プラネッツ・エンカウンター2209(5)



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「艦長、ポイントYB53に到達します」
 富樫の声に、はっと我に帰る。
「もう、ボーッとなさらないでください、艦長?」
「はいはい、すまんかった」
 まるで娘か嫁に叱られる隠居爺だ、と風渡野は苦笑した。

「地球艦隊をレ—ダーに捕えました!」
「艦隊総司令より入電、本艦はメレアグロスと共に右ウイングに展開。予定通り駆逐艦灘白(なだしろ)以下、26隻を率いて座標GV1590へ向かえとのことです。ラグナロク率いる第一陣が地球艦隊を半月包囲し、砲撃戦を開始、我々は第二陣として下方に待機します」
「メレアグロス、菱垣大佐が出ます」
「通信ホールド、30秒です」
「反応弾全砲塔確認。ミサイルもパルスレーザー砲塔もすべてよし!」
「速力アップ、40宇宙ノットへ」
 飛び交う声はむくつけき男どものそれではなかったが、気迫は充分だ。いやむしろ、段取りやタイミングなどは野郎どもの集団よりもスマートかつスムーズ。互いの不備をも柔軟に補う動作が、非常に頼もしい。
「艦載機隊、全機、磁力反応弾装填確認!発進準備よし」
「敵艦隊の前衛、鶴翼に散開!先頭の空母が主砲有効射程距離圏内に入ります!」

 

   




「…交戦に入ったようですね」
 火星基地の無人機動艦隊CDCでは、観測を兼任する梓と瀬尾が両艦隊の動向をレーダーで探知し、そう報告した。
「開戦宙域は土星のパレネ環の外側です。仮想敵軍は紡錘陣形を取って中央突破するつもりでしょうかね…」
 あ、違うな。…二手に分かれたようです。
 …第二陣が本隊の下部に集結しています。第一陣は散開、…しかし地球防衛軍の方が包囲網が大きいようです…
「ボストリコフ中将、セオリー通り囲い込んで迎撃するつもりかな」
 現場が遠いので、三次元レーダーパネルに投影されるのは光点だけである。まるで3Dシミュレーションゲームのように、双方の戦力が進んでゆき、中央で入り乱れるのが見てとれた。地球防衛軍艦隊と仮想敵艦隊の2大勢力は、地球側が黄色の、そして敵側が青色の光の明滅となってパネル上に煌めき零れる——。

 だが仮想敵総大将の進藤大佐がそうまんまと包囲されるような陣形で突っ込んで行くとは考えにくい。島は指揮席の背に深く凭れつつ、観測を担う梓と瀬尾に声をかける。
「進藤准将の仮想敵第二陣の動きを良く見ていろ」「了解」
 戦況を見守るすべてのコントロ—ラーの目が、パネルの光点に注がれた。
「……動きました!」
「散開した前衛第一陣の下方から、紡錘陣形の第二陣が急速上昇!」
「やっぱり中央一点突破か」
「…散開した第一陣は囮だな。すげえ…!第二陣が仮想敵軍前面の艦載機ごと、主砲で一斉掃討だ!」
「やるな!」
 地球防衛軍の前衛にダメージ…総戦力の25%を喪失!
 けっ…、手強いな! 
 同じ地球人が扮する仮想敵とはいえ、その進撃の様には背筋を凍らせる迫力があった。

 

 進藤宗吾准将も、剛毅な気質で知られる50代後半の戦闘指揮官、現役の艦長の中では「危険人物」として知られる年長者のひとりである。今は亡き土方竜、そしてヤマトの第2代艦長を務めた山南の後輩に当たり、これまでの侵略戦争中も軍の重要な任務に就いていた豪傑だった。しかし残念ながら、進藤もディンギル戦役で手酷く負傷し、やはりこれまで療養生活を余儀なくされていたと聞く。
 ……現在の若い活力を牽引するベテランのほとんどが、激戦の最中に九死に一生を得、計らずも生き延びた負傷者ばかりであるという事実は、真に皮肉なことであった。生き恥を晒し。それでも、明日のために生にしがみつき、そして今また…戦いを生きる老兵たち。進藤、そしてボストリコフの両雄に、皆が改めて畏敬の念を抱く。

 ボストリコフ中将の率いる地球艦隊も善戦していた。艦隊を左右に二分し波状攻撃を仕掛け、盲点を突こうとする進藤の仮想敵軍をさらに包囲しようと、畳み掛けるような機動を繰り返す。

 あのジジイ、結構血の気多いな!
 70近いはずのボストリコフのアグレッシブな作戦の応酬に、CDC内は何度も沸き返った。
「…でも結構撃ち漏らしてるぜ。…さっきのエンカウンター、仮想敵軍のダメージたったの2.7%だ」
「なんだそれ!?地球艦隊の砲撃手、腕が悪いな!!」
「仮想敵軍、陣形を立て直します」

