「加藤さん、一緒に会いに行きましょうよ」
「…いいよ、俺は」
「そんなこと言わないでさ…」
岸辺に建設された、地上施設の格納庫。
地下へ乗り入れる中央滑走路の奥に停めたファルコンの脚の下で、徳川太助と加藤四郎が押し問答をしていた。
(……あら?)
一休みしようと地下から上がって来た雪は、それを見て怪訝に思う。何してるのかしら…?
「徳川くん!加藤くん…」
下に連絡入れてくれたら、案内するのに——そう思いつつ、呼び掛ける。
「ああ、雪さん…!」
二人は…というより、徳川が、島はどこかと雪に訪ねた。
「島さん探してるって言うのは…その。俺、あの…会いたいんですよ、…あの人に。だから」
「あの人…?」
太助が会いたいと言ったのは、テレサだった。
*
「…島くん。…島くん」
仮眠室のドアを小さく開け、雪が小声で呼んでいる。
島はハッと目を開けた。…ちょっとだけ、と思ったのに随分長いこと眠っていたようだ。
「……ああ、今起きる」
身体が鉛のようだ。下手に仮眠なんかするもんじゃないな……そう思いながらベッドに起き上がった。
「…徳川くんが来てるわ。…加藤君も」
「え?」
太助が?なんで…また。
「徳川くんね、テレサに会いたかったんですって。…ひと言、絶対お礼言うんだ、って言って…」
雪の言葉に、目を丸くする。
「お礼を…?」
「ええ」
島は、ずっと以前に太助から見せられた、徳川彦左衛門の航海日誌を思い出した。機関長の日誌には、救いの女神テレザートのテレサへの感謝の言葉が綴られていたのだ。ヤマトを救い、父親を救い。そして地球を護ってくれた彼女に礼を言いたい、と。——そう太助が言っていたことも…思い出す。
「……島くんは休んでいたから、私、テレサに会ってもらったのよ」
勝手なことしてごめんなさいね、とそういった雪にかまわないよ…と首を振りながら、島は慌てて立ち上がる。「テレサ、気がついたのか…!?」
「ええ。まだ熱は高いんだけど、もうしっかり受け答えできる状態よ」
「そうか…!」
ベッド脇のスツールに丸めてあった上着をひったくり、小脇に抱えたまま仮眠室を出て行こうとした島に、雪は思わず苦笑した。島くん、靴は?
慌てて靴下と靴を履いている島に、太助に礼を言われて最初は面食らっていたテレサがその訳を理解し、涙を流したこともかいつまんで話す。
「それからね…」
取るものも取り敢えずテレサの病室へと向かう島と並んで歩きながら、雪はもうひとつ大事なことを彼に伝えた。
「…テレサの身体の中で、何かが…起きてるわ」
病室へ戻った島は、医師たち…佐渡、音無、そしてハイドフェルトが徳川、加藤と共にテレサのベッドのそばに集まっているのを目にした。皆、一様に明るい表情だ。
「テレサ、意識が戻ったそうですね…!」
「島艦長!」
グレイスがどう話したものかと戸惑いつつ嬉しそうな声を上げる。
「…見てください、艦長」
音無が差し出したのは小さな試験管だった。赤い液体が入っている。
ベッドの上のテレサが、うっすらと瞼を開け、島を見上げた。
「……それは?」
「彼女の血液なんですよ」
大量の失血に伴い、彼女の身体には失ったと同じ、もしくはそれ以上の輸血が行われた。その大部分は、島の血液から造られた人工血漿である。
ガルマン・ガミラスの医師アレス・ウォードから受け取ったカルテに基づいて彼女には治療が施されていたが、生来無色透明であるはずのテレサの血液は、輸血後120時間以上経っているにも関わらず、元の色には戻らなかった。
「成分は、ほぼ…地球人のものと同じです。…艦長のものと変わりません」
音無も不思議そうにそう言った。傷の回復が遅いように感じられるが、それもPKが完全に無くなったと考えれば辻褄が合う。さらに、地球人とほぼ変わらぬ体質への変化を経ていると考えれば、それも理解できないことではない。
「テレサの傷、…なかなか治らないでしょう?」
雪が、ちょっとだけ泣きそうな声でそう言った。
——どうして彼女の身体に、あんなに治癒力が無くなってしまったのか、私たち…分からなかったの。でも、自分を護るはずのサイコキネシスも、もちろん反物質も、きっともう、本当に無くなってしまったから…だったのよ。「私たちと同じだと考えれば、今のこの傷の状態も…何ら不思議ではないわ」
