プラネッツ・エンカウンター2209(3)

 

 

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 2月某日。

 <プラネッツ・エンカウンター>と呼ばれる、太陽系内惑星合同軍事演習の幕が切って落された。


「いずれにしても、俺たちはここでいつもの通り…だもんな」
 実感湧かないぜ、と徳川太助がむくれている。
 大規模な軍事演習だというのに、実質出撃はなし。いつものようにここから電波を飛ばすだけだ。違う事と言ったら、フォーメーションのコードネームくらいかな?
 無人機動艦隊CDC(コンバット・ディレクション・センター/戦闘指揮所)は野郎ばかりの閉鎖空間である。娑婆の空気もそうそう吸えない。せめてもの気晴らしにと誰が始めたのか…艦隊フォーメーションのほとんどに隠語のような呼び名が付けられているのだった。もちろん正式なフォーメーション名もあるが(例えばコードDINOとか、REX-96Vなどだ)、隊員たちは滅多にその正式名を使うことはなかった。
「大越、神部!間違っても本隊に聞かれる通信でスケベな方のコードネーム叫ぶなよ?」
「それ、一番やりそうなの徳川副長じゃないっすか」
「なんだとお?!」
 わはは、違いねえ!
 無人機動艦隊のCDC内に、どっと笑いが巻き起こる。


 巨大なドームに覆われた火星・メリディアニ基地。その一画に設えられた、無人機動艦隊コントロールタワー。ドーム上部に位置する、このCDCから発信されるハイパータキオン変調波は、無数のリレー衛星を経てほぼタイムラグなしに50隻の無人戦艦へ受信される。
 無人機動艦のベースとなったのは防衛軍の量産型艦艇、10万t級の<日向ひゅうが>型戦闘巡洋艦、8万t級の<金剛こんごう>型ミサイル駆逐艦。
 無人機動艦隊は第一、第二の二つの分隊に分かれ、各々戦線を張るように設定されている。地球の水際防衛ラインに展開する第一無人機動艦隊は、月の裏側のティコクレーターに無人の中継基地を置く28隻。編成は旗艦<昇竜>を筆頭に、戦闘巡洋艦12隻・宇宙駆逐艦16隻、である。
 そして前衛、火星のダイモス衛星軌道上には第二無人機動艦隊22隻が控える。第二旗艦<ガルダ>を筆頭に、戦闘巡洋艦12隻・および宇宙駆逐艦10隻がその編成である。これら前衛、後衛の各隊は、作戦行動の際にはそれぞれがこの火星基地からの指令により集結あるいは分散しつつ防衛線を張るのだ。

 艦のCICに組み込まれた戦闘プログラムのうち、無人艦隊の動きの要となる操縦系統に関るものはすべて、「ヤマト航海長/副長・島大介」の操艦データに基づいてプログラムインプットされている。この事実は比較的初期の頃から公式発表の際に聞かれていたことだが、コンバットデータの一部も同じくヤマトの戦闘班長古代進、また副班長南部康雄の砲撃戦データを参考に作られていることは案外知られていない。
 この無人の戦艦50隻すべての艦の動きが、実は「ヤマト」そのもののコピーであることは、データ上では垣間見えるものの実際はほとんど知られていない恐るべきギミックなのである。

 しかも、この無人機動艦隊の特殊性はそれだけではなかった。通常の戦闘巡洋艦・ミサイル駆逐艦としての能力に加え、各艦艇には艦載機の代替として3基の小型戦闘衛星が積まれている。小型戦闘機などに包囲された時点でも、戦闘衛星がいわば艦載機のゴーストとして射出され、それらに応戦する形で展開するのである。また、第二艦隊22隻のうち7隻はタキオン粒子を乱反射するステルス加工の施された硬化テクタイトの装甲板で覆われており、コスモレーダーの探知をかわすことが可能であった。しかしこのステルス機能に関してはまだ充分な完成を見ておらず、今回この装甲板を配した艦船を参加させるか否かで防衛会議は賛否両論に分かれたが、試験的に参加が認められることとなった。

 そして、この艦隊の最大のギミックが<アルゴノーツ>と呼ばれる、高機能AI自律航法制御システム(AACS)である。人間の乗り組まない巨大な戦艦を動かすため、無人機動艦の船体の至る所に3D解析カメラが備え付けられており、艦は常にその周囲360度を自動観測し続けている。その観測データを得たA.I.はあたかも人間の乗組員がそれを分析し繊細な機動を行うかのように、艦を「自律コントロール」するのだ。例え移動中や戦闘中にCDC管制官からのコマンドが途絶えたとしても、A.I.は自ら機動を選択し稼働を続ける。メインコンピュータにロードされている<島大介>のフライト・データがコマンドをサポートすることでA.I.はさらに学習を重ね、じりじりとその性能を上げつつある途上であった。




「島隊長、地球防衛軍艦隊総司令から入電です」
「よし、回線開け」
 CDCは見渡せばひとつの戦艦の大艦橋と同じだ。中央奥に、艦長席に当たるコマンダー・ブースがあり、指揮隊長・島大介はその席から指令を下す。

<艦隊総司令テオドール・ボストリコフだ>
「無人機動艦隊指揮隊長、島大介です」
 地球艦隊旗艦<タイコンデロガ>の艦橋に佇む、いかつい姿の白髪の総司令官は、防衛軍本部で何度か見かけたロシア出身の超ベテランだ。ガミラス戦役以前から活躍していた人物だから、齢70に近いはずだった。
(現役とは…驚いたな)
 確か、ずっと療養生活を送っていたと聞いている。医療の分野もデザリアム侵攻後には飛躍的な進歩を遂げたから、もしかしたら彼の頭部から下は例のサイボーグ技術で若返ったのかもしれない、などと島はふと思った。
<本日地球標準時間17時、我が地球防衛軍前衛艦隊は火星空域を通過する。仮想敵艦隊との遭遇は土星宙域となる予定だ>
「はっ」
<…君たちの艦隊は、木星以遠には展開できないのだったな。我々が戦線を後退させず、敵を土星エリアで撃滅すれば君たちの出番はない、と言うことになるが…>
「我々に遠慮なさらず、存分に戦ってください」
 ボストリコフは遠慮がちに言ったが、島はにっこり笑ってそう応えた。

