——そのあと、あの都市衛星ウルクで起きた攻防戦。
…まさか、俺まで白兵戦に出るはめになるとは思わなかったよ。
「上部デッキにまで、攻め込まれてね」
第二艦橋も占拠されそうになった…甲板で銃撃戦さ。砲撃戦を旨とする戦艦に、地上から人力で攻め込まれたらどうなるか…皆分かっていたが、まだ飛び立つわけにはいかなかった。
「…それで…、怪我を」
「ああ」
小型戦闘機からの爆撃を…もろに受けたんだ。
「でも、直後は歩けた。だから…油断したんだな」
持って行かれたのが肝臓だったとは分からなかったんだ。ちょっと横っ腹が破けたくらいで、って思ってしまったんだよ。
「艦載機を出すために、すぐにヤマトを浮かせなくてはならなくてね。…俺がやらなきゃ、誰がやるんだ、って思ってさ」
テレサを安心させるために、苦笑してみせる。
実際、あの時は愚かだったと、今さらながらに思うのだった。「自力で歩ける」患者は、トリアージでは表面的にはグリーン・タグ対象だ。過去に自分も幾度となくそのタグを付けられたことがあったから、この程度なら大丈夫、とそのまま第一艦橋へ向かってしまった。エレベーターで上がる途中、自分でモルヒネのインジェクションを打ったからしばらくは持つだろう、なんて考えた…被弾のショックと追いつめられた戦況に我を忘れていたんだな。気付いた時には手遅れになりかけていた……
「雪さんが」
テレサが口籠りながら言った。「…あなた、怪我を隠して操舵していた、って」
「隠していたわけじゃないんだよ。雪がそう言ったのかい…?」
それで死んでりゃ、美談だよな。
そう思い、また笑う。
「席を外して、手当てに行って来ます、という状況じゃなかったんだ。それだけのことさ」
——だが、そうは言いながら…思い出した。 あの時、あの頃…自分はヤマトの操縦士として本当に皆が言うほど必要な人間なのか、と懐疑的になっていたのも事実だった。自律航法AIの存在、そのおかげで、当時でもヤマトは誰が操縦しようが充分な戦闘機動をとることが可能だったのだ。…自分はただ、お前は必要ない、医務室へ行っていろと誰かに言われることを恐れた…… あれはただ、くだらないプライドのせいだったんだ。
「……肝臓を半分持っていかれてた。あちこち汚して申し訳ない、とは思ったけど…、しばらくしてもう助からない、てことだけはわかったからね…」
思い出す、モルヒネの感覚。床に落ちた赤いものの量に、引き返せない何かを感じて戦いた…適量を打ったはずなのに抉るような痛みが続き、次第に視界が霞むも尚。ロケットアンカーを、圧搾空気バルブを…この命と引き換えに、ヤマトよ…活路を切り拓け!と。
だから、真田さんも雪も、俺を操舵席から引き離そうとはしなかった。
覚悟していたのは、俺一人じゃ…なかったからだ。
「……!」
急にテレサが大介の腕に載せていた頭を起こした。目に涙を一杯溜めている。
……わかっているわ。
私だって、あなたを護りたいと思い詰めた…
この身が朽ちてもかまわないと覚悟して、ヤマトを追ったわ。……でも…!
