観測基地がすぐ背後にあって助かった。
皆川を抱えて慌てて基地内に入り、空調を整える。レギュレイターはすぐに正常に戻したが、酸素の吸い過ぎで彼女は目を回していた。
「まったく…。世話が焼けるなあ」
室温の上昇と酸素の充満を待って、ストレッチャーに寝かせた皆川のヘルメットを取ってやり、過呼吸抑制用のマスクを頬にテープで止めてやった。まあ、初めての素人を連れ出した俺も…悪かったんだが。
…夕焼け、終っちゃったかな。
さあ、とっとと戻らないと冷えて来るぞ。
そう思ったが、皆川がまだ目を回しているのでは、どうにもならない。
さて…困ったな。
ここの基地の空調は、何度まで上がるんだっけ。小さいながらも設備はちゃんとしていた…それは覚えてるんだが。
重力制御盤、空調制御盤、そして給排水循環装置。順にそれらを手早く点検する。
あれからもう10年近く経つと言うのに、案外…設備はそのままずっと稼働していたようだった。
非常用糧食保管庫を開け、島は口笛を吹く。なんだ、まだ充分食えるものばかりじゃないか。ろくにメンテナンスされていないと聞いたけど、これなら数日間滞在することもできるぞ。
(……まあ、もっともそんなつもりはないけどね)
ひっくり返っている皆川を振り返り、肩をすぼめる。
今度、古代が地球に帰還したら休暇にでもここへ連れて来てやろう。きっと喜ぶぞ。
しかし、だとしても。古代と野郎二人でここに泊まる……だなんて。それもぞっとしないな、と島はまた苦笑した。
ふいに、ストレッチャーからこちらを見ている皆川と目が合った。
「お、気がついたかい?」
皆川はなんだか、怒っているようだ。島を一瞥すると、ぷいと天井へ目を逸らす。
「……何度も呼んだのに」
「え…ああ、ごめん、悪かった…」
「怖かったんだから…!」
「……すみません」
「死んじゃうかと思った」
……悪かったよ、許してよ…ともう一度謝り、苦笑して皆川を見下ろした島はぎょっとした。泣いていたのだ。
あんたは慣れているでしょうけどね、こっちは初めてなんだからね……!
「ごめん、放ったらかして悪かったよ。いや、…悪気はなかったんだ」
「おえ、気持ち悪い…」
あわわ。
宇宙服、脱いだ方がいい。
ドーム内の気圧が調整されているところへ、気密性の高い宇宙服を着たままなのだから無理もない。…でも、すぐに戻るつもりだったから着せておいたんだ……じゃあ、どうするんだ、もう戻らないと時間がないぞ…?
(……ここで泊まるのか?この人と?)
冗談だろ。
簡易宇宙服から脱皮するように抜け出す皆川を見ながら、島は途方に暮れる。
室内の重力は90%。空調はどうにか大丈夫…小さいスペースだから、温度も湿度も比較的まあ、快適だ。だけど、この探査基地はいわゆるタコ部屋である…寝室というものはなく、居住パートの壁に設えられた寝棚で休むような造りになっているのだった。
しかも、皆川の格好と来たら。
「……そのまんま寝るなよー…」
恥じらいってもんがないのかね、このお姐さんには。
キャミソールとショーツ姿の皆川が、またクタリとストレッチャーに寝そべるのを見て、長い溜め息を吐く。
……なんだかなぁ。…俺、男扱いされてないのかな…。
リネン庫を開けてみる。未開封のリネンコンテナが2つあった。ラベルには「シュラフ」と書いてある。まあ、ないよりゃマシだろう。それを引っ張り出し、皆川の寝ているストレッチャーまで持って行った。
「どうぞ」
シュラフを上からかけようとした島の腕を、皆川がぐいと掴んだ。
「…すごかった。奇麗だった…ちゃんと見たわ」
「そう」うん、良かった。
肘の近くを掴まれているので、動けない。
「もう大丈夫?なら…起きるか」
「お礼」
あっ。
うっかり抱き込まれる。男同士ならあっという間に抜けられる下手糞なヘッドロック…だが、思わず島は躊躇した、その腕を外すのを。柔らかな二の腕が、頬を包む……目の前には横になっていても尚天に向かって張りつめる双丘——
「んふ」
マーメイドが鼻にかかるような声で笑った。
——ちくしょー…。
皆川が、完全に優位に立って自分を籠絡しようとしているのに気付き、妙な対抗心が生まれた。この黒髪のマーメイドは、最初からこういう態度だった。太助も大越も、CDCの他の連中もまんまとしてやられている…。
——男なんて、“そんなもの”でしょ——
意地悪く、そう言って笑う小悪魔のようなマーメイド。…アンデルセン童話に出て来る、清らかな人魚姫とは雲泥の差だ。ここまで露骨に誘っておいて…手、出せないでしょ?と笑っている…
——この野郎。…俺を手玉に取っているつもりなのだろうが…そうはいくか。
ただ、ほんのちょっと躊躇した。……永遠の愛を誓った人への、微かな、後ろめたさ。
でも俺は。修道僧じゃないんだ。
ヘッドロックを、やんわりとはずした。そのままストレッチャーの彼女の首の下に片腕を回し、もう片方の手で反対の腕を押さえつける。
「これっぽっちでお礼のつもりか?」
瞬時、ぽっと頬を赤らめたのを見て、してやったり、と思う。この魔女みたいな人魚姫が、可愛らしく恥じらうところを見てやりたい——
本来なら全身で、籠絡されていないことを証明してやりたいところだが、生憎、理性は保てていても身体はそうはいかなかったようだ。
「なんだ、…隊長さんも……男だったんだ」
またマーメイドが笑った。簡易宇宙服ごしに下半身の変化を見透かされている。
かまうもんか。
「男ってのは…こういうものなんだろ」
女を征服したいという欲求などかつて感じたことはなかった島だが、なぜか、いつもとは何かが違った。俺を誘惑しておいて、ヘビの生殺しに出来ると思ったら大間違いだ。——手の中で跳ねられるほど、抑え込みたくなるのはなぜだろう…?
