奇跡  永遠(23)




 ——その後——



 墜落したバトラフ艦の直撃を受けたポセイドンは、シグマ側が大破したが、行方不明の5名は奇跡的に生存が確認された。
 

 負傷者の養生と船の大規模修理のため、艦隊はディーバ1903に長期滞在を余儀なくされた。結果として、53名の負傷者を出したポセイドンだが、「生きて還れ」という島の命令は、乗組員212名全員が完遂することとなったのである。

 また、司の兄・司和也も回復し、地球防衛軍本部にその生存が当人により報告された。

 異星人に救助され、奇跡の生還を果たした地球人の記録は、全宇宙が「人の愛」という不思議な絆で結ばれているささやかな証として、再び後世に残ることとなるだろう。




 




「……不思議なものだな、…スターシア…」

 親衛隊のヴァンダールからディーバ1903での事件の一部始終を報告されたデスラーは、お気に入りのグラス2つに薄紅色の蒸留酒を注ぎ、蒼の肖像画の前に置いた。

 肖像画の中のイスカンダルの女王は、小鳥のように首を傾げ、かつての双子星の君主を見つめる………
「戦いは…いつの世にも無くなることはない。しかしまた……人の愛も、潰えることはないのだ。どうかね、美しき…この矛盾は」

 



 実のところ、デスラーはボラーの残存艦隊を警戒するため、親衛隊長ヴァンダールに新型開発兵器を託していた。それは地球から運ばれた放射性核廃棄物とガミラシウムを融合させたエネルギーを利用した新兵器である。その破壊力はハイパーデスラー砲の約10倍、射程距離約5倍を誇る攻撃火器であった。
 ヴァンダール艦隊は、連続ワープに入ったヤマトを異次元回廊を通りつつ追った。…当然、ディーバ1903での戦闘も逐一監視していたのである。



 ——テレサが反物質を使うのを確認せよ——



 ヴァンダールは、デスラーからそのように指令を受けていた。ヤマト、そしてポセイドンが窮地に立たされ、犠牲が出んとするまさにその時に、テレサは必ず…反物質を使う。デスラーはそう踏んでいた。もちろん、そのままでは友なるヤマトと地球人たちに甚大な被害が出る……ヴァンダールの役目は、反物質を確認次第、新型開発兵器を以て彼らの救援に駆けつけることでもあった。

 …だが…、しかし。
 反物質の力を、ついにテレサは見せることはなかった。



 元主治医のアレス・ウォードの口ぶりから、あの能力は近いうちかならず発現するとにらんでいたが、驚くべきことにあの娘は自分の意志で、それを封じてしまったのだ………



「…惑星を一つ、太陽に変えてしまうほどの暴ぶる力を…彼女は、愛に換えたのだ」
 デスラーの手元にある、イスカンダリウムの結晶も、宇宙に存在するその他の仲間の結晶と共鳴する。島に、手向けとして贈ったそのうちの一つは、テレサの反物質エネルギーに感応し、密かにそれを知らせてくれるはずだった…だが結局その石も、沈黙を守り通した。



 デスラーはふと思う……
 反物質の力はもしや…始めから、…蘇生したのちのあの娘の中には…なかったのかもしれぬ。



 イスカンダリウムを手の平に載せ……光にかざす。薄紅色の光沢の向こうに見える絵の中のスターシアが、微かに笑ったように見えた。



 ……それで、あなたの愛は……どこへ向かうの?デスラー……?

「ふふふ……さて。どこに向かうのだろうな……」
 デスラーは満足そうにそう呟くと、両手にワイングラスを取り上げ、こよなく愛する人に一つを捧げると…もう片方をくいと飲み干した。



              *     *   *

 



 ガルマン・ガミラス宇宙港。
 外宇宙観測センターでヴァンダールの報告を傍受した医局の医師が一人、港の片隅で灰色の空を見上げていた。

 漆黒の巻き毛が、風になびく。
 褐色の肌に、優しい眼差しのその男は、遠い空に向かってガトランティスの言葉で語りかけた——。

 



 テレサよ…永久に——微笑みを……





 

 

 



 ——2210年、春。




「次郎くん、帰りに病院に寄るんなら、これを…お兄さんに渡して欲しいんだが」
 真田が島次郎を呼び止めた。


 地球防衛軍本部、科学技術省工作室……通称、真田研究室<ラボ>。
 島次郎はこのところアルバイトと称して、真田の研究室に出入りしているのだった。


「なんですか?…それ」
「……いや、ただの紙切れさ」
「紙切れ?」
 私信なら、メールでもモバイルでもよかろうに。次郎がそう訝っていると、真田が苦笑して言った。「……読んでもいいよ。古代から島宛のメモさ」
「古代さんから?」
 小さな封筒は、封をしていなかった。中に折り畳んで入っている本当に小さな紙切れには、古代の字で短く殴り書きがしてある。


