奇跡  永遠(17)




<………ポセイドン、聞こえるか!?…司航海長と志村護衛副班長が、敵艦内部に突入した!!……繰り返す!!司と志村、敵艦内部に突入っ!!…>


 ポセイドン護衛班坂田の金切り声が、一方的に受信機に入って来る。ヤマトの第一艦橋では、相原が必死でその通信をクリアにしようと奮闘していた。
「あいつら…!停戦信号を送っていたのがわからなかったのか!?これじゃ囮を使う突入作戦がパアだ!」
「でもすごいっすよ…よく突入したな…!」
「…少し様子を見よう、古代」
「しかし、人質が…!」
 坂田たちの艦載機が攻撃を始めた事について、敵艦からの応答はない。砲塔から応戦する飛沫のようなレーザー弾は目視できたが、何度呼び掛けても敵司令アロイスからの返答はなかった。

 …人質の司和也は無事なのか……?!

 古代は苦渋に満ちた表情で、操縦桿を握る島を見た。相原も南部も、心配そうに島を見やる。
 島はメインパネルに映るボラー艦を瞬きもせず睨みつけていた。



 司たちは一体、どうやって敵艦に突入したのだろう。本来なら、喝采してもいいところだ。艦載機で飛び出して、ろくに援護もなく、作戦を立てる時間もないまま敵艦に見事突入成功したのだから。だが、……突入に成功しても、その先はどうする。生きて還って来られる保証など、どこにもないんだぞ…!?



「停戦信号自体は送り続けるんだ。攻撃はするな…!!」
 古代はそう指示し、加藤・坂本の艦載機隊もヤマトの両舷に待機するよう伝える。
「突入隊、準備はいいか?!敵艦右舷に接舷する…。島、取舵20度!」
「……取舵20!敵艦の右舷に向かう」
「こちらヤマト!停戦を要求する…人質の交換に応じられたし」

 頭上のメインスクリーンには、敵艦の周囲に展開している坂田機と土方機が目視できた。「ポセイドンファルコンチーム!直ちに攻撃を中止せよ!」
 ヤマトは古代の号令のもと、前方に目視できるボラー艦めがけて全速で接近する。
「ああっ!!」太田が突然声を上げた。「……ボラー艦隊、消えて行きます……!!」
「何っ!?」
 肉眼ではほとんどわからない。だが、コスモレーダーに映る艦隊の機影が、にわかにブレ始めた。太田が叫んだ……「…例の、消えるワープですっ!古代艦長!!」
「やむをえん!加藤!急行しろ!!どうにかして食い止めるんだ!」古代が叫ぶ。

「見ろ、古代!」島が前方を指差した。
 小さなエンジンノズルの閃光が2つ…いや3つ、回りながら巨大な艦艇を爆撃している。ヤマトの艦載機隊が、ややあってその3機に合流し爆撃を開始した。四方八方に砲撃を繰り返していた司令船は、爆煙を吹き出しながら実像に戻った。
「やった!!」南部が叫んだ。
 だが、2隻の敵艦のうち1隻は、跡形もなくその空間から消えてしまった。
「1隻は逃がしたか。……勝負はここからだ、島…古代」
 真田が真剣な表情で言った。停戦を要求しながら、爆撃を行なってしまったのだ。…人質は今まさに窮地に立たされている。その上敵艦にはさらに、司、志村がいるのだ。

 





 テレザリウムの内部に設置してある小さな端末のモニタ画面には、地上の監視カメラからの固定された映像、そしてポセイドンとヤマトとの通信が錯綜して入って来ていた。

 雪がグレイスを救助に行ってしまってからしばらくの間、テレサは立ち尽くしたままモニタをじっと見つめていた。地上の司令所にいるのは土門と北野、そしてヤマトの作業班の人間が10名足らず。…そして、グラン・ブルーの浅瀬のほぼ1キロ沖に、地上基地に艦尾を向けて迎撃態勢を取っているポセイドンが見えた。その周囲の上空には、ポセイドン艦載機隊が待機している……そのさらに向こう、…距離にして15キロほど先の上空には、上昇して行くヤマトと、その艦載機隊。
 そして…大気圏外ではすでに、司と彼女の援護に向かった艦載機が3機、戦闘を繰り広げている。