キャミソールをぐいと引き下ろし、張りつめた丘を露にする。多分、今まで付き合ったどの子よりも豊満な乳房。
「…ちょっと待って」
「待たない」
「違うの、一つだけ…ううん、二つ。ルールがあるの」それ以外なら…何しても良いわ。
はい?…入れちゃ駄目、とか処女みたいなこと言うなよ?
皆川はまた、妖艶に微笑んだ。「ばぁか。…あのね」
——唇には、キスをしないで。
「……?」
それから、あたしが何を口走っても…聞かない振りをして。
そんなんでいいの?
……うん。
愛撫を続けながら、ふと考える。「じゃあ…俺からも、ひとつ」
——俺を、「島さん」…と呼ぶな。
それ以外なら、なんでもいい。
「分かったわ……ああ…ぁ…ん」
いずれにせよ、行為は随分…久しぶりだった。最後にしたのは、いつだったっけ。ディンギル戦で生還した後は、身体がめちゃくちゃだったからな……ああ、そうだ。あの時の彼女は…看護師だった。身体はほっそりしていて…まあ、例によって。
しかし目の前に揺れるマーメイドのセックスシンボルは、過去の思い出とは較べものにならなかった。掌には収まらない撓わな乳房を揉み上げ、乳首を少しきつめに吸う。甘噛みすると「ハ…ぁ…」と声が漏れた。
操縦桿ダコが、イイの…と言われたことは何度かあるが、これは手に余る。子どもの頃によく掌にこしらえた鉄棒豆と同じ位置にあるものと、ドライブコネクタスイッチに当たる親指の内側のタコが、彼女の吐息をもっと荒くさせるはずだった。なのに、弾力のある乳房は手から零れて逃げてしまう…
自分の中にあるマニュアルは、ちょっと改変しなければならないようだ。 しかし、でも。…これは。
レアなケースだ、やっぱり。
簡易宇宙服を脱ぎながら、マーメイドの肌にキスを続ける。こちらの両手が塞がっているその短時間に、彼女の手が彼自身を捕まえた。
あちこち…すごい傷だらけね…。
そう言いながら、舌が胸から脇腹にかけて下へ這って行く…
「だいすけ、おっきくなってる…舐めても良い?」
あたしのは…嫌なら、放っておいていいから…
別に…嫌じゃないよ。
マーメイドは大胆だった。だから、可能な限り大胆に、それに応えた。
どっちが良いんだろう。大胆なのと、大人しいのと?
いつまでも恥ずかしがっていて、ずっと硬直されていると、なんだかいじめているみたいに思えて来る。「灯りを消して」それは最初は可愛いと思うけど、そんなに正体を明かしたくないんだろうかと信用できなくなる…
女の子はじっと転がってるのが可愛いと思うんだろうか。出てしまう音や、声が恥ずかしいとか、唾液で濡れるのがイヤとか、なんで表面ばっかり取り繕うんだろう…?
しばらく付き合えば、遊んでいる子かどうかは自ずと分かる。セックスで人格がわかるとすれば、相手がどれだけ自分を好きか、その一面が露呈するだけだ……俺は、自分が可愛く見えるかどうか、より…感覚に素直に、愛してくれる方が…好きなんだけどな。
でも、…それにしても。
マーメイドが、彼自身を銜えていた唇を唾液で光らせたまま、耳元にキスをくれた。「…ごめん……したかったの」
——したかったの。
脳髄に、ダイレクトな衝撃。なんだか火がついたようになって、その唇を奪おうとしたが、おっと、駄目なんだっけ。…仕方なく、また乳首に戻ってみたり。
「あ……ああん…」
そっか、これが好きなのか。なるほどね。両方一緒にね。
相手に、快感を我慢されるのも面倒なものだ。どこがいいの、なんてAVみたいな押し問答も芸がない。こんな風に正直なのが一番だ。……拙いな、相性案外いいのかも。
さて。ということは。
もう、いいのかな…?
