奇跡  永遠(22)




 最初に気付いたのは、アナライザーだった。

「アレ!?」
 ヤマトの第一艦橋の中空に、僅かな蒼い光がこぼれ出るようにして煌めき始めた………


「テレサ…!!」
「……テレサだ!!」
 島以外のほとんどが、口々に叫んだ。
 一瞬後、第一艦橋は眩い光に包まれ……その中に、二人の人間のシルエットが浮かび上がる。
「……艦長!!!」
 急激に失われていく光の中央に現れたのは、ぐったりしたテレサを抱きかかえて座り込んでいる司だった。



「テレサが、テレサが……!!」
 はっと我に返った山崎が、事態の重大さを察して医務室の佐渡を内線で呼ぶ。
 司は泣きじゃくっていた。彼女が抱き抱えているテレサは、意識を失っているようだった……
 島は駆け寄って床に膝をつき、司からテレサの身体を抱き取った。
「艦長、艦長!!テレサを助けて…!!」
「…テレサ…!!」 
 掠れた声で、島はその名を呼んだ。「テレサっ…!!」


「…島……さん…」
 テレサが彼の声を聞いて、うっすらと目を開けた。その頬に付いた煤を、島は震える片手でそっと拭う。
「…つかさ…さん…は」
「ここに居るよ…?」司が島の横に両手をついて、テレサを覗き込む。
 ああ、と溜め息をつき、テレサは微笑んだ。
「…よかっ…た…」
「テレサ…」


 どうしてこんな無茶をしたんだ、どうして飛び出して行った!俺は君に、戦わなくていいと言ったはずだ…なのにどうして…こんな…!


 喉元まで出かかる言葉をすべて飲み込んで、島はテレサの頭をそっと抱きしめる。テレサは微笑みながら小さく呟いた。
「島さん……私は…戦いに行ったのでは…ないの…。反物資は…2度と使わない。私…自分の意志で…」



 そう、自分の意志で、封じたのよ。
 破壊するだけじゃなく……助けたかった。
 私の力で、司さんを。——みんなを……護りたかった。
 
 2度と…あの力には翻弄されない…。
 出来たでしょう…?わたし……



「…うん……うん」島は、ただ頷く。
「テレサ!!しっかりしてよ、テレサ、テレサ!!」
 テレサは司の泣き声を聞きながら目を閉じた。唇が微笑みながら、「なかないで」と呟く。

 呼吸がだんだん浅くなって行った。
 テレサの背中に、温かいものを感じて島ははっとした。腕を引き抜いてみると、彼女の背中に回していた島の右腕が温かな透明の液体でぐっしょり濡れている。



「こらこらこらーーーーっっ、どかんかいーっ!!」
 唐突に、佐渡の怒鳴り声が第一艦橋に響き渡った。


 大きな医療ケースをワゴンに載せ、佐渡が走り込んで来た。佐渡は医療班員に大きなエア・マットを拡げさせ、医療用無菌テントをその場でバン!と開く。即座にマットの上にテレサを寝かせるよう怒鳴った。
「ほら、見せてみい!!」
 テレサの背中を一目見て、佐渡は息を飲む。助手にケースを開けるように指示し、立て続けに喚く。
「失血性ショックじゃ!何かが刺さっとったんじゃないか?なんで抜いたんじゃ……!!こらっ島、お前もそこに寝んかい!!」
「えっ」
「え、じゃないわい!!お前は知らんかったのか?テレサの血液は無色透明なんじゃ!!大量出血しとる。古代!!すぐにポセイドンから島のバイタルストックを全部、持って来い!全血も部分血漿も全部!緊急用の保存血が3000mlはあるはずじゃ…さもないと、島、お前の身体から血をぜ〜〜んぶ抜き取っても、おっつかないかもしれんぞ!!」
 はいっ、と叫んで古代は相原に連絡するよう伝える。何とか間に合いそうじゃ、と呟きつつも、佐渡は真剣なまなざしで治療を続けた。

 佐渡にせき立てられ、医療用無菌テントの中に入りながら、島は心配そうに覗き込んでいる古代に向かって言った。
「…すまん、古代。俺の代わりにポセイドンを…頼む」
「ああ、任せておけ」
 古代はポセイドンに向かうため、すでにヘルメットを小脇に抱えていた。親指を立ててニッと笑い、駆け出して行く古代の後ろ姿を確かめ、島は微笑んだ。

