プラネッツ・エンカウンター2209(2)

 

******************************************

 

 大ホールでの作戦会議は、その後数十分続けられた。だが、そこで交わされている会話の内容がどうであれ。この様子を他の艦のものが見たら、さしずめたったひとりの熟年男性(パパ?)を若い娘たちが取り囲んでの和気あいあいなお誕生会………に見えたに違いない。

 

                   *




 第一艦橋では、副操縦士の司花倫が操縦桿を握っていた。
「…ヒトフタマルマル、コスモナイト輸送艦<由良>より航路についての連絡が入りました」
 通信補佐の如月望美からそう告げられ、司は頷いて作戦室へコールした。
「…班長?メリッサ航海長」
 だが、作戦室からの応答はない。ああ、また和気あいあいと作戦会議ね。終るまで話通じそうもないな。チッ、と舌打ちする。
「…んもう、しょうがないわね。輸送艦はなんて?」
「この先、座標RA1885にて当艦と先方との航路が交差します。予定では地球標準時間12時54分。急務に付き、本艦への一時停船を要求して来ています」
「一時停船?」
 止まれって言うの?このアルテミスに?
 司は瞬時、呆気にとられてムッとする。…ええと?防衛軍最大級の戦艦に、航路を横切るから止まれ、なんて要求して来る輸送艦って…一体、何様よ?
「…正気かしら」
「通信内容には間違いはありませんが…」
「その艦の責任者って誰?」
「……通信の署名は…島大介少佐ですね。由良の艦長は太田健二郎大尉です。<極秘輸送任務に付き、貴艦の進路を小ワープにて通過する予定。当該宙域に侵入しないよう要求する>とのことです」
「……」



 島大介少佐か。
 司とて、もちろんその名前も顔も知っている。元戦艦ヤマトの副長であり、地球を幾度となく救った、“かの船”のメイン操縦士だ。訓練学校の大型航法科を出ている以上、彼を知らないなどというのはあり得ないことだったし、その非の打ち所のない操縦スキルは司だけでなく学生の誰もが、自由に閲覧できる公開データ上で何度も目にしている。船の端々に目が付いているのではないかと疑いたくなるほどの繊細な機動、そしてデッドラインぎりぎりまで艦の性能を引きずり出す大胆な操舵は、まさに驚愕のひと言に尽きる…。航海長のメリッサを始め、航海班のメンバーはほとんどが彼のファン…いやむしろ熱烈な崇拝者と言ってもいいくらいだ。そしてそれは、同じ宇宙航法を修める者として、決して無理からぬことであった。(もちろん、メリッサの盲愛は島大介の技術的なものに対してだけではない。ファンクラブの大半は、彼の見てくれ…あの紳士然とした端正なルックスにも陶酔しているのである)

「あの<島大介>の輸送艦が、目の前を横切る、ってわけね…」
「……先輩たちに知らせます?航路のことよりも、そっちの方が重大かも」
 如月はくすくす笑っている……司が航海班のくせに、あの『島大介』には興味の欠片もないことを不思議がっているのだろう。
「…まったく、島大介様々ね。いくら急いでたって、やって良いことと悪いことがあるわ」
「まさか」
 止まれません、って返答するの? マジ、ヤダ受けるー…
 如月はそう言ってまた爆笑した。司は溜め息を吐いて、肩をすぼめる…「そう言いたいとこだけど。しょうがないじゃん。……速度、20宇宙ノットに減速、15分後にRA1850にて停船する」
「機関部了解」伝声管から機関長・斉藤さやかの声が返って来る。

 ——機関減速、20宇宙ノットへ。




 <防衛会議によって嘱託されたコスモナイト輸送に関わる艦艇は、すべての航路においていかなる場合にも優先権を持つ> 地球防衛軍宇宙就航規定第98条イー(5)より。
 
「…もしくは職権濫用、とも言うな」
 ホットコーヒーの携帯用ボトルを手に、輸送艦<由良>の艦橋で島大介は呟いた。
「相手は最大級の戦艦ですからね。…はいそうですか、って止まっちゃぁくれないかもしれませんよ…」艦長の太田健二郎が苦笑いしつつ、そう応えた。
「アルテミスか?ラグナロク、だったかな?」
「アルテミスです」
 どっちにしろ12万t級だ。この<由良>の5倍以上はある。アンドロメダ級の巡洋戦艦は主に木星の衛星カリスト基地で建造されているが、アルテミスもカリストが母港だろう。地球へは降りたこともない巨大戦艦だが、少ない人数で太陽系外周の警備に日々たゆまず邁進してくれているのだ。
「……じゃあ、風渡野さんかな」
「先方の艦長ですか?」
「ああ…」
 通信は誰が受けてた?通信班の女の子?風渡野さんは出なかったのか。
「ええ。…島さん、知ってました?アルテミスって女ばっかりなんですってよ」
「へえ…女ばっかり?」
「ええ。戦闘班も機関部も航海班も艦載機も。男の方が少ないって話です」
「………」
 ハーレム。島の頭に、一瞬、酒池肉林に溺れる風渡野の姿が浮かんだ。
ぷっ。あの堅物の教官(せんせい)がね。まるで女子校の教師だな。よく手綱握って走らせてるもんだ。くく、と思わず笑いが漏れる。



