奇跡  永遠(19)




「テレサ……!!」
 ヤマトの第一艦橋で、メインパネルを食い入るように見ていた島が、絞り出すような声で叫んだ…
「どうして……!?」

 敵艦の司令艦橋に現れたテレサの放つ高エネルギーが、通信を遮断した。
 メインパネルの映像が唐突に消える。
「相原っ!通信回復できないかっ」古代が叫ぶ。

 


 

 テレサの身体からは、かつてないほど眩い光が迸り出ていた。
「テレサ……!!」
 顔を上げてその姿を見た司は、思わず声を上げた。
 神々しく輝く碧い姿、金色になびく髪…。それは、あのデータベースで見た古い通信画像の「テレサ」そのものだった——。

「なんで…?なんで来たのよ……っ!?」



「…おお!」電極を取り落として、ハガールが感嘆の声を上げた。「反物質の魔女、テレザートのテレサよ…!」
 ハガールの声を聞いて、テレサがゆっくりと彼を見おろした。
「……邪悪な…生命体…。あなたの望みは…私ですね…」
 アロイスもルトゥーも、その眩さに顔を覆い、一、二歩後ずさる。

 凛とした声で、テレサはアロイスに向かって言った。
「私は、……テレザートのテレサ。私の友人を……今すぐ解放しなさい」

 アロイスが気を取り直し、銃を構えて口元を歪め、テレサに叫んだ。
「……わざわざ来たか、愚かな魔女め!!捕えろ、ルトゥー!!」
 ルトゥーと呼ばれた若者はおののき、首を振ってなおも後ずさる。
「……無理です!!陛下、こっ、これはあの、テレザートのテレサなんですよ……!!」
「腰抜けめ……!!」アロイスはテレサに向けた銃を、いきなり連射した。
「きゃあっ…」花倫がルトゥーの手を逃れ、身を伏せる。

 無数のコスモガンのレーザーが、テレサに突き刺さったかのように見えた…だが、光るテレサの身体には届かず、レーザーはすべて霧消する。
「…愚かしいことを」
 テレサは哀れむように呟いた。
「……私の友人たちを、すぐに解放するのです。さもなければ…後悔することになるでしょう」
 テレサはそう言いつつ、両腕をすっ…と左右に開いた。
 光が迸り、司令艦橋に充満する……


「うおあっ!!?」ルトゥーが悲鳴を上げ、飛び退った。艦橋のレーダーや幾つかの装置から火花が散り、爆発が起きたのだ。
 しかし、その直後、苦しそうに顔を歪めて息を吐いたテレサの様子をアロイスは見逃さなかった。
「…貴様、弱っているな…ははは……は」つかつかとテレサの前まで歩み寄る。「どうだ、もう攻撃できないか!…ふはは……テレザートのテレサだと?反物質の魔女だと!?」
 アロイスは笑いながらテレサの右手を掴み、ぐいと捻り上げた。「笑わせるわ!!」
「ああっ…」
 そのままアロイスに突き飛ばされ、テレサはよろめいて床に倒れ込んだ。

「テレサ!!」花倫がその身体を後ろから受けとめた。両手は後ろ手に縛られているが、どうにかテレサを支えようと、両肩を突っ張る。受けとめた身体ごと、二人は床に倒れ込んだ。
「テレサ、テレサ…!大丈夫?!」まだ身体、治ってないのに!!苦しそうに床に突っ伏し息を吐くテレサを、なおも庇う。
司はそのまま、キッとアロイスを睨み上げた。


「…これが魔女か!自慢の反物質はどうした…あれを自在には呼び出せない貴様なぞ、恐れるに足らん」

 アロイスは勝ち誇ったように甲高い笑い声を上げる。今のこの女に、何が出来る、何を恐れるのだ……ルトゥー!もう良い。このままヤマトを撃破、ディーバへ強行着陸するぞ!!」
「は…はっ」ルトゥーはテレサに怯えつつ、砕けた腰つきのまま転がるように操舵席に向かう。

「……アロイス陛下」
 ハガールが不服そうに言葉をはさんだ。「…おそれながら、我らの当座の目的は、反物質の魔女を手に入れること。その目的を達成したのですから、今は撤退するのが得策かと」

「……なんだと…?」
 アロイスは大きく見開いた目をハガールに向けた。
「……撤退?」
「さようでございます」
「ハガール、寝言を言うな。ここでガルマンの犬を、徹底的に叩き潰すのだ」
「…陛下」
 たしなめるようなハガールの声が、次第に甲高くなって行くのに花倫は気がついた。
「ツカサの兄妹、そしてテレザートのテレサ……<デルマ・ゾラ>の動力源として、これ以上素晴らしいものは望めません……敵の殲滅は後にして、戦力を整えましょうぞ…。撤退するのです」

「ハガール…誰に向って指図している?」
 押し殺した静かな声とは裏腹に、アロイスはハガールの胸ぐらを乱暴に掴んだ。
「ヤマトは父上の仇、ガルマン帝国の犬だ。今やつらは我々に手が出せん…総攻撃をかけるチャンスではないか」
「ですが陛下…」

