プラネッツ・エンカウンター2209(4)



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「地球防衛軍艦隊、ヒトナナマルマルに火星宙域を通過。本隊との遭遇は明日ニーイチサンマル、土星宙域の予定です」
「いよいよ始まったか〜〜」
 通信班長/立川紀子の凛とした声に、戦闘班長/奏ひろみが嬉しそうに応えた。

「今回は艦載機の出番はあんまりなさそうね」副長の富樫がそう呟くが、奏は聞いてはいない。艦隊戦、断然オッケー!砲撃戦大歓迎!!模擬弾だっつっても、波動砲撃てる可能性もあるわけだからね!
「血の気が多いのは結構だが、…我々はあくまでも駒の一つに過ぎん。それを忘れんようにな」
 風渡野が艦長席から笑った。



 土星の衛星タイタン宙域に集結しつつある仮想敵軍、木星・土星連合艦隊の一隻として、このアルテミスも現在集結地点に向けてゆっくりと航行している最中である。
「集結ポイントを確認。目視可能な距離に入ります」
 メリッサ航海長が操縦桿を握る手を離し、前方を片手で指差した。兵藤が頭上のメインパネルに目標エリアの全景を投影する——

「…壮観ね」
 富樫が呟いた。
 右舷に緑、左舷に赤色の巨大な航海灯、総身を艦首から艦尾まで白や青の点滅光で煌めかせた70隻余の大艦隊。さながら蛍の群れのように、漆黒の宇宙をそこだけ燦然と輝かせている。
「右舷後方、旗艦<ラグナロク>が並行中。航海長、操舵に気をつけてください」
「宣候」
 仮想敵の旗艦を担う12万t級巡洋戦艦<ラグナロク>からの通信が入る…
<風渡野、久しぶりだな!>
 風渡野はパネルに映る僚友の顔に目を和ませた。「…おお、久しぶりだ、進藤」
 いやん、ロ—トル友だち感動の再会?
 背後からの如月の小声に、司がぷっと吹き出す。司はメリッサの隣で操縦補佐をしているのだ。
 ごま塩頭の艦長二人が、懐かしさのあまり昔話を始めそうになるのを、富樫が咳払いで止める。
「艦長、そろそろ集結ポイントに到達します。ラグナロクの進路を優先してください」
「ああ、分かった。進藤、そういうわけだ。先に行ってくれたまえ」
「…相変わらず、華やかな船だな。羨ましいよ」

 こちらから見えるパネルの中のラグナロク第一艦橋には、厳しい顔つきの青年士官たちが居並んでいる。対して、風渡野の周囲に広がっているのは同じ士官服を着用してはいるが、唇の赤い、色の白い女性士官たちの花園……
 画面に映る青年士官のひとりが目を丸くしてこちらを覗き込んでいるのを目にし、風渡野は思わず苦笑した。
「こっちはこっちで、色々と苦労があるんだよ」
「艦長」
 富樫の咳払い。風渡野は慌てて進藤にパッと敬礼すると進路を譲るようメリッサに指示する。
「アルテミス、両舷減速。速度10宇宙ノット…」



 準備は整った。
 進藤宗吾准将の姿が、すべての艦艇のメインパネルに投影される…

「仮想敵軍総大将・進藤だ。地球艦隊は現在木星宙域をこちらに向かって航行中である。予定される最初のエンカウンターはこの集結宙域から約50万キロ、土星の輪・パレネ環の外側だ。これより通信は専用回線に限定し、地球艦隊との交信の一切を断つ。…作戦はかねてより各艦艦長へ通達した通りである。諸君の健闘に期待する!」

 <ラグナロク><アルテミス><メレアグロス>の12万t級の戦闘巡洋艦3隻と空母2隻を陣頭に、平方陣を敷いた仮想敵艦隊は地球に向けて進撃を開始した。

「アルテミス発進せよ」
「アルテミス、発進します」風渡野の指令を受け、メリッサが艦を微速前進させる。
「陣形ホールド。パレネ環の外側、ポイントBY53にて右舷へ散開。速度20宇宙ノットを維持」
「宣候」
「奏!全艦第一級戦闘配備。砲塔動作確認。エネルギー弾からレーザー反応弾への切替えを再度確認せよ。間違っても実弾なんぞ撃ってしまったら笑い事じゃ済まんぞ」
「了解!」
 もう、艦長ったら心配性なんだから。
 カナデはたっと席を立つと、午前中に確認したものを再度確かめるため、砲塔およびミサイル格納庫へと向かう。



 演習での艦隊砲撃戦には、「レーザー反応弾」と呼ばれる照射イルミネーターの一種が使われる。当然、実弾ではない。発射と同時に弾道が計測され、着弾したと判定されるとその部分にレーザーが照射される、一種の通信波である。艦載機のドッグファイトなどで使用される、リアルな着弾反動のある「磁力反応弾」とはまた違い、着弾時の反動はほとんどない…それもそのはず。そもそもショックカノンの反動まで再現される代物であったら、艦内部の振動も半端ではない。あくまでも「演習」である、実際の被弾感覚は必要ないのだ。
 ただ、過去の実戦をくぐり抜けて来た経験者は、この反応弾の使用についてはいまだ懐疑的であった。…「宇宙で被弾することの恐ろしさを、では新兵たちはどのようにして知るのだろうか?」
 ——実際の戦闘で。
 答えはそれしかない。