 もちろん、司令所の監視カメラからの映像は、そこまでは映さない………ヤマトが向かう先が見えるのは、テレサの甦った超能力の所為だった。




 テレサは、潤んだ瞳でベッドサイドのテーブルを振り返る。
 ——そこには、アレス・ウォードから贈られた、緑色の石の付いた銀色のリングが乗っていた。

<……これは、あなたのサイコキネシスを封じる制御装置。私の作った封印のための立体装置
と対になれば、反物質さえも…封じることができる>
 その言葉が、脳裏を駆け巡る—— 

 超能力を封じているはずのウォードのリングを自ら外し、テレサはテレパスを使って外部の状況を知ったのだ。

 


 ……アレス。
 あなたは…、あなたの故郷を滅ぼした記憶を、私から取り去ろうとしてくれた。私が…島さんの元にいられるように……。
 アレスのキスも、彼がなぜ…黙って自分を送り出してくれたのかも…思い出した。
(ありがとう…アレス。でも私は…2度と、あの力に飲み込まれたりしないわ)

 テレサは目を閉じ、そしてゆっくりと瞼を開く…。

(あの邪悪な異星人の目的は、私一人。であれば……)
 であれば、方法は一つしかなかった。
 司さんのお兄さんが、ボラーの船にいる。彼を助けるために、司さんがそこへ向かって行った。



 これ以上、誰かが傷つくのを、ただ見ているわけにはいかない。
 司さん……
 ……そして、ヤマトが…戦う事も。
 そして敵とは言え、ボラーの人々が傷つくのも。



 ガトランティスを滅ぼした殺戮の記憶は、今でも絶え間なくテレサの心の琴線を引き千切ろうとする。…だが、その記憶と対峙する勇気を、彼が…くれた。
 戦わなくていい、自分を大事にしてくれ。…島さんのそのひと言が、私をこんなにも強くしてくれる。

 私にしかできないのなら……迷っている時間はない。——2度と、後悔はしたくなかった。


 …戦いに行くのではないわ。

 私は、私のために…私の大切な人たちを、この力で守りたいの。
 そのために、アレスが私を生かしてくれた…
 私は2度と…あの呪われた力に征服されはしないわ。

 ——…だから、……私が行くのを、許してくださいね……島さん——


 蒼く透き通る部屋を、ぐるりと見回す。

(……テレザリアム。…お父様は、ずっと…私を守ってくださっていた)仮死状態で眠る私を、凍てついた宇宙でずっと守り抜いてくれた「碧の宮殿」。私を守るために全機能を捧げ、繭となってくれた…お父様の…遺志。

(どうか…今一度、力を貸してください…)

 その床を、壁を。テレサは跪き愛し気にそっと両手で撫でる。碧い部屋の内部が、それに呼応するように淡く光り出す…

 テレサの全身から、碧い光が迸り出た。
 体中に電撃が走るような感覚がみなぎる。長い間、これほどのパワーを帯びることのなかった身体に、それは酷く苦痛を与えた……しかし、テレサは意識を集中し、邪悪な念を放ち続けるボラー艦隊の中央、司令艦に向かって上昇する自分をイメージする——

 テレザリウムのコンテナが蒼い炎に包まれ、台座からふわりと浮いた。灰緑色の外装甲板が鋭い音と共に砕け、床に四散する。…碧い立方体となったコンテナは白い稲妻を無数に纏い、衝撃波を残して宙に消えた。

 

 

 

「な……なに!?どうしたのっ!?」
 食料倉庫に閉じ込められていたグレイスは、大きな振動と咆哮のようなものを感じて戦慄した……その刹那、突然びくともしなかった倉庫の電子ロックが外れ、ドアの外にアンドロイドとともに放り出される。

「グレイス先生っ!!」
 ドアの外には、雪がいた。どうにかしてドアロックを外そうと、制御盤を分解していたところだったのだ。
「ああ、よかった!どうなることかと思いました!大丈夫ですか!」
「ええ、…大丈夫。ちょっと酸欠気味だけど、まだ何ともないわ」
 そう言って咳き込んだグレイスは雪の後ろを見て、彼女が一人でここへやって来たことに気付く。
「テレサを、ひとりで残してきたの?それに、今のは…何?」