 パネルに展開する青色光のポテンシャル・エネミー群は、包囲・集中砲火を受けても尚、戦力を維持している…どうやら、地球防衛軍の艦隊のパイロットも砲撃手も、それほど腕が良いわけではないらしい。
「なんだ…たいしたことねえんだな!ちゃんと狙って撃ってるのかよ、地球防衛軍!」
 太助が呆れたように声を上げる隣で、大越が肩をすぼめている。「徳川先輩、全部の船がヤマトじゃないんですから」
 島もそれを聞いてぷっと小さく吹き出した。
 眼前のパネルスクリーンに表示される、黄色と青の点滅光に、過去一度だけ参戦したことのある大規模な艦隊戦を想起する……ガトランティス前衛艦隊との戦いだ。その当時、ヤマトは3隻の空母を率いて敵の大艦隊に奇襲をかけるべく単独行動を取っていた。総指揮は土方さんだった……。

 ——ふと島は思った。

 この艦隊戦、古代が指揮していたらどうなるだろう?
 あいつが仮想敵軍の大将で、俺がこっちの大将なら、どう采配を振る——?



 自然と「古代ならこうはすまい」「自分ならこうするだろう」という布陣が思い浮かぶ。そして、その脳内シミュレーションと実際のそれとが食い違う度、興味深く検証している自分に気がつき、思わずまた、苦笑した。



 仮想敵軍は怯まず進撃を続けている。被弾し、戦線離脱のコールサインを発した駆逐艦3隻を後退させ、あくまでも交戦宙域を抜けて地球へ向かわんと再び紡錘陣形を立て直した。やはり、地球艦隊の中央を一点突破するつもりなのか。だとしたら…武器となるのは、速力だ。
「うおっ、…早え!」
 新田が面食らって嬌声を上げた。やるな、有人艦隊のくせに…このフォーメーション機動、なかなかだぜ!
「…畜生、いい動きするじゃねえか…仮想敵軍」
 ああくそ、ここまで来ねえかなあ。
 迎え撃って、一網打尽にしてやんぜ、なあっ!?
「おう!!」「来やがれ、仮想敵軍!」
 神部、竹村の飛ばした檄に、CDC内は再び湧きあがる。



(まったく……随分な自信だな…)
 くすくす笑いながら、島は指揮席からその様子を見守った。この部署に配属された新兵たちは、年齢で言えばまだ恐怖をものともしない血気盛んな10代後半、20代前半の若者たちだ。最年少の槙田はまだ19歳、最年長の竹村や神部でさえやっと23。飲み込みも早いが、リミッターが外れるのも早いと来ている……この部署ではあくまでも機器の精密操作が主な任務だ。冷静さと正確な判断だけが戦果を引き出す、…しかしいくらそう言って聞かせたところで血の気の多いこの集団。ヒートアップするのは止めようがない……
(…俺たちも、イスカンダルへ行った時はきっとこうだったんだろうなあ)
 また、ふと思い出す。俺も歳取ったもんだ。浦島効果の影響かな?沖田艦長の気苦労が理解できる、なんてなあ…。



 そうしている間にも、戦況は刻々と変化の兆しを見せていた。

 地球艦隊が、幾度目かになる包囲網を狭めて行く。…ところが、仮想敵軍は一糸乱れぬ密集体型を取り、その包囲網を全速で迂回し始めた。地球艦隊がそれを追う。戦域は次第に木星方面へと移動し始める。仮想敵軍は地球艦隊が隊列を整えている隙に速度を上げ、方陣を組んだまま木星の衛星イオ方面に向かって全速で突っ走った。
「…仮想敵軍の大型パイロット、腕っこき揃いだな」
 見ろよ、スクエアフォーメーション組んだままこのスピードだぜ…!
 有人艦のくせに、やるな!!
 次第に、管制官たちの表情が真剣になる。このCDCのヴィデオパネル上ではただの光点に過ぎないが、その光点の一つ一つが実際は全長300メートルを裕に超える大型戦艦であることを考えると、それが互いに数百メートルの間隔を保ったまま、隊列を崩さず時速数千キロ以上のスピードで航行しているという事実は驚くべき快挙というほかない。しかも進路は緩やかに北西下方向へとカーブを描いている…
 仮想敵艦隊は、そのままの速度を保ったまま、再び左右へ二分し始めた。扉が開くようにまっぷたつに分かれるのではない。さながらファスナーを開けるかの
ように、入り組んだ陣形を保ったまま僅かずつ、艦隊が上下左右に移動し始めたのだ……


「おいっ!?」
 何人かが気付いて声を上げた。島も身を乗り出す。緩やかなカーブを描きつつ突進する艦隊の上下左右への分離。水平位置で後続する地球艦隊からは、敵軍が二手に分かれていく状況はかなり捉えにくいはずだ……
「気がつけ!!飲み込まれるぞ…!!」何人かが叫ぶ。
(中将、罠です…!回避を!)
 島も内心ボストリコフに呼び掛けていた…が、間に合わない。
 仮想敵軍は、同じく密集体型を取って追撃して来る地球防衛軍の鼻先で二方向へと緩やかに分かれ…まるで袋の中へ追っ手を迎え入れるように、全軍が速度を落とした…
「ヤバい!!」
 皆があっと思った瞬間、大きく口を開いた鰐の顎に飲み込まれるように、地球艦隊は包囲された。
「一斉砲火だ……!」
 敵艦隊に挟まれた地球艦隊は、両側面からの砲撃を一斉に浴びた。

 

 

 

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