「テレサ…」
 傍らに横たえられた、意識を失ったテレサの手を、島はそっと握る。

「お前さんから、限界までテレサに輸血する。しばらくは艦長業務を休まにゃぁならんぞ」テレサの背中の傷を忙しく診ていた佐渡が、こちらに目もくれずそう言った。佐渡の手元で、小型の攪拌装置が作動し、島の身体から抜き取っている全血を部分血に分離して行く。
「…はい、先生」



 ——簡単には収拾のつきそうも無いこの状況で、自分が艦長業務を行えないのはとても不都合だ。……だが、テレサが助かるのなら、今は何を犠牲にしてもかまわない……。島は隣に横たわるテレサを見つめた。



 ”——島さんの身体の中で…私は生きることが出来る。あの美しい地球で…一緒に生きることが出来るのですから”


 
 テレサが言った、という言葉を、思い出す。
 生きてくれ…、テレサ!
 今度こそ…地球で……一緒に
生きよう……!


 
 大量の採血のせいで、島の意識も次第に朦朧として来る。その視界の隅に、泣きじゃくっている司が映った。島は自由になる方の手を、司の方へ伸ばした。
「……司」
「……艦長……」花倫は差し出されたその手を、両手でぎゅっと握りしめる。
「よく…帰ってきてくれた。怪我は大丈夫か…?…心配したぞ」
 島の言葉に、司は勢いよく首を振る。涙がこぼれて飛び散った…。「ごめんなさい、ごめんなさい…艦長!!」
「…頼むから、もう無茶はしないと…約束してくれ」
 島はそう言うと、微笑んで目を閉じた。
「はい…、艦長!!」
 司が握っている島の手から、次第に力が抜ける。佐渡がちらっと彼女を見て、微笑みながら首を振った。「お前さんも、傷の手当てをせんとな」
 真田が後ろから司の肩に手をかけ、頷いた。
「…お兄さんが、収容された。……彼も……無事だよ」
「真田副長……」
「医務室にいらっしゃるよ。…早く行って上げなさい」
 涙を拭いながら、司は頷き、立ち上がる。

 そしてもう一度り向いて、医療用テントの中に横たわる島を…、そしてテレサを見つめた。
 涙が溢れてどうしようもなかったが、花倫自身も幸せだと感じた。

 …短く、敬礼する。

(幸せになって…。艦長、…そして…大好きな…テレサ)

 




 医務室には、司和也の乗せられたストレッチャーが運び込まれ、佐渡の助手を務める京塚ミヤ子がその治療に当たっていた。
「背中の傷はすっかり縫合しました。酷く衰弱しているけど、命に別状はないので安心してくださいね」
 <デルマ・ゾラ>の電極が埋込まれていた傷痕は、テレサがその超能力で丁寧にあらかた塞いでくれていたのだった。その目で実際に見た、彼女の力に心の底から感謝しつつ、花倫は兄の傍に駆け寄る。



「……お兄ちゃん」
 和也はその声にうっすらと目を開けた。「………花倫…?」

 ——俺は…帰ってきたのか……
 そうだよ。
 ここは……地球の船……宇宙戦艦ヤマトの中よ。

「……ヤマト……」
 冥王星会戦で行方知れずとなった和也は、地球がヤマトに救われたことを知らない。妹の花倫が、立派な航海士になったことも。
 でも、そんなことは今は…どうでもよかった。
「…帰って……きたんだな」
「そうだよ。…帰って来たんだよ……!」
 兄妹は互いの手を握りしめ、笑い合った。



「司っ!!」
 医務室のオートドアが開き、唐突に志村の声が響いた。

 ぼろぼろに煤けた隊員服のまま、志村が駆け込んで来る。京塚が顔をしかめた。
「あらあら、酷い格好…。お怪我はないですか?」
「志村さん」
「この…やろうっ、心配したんだぞ……!!」


 気遣う京塚に目もくれず、志村は司に大股で歩み寄る。なんてことだ。  
 あの志村が、半泣きになっているのだった。
 花倫は思いがけず自分が感動しているのに気付いた。——志村さん、あたしを…心配してくれてるの…?!
「うるさいわよ志村さん。寝てる人がいるんだから静かにしてよ…」


 煤だらけの志村の顔を見て、ほっと安堵する。

 …涙が思わずこぼれた。それにかまわず、笑いながら。次第に本泣きになっていく志村の肩を軽く叩いた……

「ありがとう、志村さん……!ありがとうね…!」



 

 ヤマトは、再びゆっくりと惑星ディーバ1903へと降下して行った。

 

 

 

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