プラネッツ・エンカウンター2209(6)



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 大越がパネルの隅に表示される着弾計を戦慄の眼差しで凝視し。太助が呟いた…「全軍の…半数がやられた…!!」

 艦艇残数…約40!!
 空母3、駆逐艦5が撃沈、補給艦・掃空艇とも全滅!
「旗艦タイコンデロガ、ダメージ…60%だ…!!」
 CDC内はまたもや騒然とした。地球艦隊、なにやってんだよ!!
「あいつら、やばくねえ?」
「逃げられるのか…!?」

 挟撃の包囲網の中、必死に応戦する地球艦隊。どうにか降下し戦力の3割を逃がすも、さらにまた何隻かが犠牲になる……
 木星のこちら側まで退却して来れば、サテライトカメラからの詳細な「映像」が受信できる。それまでに、被弾し離脱した艦艇の数はどのくらいになるのだろう…?!
「なにやられてんだよっ!地球艦隊!」
「しっかりしろよーっ!おいっ」

 ほとんど場外でのスポーツ観戦のようになっているCDCであるが、彼らの手元は間違いなく来るべき瞬間に備えてコンソールパネルの上にあった。島はそれを見て、ふっと微笑んだ。
「……よし…総員、準備にかかれ。凱旋を迎えるだけ…で終れば良いと思ったが、そうはいかないようだ」
 全員が指揮席の島を振り返る。
「これより地球艦隊の援護に向かう!第一無人機動艦隊、待機陣形を解け。全速で火星宙域へ集結…!」
「了解!」
 月軌道上に展開する第一艦隊の管制を担う、神部・竹村・新田が本格的操作に入る。
「第一機動艦隊旗艦<昇竜>、アルゴノーツA.I.起動。自律管制航行へ入ります!」



 月の周回軌道上に待機していた28隻の無人戦艦に生命の灯がともる。艦首から艦尾へとイルミネーションの輝きが無数に走り、左右舷側の
航海灯、翼端灯がすべて点灯した。A.I.のコマンドに従い波動エンジンが定速回転を始め、動力が全艦にみなぎり。メインエンジン始動から巡航スピードに乗るまでに要する時間は、有人艦の約半分だ。艦首を一斉に回頭させた第一無人機動艦隊は、火星へ向かって全速で移動を始めた。他方、火星宙域に駐屯する前衛、第二艦隊22隻も動き出す。CDC切っての若手管制官、梓・瀬尾・海江田がその管制を担う。

 徳川・大越の担当する旗艦<昇竜>および<ガルダ>の動向チェックを行いつつ、自身もパネル全体に目を走らせながら島が問い掛けた。


「…神部、ボストリコフ中将から援護の要請は来ないか」
「ありません。うんともすんとも言って来ませんね」
 早くも全体の半数を失った地球防衛軍艦隊は、辛うじて木星の周回軌道を超え、火星方面へと逃れて来ていた。戦線は敗退、現在地球防衛軍の絶対防衛ラインは刻々と後退を続けている有様である……

「俺たちには助けを求めないつもりかな?」
 徳川太助がまたもや憤慨して鼻を鳴らしている。
「准将にはまだ勝算があるんだろうぜ」
「勝算?真田技師長でも乗ってるって言うんですか?」
 徳川の口ぶりに、おいおい、と突っ込みそうになるのを抑えながら、島はかぶりを振った。
「……俺がタイコンデロガの艦長なら、アステロイドベルトで引き離すところだ。障害物競走だな」
 しかし途端に太助が肩をすぼめて反論した。「『島さんが』タイコンデロガに乗っていればね。それに、あっちは全部の艦艇が一律に同じ力量のパイロットを乗せてるわけじゃないんですよ?」
 太助の台詞に、CDCの全員が一瞬絶句し。ついで、あろうことかこの局面で笑いが起こった…「それもそうだ!!」
 俺たちの艦隊みたいに。全艦に<アルゴノーツ>A.I.が搭載されているのならまだしもな…!!
「おい、太助…」
 島も苦笑を禁じ得ない。
「だが、笑ってる場合じゃないぞ。地球艦隊の進路を予測し、我々無人機動艦隊との合流予定エリアを算出しておけ」
 了解!! 
「…第一艦隊、第二艦隊との合流ポイントまであと1万宇宙キロ。無人機動艦隊全艦が集結するまでにあと50分!」
「我々と地球艦隊の合流予定エリアはフォボスの周回軌道上です」
 とすると。
「……アステロイドベルトを抜けるあたりまで、中将は援護の要請はして来ないということだな」
 今要請を受けても、もう援護には間に合わんからな。
「あのヒゲジジイ、ったく頑固だな!自滅してぇのかよ!」太助がパネルを見ながら、鼻を鳴らした。