 艦橋キャノピーの外には、準惑星のエリス(136199  Eris)が見えて来ていた。エリスは冥王星よりも大きい直径2700kmの星だが、その特異な軌道の故に惑星とは位置づけられず、準惑星に止まっている。衛星ディスノミアがエリスの右後方に見え、まるで手をつないだ仲良し親子、のような光景だった。
「…エリスを通過した時点で小ワープの航路設定に入る。それまでにアルテミスが停止したかどうか確認してくれ」
「了解」
 太田が操舵席から立ち上がり、観測員に頷いてみせた。航法士たちが軌道計算に入る。この度の輸送任務は緊急を要するため、太陽系内を小ワープで移動するよう上から要求されていた。今回、太田が艦長を務める<由良>に上官の島が乗り組んでいる理由はそれである。太田ももちろんワープの操作を行うことは出来るが、小刻みな小ワープを繰り返して異例の時間短縮を行う必要がある場合には、島が火星基地から臨時の操舵士として借り出されることがしばしばあった。
 火星基地では島の任務はいわずと知れた「無人機動艦隊指揮隊長」である。だが、無人機動艦の操作は結局、部屋にこもっての作業だ。時折実際に艦艇に乗り、星の海を飛びたいという欲求が首をもたげる島にとって、この類の突発的な任務は絶好の気晴らしになる。断る理由はどこにもない。太田としても、自分が艦長を勤める船に島が乗り組み、操舵士としてあの奇跡の腕を披露してくれるのは願ってもないことだった。
 例によって積み荷はコスモナイト。そしてこの貨物は土星のタイタンではなくもっと遠方からの代物である。純度の高いコスモナイトの採掘場は極秘のため、島や太田ですらその場所の正確な座標を知らされることはない。<由良>はエッジワース・カイパーベルトの外縁でこの貨物を引き継ぎ、軍港とドックのあるカリストではなく地球へ、それを運ぶようにと指示を受けていた。

「小ワープ、航路設定完了。ディスノミアからトリトン周回軌道まで跳びます。航路オールクリア、…アルテミス、速度50宇宙ノットから20宇宙ノットへ減速を確認」
「よし…。太田、風渡野さんをもう一度呼び出してくれ」
「了解」



「輸送艦<由良>から通信が入っています。どうします?」
「…艦長は太田大尉、だったよね」
「はい」
 この太田健二郎大尉も、ヤマト出身の有名人である。どうしようか。航海班憧れの二大巨頭、そろっちゃったじゃないか。島大介と太田健二郎…だなんて。
 如月もそう思ったのか、そわそわし出した。「先輩たちに知らせないで、後で文句言われたらどうします??」
「………<由良>は艦長を呼んでるんでしょ?…作戦室にもう一回コールしてよ」
 まったくもう。
 司は制動レバーを引きながら上半身で溜め息を吐いた……芸能人との遭遇の方が、まだしも理解できるんだけど。直にここのヴィデオパネルに島大介が映ったりしたら、メリッサ航海長は間違いなく気絶だな。アホらし。
「アルテミス、座標RA1850にて停止。輸送艦<由良>に航路を渡します」

<アルテミス艦長、風渡野大佐。こちらは輸送艦<由良>、艦長太田です>
 如月の開いた通信回線に、太田健二郎の声が入って来た。<協力、心より感謝します>
「こちらアルテミス通信班、如月伍長です」
 如月望美は操舵席の司をチラチラ見ながら、頬を紅潮させている。「風渡野艦長はただ今作戦会議中で通信に出られません…申し訳ありません!」
<そうか。では、大佐にくれぐれもよろしく伝えてください。停船させてしまって…申し訳なかった>
 横からそう言ったのは、太田の声ではなかった。
「……島大介よ!」
 インカムのマイクを口元からパッと外して、如月が小声で叫んだ。
「……そうみたいね」
 あーらら。
 メリッサ航海長、島大介のナマ声を聞きそびれたわね…。しーらないっと。
「お伝えします!」
 如月がそう応え、然る後通信はシャットダウンされた。
「…ま、あの人お行儀はいいわね…申し訳なかった、って謝るなんてさ」
 司は半眼でそう言った。噂の有名人、直に接したらえらくイヤな奴だった——なんてことがよくあることを考えたら。あの「ヤマトの島大介」は、まあまあ好人物、なのかもね。「…まあ、どうでもいいや、そんなこと」
 ——あたしにとってはね。

 戦闘巡洋艦アルテミスは、由良が通過する座標の手前で停船した。





「ちょっとちょっと?!」
 ドヤドヤと第一艦橋へメンバーが戻って来たのは、12時55分のことである。
「司副班長、なんで停船してるの?!」
 メリッサと風渡野が、ほぼ同音にそう訊ねた。如月通信士が事情を説明する——その彼女たちの眼前、アルテミス第一艦橋の数宇宙キロの鼻の先を、白い稲妻のような一条の帯が横切って行った………

 ……航海班長メリッサ・オニールが地団駄を踏んだのは、言うまでもない。

 

 

 

3)へ