奇跡  永遠(21)




「…うそ…!!」 やだ、そんな——
 
 通路は落ちてきた天井と、爆風にねじ切られた壁剤とで完全に塞がっていた。動かせる場所は無いか…!? 花倫はあちこちの瓦礫に手をかけ、必死に揺する。ガントレットの指先が、掌が…瓦礫にこもる爆発の余熱でジジジ…と焦げた。
 腕のクロノメーターに目を落す。志村が言っていた爆破予定時刻まで、あと2分もない。

「やだ、ちょっと…!!動け!!」こっちは…?ここも駄目だ…!!瓦礫はびくともしない。
「…う…ん……」
 床に投げ出されたテレサの呻き声に、我に返る。
「テレサ…!大丈夫!?」
 踞る蒼いドレスは、和也の血でところどころ真っ赤に染まっていた。瓦礫を取り除こうとして焦がしてしまった手袋を無造作に取って捨て、花倫はその傍らに膝をつく。
「……怪我は…ない?」
 そう言ってしまってから、司はテレサの肩を掴んで、うなだれた。怪我がないとしても。もう……
「……ごめん……ごめんね、テレサ……もう……間に合わない…」
 テレサはかぶりを振り、目に涙を一杯溜めて言った。
「…私こそ、ごめんなさい。…力が…及ばなくて……」
 花倫は激しく首を振る。
「なんであなたが謝るの…?!」
 ここへ来てくれたじゃない!!
 ——こんな、こんなよれよれのくせに……。
 
 眩い光と共に、中空に出現したテレサ。
 だがなぜか花倫は、彼女は戦うためにこの場所へやってきたのではない…と感じた。戦う、というにはあまりにもその姿は弱々しかったのだ。
 テレサは花倫の目を見つめる。その瞳から大粒の涙がぽろりと零れた。
「…戦えなくて、私…。ごめんなさい…」
「…なんで?なんでそんなことで謝るの…?誰があなたに戦え、なんて言うのよ? あたしこそ、馬鹿だった。…お兄ちゃんを助けても、あなたが……」
 島の顔が目に浮かぶ。
「あなたは艦長の、大事な人なのに…っ
!!」
「司さん…」

 …ありがとう…

 テレサは、顔をくしゃくしゃに歪めて泣き出した背中に、そっと手をかけた。花倫の優しい思いに、胸が熱くなる——。



 爆発によって周囲には熱風が立ちこめていた。なにか生温かいものが背中から腰へと伝い、流れ落ちる感触。左手で背中に触れたテレサは、そこに鋭利な瓦礫の破片が突き刺さっているのに気がついた。周囲の熱さと対照的になぜか急に悪寒を感じ、頭を振る…くらりと視界が黒くなった。破片に触れた左手の指先が切れ、透明な血液が滲んだ。…だが、自分の傷などおかまい無しに花倫の足の傷にそっと手を伸ばす。その掌から放たれた一筋の光が、その傷をふわりと覆い……。
 花倫は、急に痛みがすっと引いたような気がして驚いて足を見つめた。ハガールに撃たれたふくらはぎの傷が、見る間に癒されて行くではないか……。

「…島さんは、あなたを…愛しているわ。きっと…私のことよりも……」
 溜め息のような微かな声。そう言って、テレサは悲し気に微笑んだ。「この呪われた力がある限り…私は彼に愛される資格がないのです。……島さんを、…お願いします。私の分まで、彼を…愛して…」
「何言ってるの!?テレサ、違うよ!!違う違う!」
 驚いて花倫は叫ぶ…


「……ありがとう…司さん…」
 私がいなくなっても、…島さん…あなたには、この人がいるわね——


 テレサは美しく微笑み、花倫にふわりと抱きついた。



「駄目、テレサ…だめだよぉっ…!!」

 そのまま、ふっと気が遠くなる……爆発の大音響が脳裏にこだまし——。



 ———テレサ……!!!———

 司の声が、遠くかすかに響いた……。

 

 






「……敵ボラー艦、爆発しますっ……!」
 太田が叫んだ。


 キャノピーから肉眼でも小さく見えるアロイス艦が、その中央付近を異様に膨張させ、——光芒とともに砕け散った。
「……!!」
 誰も声を上げなかった。


「…島さん!坂田機、土方機……神崎機の離脱を確認!」太田が更に叫ぶ。「…どうにか間に合ったんじゃ!?」
 島はだっと席を立つと、相原の通信席に駆け寄った。勢い付いて、相原をその座席から押しのけそうになる。「交信可能かっ!?」
 相原は、はっとして島の顔を見た。島の顔は今にも泣き出しそうだった。
「……すまん…相原………頼む」
 相原は目を丸くしたが、即座に頷いた。
「…回路、開きます!」

 




<……こちらヤマト!応答せよ!>


 ヘルメットの受信機から響く相原の声を聞きながら、志村は歯を食いしばって堪えていた。堪えても堪えても、涙が出て来てしまう……
(ちくしょう………ちくしょう……っっ!!!)
 坂田機の後席に、志村は乗っていた。意識のない司の兄を抱え、身体を震わせながら。

 司和也は救出した……だが、肝心のあいつが!
 あいつを……助けられなかった——

 前席の坂田が、志村の悔し泣きを聞きつけて、躊躇いがちに無線を取る。
「……こちら坂田。……志村副班長、及び人質の救出に成功。……しかし」そこで坂田も一瞬、唇を噛んだ。「……司航海長は…行方不明」



 坂田からの通信を受け、相原が蒼白な顔で傍らの島を振り返る。通信は途切れ途切れで、不鮮明だったが、坂田の声が沈んでいることは充分に伝わって来た。
「神崎機!土方機、応答しろ!!他に生存者は!?」
 相原の怒声に答える神崎と土方の声が、その他の生存者がいないことを告げた。
「……おいっ、神崎戦闘班長!もう一人いたはずだ!!もう一度確認を」
 叫びかけた相原の声が、急に途切れる。島の手がその肩に静かに触れたからだった。
「………ありがとう、相原」

 島さん。…そんな。
 怒鳴って僕を押しのけてくれた方が、まだしも……。
 無念さに、首を垂れる。
 しかし即座に顔を上げ歯を食いしばると、相原は再び呼び続けた。
「他に生存者はいないか!?土方機、応答しろ!!」



 島は怒鳴り続ける相原の通信席の傍らで背を伸ばすと、深く深呼吸した。

 ——戦いは終った。

 ボラー艦のあった場所には、茫漠とした爆発の痕が刻まれて行くだけだった。かなり距離を取っているヤマトにも、飛来する大小の破片が無数にぶつかってくる。
「…テレサは、…テレサも脱出できなかったのか……?」
 皆の思いを代弁するように、南部が呟いた。
 彼女が敵艦に現れたと判明したのち、映像は途絶えた。
 大気圏外まで跳ぶという行為は、衰弱した身体に負担ではなかったか。  
 何のために…誰のために、…テレサは行ったのだろう……。



 島は、相原が必死で交信を試みている通信席の背もたれに手をかけ、うなだれた。
(……俺は……何も、出来なかった。……司にも、テレサにも。……何も)
 怒りにまかせて怒鳴ることも、慟哭することも出来なかった。片手をかすかに握りしめる。だが、拳を作るほどの力は、残っていなかった。
 古代がその傍らに歩み寄り、肩に手をかける。
「……島」
 島が涙一つ見せていないことに、古代はショックを受けていた。


…お前、また……あの暗くて深い淵に…墜ち込んで行こうとしてるのか…。

 





 ——その時だった。

 

 

 

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