奇跡  永遠(15)




 坂田も土方も、かつてこれほど気持ちが高揚したことはなかった。司の驚異的な射撃の腕と、女とも思えない体力に感服する。過去に一度交戦した敵とは言え、彼女にとってあのボラー連邦の艦船についてのデータはまったく未知と言っていい……だが、即興で立てた未知の敵に対する作戦を、あれほど完璧に遂行するその手腕、度胸、運の良さ。あんな女は、…そういない。
 志村さんと、司航海長を…助けなきゃ。
 
<坂田!!ボラー艦が、変だ>土方の声に、坂田は目をむいた。
<……歪んでる!>
 眼前の2隻のボラー艦が、目の錯覚かと思う程度に僅かだが、ゆらゆらと機影を歪ませていくのが分かる……
<これは、あの妙な新型ワープじゃないか?!いかん、ワープさせるな!!>
 2機は歪み始めたボラー艦のエンジン付近と思われる辺りへ次々とミサイルを発射し、機首のパルスレーザーを見舞った。
 その途端、一瞬にしてボラー艦の小さい方が消えた。
<くそぅっ!!消えた!!>
<いや、大きい方は失敗したようだぜ!!見ろ>

 2機の放ったミサイルを横腹に受け、司令艦と思しき方の船は実像に戻った。被弾した部分から白煙を吹き出し、ぐらりとバランスを失い傾ぎ始める。我に返ったように、その銃座が再び坂田機と土方機を狙い始めた……
<やった!>
<畜生、奴らどこへワープするつもりだったんだ!?>
<…そんなことより、拙いぜ……ミサイル残数、俺あと2発だ>
 坂田の声を聞きながら、土方は天を仰いだ。<…俺はゼロだ。しょうがねえ…志村さんが出て来るまで、細々と叩き続けるしかないぜ>
<仕方ねえな……けど、何が何でもコイツを、足止めしなきゃ。…死ぬなよ、土方!>
<ほざけ!てめえこそな!>
 覚悟の上で銃撃体勢を取った二人のメットの交信機に、突如聞き慣れた男の声が割り込んで来る。<坂田!土方!!>
<……神崎班長!!>

 彼らの後を追うように大気圏を離脱して来た神崎だった。
<……良かったあ!班長、やつらをワープさせないよう、爆撃を…!>
 神崎の機体には、まだ充分なミサイルが積んである。
<了解した!敵艦の艦橋付近を狙う…離れろ!>
<イエッサー!>

 3機は散開する。神崎機が司令艦の前部から艦橋と思しき場所を狙い、ミサイル爆撃を開始した。



 黒々と穿たれた艦尾の穴に突入した司機は、機体を横滑りさせてどうにか停止した。直後に、軋むような金属音を立て船の内部の隔壁が申し訳程度に穴を塞ぎ始める。内部の気圧を守るための自動的な措置なのだろうが、元々開いていた大きな亀裂を塞ぐほどのものではない……隔壁がプログラミングされた場所まで降りても、ファルコンの背後には黒々とした外宇宙がそのままのぞいていた。

 振り返り、亀裂から外の景色を垣間見た司は、突如そこからぶつかるように飛び込んで来たファルコンの機影に度肝を抜かれた。
「…うわ!!」
 ゴギャッ……。
 志村機のノーズが、司の機体の横っ腹に突っ込んで止まる。
「ちょっと!…なんであんたまで…!!」

 キャノピーを開け、司は装備をかついで飛び降りる。ソロソロとノーズを引き抜き後退した志村機から、コスモガン一丁の志村が飛び降りて来た。メットの通信機にノイズが走り、交信波が調整される。
<す…すまねえ!…>
<援護しに来たんだか邪魔しに来たんだかわかんないじゃない
っ、どうしてくれんのよバカっ>べっこりと凹んだファルコンの横腹を見て、司が叫ぶ。
<バカってこたないだろ…
!>

 ふたりは、ファルコンめがけて敵兵の攻撃があるものと想定しており、悪態をつきつつも素早く周囲に散乱する金属屑の山の一つに転がり込んでいた。だが、周囲からは銃撃も、迎え撃つ兵士の声やサイレンのようなものすらも聞こえない。時折、艦全体を揺るがす振動とどこかが爆発する音響は、おそらく坂田と土方が爆撃を仕掛けているからだろうと思われた…だが、それをのぞけば艦内は異様なほどシンとしている…。