 雪は後ろを振り返った。地下シェルターの天井が振動している。…急ごしらえではあるが、このシェルターの耐性は信頼できるはずだ。それでも最も安全なのは隣の区画のテレザリウムのあるスペースだった。
「上空で、戦闘が始まっているんです…流れ弾かもしれないわ。司さんが単独でボラー艦に向かったんですが、土門戦闘班長が瞬間物質移送機で、ポセイドンの護衛班を司さんの援護に送ったらしいんです」
「…そうだったの。とにかくテレサのところへ急ぎましょう」
「はい!」
 二人は連れ立って足早にテレザリウムのある区画まで戻った。コスモナイト合金で出来ている薄暗い通路に、二人が腰につけている非常用ライトがちらちらと反射する。
 区画の出入り口のエアロックが開くかどうか、用心深く雪が確かめた。電子ロックは外れていたが、通電していないのかオートでは開かない。雪とグレイスは二人掛かりで体重をかけ、ドアを開いた。

「……ああっ!!」
「…そんな…」

 二人が目にしたのは、コスモナイト合金と硬化テクタイト製の頑丈な造りの空間に置かれた…テレザリウムの「台座」だった。床一面に、外側を覆っていたガトランティス構造の緑の鎧が砕け散っている。その中にあったはずの、蒼く光る立方体は、跡形もなく消えていた——
「……!!」 
 グレイスが真っ青な顔で息を飲んだ。倒れ込むように床に膝をつき、背負っていたバッグからデータボードと同じ大きさのバイタルサイン管制用端末を引っ張り出す。それと一緒にスイーツの缶詰が2つ3つ、床に転がり出した。



「テレサ!!……なんてことを……!!」

 端末に映った画面を見て、彼女は悲鳴を上げた。
 それを横から覗き込んだ雪も蒼白になる。
「こ……これは…!!」

 <TRS>……テレサのバイタルサインが、点滅しながら上空へ向かっていたのだ。
「……高度、2万…3万2千…4万。ボラー艦隊に…接触するわ……!!」
「テレサ…!どうして…?!」


 なぜ…こんなことを……!!

 





 ヤマトはディーバの大気圏を脱出し、敵ボラー艦に接近しつつあった。「距離850!」「逆噴射制動用意!」


 ——その時だ。
 ヤマトの交信機に、地上のポセイドンから緊急通信が飛び込んで来た……相原が、絶叫するような音声通信を傍受して、血の気の引いた顔で振り返る。
「島さんっ、大変だ…!!」


 交信機から上がる、ポセイドンクルーの悲鳴——
<敵艦がっ……敵艦が現れました…突っ込んで来ますっっ……緊急回避…!!右40度っ……>


「どうした!相原…何だ今のは」
 古代がぎょっとして相原を問いただす。
 太田が振り向きざま、うわずった声で叫ぶ。
「…き、消えた敵艦が、ディーバの洋上に現れました……!!」
「何だって!?」



 アナライザーが切り替えたヤマト第一艦橋のメインパネルに、地上施設からの監視カメラの映像が飛び込んで来る。

 通信機からは、ポセイドンの第一艦橋からか、悲鳴のような声が続く——

<……退避!!シグマ側、総員退避せよ!!>
<隔壁閉鎖!防御シャッター下ろせ!!>
<第1第2補助エンジン出力全開、面舵40っ…>
<右舷パルスレ—ザー砲一斉掃射!>


 海岸に設置された監視カメラの映像が、洋上の惨劇を捕えていた。



 ポセイドンの艦首右舷から海岸めがけて、先刻消えたはずのボラーのミサイル駆逐艦が巨大な影となって墜落して来る。いきなり大気圏内に出現したためか、それとも宇宙空間から消える際に艦載機隊の爆撃を受けたせいか、ボラー艦はエンジン部分から黒い爆煙を上げつつ大きく艦尾を下げていった。
 ポセイドンの半分ほどもある巨体が空中で艦首を天に向け……ぐるりとバランスを失って腹を見せる………

「逃げろ、大越ーーっ!!」
 人なつこい大越の笑顔が、島の脳裏をよぎった。


 グラン・ブルーの浅瀬のプールには、それ以上ポセイドンの巨体を避難させる余裕がない。周囲の上空に待機していた艦載機隊も、突然の大型艦の出現にただ回避行動を取るのが精一杯のようだった。海上に浮かんだまま急速旋回し回避するポセイドンのデッキから、逃げ惑う作業員たちが海に落ちる姿が目に入る——
 主砲が首をもたげ、3連式のショックカノンが次々と火を吹いたが、墜落してくる巨大な船をすべて撃破するには至らなかった。轟音、そして青い閃光とともに半ば砕け散りながら、ボラーのミサイル駆逐艦は、右舷からポセイドンに覆い被さった……

 

 

 

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