奇跡  永遠(16)




 志村もワンテンポ遅れて、司のそばに転がる。
 …しかし、相手は攻撃して来ない。
<誰だっ!>志村が叫ぶ。


『……私はボラー連邦公国レオン・ブルスゴー将軍…』

 声の主は、棺の間の最奥部、艦の前部との連絡通路に当たるドアの前に仁王立ちになっていた。
 司は驚愕して志村を引っ張る。
(翻訳機なしで、…言葉が…通じてるわ!!)
 メットの翻訳機はまだ作動していない。…兄がここにずっといたのなら、彼らが地球の言語を幾らか話せるとしても不思議ではないことに、花倫はすぐに思い当たった。


 この船の司令官・アロイスと同じ真紅の軍服をまとったその老戦士は、顔半面に不気味な黒い鉄兜のような物をつけ、白髪をなびかせた巨漢だった。黒いマントの下の両手には、マシンガンのような大型の武器が握られている。男がその気なら、すでに二人は撃ち殺されていても不思議ではなかった。
 司は、棺の影に踞ったまま男に向かって声を上げた。
<……どうして撃たないの>
『…お前たちこそ、なぜ…その棺に祈るのだ』
 志村が腹這いになったまま怒鳴った。
<……地球人はな、死んだ者に敬意を表するんだ!こんな風にうっちゃらかしてよ……お前らみたいな人でなしじゃねえんだよ!>
<……私たちは、あなたたちの捕えている仲間を、救出しに来ました。あの人を、返してください>

 司は棺の陰から身を起こした。恐ろしい姿をしているが、あの男は……どこか、何かが違う。捕虜の言葉を敵の将軍が学ぼうとするだろうか。

<…航海長っ>志村が慌てて司を引っ張った。<あぶねえ!よせ!>
 司はかまわず続ける。
<…私は、司花倫。あなた方の捕虜、あの人は、私の兄なの!お願い、兄を…返してください…!!>
 白髪の、レオンと名乗った戦士は、一瞬ひるんだようだった。
『……ツカサ…!?兄……』


 司は構えていたライフルをおろし、レオンの方へ向かって棺の間を一歩、踏み出した。

<……ここは、お墓でしょう?あなた方だって、仲間が死んだら悲しむのでしょう?家族が死んだら、泣くでしょう? そうでなければ…こんな場所、作らないでしょう…!?>
 司はレオンから数メートルのところで立ち止まる。<…あなただって…もしも死んだと思った大事な人が生きていたら…助けたいでしょう…?>
 志村は棺の横から頭と肩だけを出し、コスモガンを構えて小声で怒鳴る。<航海長、やめろってば…!>
 鉄兜に隠されていない方の、レオンの片目がふっと細くなった。
『……お前が、…カリンか…』

<えっ……>
 司も志村も、レオンの言葉に驚いた。
『……勇敢な娘だな。ツカサ……カリン』レオンは、ごとりとマシンガンを床に置いた。『カズヤが、話していた……お前のことを』
 司は絶句した。


 お兄ちゃんが……!


 
『この船と、もう一隻のミサイル駆逐艦が、ボラー連邦の最後の生き残りだ。ボラーは、もはや死んだ……この船は、もとは新天地を探すための最後の希望だった。ここにいるのは王家縁の高貴なる人々…彼らを平和な大地へ運び、葬るために作られた船なのだ。…しかし今、彼らを弔うのはすでに私一人になってしまった。アロイス陛下は復讐に血道を上げておられ、我らが同胞の安寧の地を探すことを忘れてしまった……だが、それは得体の知れない異星人に操られてしまっているからだ。ツカサは地球に帰りたがっていた。あのような形でツカサを使うのは、私は反対だった…』
 レオンはくるりと二人に背を向けると、前部ハッチを開けるための制御盤を操作し始めた。あまりにもあっけなくこちらに背を向けた男を見て、棺の陰からずっとコスモガンを構えていた志村も手を下ろす。レオンは、司と志村が自分を攻撃することはない、と確信しているようだった。

『……私を信用しろといっても、そう簡単にはいかんじゃろうが』レオンは振り向くと言った。『……今は信用してもらうしかない。…司令艦橋までの順路を教えよう。来い』


<…なんで>司は思わずそう問うた。なんでそんなことを…?


『…なぜか、じゃと』レオンは目を細めた。『…私もこれから、陛下の御為、あの異星人を討伐しに行くからじゃ。…私はずっと…ツカサを解放し地球へ返してやりたかった。それにはやつを排除するしかない』
<異星人…?>
『司令艦橋に、白装束の男がいる。そやつがすべての災いの根源なのだ』



 レオンはハッチを開け、床に置いた2丁のマシンガンを取り上げて両腰のホルスターにしまうと、その小さなドアをくぐり抜けて行く。司と志村は顔を見合わせ、レオンの後について足を踏み出した。…と、突然艦内のどこかで、不気味な叫び声とも呪詛とも付かぬような吠え声が聞こえた。
『…急げ。<デルマ・ゾラ>が作動を始めた…!』
<デルマゾラ?>
『お前の兄の思念波を利用して、時空を飛び越えるマシンだ。一回の作動で、ツカサは酷く消耗する……私は…見ておれんかった。ツカサが未だ生きているのが本当に不思議なくらいだ。……これを作動させ、陛下はあの星へ降りるつもりなのだ。お前たちを追って来たヤマトがこの座標へ到達した時には、この船は時空を飛び越え、ディーバの海にいる大型艦を急襲していることだろう。<デルマ・ゾラ>が動力を供給する前に、止めなくてはならん』
<…なんですって…?!ヤマトが>
 司は息を飲んだ。ポセイドンは修理中で身動きが取れない!…護衛のヤマトをここへ連れて来てしまったのは、私だ……!
『走れ!見つかったぞ』
 突然、レオンが叫んだ。