「テレサ」
その枕元へ跪いた島に、テレサはゆっくりと微笑んだ。涙が溢れ、枕を濡らす……だがそれはもう、恐れや苦しみ、哀しみのために流す涙ではない——
「奇跡って、本当に…起きるもんなんですね…」
徳川が笑みを浮かべ、ぽつりとそう言った。加藤四郎も、その静かな瞳の中に何かを思っているようだった。
「島さん、勝手に来ちゃってすいません。でもこれで…、やっと親父の念願、果たせましたよ」
……帰ったら、英雄の丘で親父に報告できます。
エヘヘと笑い洟をすすると、太助はもう一度テレサの枕元へしゃがみ込んだ。
「…身体、大事にしてくださいね。島さんとお幸せに。…テレサ、本当に…ありがとう」
*
通路の向こうにあるテレサの病室が、なにやら騒がしかった。
ヤマトから、艦載機隊の加藤先輩と見慣れない隊員が来ているようだった。しかも今は医師たちまでが全員、部屋に集まっているらしい。半ば駆け足でやって来たヤマト副長と、転がるようにあとを追って来た分析ロボットが相次いでまたその部屋のドアの中に消える様子を、司はワゴンを押す手を止めて眺めた。
室内から、笑い声が聞こえる。
(…良かった…。テレサの具合…快くなってるんだ)
いくらも経たないうちに、その部屋のドアから医師たち、そして隊員たちが笑い合いながら出て来た。最後にドアを出たヤマト生活班長森雪がドアの中へ振り返り、輝くばかりの笑顔で手を振っている。島艦長が、一人…彼女の部屋に残ったのだろう……
花倫も、森雪と同じように微笑んだ。
今なら、心から言える。
艦長? テレサに会えて…本当に良かったですね、と。
島艦長は、“憧れ”。
同じ航海士として、この上ない…偉大なライバル。
その片腕として、役に立ちたい…任されたい——
(私と艦長の間には…恋愛とか、カレシとかカノジョとか…そんなの、最初から…成り立たなかったんだよな)
くるりと向きを変え。軽やかにワゴンを押しながら、ホールへと戻る。
——だって。
私は、いつか…あなたを越えてみせるから。地球一、と言われるパイロットに、私も、なってみせるんだから——
その時は……うんと褒めてくださいね、艦長……?
「いたいた、なんだ、もう元気じゃないっすか」
「なんか一人でニヤついてるぜ…」
「…志村さん、なんて顔してんですか」
…ん?
聞き覚えのある小憎らしい声がする。せっかくいい気分だったのに…と司は怪訝な顔でその声のした方向を見た。
フロアの向こうから、黒字に黄色の肩ベクトルの男が3人、歩いて来る。ポセイドンファルコン隊の坂田、土方、そして…志村だ。
なんであいつら、ここに居るわけ?
半眼になって、司は横を向く。無視しよ無視……。
だが3人は誰かを探しているようだった。知らんぷりして向きを変えようとした司を捕まえ、土方が訊ねる。
「航海長、ヤマトの真田副長を見ませんでした?通信機が不調で、どっこへつないでも分からんって言われましてね…」
「真田副長ならさっき先生たちと上に行ったけど?」
突然、話していた土方を志村が押しのけ、司の目の前にずいと立ちはだかった。なんだか思い詰めたような顔だ。「おい、お前…」
「な…なによ」
司は思わず後ずさる。
「……怪我、もういいのか…?」
「は?見りゃわかるでしょ」
「頭は」
「ちょっと!触んないでよ!!」
きっ、気持悪い!!
泣きそうな顔で自分の額に触ろうとした志村の手を、司は思わず払いのけた。
「脚も撃たれてたじゃないか…、そっちはどうなんだ?」
「な…なんなの志村さん!?」
坂田と土方が、顔を見合わせてこりゃたまらん、という顔をした。そのまま、二人は笑いをかみ殺しながら背を向ける。
「俺ら…先行ってますからね、隊長」
志村は返事もせず、司の前から動こうとしない。
「なによ?ちょっと、ほら!あんたの部下、行っちゃったわよ?いいの?!」
「…司」
頼むから、無理すんな。本当に寝てなくていいのか??おい、見せてみろよ…。
半分涙目で迫って来る志村に、司は心底困惑した。
「な…なんなのよーー!」
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