了承を得るように、下腹部に手を伸ばす。以前、看護師と付き合っていた時に「生理の周期は?最後の生理はいつ始まっていつ終りましたか?」と聞くのが礼儀よ、と言われた。もちろん、それさえ聞けば妊娠しないかどうか瞬時に計算できるのだが、はっきり言って、最中にそんな質問をするのは…興醒めである。
いや。まあ。…冷めないように、聞いてやれば良いか……
ストレッチャーから立たせて、背後に回り。わざとくすぐるように陰核を撫でる。片手はもちろん、彼女の好きな形で双丘の頂へ。しまった、片手じゃ両方届かない。苦笑して、脇から乳首を乳輪ごと銜える。
キスの合間に、そのマヌケな質問をした。
「えっ?」
ピンク色の乳房の間から、マーメイドが目を丸くして聞き返した。火照った頬も、桃色だ。
「ああ……あは、あはははは…」
彼女は急に笑い出し、くるりとこちらに向き直る。「大丈夫よ、ちなみにもう後3日もしたら生理なの」
そんなこと聞いた人、初めてよ…。でも、安全だって分かっていなけりゃ、誘ったりしないわ。…そんなバカだと思った…?
「おっけー」
本当かどうかは、この際…あまり考えなかった。答えからして、彼女は自分の身体のシステムを正確に把握しているようだったから。
「動かないで」
言われた通りにストレッチャーに腰掛け、彼女が上から入って来るに任せた。
「だいすけの、急に入れたら痛そうなんだもの…」
全部入ったら、動いていいから。ちょっと……ま…っ……て。
幾度か、角度を調整。全部、彼女任せ。ああ…あったかいな…。
「ここ?」
「…あ……うん……あああ」
バターの真ん中に、熱いバターナイフを…根本まで。自分で差し込んでおいて、喘いでるなんて…じゃあ、ナイフの立つ瀬はどうなるんだ?
「動くよ」
すでに蕩けそうな内部で、動き始める。…バター・フォンデュ?
やべ。…そんな変な発想なのに、イキそうになった。
「ね…ねえ」
ん?と答えた皆川の表情は、恍惚としている。も…もっと突いて…。
「俺」
な…に?艶かしい声に、堪えきれなくなった。
ごめん、一回、イかせて…
いやあん、と言うのを無視して、めちゃくちゃに突き上げた。ああああ、と上げる声も、塞いでしまいたい……声の漏れている唇が、唾液で光っている。
(でも、唇は…駄目なんだっけ)
騎乗位のまま一度解放してしまってから、ふとなんだかやっぱりそれは寂しいな……と思う。
なんで唇にキスが駄目なんだろう…?
「もう、勝手に先にイっちゃうんだから…!」
ストレッチャーに倒れ込んだ島の身体の上に、つながったまま…膨れっ面が乗っかってきた。「あたしイってない」
「…ごめん。…随分してなかったから」
でも、女って…何度でもイケるんだろう?男は一度に一回しかイけないんだぜ、勘弁してよ。…せめて、あと…5分くらい待って…。
「5分…?」
そんなに、必要?
えっ、あっ、ちょっと。
つながったままの屹立していた部分…マーメイドの手が、そこから漏れて来る液をローションみたいに使って、睾丸をさするように撫で上げる。
「ちょっと…まてよー…」
「……大丈夫大丈夫。試合再開」
試合再開ってさ、おいおい。…入ったままだぞ……。
(女って、オーガズム感じるまでに時間かかるんじゃなかったっけ。初めての相手でも、イけちゃうもんなんだろうか…)
考えるだけ無駄だった。
求められるままに、今度は彼女の身体を下にして。彼女の両膝を自分の肩にかけ、ゆっくりと…深く貫く——
…キス、したい。
するな、と言われるとしたくなるもんだな。喘いでいる唇と、垣間見える白い歯を成す術もなく見ているのが、これほどそそるものだとは思わなかった。
唇を諦めるために、技術面に集中する。全部攻撃対象だ。全部。確かめた性感帯全部、征服してやる…
マーメイドが、本物の人魚みたいに身体をしならせた。
「…あ…ああ…ショーン…」
その瞬間、彼女が喘ぎながらそう叫んだ。
…え。……男の名前?
(あたしが何を口走っても、聞かない振りをして…)皆川はそう言っていた。
イけた証拠に、彼自身を銜え込んでいる膣がきつく締め付けて来る……でも、止まれない。冷めた脳細胞を無視して、自分が終るまで…烈しく攻め。二人仲良く、しばし茫然と果てた……。
…だが、島はなんだか、釈然としなかった。
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