 3人の前方から、戦闘用と思しきマシンがゆっくりと通路を移動して来た。大型のタカアシガニのようなフォルムのものが、胴体に無数の銃眼を煌めかせつつ、回転しながら近づいてくる………


『伏せろ!!』
 レオンが叫ぶと同時に、巨大なカニの銃眼から四方八方に向けてレーザーが発射された。
『エッターめ……妙な置き土産を』
 レオンの両手のマシンガンが火を吹き、カニは砕け散った。
『ここから先は、時間との勝負じゃ。この先の通路は二手に分かれている…どちらかが一緒に来い。<デルマ・ゾラ>の動力装置を破壊する。いま一人は司令艦橋に向かい、ツカサをリアクターケーブルから外すのだ。カズヤの背中にあるメインプラグを引き抜くか、切断すればいい』

 司と志村は顔を見合わせる…どっちがどっちへ行くかは、すぐに決まった。

<じいさん、俺があんたと行く。…航海長の行く道は安全なんだろうな?>志村が油断なくそう聞いた。
『…安全の保証はしかねる。いずれにせよ…<デルマ・ゾラ>の作動を止めるには、動力装置の破壊とメインプラグの解除の両方を行わなくてはならん。選択の余地はないぞ』
<分かったわ。……レオン将軍、ありがとう>
 司はレオンの指差した通路へと向かう。

<……あなたも、生き伸びて。……新しいボラー星を見つけられたらいいわね>
 振り向き様にそう言った司に、レオンは戸惑い瞬きした。
『……お前…』
 にっこり笑ったその顔が、和也にそっくりだった。
 司は志村とレオンに親指を立ててみせる。
<志村さん。成功したら、ファルコンまで戻っていて。そこで落ち合いましょう>


 グアアァンン……


 外部から爆撃を受けたのか、艦が大音響とともに傾いだ。レオンが叫ぶ。
『行け!』
 司はよろめいて床に膝をついたが、ちらと後ろを振り向くとだっと駆け出して行った。

 

 




『若者、わしらも行くぞ』
<俺は志村ってんだ、爺さん>
『…わしも爺さんではない……レオンだ』
 志村は司から預かった小型ロケットランチャーを担ぎ、レオンと共に狭い通路を駆け抜けた。前方廊下の側面から、先ほどのものと同じカニのオバケのような巨大なメカが這い出して来るのを、レオンがマシンガンで掃討する。

<やるな…!ジジイ>
 レオンがマシンガンを持ち替えている隙に現れたもう一体を今度は志村のランチャーが直撃し、カニは破片をまき散らしながら崩れていった。二人は四散する欠片の中を猛然と走り抜ける。

<……人間が出て来ないのはなぜなんだ?>
『……皆、死んだ』
 志村の問いに、レオンはそう応えた。棺を見ただろう。…その顔は無言でそう言っていた。
<……こんなになるまで……戦わなくてもいいだろうに…>
 志村は虚しいと分かっていても、そう呟かずにいられなかった。



 折れ曲がる狭い通路の先が、突然ぱあっと明るくなる。ふたりは開けた場所へ飛び出した。
<これが…動力装置か?!>
 なんだ、こりゃあ!!
 いきなり開けた視界に入ったのは、直径10メートルほどの球状の部屋の中央に、唸りながら息づく、巨大な「生物」のようなものだった。

 志村は突如強烈な吐き気を感じて、うっと手の甲で口を拭う。その生物兵器のような装置からは、身体に痛みや不快感を与える何か未知の放射線とともに、禍々しい邪気が放たれていた。
『これは生き物だ。我がボラー星のものではない。前首相ベムラーゼ閣下の頃には、こんなものは見た事がない。……皆、あのハガールが持ち込んだ異星の生き物、アロイス陛下を惑わせているのは…これだったのだ……』
 レオンの驚きように、志村は呆気にとられた。
「あんたもこれを見るのは初めてなのか…?!でも、ずっとこの船に乗ってたんだろう?あんた?!」
 レオンは頷いた。『ここはわしといえど、ずっと立ち入れぬ場所だった。わしはな、アロイス様をたぶらかすハガールという科学者を探っておったがために、牢につながれたのだ。我々も、あの男に操られていた。復讐だけがすべてではないのに、陛下はあの男の呪いにかかり、ツカサを酷使してガルマン星と戦った………ずっと何かがおかしいと、わしは思っていたのだ』


 志村には、レオンが言っていることの意味がすべて解ったわけではない…だが、このレオンという老戦士がこの船の若き司令官を思い、忠義心に燃えて彼女を人の道に引き戻そうとしていることは理解できた。そして、この装置が何か底知れぬ邪悪なオーラを放っている事も。相手は初めて出会った宇宙人だったが、この爺さんは間違っていない、と志村は感じた。

 球形の部屋のあちこちから、無数のカニ型攻撃ロボットが這い出し、二人を狙って一斉にレーザーを放ちながら向かって来る。

 少なくとも、当面、この爺さんと俺の目的は同じだ。

ロケットランチャーを構え、志村は叫んだ。<よし……どこを吹っ飛ばせばいいんだ?とっとと片付けようぜ!>

 

 

 

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