プラネッツ・エンカウンター2209 (1)

 

 

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——西暦2209年元旦。


 
 太陽系外周警備の任に就く大型戦闘巡洋艦<アルテミス>の第一艦橋では、妙な光景が繰り広げられていた。
「艦長が来たら、みんなで一緒に言うのよ、いい?」
「明けましておめでとうございます〜」
「まだだってば」
「ことよろ〜、って昔は言ったのよねー」
「…なんでも省略すればいいってもんじゃないでしょうに」
 …ったく、理解不能だわ、と副長の富樫が笑いながらかぶりを振った。

 副長以下、第一艦橋に詰める乗組員は全員女性だ。切れ長一重の瞳がきりりと精悍な副長/富樫絢子(トガシ・ジュンコ)、艦内規則をものともせず巻き毛の豊かなロングヘアを押しとおす戦闘班長/奏ひろみ(カナデ・ヒロミ)、大柄かつグラマラスな航海班長/メリッサ・R・オニール、長身の美丈夫、デビルイヤーの異名を取る通信班長/立川紀子(タチカワ・キコ)。
 その4人が着ているのは艦内服ではなく、日本の民族衣装…振り袖である。
 とはいっても、この時代の「キモノ」は略式で、袖を通して合わせの部分で気密ファスナーを閉めればさっと着付けが済むと言う代物。戦闘班長のカナデが通信販売で購入したそれを着込んで、揃って正月祝を兼ねて艦長に披露しようという趣向なのだ。

「…艦長、ぶっ飛びますね」
「滋養強壮にいいんじゃない」
「これ、下半分ファスナー開けたらだめかしら…。動きにくいったら」
「だめだめだめ!いやらしくなっちゃうわよ!!」
「艦長は好きかもよ?」
「馬鹿……ショック死しちゃったらどうするのよ」艦長、お年頃なんだから…刺激強過ぎ!
 きゃはははは!!と嬌声が上がった。



 艦長・風渡野正(フットノ・タダシ)は50代後半のベテラン指揮官である。

 宇宙戦士訓練学校の教官を経て対ガミラス戦役に参戦し、名誉の傷を負って地上勤務に甘んじていた彼だが、数年前に宇宙勤務に復帰し、現在は太陽系外周警備艦隊第三艦隊所属戦闘巡洋艦<アルテミス>艦長の任に就いていた。
 アルテミスは、アクエリアス接近後の復興した地球において多数製造された地球防衛軍の遠洋航海専門艦艇の一つで、総排気量12万tを誇る新型波動エンジン搭載のアンドロメダ級戦艦である。木星の第4番衛星カリストにある軍事基地を母港とする戦艦は数十隻あるが、アルテミスもそのうちの1隻だ。…ただ、このアルテミスが他の艦艇と異なっているのは、この乗組員たちである……

「さすがの先輩たちも今日は大人しいかと思ったら、やっぱりアマゾネス健在ね」
 航海班の観測員、兵藤美咲(ヒョウドウ・ミサキ)が、コ・パイ(副操縦士)の司花倫(ツカサ・カリン)に耳打ちした。——主要リーダーのほぼ全員が「女性士官」なのは、太陽系外周艦隊においてはこのアルテミスただ1隻なのだった。情け容赦ない太古の女性部族、アマゾネスをもじって付けられたこのあだ名「アマゾネス」は、アルテミスの別名…いや、通称と言ってもいいだろう。300名余の乗組員のほぼ9割が女性のこの船を束ねる風渡野は、さしずめアマゾネスの部族長、といったところだろうか。一件華やかに見えるこの職場だが、部下が全員女性だからこそ、任務に対する姿勢も上に立つ者の采配に対する審美眼も異様に厳しい…そのことをわきまえなければ、この艦の艦長は務まらなかった。風渡野正はその飄々とした風貌からは思いもよらぬ思慮深い采配で、この稀有な乗組員の集団を抑え、統制していた。
 そのことの表れが、この光景だ——振り袖もどきを着て、元旦の挨拶をしよう、などという企画を立てさせるほど、風渡野は彼女たちに信頼されまた好かれている、…というわけである。

「…どうして4着しか買わなかったのよ、カナデ」工作班班長のレジーナ・織方がつまらなさそうにそう口を挟んだ。「全員分買っておけばよかったのに」
「冗談!一体これ、いくらすると思ってんのよ?」
 カナデは口を尖らせる。「あんたも着たかったの?!工作班長様?」
 機関班長の斉藤さやかが、それを聞いて爆笑した。
「それ、一着5万くらいするんじゃなかった?」え?もっと高い??
 じゃあ、工作班で真似して作ろうか……
 マジで!?
 ちょっと脱ぎなさいよ、どうなってんだか調べるから。

 華奢な赤縁のメガネをかけたレジーナが、カナデの襟首にその白い手をかけ、ぐいと引いた…。
「馬鹿」
 カナデの襟元がはだけ、ずるっと両肩が剥き出しになる。
 ……とその時。
「諸君、元旦からご苦労だ」
 太い声がして、頭上の艦長室から風渡野がリフト席にかけたまま降りて来た。

 ぶっ。
 
 肩も露に乱れた着物姿の巻き毛の戦闘班長と、呆気にとられる乗組員たち。怪し気な着物の美女たちを目にして、風渡野は思わず吹き出した。「…一体、何を始めたんだね……キミたちは…?」
 慌てて居住いを正し、にこやかに。
 4人の班長たちは敬礼の代わりにはんなりと会釈して。
「明けましておめでとうございます艦長!」