 そうなのだ。無人機動艦隊はあくまでもTR変調波の届く範囲内でしか展開できない。地球から木星付近まではタキオンレーザー通信網が張り巡らされているが、それ以遠は未だ未整備の領域なのだった。それは一重にただ、専用の通信電波の強さ・飛距離に関する技術レベルと他の艦船用通信網との兼ね合いに起因した。発展途上の課題だ。そればかりは現時点では致し方ないことだった。

 コントロール席の一つで、徳川太助が身じろぎする。
(ヒゲジジイ、見てろよ。地球の絶対防衛ラインは俺たちの無人艦隊が命だってこと、思い知らせてやらあ)パネルに映る壮年の艦隊総司令を睨み上げながら、太助は鼻息を荒くした。
<万が一の場合には、後方支援をよろしく頼む。君たちの艦隊は、補給艦としての機能も万全だったはずだな>
「はい。任せてください、ボストリコフ中将」
 有人艦隊の出撃を支援し、さらにその後方を護る。無人艦隊に期待されているのは前線での砲撃戦ではなく、あくまでも「後方支援」なのだ。

 島の脳裏には常に過去の戦いがあった。
 ——地球の最終防衛ラインはかつて、ひどく脆く心もとなかった。痛ましい記憶となって残るのは、ディンギル戦役での出来事だ。ヤマトの盾となってハイパー放射ミサイルを自ら受けた防空駆逐艦<磯風><涼風><浜風>、そして<朝霧>…。そのどれもに、数百名の乗組員が乗務していた事実を、忘れることは出来ない。
 あの時犠牲になったのが有人艦ではなく、この無人艦であったなら。現在のように、自在に無人艦を操作できる状況にあったなら。それらの艦の最期を思うたび、無人機動艦隊の配備は最大の急務だと島は確信するようになった。一見、活躍の場も限られてしまうかのような現況だが、無人艦隊の本命は、あくまでも有人艦隊のサポートである。失われなくてもいい命を最大限に救う、それが無人機動艦隊の使命なのだ。地球防衛軍が土星近辺で仮想敵をすべて撃ち破り、凱旋して来るのを再び迎えるのだけが今回の任務であるなら、そんなに喜ばしいことはない——。


「ボストリコフ中将、地球艦隊の健闘を祈ります。ご武運を」
 その島の言葉に、重々しく頷いたボストリコフの映像がパネルから消えた。直後、敬礼の姿勢を解いた島に向かって、神部が残念そうに意見する…
「…補給艦だなんて。見くびられてますね、俺たち」
「まあそう言うな、神部」
 CDCに居る9名のコントローラーのうち、半数以上が今の通信でのボストリコフ総司令の言葉に引っかかりを感じている。それを感じ取り、島は軽く溜め息を吐いて苦笑した。
「…君たちが少数精鋭でここに配属された意味をもう一度良く考えろ」 
 俺が…この島大介がこの部署に敢えて止まっていることの意味を…思い出してくれ。
「君たちは、何のために軍に入った?誰のためにここにいるんだ?」
 理由はなんであれ、各々その「守りたいもの」のためにここに居るのではないのか?

 …であれば——熱くなるな。
 蛮勇は無意味だ。本当に誰かを、何かを守りたいなら…頭を使え。そして、まず自分を大事にしろ。自分が——生き延びろ。

「いいか。前線でドンパチしたい、その気持ちは男なら誰でも持っているだろう…だが、誰かが死ねば、必ずそこに<奈落>が生まれる。飛び出して行って死んだ奴を必ず誰かが悼むんだ」
 考えても見ろ。
 死んだ奴を悼んで、少なからず行動は麻痺し、判断力は低下する。死んだ奴が一人でも、そうやって機能不全に追い込まれる人間は多数に及ぶ。そんな無駄を生み出す暇は、戦場にはない。俺たちの任務は、その<奈落>を極力生み出さないようにすることなんだ。
「……!!」

 淡々と諭す指揮隊長の言葉に、全員が沈黙した。この指揮官は、真実…地獄をくぐり抜けて来ている。身を隠してでも生き延びることの真の強さを、本当の意味で知っているのだ。

 島は、そこでふっと表情を和ませた。
「…それとな。地球人類は男だけで構成されてるんじゃない。女がいて、命が生まれ、それが人類となる。殺し合い食い合う獣と俺たちが違うのは、そこに心があるってことだ」
 君たちの母親、恋人、妹、姉。命を生み出してくれる彼女たちを、苦しめるような真似をするな。前線に出て行く有人艦隊の盾となって、その乗組員、そしてその家族を護れるのも、この俺たちだけなんだ。
「——この部署で戦うことの意味を…もう一度思い出してくれ」



 全員の表情が変わったのを見届け、島は改めてメインスクリーンに向かって顔を上げる。
「無人機動艦隊、全艦出撃せよ」
「…了解!」
 無人機動艦隊、全艦出撃!
 第一機動艦隊散開。
 第二機動艦隊、地球艦隊の到着を待って後方支援に入ります——
 <ガルダ><昇竜>とも、アルゴノーツ通信管制回路正常、艦隊フォーメーション・コードRAPTORからHER-SHE6へ!



 

 

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