                


「旗艦タイコンデロガと後続33隻、小惑星アストラエアの影に入りました」
「追撃止め!」
 仮想敵軍はアステロイドベルトの手前で停止した。

 アルテミス第一艦橋では、ここまでの善戦に黄色い歓声が上がっていた。
「やったあ、アステロイドベルトへ追い込んだわよ!!」
「メリッサえらい!よく頑張った!!」
「カナデ、グッジョブっ!!主砲命中率89%って、スゴ過ぎない?!」



「艦長?追撃命令は」
 富樫が静かに副長席から振り返る。と同時に通信回線が開き、メインパネルに進藤准将の姿が映った。

<総員に告ぐ。ラグナロクの進藤だ。善戦、見事だった。各艦の乗組員の力量に感謝とエールを送る。敵の戦力は現在45%に低下している。我々は、艦艇数にして半数以上を撃滅した>
「進藤のやつ…、嬉しそうだな」
 風渡野が満悦顔で呟いた。富樫も風渡野の顔を昂然と見上げる。
「…だが、本番はここからだぞ」
 その風渡野の独り言に、まったく同じ抑揚で進藤の声が被った。
<だが、本番はここからだ。…観測から、月軌道上に待機していた無人機動艦隊28隻がこちらに向かって移動中との報告を受けた。火星周回軌道上の第二無人艦隊と合流すれば、50隻の大艦隊になる。計算では彼ら二つの艦隊が合流するまでに約48分、そののちさらに地球艦隊へ増援として合流するのは火星、フォボスの周回軌道上と予想される>
「…それまでに、地球艦隊を叩く。そうだな、進藤?」
 富樫はまたもや、進藤准将に先んじて言葉を切った艦長を見上げた。その風渡野の独り言を追うように、進藤が声を上げる。
<我々は、地球艦隊があの無人艦隊の援護を受けるより前に、彼らを叩く…!>

 まるで、あ・うんの呼吸ね。
 富樫は微笑んだ。
 進藤准将とうちの艦長、若い頃は同じ船の戦闘班長と航海班長だった、って話は、本当だったみたい…。
「——ライバル同志、今でも健在なんですね…艦長」
「ん?」
 副長富樫の声に、風渡野は視線を落す。ショートヘアがさらりと揺れて、切れ長の瞳が微笑み返していた……「進藤准将の手の内を、すっかり読んでおられるなんて。素晴らしいですわ…艦長」
「え?…いやあ、はは」
 困ったな。…私には、妻も娘も、孫までいるんだが。
 富樫の濡れた視線に、風渡野はうっかり見入ってしまう。
 と。突然艦橋の前面で声が上がった。
「艦長!!」
「どうした?」
「…メリッサが」



 富樫がふいに険しい目つきになって操舵席へ走って行った。「メリッサ!あなた…また!!いい加減にしなさいっ」
「だって…。無理です、絶対無理〜…」
「どうしたんだ」
 何となれば……無人機動艦隊との戦闘を目前に、メイン操舵士のメリッサは戦意喪失。「だって…、島少佐の艦隊ですよ?…私、絶対無理ですう〜〜…」あの方の艦隊を攻撃するなんて。進藤総司令、もっと早くに地球艦隊を撃ち取る、って約束してたじゃないですかあ。
「……………」