『男の子、2988グラム。雪も元気。いつでもいい、見に来い。中央病院513号室』


「……これ…」
「産まれたんだよ」真田は嬉しそうにそう言った。
「ええええっ、いつですか!?」
「…今朝方だ。なにせすぐに噂が広まるもんでな。内部通信はイヤだと古代が」
「僕、見に行っていいですか?!」
「……え?…まあ、そりゃあ…。でも、あっちの病院に行くんじゃなかったのか?」
「えへへ、赤ちゃん見に行ってからでもいいじゃないですか…!!」
 次郎は上着を引っ掴むと、メモをズボンの尻ポケットに突っ込み、慌ただしく廊下へ駆け出して行った。その後ろ姿を、真田は苦笑して見送った。




 トライデント計画は、ポセイドンと護衛艦ヤマトの無事の帰還を持って、予定より1ヶ月の遅れを出して完遂した。以後、ポセイドンは第二次特殊輸送艦隊の旗艦としてガルマン帝国との交易を続けることになる。カーネル・ジョイスを艦長に迎え、司、大越らメインブリッヂクルー、またその他のメンバーもほぼ第一航海と変わらず残留し、体調の回復した司の兄、和也が航海班の操舵手として新たに迎えられた。
 去就を共にせずとも、この特殊な目的で行われた航海は,残留組・転出組双方に取って忘れ難い旅となったのはいうまでもない。
 中間補給基地ディーバ1903には各分野の技術者が先行して移住し、地球はその勢力を一段と広く外宇宙へ伸ばすこととなった。異次元回廊の要所には水先案内のための無人ステーションが設置され、数年内に回廊を交易のための主要航路として活用する目処が立てられている。そして、ヤマトは<地球ーガルマン・ガミラス交易回廊>の主要護衛艦隊旗艦として、新たに着任することとなった。

 



 さて——


 次郎が向かおうとしていたもう一つの病院とは、メガロポリス・セントラル・シティの郊外にある<NUMB>メディカル・クリニックである。そこは「NUMB」と名の付くことからも分かる通り、軍または軍需産業に縁のある、比較的裕福な連中が極秘裏に特殊な医療を求めてやって来る病院でもあった。



 
「……島次郎です」
 声紋認証を兼ねた受付を経て、
最上階の特別フロアのナース・ステーションに立ち寄る。IDをスキャナにかざし、与えられた個人識別用暗証番号の入力と網膜認証をさっとすませて中の通路へ入った。
 看護師の一人が、次郎を見かけて微笑みかけた。「…今はバルコニーへお散歩に行かれてますよ」
「あ、ありがとうございます」

 へえ、散歩か!随分良くなったんだな……テレサ…。
 目的の病室の前を素通りし、次郎はその先のバルコニーに向かって歩を進めた。



 最上階のバルコニーは、周囲の武蔵野の山の緑や、その向こうに見えるトーキョー・ベイの青い海までが一望できる、心地よいサンルームになっている。
 車椅子でも動きやすいようにと配慮された空間には、要所要所に適宜ポップアップする手すりや、低速で動くベルトウェイがあり、緑の木陰、寝転がれる半人工の芝生ベッド…なども設えられている。季節の花が咲き乱れ、小鳥も放し飼いにされていた。


 兄の大介は、トライデント計画を完遂したのち、長期の休暇を願い出てここにずっと滞在している。大介はポセイドン艦長を辞任したが、数ヶ月後にはメガロポリス郊外にベースを置く無人機動艦隊極東基地に司令官として新たに就任することが決まっていた。

 ここには両親も頻繁に来ているらしい。なにせ兄が、ガルマン星から連れ帰った身寄りのない女性と結婚する、と言うのだから無理もなかった。

 



「…大介兄ちゃん!」
 トーキョー・ベイまでが遥かに見渡せる、サンルームの一番奥に、車椅子を押してゆっくり散策する兄・大介の姿があった。
「よう、次郎!」
 振り返った兄が押している車椅子に座る、ブロンドの女性。いつか写真で見たよりもはるかに美しい、テレサその人がこちらに向かって微笑んでいた。

