EMA (2)

 モテるかモテないか…でいえば、島大介はモテる方——それは本人も自覚している事実である。
 宇宙戦士訓練学校以前にも、私立中学で交際していた子が二人ほどいた。映画館へ行って手を握り合い。お決まりのようなキスを。縁日へ行って、浴衣姿の彼女と境内の裏で。
 外宇宙からの隕石…遊星爆弾が降り注ぐ大地を捨て、地下へ潜ったあとも…訓練学校でのバレンタインで次郎へのお土産に事欠くことはなかった。
「必ず…帰ってきてね」
 箱船計画のことも知らず、最終訓練のため火星へ旅立つ自分にそう言ったガールフレンドとは、絶対に結婚できない運命だと分かっていたから、心から別れを詫びた。
 もちろん、全員を覚えている。大事にしている…というほどではないが、忘れるのは失礼だという思いがあった。どの子とも、どこかその辺の街角でバッタリ出会ったら「元気?」と再会を懐かしんでもいいと思える。自分と付き合ったことを相手に後悔させるような存在に成り下がるなどということは、我慢ならなかった。

 14万8千光年の彼方へ旅立ち、帰還する……その途方もないプロジェクトを遂行した時には運命の相手と巡り会ったと思ったが、彼女はもう一人の運命の男に、まんまと奪われた——古代進。
 その古代と幾度も戦いをくぐり抜け……そして、テレサに出逢ったのだ。



 ……君は今、この宇宙のどこにいる…?



 この火星宙域は、最後に彼女が存在した空間から、常に8000万キロ以上離れている。楕円軌道を描くこの惑星が780日ごとに地球へ接近する時期に、間近に見える月。あの辺りで、君は散って行ったのだと聞いた……。
 イスカンダル星人のように、肉体が消えても思念波が僅かに残る異星人が羨ましかった。彼女たちだって、そう長くは宇宙に存在し続けられるわけではないのだろう…現にスターシアさんや澪…サーシャの思念波は、すでに地球製の観測デバイスには反応しない。それでも。
「いつでもあなたと一緒に」
 テレサ。たった一度でいいから、君の口からその言葉を聞きたかった。守さんが、スターシアさんに、そう言ってもらえたように。



 その後も生身の自分は…女性から好意を示されればそれを受けて来た。
「憂いたっぷりの島くんの横顔が、堪らないんですって」
 ——防衛軍長官秘書の、森雪の同僚から是非にと食事に誘われ、一体どうして俺なんかを?と笑うと、雪がそう言ったのだ。
 心にぽっかりと空いた洞(あな)を持つ男が好み?
 ……女って、変な生き物だな…。
 まあ、なんでもいいさ。
 それなら——この空洞を…どうか、埋めてくれ。

 しかし、そう思えば思うほど、すれ違う。相手はどうも、「島大介」になにか…間違った理想や幻想を抱くようだ。彼女たちは俺に、何を求めているんだろう…?
「ねえ、…一体…誰を見ているの…?」
 抱き合った後に、必ず言われるそのひと言。あなたが見ているのは…私じゃないわ。一体、あなたは誰を…抱いていたの?
 そう言って泣いた相手は、大抵次の日には島のもとから去って行った。

 話が違うじゃないか。心に空洞を持つ俺を、好きだと言ってくれたんじゃないのか…?

 交際した相手は、軍隊、という狭い世界にいる場合が多い。長官秘書、航法士、通信士。彼女たちは女であると同時に、命ぎりぎりの第一線で働く同じソルジャーでもある。自分とのことが原因でその能力や自尊心が削がれてしまうのは忍びなかった。…だから、例え別れても2度と顔を合わせられないような間柄には出来なかった——それが、自分の最後のプライドだったのだ。



 ……このまま俺は、ずっと独りなんだろうか



 モテていいですねー、と事あるごとに冷やかされるのは、だから心外だった。徳川や太田のそんなひと言は、案外…島にとって、辛いからかい文句だったのである。

 

                     *



「マイド。マーメイドでーす」
 だじゃれかよ、と太助が笑いながら、皆川を招き入れた。
「このところ毎日ね。出前すんの面倒くさいから隊長さんに店に来て、って言ってよ」出前専用要員、うちにはいないんだから。笑いながら憎まれ口を叩く。
 客を客とも思ってないな〜、皆川さんってば。
 そうは言っても、島が皆川に出前を頼むのはいわゆるアイドルタイムに限る。丁度お昼時が終わって、店の売り子も裏で昼食を済ませ、夜の食事時に合わせて休憩を取る。ほぼ、その時間帯に約10分程度。
「俺に毎日通えってか?」
 そりゃないよ、と島が資料から顔を上げて笑う。
 俺が行くとなれば、CDCから皆川さん目当ての野郎どもがわんさと押し掛けるぜ…。
「あら、お上手ね〜」隊長さんってば。
 皆川はカラカラと笑った。ローズレッドのルージュの引かれた唇が大きく開く。正面にいた大越が、また頬を赤らめて彼女の顔に見入っている。


