

 ——その刹那、カークウッドの間隙を監視していた瀬尾が金切り声を上げた。
「島隊長!いましたっ!仮想敵軍の分隊です!」
 梓の手元が機敏に動き、メインパネルに光点が現れる。
「カークウッドの空隙内、左下方50度に…仮想敵軍26隻の分隊を確認!!地球艦隊の後背に接近します!方位、NE35、上下角マイナス25度、距離…70宇宙キロ」
「支援砲撃可能な距離まで、あと6分ですっ」
「よし…!第二艦隊、金剛3番から7番、日向1番から8番…主砲発射用意!」
「主砲発射、準備完了!」
「全砲塔、有効射程距離圏内に突入!」
「隊長、仮想敵艦隊からショックカノン発射反応を多数確認っ!」そう叫ぶ新田に、島は一瞥を返す。
「…弾道を相殺しろ!よく狙え」
「全艦、主砲…セット…完了っ……」梓、瀬尾、海江田の声が重なる。
「——撃エッ!!」



 ほぼ同時だった。
 地球艦隊の後背に姿を現した仮想敵艦隊から伸びる、主砲レーザー反応弾のイルミネーター。小惑星に紛れて航行する地球艦隊の後部へとその弾道が無数に迫る——無人機動艦から迸る主砲反応が、それを斜め横様に捕えた。
「…判定は」
「……相殺っ!!」小惑星への着弾数発を確認、しかし地球艦隊への被害はありません!!
「よし…、よくやった」

 ——やったぜっ!!

 気焔が上がる。第二無人艦隊をコントロールする梓、瀬尾、海江田そして槙田が顔を見合わせ、互いに拳を付き合わせた。
 各人が最低3隻以上を操る無人機動艦隊では、主砲発射準備から発射までは各艦秒単位でのセッティングとなる。だが、それも想定内、彼らにとっては序の口だ…隊長・島のプログラミングによる訓練で要求されるスピードは、この比ではないのだから。


「島隊長、地球艦隊は4時の方向へ離脱します!」
「中将からの援護要請は」
「……まだですっ」
 神部が鼻息荒くそう返す。くそ、後ろから狙い撃ちされてたのを庇ってやったのに……!
「このまま敵艦隊を攻撃しますかっ?!」
 全員が指揮席の島を振り返った。今なら叩ける。敵の分隊はこのまま眼前を通過するのだ。今の発射弾道からは、まだこちらの居場所を特定するに至っていないはずである……
 しかし、島はかぶりを振った。
「地球艦隊旗艦から援護要請があるまでは、俺たちは実質手出しはできん。総司令はボストリコフ中将だからな。全艦反転降下!このままアステロイドベルト内を航行し、予定通りフォボス周回軌道上へ向かえ。第一艦隊と合流するぞ!」
「…了解」
 くそっ!
 それが仁義、そして秩序だと理解しても尚。理不尽な思いは拭えない…。若者の集団では、その思いは殊更である。しかし、隊長の島が艦隊総司令の命令を遵守すると言うのであれば致し方ない。

 

 

 




「何ィ?!弾道が相殺された……?!」
 照準機から顔を上げたカナデが、低い声で怒鳴る…そんなんアリ?!
 誰が、どっから撃ってるのよ!!
「地球艦隊、火星方面へ抜けます…!」
「冗談じゃないわよっ、逃がしちゃったじゃないの!」
 全方位警戒!!エマージェンシー!!

 アルテミスの第一艦橋は騒然とした。第二陣として、密かにカークウッドの空隙を進行し、奇襲をかけたはずである、それが一体なぜ?!

<メレアグロス、菱垣だ!>
 緊急回線が開く…僚艦メレアグロスの菱垣艦長がメインパネルに現れた。少なからず焦りの色を見せている。
「菱垣大佐!風渡野だ…そちらのレーダーに反応は」
<事前には反応がなかった。…アステロイドベルトの中だからな。こちらでも探査中だが、…わからん。奴らが続けて撃ってくれば居所も判ったんだが>
「確認は出来なかったが、無人機動艦隊の分隊が到着したと判断するべきだろう」
<……例のステルス艦か>
 風渡野は頷いた。「火星に常駐する22隻のうち7隻がステルス艦だ、と聞いている」
「ステルス艦?!」戦闘指揮席から、カナデが声を上げた。「何それ…ズルくない?!」
「…公式でも発表されていたわよ。無人艦隊のうち7隻はコスモレーダーに反応しない特殊装甲だって」副長の富樫は至って冷静だ。
「現在、レーダーには艦隊反応はなし」
「なぜ攻撃して来ないんだ」
「分からん。いずれにせよ、やつらはデブリに隠れてるんだ」…もう来たか——無人機動艦隊め…!

 

 風渡野は、これは誰の采配か…と内心感心していた。島大介は奇襲攻撃に秀でたヤマトの操舵士とはいえ、艦隊戦のプロフェッショナルではないはずだ。普通なら、50隻の艦隊すべてが合流するのを待ち、その後に援護なり交戦なりすることを目論むはずだが。しかも、デブリに隠れたままこちらの砲撃弾道だけを相殺し、また姿を眩ますとは…これでは追撃のしようもない…!
 ——進藤の作戦を見抜いたか…?
 いや、そんな馬鹿な。

 富樫がレーダーに張り付いている兵藤美咲に声をかける。
「いずれにしろ相手は無人の船よ。イレギュラーな動きには弱いはず。きっとまだ近くに居るわ、落ち着いて探索しなさい!」
「了解っ!」
 …いや、それはどうかな…、と風渡野は思った。
(あれはただのリモコン艦隊じゃない。…油断は禁物だ)
「全艦非常体勢!カナデ、短距離砲斉射スタンバイ、艦隊側面に警戒しろ。メレアグロス、並びに第二陣全艦、速度落せ!立川、至急本隊ラグナロクの進藤へ連絡を取れ。非常回線を開け…!」
「了解…!」

 

 

 

 

8)へ