「……宇宙戦艦ヤマトの、副長兼航海長」
窓の外を眺めていた皆川が、唐突にそう呟いた。「…それがどうして、今火星基地なんかにいるの…?」
ん?
どうして、って言われてもなあ。
「ヤマトは今、俺の友達が艦長をやっていて、軍の輸送艦の護衛で長距離航海に出ているからさ」
「副長は誰なの」
「さあ。多分、輸送隊の誰かだろう」
「航海長は?」
「…知らん」
「いいの?誰だか知らない他人に操縦させて。…そんなものなの?」
そんなものって…。まあ、そう言われりゃあ、そんなもんだ。
「ヤマトは量産型じゃないにしろ、大統領特命任務に就いていない時はただの護衛艦と扱いは同じだからな。乗組員も今はみんな、バラバラで別の任務に就いている」軍の広告塔としてのネームバリューや特殊なカスタマイズのせいで、特別視されがちだけどね。
「…ふうん」
エア・カーは火星基地へと向かっている。
「……隊長さんは、どうして無人艦隊なんてやっているの?」
「どうしてって」
「自分が出て行って戦うのは、怖いの?」
そう訊いた声は、ちょっと意地悪な音色だった。
人の乗らない戦艦。怖いから、遠くからリモコンで操って、戦わせる。
——怖いから、か。
まあ、…違う、とは言いきれないな。
そう苦笑した島の横顔を、皆川はまじまじと見つめた。
「へえ…怖いんだ。あなた、…あのヤマトの軍人さんのくせに」
「ヤマトだろうがなんだろうが、怖いものは怖いさ」
「………」
「仲間が隣で死んでいても、死にかけていても…戦闘は続行。助かったと思えば、…親友や部下の遺体が盾になってくれていた……、そんなことの繰り返しだったからな……俺たちは」
極力犠牲を出したくないと考えるのは、——誰かが欠けて行くのが怖いからさ。
——ごめん。
皆川が謝った。意地悪…言ったわ。
—-約束を守らないのが男。怖い、なんて言えないのが男。…そう思ってた。男なんて、そういうものだと思っていたから。
「——そりゃあ、不幸だな」世の中、そんな男ばっかりじゃないんだが。
「…大きなお世話よ」
皆川は、また黙り込んだ。島には、このマーメイドがちょっと無理をしているように見えた。CDCのメンツのほとんど…しかもセンター長の自分よりも歳が上だからなのか…年上の余裕、を見せておかないとナメられるとでも思うのか。誰かに頼りたい心とは裏腹に、斜に構えて片意地を張っている……そうしないと、自分が傷付いてしまう、というかのようだった。
「ねえ、…どこへ行くの?」
ややあって、また皆川が口を切った。エア・カーは基地のコントロールタワーが見える場所にさしかかる。
「……ちょっと、ここ基地じゃない」
話が違うわ、あたし降りる!
「うわっ」
急ブレ—キをかけた。何となれば、皆川がいきなり助手席のドアを開けたからだ。
「……危ないじゃないかっ!」
「あそこへ行きたくないからよっ」何よ、ドライブ行こうって言ったじゃないの!やっぱり男ね、やり口が汚い!
「…はぁ…?落ち着けよ」
怒るなよ、ほら、君の伯母さん、心配してたんだぞ。ちょっと顔くらい出して行けばいいだろ。ドライブはその後行こうよ。
「お節介ね、なんなの、その事なかれ主義は。隊長だから?気持ち悪い。そうやってみんなにまあまあ、ってやってんだ?!」
「皆川さん」
「うるさい」
バン!とドアを勢いよく閉め、皆川は歩道へ飛び出した。そのまま、元来た道を逆方向へ引き返す。
「うー………」
島は思わず眉間を指で押さえた。あのテの女は、実は初めてだった。
今まで付き合った相手はもれなく、尊敬と畏敬の眼差しで俺を見て…「島くん」「航海長」「艦長」…語尾には多分、ハート。無茶な我が儘は愚か、言い逆らうことも、まして俺を怒鳴りつけるなんて。そんな女は見たことがなかった。一緒に居てくれ、と言ったのに振り切られ、2度と逢えない場所へ行かれてしまったのが、たった一人……いたけれど。
…うーむ、宇宙は広い。
(感心してる場合か)
ふと助手席を見る。
「皆川さーん」
歩道の反対側をのしのし歩いて行く皆川は、こちらを見もしない。
「皆川さーん」
「……うるさいわねっ」
「皆川さーん、全財産〜〜」
あっ。
島が運転席から銀色のバッグを出してぶら下げ、ニヤニヤ笑っていた。
大人しく乗れば、返してあげよう。
そう言われ、仕方なく。
皆川はまた島のエア・カーの助手席に座っていた。
「店に行きたくないのはわかった。でも、連絡くらい入れておけよ」
「あーもう、うるさい。わかったわよ」
モバイルを出し、マーメイドに通話回線をつなぐ。
あ、あたし。大丈夫。…もうしばらく、休むから。…いいってば。
…じゃ。
ぶっきらぼうな会話で、短く切った。
伯母さんと、仲…悪いのかな。
島の顔にそう書いてあるのを見て、皆川はまた皮肉った…「隊長さんは、お母さんと仲良しだから。…仲の悪い家族って、想像できないんでしょうけど」
実際、先だって地球の母親とモバイルで会話していた島の態度は「仲良し家族」そのものだった。……ホームドラマみたいな、ほんわか家族。なーんか、現実味に欠けるのよね。
「……家族の仲が良い、それって幸せなことだろ」否定する理由がどこにある? しかし島は、笑ってそう言い切った。
「…………」
幸せを幸せと言って、どこがおかしい? こんな時代だ。家族が一人も欠けずに生きていること自体が奇跡なんだ……それを大切にしちゃいけないかい?
「仲良し家族、は…鼻につくのかもしれんが…」
でも、俺にとっては…宝物さ。
皆川は、何も言わなかった。
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