ここ、シャワーないの!?マジで!!?
事が済んだ後。シュラフを巻き付け、あちこち走り回ってそれを確かめた皆川は、その事実にカンカンだった。
「先に言ってよお、そういうことは!!!」
だったら死んでもしなかったわよーー!!
「そ…そうなの?」
「当たり前でしょ、バカア!!」
どうしてくれんのよ、こんなんでまた、あの宇宙服着て帰れって言うの!?
「……それが」
本日の営業は、終了いたしました。
メリディアニ基地の宇宙港ドームは、明日の朝7時まで閉鎖されます。
「………バカバカバカ〜〜〜!!」
シャワーもない、まともなベッドもないこんな観測基地で!?
あんたと泊まるの!!
「あんたあんた、って…」
俺、まがりなりにもコントロールタワーの所長なんですけど。それに俺たち、さっきはあんなに愛し合った仲じゃないか。
冗談半分に言った途端、右頬をぱちんと殴られる。
「愛してなんかないわよっ」
島は半眼になって、ふうう、と溜め息を吐いた。…ああ、なんだか疲れた。
マジで付き合いきれねえや。
「すみません。…俺、もう……寝ます」
シャワーがないと分かっている場所でするのはこっちだって初めてだった。だが、ないものはないんだ。諦めれば早かった。
シェラフに潜り込み、昔古代が寝床に使っていた方の寝棚に、ごろりと転がる。ギシシ…と寝棚が軋んだ。
(あいつ……寝相抜群だったからなあ。あちこちネジが緩んで、しょっちゅう調整してばかりだったっけ……)
それに比べたら、俺が使っていた方は奇麗だし…不具合もなかったはずだ……皆川さん、どうぞそっちを使ってください……
「んもうっ!!」
部屋の向こう側で、皆川が仁王立ちになっているのは見えた。だが、久方ぶりの特殊な運動と活きのいい人魚に振り回されたショックで、島はこてんと眠りに落ちてしまったのだった——。
翌日、朝7時のドーム開口に伴い。外宇宙からの定期便やら連絡艇やらが着陸するラッシュタイムに、小さな探索艇も紛れ込んで帰還した。
「……珈琲、再開するの、待ってるからな」
エアリー・ゼロの一階フロアで、皆川に梱包したままの南部のサイフォンを預け。島はそう言って手を振った。
「待って。…キスして」
どこに?と訊ねようと思ったが、にやっと笑って彼女の頬に唇を寄せる。
「…んふ」
じゃあね。隊長さん。
島は真っ直ぐ基地の官舎に向かった。
出勤前にシャワーだ。皆川が怒りまくったのも分からなくはない。ウェットタオルで可能な限り拭ったが、自分の匂いにまみれているっていうのは…かなり厳しかった。
参ったなー…。
シャワーを浴びながら、苦笑が止まらなかった。
(俺、皆川さんを…好きになっちゃったのかな)
第一、 好きでもない相手を抱くなんて。
今までの自分なら、まるで考えられないことだった。ということは…?…惚れちゃった、ってことなのか?そんな…馬鹿な。
まあ、抱いてから好きになる、って事だってないとは言えないしな…。
キュ、と栓を閉め、シャワー室を出る。
大声で笑いたい気分だった。
…俺だって、もういい加減、普通の恋愛をしたっていいんだ——いつまでも、過去の幻に縛られていなくたって…。
新しい制服を頭から被り、上着を羽織る。
…さて、行くか…。なんだか寝不足だ。
「ふふふ」
思わず、笑いが口をついた。
しかし、その翌日も、さらに翌日…、数日経っても。
「マーメイド」に皆川は現れなかった。
「はーい、お待ちどう〜」
休憩室に、徳川太助がトマトサンドとHLTサンドを持って帰って来る。ちらりと袋の中身を見た。入っているボトルから立ち上る匂いで、皆川が来ているのかそうでないのか、すぐに分かる…。
「……皆川さん、最近見ないですねえ。もう1週間ですよ」
「大越が寂しがってるだろう」
「それがそうでもないんですよ…」
あいつ、現金なもんで。
太助はもう堪らん、という顔で爆笑しだした。皆川さんがいるかどうかPXに見に行って、地球基地から出向してきた通信科の女の子に惚れちゃったらしいんですよ、あいつ。なんか猛アタックしてますよ?
……彼女、一月も経たないうちに地球へ帰っちゃうのにねえ。
「……そうか」ふふふ、と苦笑した。あいつに遠慮する必要はなかった、ってことだな。
「でも、ずっと来てないんだ…?皆川さん」
「ええ。おばちゃんがいるだけっす」
どうしたんでしょうねえ?
もののついでだ。
南部のコーヒーサイフォンを人質に取られているから、と言うこともあった。この間、様子を見に行ってやったんだ。彼女の伯母さん、何か事情を知ってるんじゃないだろうか。
島はそう思い、PXを訪ねた。
「あら、隊長さん…!!」
皆川の伯母は、島の姿を見つけるなり、慌てて店の奥から走り出して来た。
「…?」
「ああ、こっちからご連絡しようかと思ってたんですよ!実はね、あの子、昨日まで入院していて」
「入院?」
ええ、それが…お恥ずかしいことに。
…流産、して。
もう、あたしらにも何にも言わないで。大出血してるのに、たった独りで基地の軍病院まで行ってね。3ヶ月…だったんですって。でも、産科なんてないでしょう、ここの基地には。けどどうにか、産科の分かる先生に来てもらって、やっとこ…命だけは助かったんですよ…。
「……なんですって…?」
「隊長さん、あの子が流産する前に様子、見に行ってくださってたでしょう?何か、変わったところなかったですか?その……、相手の男とか、聞いてないでしょうか…?」
「いえ……何も」
今は、家に?…そうですか…。
お役に立てなくて申し訳ないのですが…。
——お大事に、って伝えてください。
PXから出て、CDCへと戻る。
妊娠、してた……?
『もう3日もすれば、生理なの』——そう言って、彼女は笑っていた。
ウソをついていたのか。実際は避妊する必要なんて、まったくなかったわけだ。
…妊娠3ヶ月…。
そんな身体なのに、俺は。
頭を抱えた。あんなやり方でセックスしたら、絶対拙かったんじゃないだろうか……しかも、あんな場所へ連れ出して。
……俺の……せいか。
(……皆川さん)
大出血してるのに、たった独りで基地の軍病院まで行ってね…。
「……くそ」
相手の男。……ショーン、ってやつか。しかし、今はそんなことより、彼女の身体が心配で居ても立ってもいられなくなる。モバイルでCDCの太助に早退の連絡を入れ、島はエアリー・ゼロへ向かった。
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