 皆川は軍人でも軍属でもない…民間人である。この管制センターの長である島の階級が地球防衛軍少佐であることも、彼女にとってはまるで問題ではなかった。このセンター長が「あの宇宙戦艦ヤマト副長・島大介」であることに気付いても、皆川はこう言っただけだった……「サインもらえる?甥っ子が確か、あなたのファンなのよ」
 民間人立ち入り禁止、しかも野郎ばかりの無人機動艦隊コントロールタワーだからなのか。ヒールの高いパンプスにタイトミニ、そして白いブラウスの黒髪の人魚(…ただし年増)はいくらも経たないうちにCDCのマドンナ、みたいになっていた。


 その人魚が、ある時、数日間…姿を見せなくなった。

「えーー、そうですかー」
 ヴィジュアルホンに向かって、大越が心配そうにそう言っている。出前を頼んだところが、電話口に出たのは皆川の伯母だという初老の女性だった。
「出前、今日もムリですって」
 皆川さん、体調崩して休んでるんだそうですよ。今日で4日目だ。あの小母さまはサイフォンの使い方はわからないんですって。
 結局コーヒーなんか飲まないくせに、大越は心底出前がないのを残念がっているようだった。
「お前、お見舞いに行って来いよ」島は大越の肩を叩く。いいぞ、早目に上がっても?
「ばばばばばかなこと言わないでくださいよ」
 しかし、そう言いつつ。大越は真っ赤な顔をして何やら小さな包みを持ち出して来た。
「なんだ…?これ」
「……お見舞です」
 中身は何だい?そう聞いても大越は答えない。隊長……これ、マーメイドへ届けてくれませんか?
「お前が自分で行けよ!」
 惚れてるのはお前だろ?…皆川さん、喜ぶぜ?
「いいいいいいいいや、そそそれは」
 島にぐいと包みを押し付けると、大越は両手を握り合わせ、懇願した。
「隊長……頼んます」

 あのなあ。



 しかし、結局情にほだされてマーメイドに向かう島であった。
 CDCからそれほど遠いわけではないが、いつも徳川や大越を「パシリ」に使うので、島が自分でPXに行くことはあまりない。第一、店に行っても皆川さんはいないんじゃないか。…中身がナマモノじゃないことを確認するんだったな……。

「絵茉?…ああ、しばらく出て来れない、って言ってましてね…」
 ご贔屓にして頂いてるのに、すみませんねえ、隊長さん。
 マーメイドの、元の店主の連れ合いだと言うその中年女性は済まなさそうに謝った。
「まあまあ、その上頂き物を…?」困ったわねえ。実は…あの子と連絡が取れないんですよ。
「体調を崩している、と聞きましたが」
「あ、ええ…。ホントは違うんです。お恥ずかしい話ですけど…」

 あの子の両親はもう随分前に戦争で亡くなっていましてね。私どもがまだ小さかったあの子を引き取ったんですが…何分、行商を営む身で、ほとんど相手なんかしてやれなくて。あの子もなかなか心を開いてくれなかったんです。そのうち、こことガニメデ、地球を行き来するようになって…あの子はガニメデに店を持ったんですが、うちの人のせいでここへ無理に呼び寄せちゃったもんでねえ。今も、部屋にいるんだかいないんだか…電話もつながらないし。…正直なところ、私どもも分からないんですよ。もういい大人なんだから、放っといてもいいかと思うんですが、…今度はあの年になっても独り身でしょう…心配で。
 そう言いつつ、皆川の伯母はチラチラと島の全身を品定めするように眺めた。立派な軍人さん。あなたみたいな人が、絵茉をもらってくれたら私ら、ホントひと安心なんですけどねえ。


 いやいやいや。それなら俺じゃなくて、大越が……


 苦笑いしていると、彼女はそそくさと奥へ入って行った。ふくよかな両手に一抱えの果物の袋を持って戻って来ると、それと一緒に一片の紙切れを島に差し出す。
「隊長さん、無理を承知でお願いします。…あの子の、エマの様子、見に行ってくれませんかねえ」
 住所はここです。そんな、遠くはないんですよ……
 
 ——ちょっと待ってくれ。



 しかし、大越の見舞いの品と果物の袋とを押し付けられ、それを断る術もなく。島はPXから出てメリディアニ基地シティ部へ向かうTAXIを捕まえるはめになっていた。

 

 

 

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