「こんにちは、テレサ。具合良さそうだね」
「こんにちは…次郎さん」至福の微笑みを浮かべ、テレサは頷いた。
「…これ、真田さんから預かった」次郎は、小さな封筒を兄に差し出す。
「…何だい?」
 紙切れを封筒から引っ張り出し文面を見た大介は、見る間に顔をほころばせた。
「………ウソから出たまこと、か」
 そして、ははは、と笑い出す。「さて、お祝いは何が良いかな…」
「で、俺、さっき先にお見舞い行ってきちゃった!」次郎がにやにやしながら、モバイルの液晶画面を二人に差し出した。「ほら、この子だよ!!」
「…まあ……」
 次郎がここへ来る前に、中央病院で撮って来た、古代と雪の子どもの動画である。



 白くて小さな手を握りしめ、きょとんとこちらを見ている、大きくてつぶらな瞳。びっくりしたようなその顔があまりに古代にそっくりなので、島は思わず笑った。
「まるで古代のミニチュアが雪に抱っこされてるみたいだ」
「可愛い…」
 テレサはじっと小さな画面を見つめた。
「…兄ちゃんのミニチュアも、作ったらいいじゃん」
「?」
「ば…馬鹿…」
 首を傾げたテレサを後目に、次郎はぱっと立ち上がって大介の手から逃げる。
「あの、名前は…なんというのかしら?」
 次郎を追って行こうとした大介に、テレサは問いかけた。
「…名前は、まだだって。だって、今朝生まれたばっかりだもん」次郎が叫ぶ。
「なんて付けるんだろうな。…ふふふ」

 大介は笑いながら、テレサのそばへ戻った。向こうで目を丸くしている次郎にかまわず、テレサの左手を取りその甲に頬擦りする。薬指にはエメラルドのあしらわれた華奢な指輪が光っていた。

 



 テレサには、当然だが戸籍がなく、地球の法律的には大介とは結婚できない。だが、そんなことは彼にとって、大した問題ではなかった。
 今、テレサの身体には、地球人の自分と同じ、赤い血が流れている。あの時大量に出血したテレサは、ほぼ全血を交換しなくてはならないほどの重篤な症状に陥った。背中の深い裂傷は骨髄液の流出も誘発し、佐渡が手を尽くしたにもかかわらず一時は生命が危ぶまれた…だが、大介からの輸血により奇跡的に持ち直し、徐々に彼女は回復した。それ以後、彼女の血液は地球人…いや、大介と同じ色なのである。半年経った今も、血液成分すら地球人のそれとほとんど変わることはなかった。
 そして最大の変化は、その事件を境に彼女からサイコキネシスが消えたことである。僅かな能力すら、あれ以来回復の兆しを見せなかった。
 
 ——反物質の力をもつ限り、地球へは行けない——
 そう思いつめていたテレサは、超能力が完全に消えたことをなかなか信じることが出来なかったが、今ではそれを肯定している。
 彼女が孤独に生きることを余儀なくされるなら、地球を捨てて共にどこへでも行こうと心に誓った大介も、その必要がないことにどれほど安堵したことだろう。


 今、共に居る、この地球で一緒に生きられる……そのことが、二人にとってどれだけ大きな幸せなのか…。

 次郎には、真の意味でそれが分かるわけではなかったが、「愛」とか「信頼」という言葉の持つ力を、兄とテレサの二人を見ていると多少は理解できるような、そんな気持ちになるのだった。

 



 次郎はズボンのポケットに片手を突っ込んだ。小さなケースに指が当たる。

 …そう言えば、ずっと兄に返しそびれていたのだ。相原から古代を経て渡された、ブラックボックスの記録用メモリチップだった。あの旅の出発前に、大介が次郎へ託したものである。

「…兄ちゃん」
「ん?」
 次郎は鼻をこすった。「…おめでとう」
 大介はほんの少し戸惑ったが、テレサの肩に手を回し、答えた。
「…ありがとう」
「えへへ……っ」
 照れくさそうに笑う次郎を見て、テレサも、微笑んだ。



 ——この二人が。
 ……目の前で幸せそうに微笑んでいる、兄と…姉が、一番苦しかった頃の思い出なんて、きっともう……必要ない。



 そう思い、次郎はポケットからそのまま手を出した。

 青空に、小鳥の高くさえずる声が聞こえる。3人は、空を見上げた。


 
 空の碧、大地の碧。
 光る風の色までも、美しい碧に染めて…「愛」は時空を超える。


 
 そう——
 『奇跡は、本当に起きることがあるのだ。』

                         

                                                                          <完>

 


 

 

 

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