責めるような目つきで無言の涙を零すその顔を…大介はじっと見つめ——
「……今は生きてる。もう…あんなことはしないよ」
宥めるように彼女の頭を抱き寄せ、ぽんぽん…と叩いた。
まあ、その時にこの肝臓は駄目になっちゃったんだよ。
雪が機転を利かせて、すぐに冷凍睡眠室へ俺を入れてくれたんだ、と後で聞いた。彼女も、俺が助かるとは思っていなかったようだがね。冷凍睡眠室は、あの時は遺体安置所に使われてたくらいだから…。
でも、——色々な偶然と幸運が重なったんだ。
……艦内の死亡者が、少なかった。睡眠室の温度が、運良く毒素の循環を抑えた。偶然、そのままの状態で帰還できた…ヤマトは電力の低下も起こさず、俺の身体は超低体温を保てた。
「佐渡先生は一旦、「死亡」ってカルテに書いたそうだ。俺も見せてもらったけど、死亡時刻が記録に残ってるよ。…古代が耳元でわあわあ泣いていて、ああ、死んだんだなあ、なんて思ったことは覚えてる」
……でも、その時はもう、ただ眠りたくてね。やることはやった、って…なんだか満足だった……
腕の中の彼女が、また…ぎゅ、と身体を強張らせた。
「脈拍が1分間に1回程度でも、どうにか俺は…生きていたらしい。…もしかしたら、俺が生き延びられたのは、君が以前にしてくれた輸血のせいかもしれない、って佐渡先生は言っていたよ…」
地球に帰還して、真っ先に俺の「遺体」を調べた先生はこう言ったんだそうだ。
『ワシの誤診だったようだ』ってね。
そう言って、大介はまた——苦笑した。
(英雄になり損ねたのさ。それだけは…ちょっと悔しかったな…)ただ、それは心に思うだけにしておいた。そしてもう一つ。雪に口走ったらしい、妙な告白のことも。(そうだ……まさか、君に生きて会える日が来るとは、思わなかったからね……)
「泣くなってば」
テレサをさらに強く抱きしめる。薄紅色のパールのような肌が、紅潮していた。頷きながらしゃくり上げる、その額に…宥めるようなキスをして。——そして、また思い出した…… あの朦朧とした記憶、死の混沌の中で。俺に「ここへ来ないで!帰って下さい」と言ってくれたのは…テレサ、君だったのじゃなかったか……?
ディンギル星人の最後の襲撃をデスラーの助けを得て下した後、トリチウムを積んだ<冬月>が最後の戦いへと赴いた。その顛末は、自分は見ていない……だが、真田が急遽<冬月>に取り付けた、自律航法装置<アルゴノーツ>初号機を太田と徳川がコントロールし、地球へと水の触手を伸ばすアクエリアス水柱の鎮静に成功したのだと聞いた。
月のほど近くに残された水惑星の名残の氷塊は、規模こそ小さくなったが未だにその空域に存在する。2203年当時、地球から肉眼でも見ることのできたその氷の小さな星は、現在はすでにほとんど視認することは出来ない。かつての闘いの痕跡はそこにはなく…アクエリアスの氷は海水浄化のための実験コロニーへと掘削され搬送され、次第に小さくなっていると聞いている。だが、冬月の残骸が未だその奥深くに残されていることは案外知られていない…ヤマトの身代わりとなって最期を遂げたかの船が掘り起こされ、姿を現すのはさらに数十年先のことだろう。
テレサは、まだ身体を震わせていた。
「テレサ…。俺の肝臓は、もう元には戻らない…」
唐突な大介の言葉に、え…?と顔を上げる。
「いつ帰れるとも分からないような旅には、もう参加できないだろう」
つまり、ヤマトに再び乗り組むよう特命の辞令が降りても。
地球を…再び護るよう、使命を課されても——。
「俺は…、俺の身体じゃもう、無理なんだ」
古代にも雪にも、誰にも言わずに来たが、人工肝臓を交換する時期が年々早まっているのだった。過酷な任務に身を置く軍人の使用でも3年は持つ、と言われるハイブリッド人工肝臓だが、やはり一度死んだ人間の身体を保(も)たせるには荷が重いらしい。半年に一度必ず臓器を交換しなけりゃ生きて行けない宇宙戦士なんて、もうお払い箱さ。
「…島さん」
「民間に転向することは、前から考えていたんだ」
大体、俺はもう2度と…決死の覚悟で戦うなんて真似は、出来そうもないよ。だって。……君が、ここで待っているんだから——。
「島さん……」
「……君が、俺の…護るべき宝物だ」俺の、命よりも大事な。
君の待つ、この場所へ帰れないことを、きっと俺は…恐れるだろう。——もう、今までとは…違う。
「……島さん——」
「……泣き虫」
三十路にて、島大介……引退か。
防衛軍の大損失だな。…ふふふ。
ベッドサイドのスタンドにそっと触れる。唯一部屋の中に灯っていた照明が消えた。月明かりだけが、わずかに開いたカーテンの隙間から蒼く差し込む。
テレサが首に腕を回し、唇を寄せて来た。
確かめるようなキスを。
もう2度と離れない、と言うように——。
(3)へ