奇跡  永遠(18)




「くそォっ………!!!」
 島は立ち上がって、ダン!と操縦席の制御盤を殴りつけた。
 相原が背後で必死にポセイドンへ呼び掛けている……
「ポセイドン!!応答せよ!カーネル副長!応答してくださいッ!!」



 メインパネルに映る光景は、無残だった。


 右舷の修理中のシグマは、吃水線から上が大破し、跡形もない状態かと思われた。ポセイドンの主砲を至近距離から受けたボラー艦は次々と誘爆を起こし、外殻の一部を残して浅瀬の海に飛び散るように沈んでいく。爆発の煽りを受け、地上施設のカメラまでが吹き飛んだらしく、激しく歪む映像を送って来たその一瞬のちに、ぶつりと通信は途切れた。

「地上補給基地!!北野!土門!応答せよ!!」
 ヤマトの第一艦橋は騒然とした。

 古代、そして真田も足がすくむ思いだった……地下シェルターの、雪、グレイス、…そしてテレサは無事なのか…!?

「駄目だ、連絡がつきません!!ポセイドン、地上基地とも交信不能ーっ!!」相原が泣きそうな声で叫ぶ。
「クソッ…!!…敵艦右舷に接舷する!…突入するぞ!!」
 古代が叫ぶと同時に、右の操舵席から島がやにわに立ち上がった。

「太田!操縦を代われ。…俺も行く」
 島の声に、古代は振り向いた。


「島…、お前が白兵戦に出て行くのは本末転倒だ。自分の立場をわきまえろ」
 島は厳しい表情で古代を睨み返す。
「……何もせずにここで見ていろっていうのか」
「捕虜奪還は俺たちの仕事だ」
「司は、…俺の部下だぞ…!!」
 島に操縦を代われと言われ、腰を上げた太田がおろおろしている。南部、山崎、そして相原も驚愕の面持ちで、睨み合う二人を見つめた。
 古代は厳しい表情を崩さず、深呼吸してもう一度言った。
「…お前は残れ。俺は護衛艦艦長として、ポセイドン艦長、艦隊司令のお前を守る義務がある。…ヤマトはポセイドンの護衛艦だ。これは俺たちの任務だ」
 古代の目が、一瞬優しく和んだ。

「——司はかならず助ける。ここに残ってポセイドンと地上基地との連絡を取ってくれ。そして、……テレサの安否を確認しろ。ついでに……雪の事も」
「…古代!」
 真田も立ち上がる。「そうだ。…島。ポセイドンの状況把握を優先しろ。そして…ヤマトを…頼む。敵司令艦の出方がわからん。万一、敵艦が接舷中に動きを見せたら突入隊を呼び戻す必要がある…全体の司令塔として、お前にここにいて欲しい」
「真田さん……」
 島はギリッと唇を噛んだ。だが、二人の言う通りだった。
「わかりました…司と、志村を…頼みます」
 古代が頷いて第一艦橋から飛び出して行こうとした刹那……通信機から緊急信号が鳴るのが聞こえた。
「SOSだ。……相原、どこからだ?!」
 古代は慌てて駆け戻り、緊急信号の回路を開く相原の肩ごしにパネルを覗き込む。



<こち……レイス…す…艦長は……こちら、グレイス・ハイドフェル……島艦長……答してくだ…い…>


「地下シェルターにいるグレイス先生だ!」相原は叫んで、さらに周波数を調節し、急いで音声を拾った。
「こちらヤマト!そちらの状況は?!みんな無事か!?」古代がマイクに向かって叫ぶ。
<島艦長!!大変です……テレサが、敵艦に向かっています>
「えぇっ……!!」


 絶句したのは、島だけではなかった。皆、一瞬状況が飲み込めない。
「どういう事だ、グレイス!!」島が割り込む。
 グレイスの小型端末から、相原の通信機へバイタルサインのデータがゆっくりと送られて来た。
<今そちらにバイタルコントロール画面を転送しています。私の持っている端末から、クルー全員の安否が分かります。…艦長、落ち着いて聞いてください……現在クルーは5名が…おそらく…死亡、……負傷者は重軽傷者あわせて48名に上っています。先ほどカーネル副長と連絡が取れました。ポセイドンはシグマ側がほぼ全壊ですが、本船とラムダは無事です。現在モニタ通信は不可能、モールス回線を使用している状態……そして、テレサは…今、宇宙に……>
 あの気丈な医師が、報告しながら啜り泣いていた。
<補給基地には…大した被害はありません。私は、森さんとこれからポセイドンへ向かいます。負傷者を手当てしなくてはなりません……。テレサを止められなくて、本当に……申し訳ありません!!>

