おまけ。

長男の嫁は宇宙人。

島ママ・小枝子さん、さあどうする?……な話(w)。

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「……さて、じゃあ……どうしましょうかね…?」
 島小枝子は両手を腰に当て、短く息を吐き。
…困惑顔で、そう呟いた。


 
 息子が結婚する。
 …それは当然の成り行きであって、いずれ迎えなくてはならない事態では、あった。世の中そのものも…すっかり平穏無事と言う訳ではない。依然として、宇宙から突如迫り来る脅威がなくなったわけではないだろう。二度も死にかけた息子だ。どうにか生き延びて、その上人並みに結婚してくれた…その事自体が、奇跡的な幸運
なのだ。それに…、この嫁は。その長男の命を救ってくれた、私たち一家の命の恩人、…なのだし。

(そうよ、この子がいなかったら…私たち一家はきっと、めちゃくちゃになっていたわよ…)

 本当にこの子のおかげ。彼女は自分の命を削って、うちの息子を救ってくれた。その後も、その時の、この子からの輸血のおかげで息子は奇跡的な生還を果たしたのだ。
 感謝、している。ええそうよ、私は大介の母として、この子に…感謝しているわ。

 それは確かな事実ではあったが、さて……実際のところ。こうしてその子…テレサという名の宇宙人とたった二人で家に残されてしまうと。小枝子はどうしたものだろう、としばし途方に暮れる。
 大介からは、幾つかの決まり事を言い渡されていた。
その1。テレサの身の上について、根掘り葉掘り聞かないこと。
その2。俺の任務(軍関係)の話をしないこと。
その3。母さんの趣味だのポリシーだのを、彼女に押し付けないこと。

(……大介ったらもう。それじゃ一体、あたしはこの子と何を話せばいいのよ?)
 今、その「子」は朝食に使った皿を、キッチンで実に丁寧に…洗ってくれている最中だった。そんなもの、食器洗い機に放り込んでおけばいいのよ、と言いかけたが、テレサが白磁の皿…つまり絵柄も何もついていない皿を、一枚一枚矯めつ眇めつ眺めている姿に開いた口が閉じてしまい。ああ、この子にとってはお皿がなにで出来ているか、ということすらも興味の対象なのね、と思い直したのだった。

「…終りました。お皿はあの籠の中に伏せて置いておけば、水が切れますね」
「あ、ええ、そうね…」
 ありがとうね。
 自然にそう言ってしまってから、そう言えば自分はこんな光景に憧れていたな、と小枝子は思った。娘と一緒に、家事だの買い物だのをしたいな…という願望。大介は、その夢をとりあえず叶えてくれた、ってことかしら?
 まあ、お座りなさいな、とリビングのソファにテレサを座らせる。自分も反対側のソファに腰かけた。この子の言葉が流暢なのがせめてもの救いだ。息子と初めて出会った頃、この子は地球の言葉、それも日本語を独自に、しかも丹念に学んだのだと言うからまったく驚きである。
 向かい合って、二人は顔を見合わせた。小枝子には、ともあれこの長男の嫁に、まず伝えたいことがあった。

「テレサ」…呼び捨てで、いいかしら?
「…はい、お母様」
 にっこり笑ってそう答えた嫁。まあ、なんて奇麗な子だこと…。正面から見て改めてそう思い、目を瞬いた。地球人ではないのだから、美しさの比較なんてしようがないだろうけれど。女の自分でも、うっとり見とれてしまいそうになる。大介ったら。まったくよくもこんな子を…射止めて来たものだわね、しかも任務の最中に?戦闘のまっ只中で。

(いやいや、違うわ。そんなことはどうでもいいのよ…!)
「あのね。大介の母として…あなたに最初に言っておきたいことがあるの」
 微笑んでいるつもりである。頬が強張っていないといいのだが。でも、ああ、なんだかこれじゃ、嫌な姑みたいだわ。言い方、どうにかしなくっちゃ。
 そう焦りながら、言葉を選ぼうとあれこれ思いを巡らせる……
「…お母様、私も…。お母様に、言いたいことがあります」突然、テレサが美しく微笑んだまま、そう言った。「でも、どうぞ、先に仰ってくださいな」
 なんだか、牽制されたような気がした。
 この子の、この蕩けそうな無垢の笑顔がなければ、今にも嫁姑バトルが始まりそうな…そんな台詞の応酬じゃないの…。



 小枝子はしかし、ちょっとだけ息を大きく吸って…ひとこと、言った。
「……ありがとう」



 テレサの瞳が、ほんの少し大きく見開かれた。
「大介を、…助けてくれて。本当に、ありがとうございました」
 余計な言葉無しに、そう、最初からこれだけ言えば良かったのよね。小枝子は深く下げていた頭を上げ、ほっとしてにっこり笑顔になる。肩の荷を下ろしたような気持ちになって、嫁の顔を見た、…途端。
「えっ、どうしたの!?」
 テレサは目を丸くしてこちらを見ていたが、急にぽろりと大粒の涙を零したのだ——。
「……あの…私」
 口元を押さえ、テレサは言葉を絞り出す。「…私も、ありがとうございます、って…言いたかっ…」