 アロイスの赤い瞳が黄色く変色する…
「黙れ!」
 アロイスはハガールをどん、と突き飛ばすと、自ら主砲の発射装置と思しきスイッチを取り上げた。

「左舷砲塔、全門開け!ヤマトを撃破し惑星へ降下するぞ!!」「…陛下!!」


 急激に凶暴になってゆくその姿は、さながら狂気に満ちた鬼神のようだった。この若い司令官は正気を失っているとしか思えない。花倫は恐ろしさとともに、虚無感を覚えた。アロイス陛下、と呼ばれている彼女はボラー連邦の最後の継承者なのだろうに、復讐に我を忘れてしまっている…国の存亡をかけて戦い、祖国を再興するのが務めであるはずなのに。艦尾で出会った老戦士、レオンの言う通りだった。この人、どうかしてるわ…!こんな状態で、どうして押し通せると思うの…?!
 ちらりと彼女の横にいる白いフードの男を見る。レオンの言葉を思いだした。こいつが彼の言っていた、すべての災いの根源なのに違いない。後ろ手に縛られた両手を自由にしようと、花倫はもがいた。
「陛下…!」
 白いフードの男はさらにアロイスの腕にたしなめるように手をかけたが、アロイスはその手を叩き払った。
「逆らうか!!ハガール!!」


 床に膝をついて踞る花倫には、白いフードの中の、男の顔が垣間見えた。
 なんて…恐ろしい目!
 人間型の宇宙人の中でも、これほど醜い異星人がいただろうか?…いや、彼はまるで、ひとの皮に無理矢理自分を押し込んだ、異形の妖(あやかし)のようだった。老人のような皺だらけの顔に、不自然に埋込まれたガラス玉のような双眼。…ぎらりと殺意が走る。

「……いいでしょう……どうぞご自由に、陛下」
 ハガールはアロイスに向かって冷たく言い放ち、数歩彼女から離れた…「あなたには、最後の仕事がありますからな…」
 白いマントの下でおもむろにハガールの手が動き…アロイスめがけて一条のレーザーが放たれた——



「きゃああっ……」花倫が叫ぶと同時に、操舵席から振り向いたルトゥーをもハガールは射抜いた。「ぐあっ…」突如背中を撃ち抜かれ、ルトゥーはもんどりうって操縦席から転がり落ちた。
「動くな!!」
 隙をついて動こうとする花倫にもさっと銃を向け、ハガールは叫ぶ。
「……お前とツカサ、そして反物質の魔女……ふははは…これで私の目的は最高の形で完結する!」
 白いマントが、床を滑るように操舵席へ走る。
 ハガールはルトゥーの身体を脇へ蹴転がし、航法装置と思しき機器を操作した。
「思わぬ邪魔が入ったが…この場所にもはや用はない」
 花倫は血の気が引いた。この男は、またあの<デルマ・ゾラ>という装置でどこかへ飛ぼうとしているのだ。

 

 このままでは、連れ去られてしまう…!!

 

 




 映像が途切れたヤマト艦内は騒然としていた。白兵戦に向かう隊員たちは右舷のハッチに集合していたが、船自体が敵艦への接舷に手間取っているために、身動きが取れない。


「…強行接舷しよう」古代が蒼白な顔で言った。「…迷っている時間はないよ」
「しかし」真田が待ったをかける。
 ボラーの司令艦には、司、志村、そして司の兄とテレサもいる。いわば全員が人質、「接近するな」というのを無視して突入しても、膠着状態に陥ることは間違いない。テレサが敵艦の第一艦橋に出現してから、数分が経っていた……映像が途切れた後に一体何が起きているのか、まったく見当がつかない。


 島はメインパネルでテレサの姿を見てから、ずっと無言だった。操縦桿を握る両手が時折震える他は、彼は微動だにしない…その胸の内には数限りない煩悶、そして苦悩が去来しているのに違いなかったが、彼は一言も発しなかった。
 古代を始め、すべてのクルーたちにはこの数分が、永遠の地獄にも思えた。



 テレサは、また…戦うのか?



 古代は唇をぎりっと噛んだ。
 反物質の力で、また敵艦を破ってくれるのだろうか? それとも、…?
 その時、相原が微弱な通信電波をキャッチし、大急ぎで回線を開く。
「…艦長!!これは…敵艦にいる志村からです!!」
「なにっ」



<……こちら…志村……これより敵艦の司令中枢を爆破する!!…ヤマト及びファルコン隊、敵艦から離れてくれ!!聞こえるか!!敵艦から距離を取れ!!…ヤマト、応答せよ!こちら志村!!>
「駄目だ、相互通信できない!!これも受信のみです!!」
「敵艦の司令中枢を爆破、って……司たちはどうするんだ。脱出の算段はあるのか…!?」古代は皆を見回した。


 苦渋に満ちた沈黙。
 通信席の相原の声だけが、間断なく志村に、そして地上基地へと呼び掛けている……



 声にならない呻きを漏らし、島が操縦桿に突っ伏した。
 その背中が大きく1・2度震える。
 



 肉眼でも視認できる距離で、紫煙を上げているボラー艦を食い入るように見つめたまま——、彼らはどうすることも出来ない。


 

 

 

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