 グレイスの送って来た3DCG画像には、<TRS>と名の付いたアイコンがひとつぽつんと全体から離れ、どんどん距離を取って行く状況が表示されていた。

 三次元投影図で見れば、テレサのアイコンが向かっているのはディーバの上空……座標は、現在敵艦が位置する外気圏だ。
「なぜ……こんな」


 驚愕する島、そしてヤマトのメンバーの頭上に、ノイズとともにいきなり画像が映し出された。



 真紅の瞳に、赤い髪。ボラーの第3皇女、アロイスである…
<ヤマトよ。一切の攻撃を中止し、停船しろ。それ以上接近するな…!お前たちは、…言葉が理解できないようだな…下等な生き物め。貴様らのような下衆に、我がボラー連邦が屈するとは……。だが、忘れてはいまい。我らの手には貴様らの同胞を捕えているのだ。見るがいい…」
 アロイスは、さっと身体を翻し、その後ろに映る人間を示した。
「………!!」
 そこに映っていたのは、先ほどから禍々しい機械に繋がれている司和也、そして、…彼を救出に向かったはずの、…司花倫だった。




<下等な生き物でも、人の情愛は持っていると見える…。不思議な巡り合わせだな…地球人よ。なんと、やつめらは兄と妹だというではないか…>
 機械に繋がれ、ぐったりとうなだれている半死半生の男…司和也の足元にうずくまっている花倫は、額から夥しく出血し、片目を瞑っていた。ヘルメットは吹き飛ばされたのか、被っていない。結い上げてある髪がほつれて顔の周りにへばりついていた。だが、生命に別状はないようだ。時折身体を激しく捻って、敵の若い士官が後ろ手に縛り上げた腕を自由にしようともがいていた。アロイスにその肩を軍靴の先で蹴られ、はっとしてこちらを見る。
 花倫の表情が、見る間に歪んだ。

「……島艦長…!」
<司…!!>

 アロイスが示した司令艦橋のメインスクリーンに映る、ヤマトの第一艦橋。その操縦席に、島がいた。
 

「…ごめんなさい、艦長…捕まっちゃいました。でも、やっと…会えたんです、…やっと……」
 こんな場面だというのに、司は顔を上げて笑った。涙が流れて、それが一筋、頬についた血と煤を拭う。

<地球人よ。…反物質の魔女を、渡してもらおう。それとも、この美しき兄妹愛を、我が手にかけさせるのが望みか?>
 アロイスは残忍な笑みを浮かべながら、腰につけていた銃剣をすらりと抜いた。
<…ルトゥー、女を立たせろ>
 ルトゥーと呼ばれた部下の男が、花倫をぐいと引き起こして立たせる。


 花倫はアロイスを睨みつけた。
「テレサなんか、いないわよ。いたって、あんたたちなんかに渡すもんですか…!」
 アロイスはぎろりと花倫をねめつけ、銃口をその胸に押し付けたが、はたと気付いたように和也を見おろし、こう言った…
「…そうか。…では……ツカサの代わりにお前を<デルマ・ゾラ>に繋ごう。兄妹なのであれば、お前の身体からも思念波エネルギーは充分取れるだろう…」
 アロイスは、ヤマトにつながったメインスクリーンを一瞥してから、隅にしゃがんでいる白いフードの男を手招きした。「ハガール、どうだ」

 ハガールと呼ばれた男は、ゆらりと立ち上がると<デルマ・ゾラ>と呼ばれた不気味な装置のそばに立った。
 白いフードからのぞく皺だらけの顔、鋭い眼光に、花倫は思わず身震いする……その男は、和也の、首や肩や手に直に埋め込まれた電極を、無造作に抜き取った。電極が差し込まれていた部分から、鮮血が滴り落ちる。痛みに呻く和也を見て、花倫は叫んだ…
「きゃああっ…お兄ちゃん!!」




「ひでえ…!」スクリーンを凝視していた南部が思わず呟く。相原は呻いて目を背けた。次々と電極が抜き取られた和也の傷口からは生々しく血が流れ、その痕がぽっかりと口を開けている。
「なんてことを……!!」古代が呻いた。「なんなんだ、あれは…!!」


 白いフードの男は、血に濡れた何本かの電極を持って、花倫の方へ身を屈めた。彼女を縛り上げているルトゥーという若者も、顔をしかめている。ハガールが、この世のものとも思えない不気味な嗄れ声で話し始めた。
「……我々の移動装置、…思念波航法装置<デルマ・ゾラ>は、強い意志を持った人間の思考……思念波をエネルギーに変え、テレポーテーションするシステムだ。この男は、予想外に良く保った。その肉親であれば、なかなかに良い動力源となろうぞ…」
 ハガールは、くっくっく…と含み笑いをしながら電極を花倫の顔に近づける。

「やだ…」恐怖に司の顔が歪んだ。



「……止めろ……止めてくれ!!」

 スクリーンの向こうのハガールに島がそう叫んだ瞬間。

——ボラー艦の内部で異変が起きた。画像がゆがみ、一瞬途絶え…再び司令艦橋が映し出される…。
<何事だ!!>
 アロイスが困惑し怒号を上げる


 花倫は、眩く光る何かが、この赤黒い敵艦の艦橋に舞い降りて来るのを感じた。




 ——それは、蒼い光を纏った、美しい女性のシルエットだったのだ。

 

 

 

19)へ        「奇跡」Contents