 大介が、どうしてこの子を選んだのか…小枝子にはすっかり理解できたような気がした。なんという純粋な存在。その容姿と同じように、この子は本当に無垢な存在なのだわ。
 根掘り葉掘り聞かない、という約束をする代わりに、息子からはテレサの生い立ちをある程度聞かされていた小枝子である。おそらくかなり小さい頃から、拠ん所ない事情のために地下深くにたった独りで幽閉され、俗世と隔絶されて生きるしかなかったというこの子。しかも、その家族や祖国、故郷の星さえも、侵略者によって焼かれ、失ってしまったという子。たった一度、好意を示しただけのうちの息子を、命までも捧げて救おうとしてくれた子…。
 抑えようのない涙をはらはらと零す姿に、小枝子はすっかり心を打たれてしまった。

「……お母様は、…私で良かったのですか…?地球には…島さんに相応しい方が他にいらっしゃるだろうと…私」
「…あなた、何言ってるの」
 あなたが、地球人のお嫁さんでないから、っていうこと?
 そう問い掛けると、テレサは恐る恐る潤んだ瞳を上げて小枝子を見つめた。
「大介が選んだ人ですもの。どこの星の人だって、関係ないわ。…いやだ、泣かないで頂戴よ…」
「でも」
「なあに?私が、あなたを気に入らない、って言うとでも思ったの…?」
「……それは」
 それは、私が決めることではないと…思いましたから。島さんは、私が何を言っても「大丈夫」とおっしゃるだけで、私には…お母様の気持ちも、お父様の気持ちも、わからないのですもの…。
「でも、こんなに…素敵なお家や、ここに、こうして…居ても良いとおっしゃって下さったことには、…本当に感謝しているんです」
 お食事も、とても美味しいです。教えて頂きたいと、思いました……、お料理を。あの、あの、それから。



「……テレサ」
 自分は地球人ではない。そのことひとつに、テレサは酷く物怖じしている。大介に強引に連れて来られたのだとしても、この家の一員になることを「母の私に対して事後承諾にした」のを、申し訳ない、と気に病んでいる…。

(まあ。いきなり子どもができちゃいました、だから結婚しました…っていって、知らない娘さんを家に連れて来るのと、これは大差ないわけなんだけど。だって、この子に帰れ、って言ったって、帰るところはないんだし。もうキャンセルできない状況じゃないの…、これ)

 小枝子はふふっと苦笑した。でも私の子育ては…大介に関しては、かなり成功したと思っていいわよね。そう頭の中で独り言ちる。でかしたわ、大介。こんなまっさらな心のお嬢さん、地球じゃあ、そうおいそれとは見つからないに違いないもの。
「…私、色々と…きっとご迷惑をおかけすると思うのです。それが…心苦しくて…」
「何言ってるの。…もう止めて頂戴」笑いながら、小枝子はソファから立ち上がった。「あなた、…そういう気遣いを…誰から教わったの?一番大事なことは、自分が幸せになれるかどうかじゃないの…。私たちにそんなに遠慮して、自分のことは後回し?きっと、あなたの親御さんが、そういう優しい方たちだったのねえ…?」
 テレサは絶句して小枝子を見つめた。ソファの自分の傍らに、頭を振りながら腰かけた、大好きな彼の、お母様。どうして…そんなことを?私の…お母様とお父様のことを、優しい方たち、だなんて…?
「子どもを見れば、親御さんのことは大体わかるものよ。あなたのご両親は、きっと立派な方達だったのね」
「………」

 小枝子は(しまった)、と思う。
 大介には「テレサの身の上については聞くな」と言われていたからだ。でも、何かを聞き出したりしたわけではない…そうだったのだろうなと思ったことを、口に出しただけだ。それなのに。テレサときたら、いよいよ泣き崩れてしまい…。
「あーあ…しょうのない人ね…」
 そっとその肩を抱いた。「あなたのふるさとは、なくなってしまったのよね。…ご家族も…?」
 余計なこと言ったわね、ごめんなさい。
 だが返事を待たずに、小枝子はテレサの肩をもう一度、今度は少し強く、抱きしめた。
「大介の嫁、というより…。ここを、自分の家だと思って、これからは一緒に暮らしましょう?私はあなたのお母さんとは似ても似つかないと思うけど、お母さんと思ってなんでも我が儘を言ってくれてかまわないのよ」
 もうそんな、遠慮ばっかりするのはよしなさい。ね?
「……おかあさま」
 テレサの顔が、さらに感極まって思い詰めたように歪んでしまった。これは宇宙共通なのね…子どもが、大泣きする前の顔。


 くすり、と笑った。
 さあて。小枝子さん。
 このピュアな子と、どうやって付き合って行こうかしらね?

 

 

 

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