 まったく…。
 風渡野は頭を抱える。野郎どもの集団なら、馬鹿者!と一喝すればすむことに、なんでこんなに頭を悩ませなきゃならんのだ…?
「メリッサ、馬鹿言ってないで任務に戻りなさい!」副長の富樫は、男女混成の「普通の」艦艇で経験を積んで来た女性戦士だ。メリッサの態度に、憤懣やるかたない、といった様相である。「オニール中尉…!あなた自分の立場をどう心得ているの!?この艦のメイン操舵士ともあろうあなたがそんな理由で」
 職務放棄、敵前逃亡にも等しい重罪よっ、許されると思ってるのっ!!
火を吐く龍のごとく怒声を上げる副長を見やり。…本来ならこれは、艦長たる私のすべきことなのだが——と風渡野は長い溜め息を吐いた。だが…もしかして、これはチャンスなのではないか?
「副長。迷いはすなわち重大ミスにつながる。仕方あるまい、代打を立てよう。司、メリッサと交代できるか」
「…了解です」司花倫が極めて無表情に、メイン操舵席へさっと滑り込んだ。この艦の操舵は、実質メリッサと司の分業体制にある。どちらかが負傷しても艦の動作に支障をきたさぬよう、人員配置されているのだ。
「艦長っ!!そんな甘やかしていたら」
「万が一に逃げ腰の操舵をされでもしたら、取り返しがつかんだろうが!報告書にはオニール航海士負傷、とでもしておけ。大丈夫だよ。司がいるじゃないか」
「でも……」
「時間がないぞ、総員部署につけっ!」

 そんなアクシデントなどおかまいなしに、再び進藤からの通達。
<全艦、進撃開始!地球艦隊が無人機動艦隊と接触する前に、総攻撃をかける。第一陣、アステロイドベルトへ直進、第二陣はこのまま密集体型を取って追撃を開始、コード“スピンドル”!>


「アルテミス、発進。第2戦速から第4戦速へ!」
「アルテミス、発進します」
 淀みない加速。それでいて、隊列を組む周囲の艦隊と足並みを奇麗に揃える柔軟さ。航海長メリッサに較べて小柄な司の姿は座席のヘッドレストにすっぽりとかくれてしまい、艦長席の風渡野からは彼女の動向はよく見えなかった。だが、時折垣間見える左右のシフトレバーを操作する上腕に、その自信のほどが伺える。



 風渡野は、機関部の斉藤さやかから世間話程度に幾度か、司の操舵について聞き込んだ事があった。
「メリッサ航海長の操舵もいいんですけど、機関にとっては司副班長の取り回しの方がいいんですよ。何て言うのかな。普通のキャブで言ったらエンジンがカブらない、とでもいうんですかね…?ぶん回し方がすごく潔い。フライホイール、いい色に焼けるんですよ…副班長が操縦すると…」
 相性、とでも言うのだろうか。
 確かに司に操舵を任せると、船が水を得た魚のごとく…機動性能を気持ち15%は向上させることに風渡野も気付いていた。

 実は誰にも話してはいないが、今回風渡野は、ここぞという場面ではメリッサではなく司を起用したいと密かに考えていたのだ。島大介の無人機動艦隊を、メリッサが相手にしたくないというのであれば願ってもない好都合である。
 無人艦隊は、いわば我々にとっても未知の敵だ。艦隊スペックの公式発表資料を読み込んだだけではにわかにはわからないだろう底力を、あの艦隊は持っている。
(進藤、…油断するな。あれはただの傀儡ではないぞ…)
 あの一見量産型艦艇の寄せ集めには、何かが潜んでいるはずだ。手駒を司と言う切札に持ち替え、風渡野は我知らず武者震いした。

 

 

 

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