 だが、実際の戦闘では被弾した時点で己の命が終わる可能性も多分にある。近接区域が被弾し、シアンガスが発生し室内の酸素が装甲の外に嵐のように漏れ出て行き。轟き降下して来る隔壁に僚友が挟まれ、その体が絶叫と共に切断されて行くのをただ見守るしかない…という苦悩。そうして生き延びた直後の瞬間にも、冷静さを保って戦闘を続行できなければ、その次の死は自分自身である。



 風渡野は、眼前の艦橋に立ち働く美しい“娘たち”を複雑な思いで眺めた。

 実際の戦闘で、彼女たちが生き延びてくれる確率はいかほどであろうか。
 比較的年長の、副長の富樫及び工作班長のレジーナは、ガトランティス、ディンギル戦役を体験し生き延びて来た経験者である…だが、その他のメンバーは敵と交戦した経験をまだ持たない。戦闘班長のカナデすら、砲撃戦による被弾の凄まじさを身をもって体験して来たわけではなかった。

(願わくば、異星人の来襲など…2度と起きることのないように…)

 先日小耳に挟んだ、ガルマン・ガミラスからの特使の噂。地球の本土各地に埋蔵される、地下核物質をガミラスへ譲渡せよと言う依頼だったと聞いている。詳細は分からんが、…地球は、今やあの恐ろしくも強大な宇宙国家の庇護の元にあるのだ。かつて風渡野自らも踏み込んだ硝煙地獄。ガミラス帝国の恐ろしさは嫌というほど知っている…今に至っても尚、あの悪魔のような連中に尻尾を振るのは自分自身願い下げだ。だが、我々の太陽系、そして母なる地球が彼らに守られると言うのであれば…それも致し方のないことであった。
 そして、風渡野の思いはふと、訓練学校のかつての教え子の一人にスライドした。



 ——島大介。

 29万6千光年の前人未踏の旅を成功させ、外宇宙から飛来した侵略者どもを撃ち破り、水惑星の接近すらも阻んだ、あの「ヤマト」の航海士。

 彼は、今回の演習に参加しているんだったな。…しかも、彼ほどの男が、攻撃隊には名を連ねていないという。それもあろうことか、あの無人の艦隊を率いての「後方支援」だというではないか。
 ヤマトが不参加なのは、当初から予定されていたことだった。名だたるヤマトの乗組員経験者の中で、今回の演習に参加しているのは島、そして副官の徳川のたった二人だけだと聞いている。当初は思った…あのヤマトの出身者は、演習の無意味さをよく知っているからなのだ、と。外宇宙からの侵略者は、想像の可能な範囲での攻撃などして来ない。いくら大規模な演習を積んだとて、科学力のレベルの差次第でやられる時はあっという間だ。それを知っているからほとんどが不参加表明をしたのだろう、と。

 だが、島大介が参加していることの意味は何だろう?
 無人の艦隊。それが参戦するのは、確かに興味深いことではある…

(戦う、ということは、必ずしも前線に出て敵と刃を交わすことではない)
 ……風渡野自身が、訓練学校時代、ガミラスとの交戦に息巻く学生たちに対し幾度もそう諭したことがある。大型航法科の教官であった自分は、非戦闘員としての大型艦の操舵士の役割について、そう学生たちを何度もたしなめた。攻撃の操舵、護りの操舵を使い分けろ。攻めの操舵は、必要とあらば抑制する必要があるが、護りの操舵には限界はない。艦全体を生かすためには、護りの操舵に徹しろ。決して躊躇するな。——もっとも、その訓示の意味を真に理解し、実際の戦いで実践したのはほんの一握りの教え子だけだったが。



 風渡野は、そのごま塩のあごひげを愉快そうにそっとしごいた。メリッサの隣で補佐をしている新人の司を眺めやる。あの娘も、特殊な経歴の持ち主だったな。月面基地で撃墜クイーンと異名を取った艦載機パイロットだったにもかかわらず、防衛大へ舞い戻ってきて大型に転向した。…攻めの操舵と護りの操舵を使い分けることの出来る、稀有な人材だ。そう、あの島大介と、きっと同種のパイロットだろう——。
 公式に発表されている「無人機動艦隊」についてのスペックも風渡野の興味を引いた。まさにあの男が画策しているのは、「護りの操舵」を体現する新しい艦隊なのだ。

(もちろん…我々が木星以遠で地球艦隊に撃ち取られてしまったら、彼らの出番は皆無ということになるな)

 だが、それでもかまわないのだろう。風渡野には、島大介がそう思っているだろうことが分かるような気がした。

 

 

 

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