 今年もよろしくお願いいたします〜。

 練習ほどは、声が揃っていなかった。風渡野は苦笑を禁じ得ない…
 これは一体、好かれているのかおちょくられているのか…?娘ほどの年回りの部下たちが、自分を慕ってくれていることを嬉しく思う反面、このおもてなしはいくらなんでもどうかしている、と彼女たちの先行きが心配になる。
 …キミたちは、無事にお嫁にいけるんだろうかね?
 そう問うてみたい気持ちに駆られ、風渡野はまたくくく、と苦笑した。


             *      *     *


「さて諸君、すでに知っているとは思うが、隔年で催される合同軍事演習<プラネッツ・エンカウンター>が来月に迫った。今回は、我が第3艦隊は仮想敵として参加することが決定している」

 大ホールでの作戦会議。
 先刻、振り袖で艦長にはんなり元旦のご挨拶をした第一艦橋の面々も、今は艦内服に着替えて居並んでいる。
「仮想敵ですか?」
「エイリアン役、ってことですね」
「その通りだ。艦隊戦を念頭に置くから、過去の例で言えばガミラス、ガトランティス、ボラーなどとの戦闘を想起してもらえれば良い」

 参加人員は4万人、規模としてはかなり大きい演習になる。現在の地球防衛軍の戦力をほぼ二分して行われる過去最大の合同軍事演習になるだろう。
 我々の扮する仮想敵軍ポテンシャル・エネミーの戦力は、宇宙空母2、戦闘巡洋艦21、ミサイル駆逐艦25、防空駆逐艦(宇宙フリゲート艦)12、対機雷戦艦(掃空艇)5、補給艦7、その他艦載機・爆撃機・哨戒機など多数だ…地球艦隊よりほんの少々、規模が小さい。だが、地球艦隊の参加人員は、教官クラスのロートル大将と新卒エリートが多いらしい。普段から訓練にせよ外宇宙にいる我々の方が、模擬艦隊戦では数倍有利だ。

「対する地球防衛軍の要は、今回はUK・USA連合艦隊だ」
「アメリカ・イギリス自治州連合ですか。アジアはどうなんです?」
 富樫の問いに、風渡野は頷いて続けた。
「うむ、モンゴル・韓国・ロシアに加え、日本自治州ももちろん参加する。ただし、この度は<ヤマト>は不参加だ。冥王星以遠の輸送艦隊護衛任務で、あの艦ふねは5月まで太陽系に帰還しないのだそうだ」
「ヤマトなしか…」
 カナデがふうん、と不服そうに呟いた。「ヤマトなしの地球防衛軍なんて、簡単に破れそうですけどね」もう勝敗決まったようなもんじゃん。
「そうでもないぞ」
 風渡野は面白そうに応える。

 我々を迎え撃つ地球防衛軍の編成は、空母5、戦闘巡洋艦20、ミサイル駆逐艦18、防空駆逐艦15、対機雷戦艦11、補給艦8、艦載機・爆撃機・哨戒機など多数。
「加えて、火星周回軌道の前衛に22隻、そして月軌道上の後方支援に28隻の、<無人機動艦>50隻が配備されるらしい」
「無人機動艦隊?」
「島少佐の艦隊ですよねっ」突然、メリッサが声を(手も)上げた。航海班長のメリッサは、『ヤマト副長・島大介』の熱烈な崇拝者なのだ。
「…また始まった…」カナデが肩をすぼめる。『島大介』のこととなると、メリッサは止まらないからだ。
「…50隻ったって、結局あれってリモコン艦でしょ。戦闘衛星にケが生えた程度じゃないの」デザリアム戦役では、あっというまに殲滅されちゃったじゃない。
 カナデの言葉にメリッサが反論する。
「あの時と今では違いますー。あんた、アルゴノーツの開発、知らないの?新聞くらい読んだらどう?」戦闘班ってマジ、脳みそ筋肉なんだから。
「なんですってえ…?」
「まあまあ」
 風渡野が言い合いになりそうな二人の間に割って入った。「数年前に較べて格段に技術が進歩していることは確かだ。無人機動艦隊は昔の無人艦隊とは確実に違う…大統領のコメントやら防衛費の割き方を見ていても、相当軍が入れ込んでいるのは明白だ。ただ、その実力は未知数で、私にもまったく予想が出来ん」
「島少佐の指揮する艦隊ですもん〜〜、絶対無敵よ!地球艦隊にヤマトがいなくてもいい、って防衛会議が判断した理由はきっとそれよ〜〜」夢みるようなメリッサの言い草に、カナデも苦笑するばかりだ。
「いずれにせよ、地球艦隊の参加艦艇は普段は地球近辺に展開している艦ばかりで、空母のうち3は就役するのが初めてと言う蔵出しの艦らしい。実戦配備が初めての巡洋艦もあるという話だ」
「なるほどね。だから後方支援にリモコン艦隊が必要なわけだ」カナデの言い草に、またもやメリッサがガンを飛ばす。
「我々は総数72隻、対して地球艦隊は無人機動艦隊50隻を含めれば127隻になる……だが、知っての通り我々木星・土星基地連合艦隊は常に外宇宙において臨戦態勢で警備を行う精鋭ばかりだ。数では劣っても、お蔵出しの新鋭艦隊には負けん。…そうだな?」
 その場に集まったメインクルーたち全員が、風渡野の言葉に頷き…微笑んだ。

 

 

 

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