 次いで、物陰からそっと周囲を伺ったふたりは、理解を超えた室内の様相に戸惑った。

 隔壁が降り切らない外壁装甲板の内部には、傷だらけの扉があった——正確には、二人がファルコンを停止させた場所は、艦尾の搬入口のような場所で、その奥の行き止まりの部分にさらに大きな扉があったのだ。
<…なに、この扉…>
<格納庫か…?>
 それにしては、その扉の大きさは尋常ではなかった。まるで巨人の家のドアだ。この船の直径のほぼ半分ほどもあるだろうか…

<…!>
 近よってみると、その扉にはなんと、美しい意匠を凝らしたレリーフが施されているのである。
<……格納庫のドアに、…彫刻……?>
<開くか?>
 周囲にはその他の出入り口はない。どうやら、これを通って行くしかないようだ。
<……下がって>
 司は手榴弾を2つ扉の接合部に貼付けると、ピンを抜いてファルコンの陰に転がり込んだ…
<塞がるぞっ>
 轟音とともに、扉に小さな穴が開く。内部の空気が急激に漏れ出して来た。外壁装甲版を塞ぐ隔壁と同様の、シャッター状のものが動き出す。
 間一髪、小さな穴から内部へ転がり込んだふたりは、その場でさらに立ち竦んだ。


 戦艦の艦尾には、地球の概念からすると例えば格納庫、機関室、バランサー、…といったものが設えられる。ところが、そこはそのどれでもなかった。薄暗く、奥行きの知れない広い室内で二人を出迎えたのは敵の弾丸ではなく、一面に置かれた箪笥のような黒色の箱、箱、箱………。

<…何?…?これ、箪笥…?>
<金庫…じゃねえよな?>
 まさか…、と言いかけて司は手前に散乱する箪笥のひとつを凝視し、悲鳴を上げそうになった。箪笥か金庫のようだと思ったのは、なんと棺だったのだ。よく見ればすべての箱が、それらしき大きさの直方体であり…それが床面に整然と並べられているのである。
 さきほどの手榴弾の爆発で損傷したのだろうか、一番手前の数個の棺は不自然に傾ぎ、その一つは横倒しになっていた。蓋面には亀裂が入り、内部が見えている。幸い、一番内側の蓋には損傷がないようだ。透明な内蓋の中の遺体は、機械で保存状態を制御されているのだろうか…まるで眠るように中に横たわっている。よく見れば、棺の蓋面はどれも背後の巨大な扉に施されていたのと似た美しいレリーフで覆われており、ボラーの言語で何かが書かれているのだった。

 司と志村の機体は、この墓地へ…突っ込んでしまったのだ。ふたりはヒイイ、と声にならない叫びを上げた。
<…お、お助け!>志村が腰を抜かして司の腕を掴んだ。
<ばっ…ばか……っ、やめてよっ…>
 抱きつかんばかりの志村を押しのけつつ、司も膝が震えるのを止められない。

 ……どうして戦艦の中にお墓が…?

 しん…とした室内…。
 だが次第に、二人はその場の空気に馴染んで来た。敵の銃撃もなく、エンジン音もしない…天井の高い、この空間。ここへ入るための扉が異様に大きかった理由が、司にはなんとなく解って来た。
<…あの扉は、魂の門………?>
<魂の門??>
 司の脳裏には地球のある古代文明の遺跡にまつわる宗教的文献が思い浮かんでいたが、それを志村に説明する余裕まではなかった。身をかがめ、改めて周囲をぐるりと窺う……
<…ここ、かなり長い間放置されていたのかしら……?>
 その証拠に、このすぐ外側の通路に面した外壁は、司たちが突入する前から損傷し、穴が開いていたのだ。傷だらけの大きな扉も、急いで修理するでもなく、放っておかれたような印象だった。更に奥に見える、整然と並んだ棺の上には、一様に白い粉のようなものがかかっていた……降り積もった埃と、粉塵だ。



 棺のかげから抜け出し、ふたりはじりじりと奥へ進んだ。
 しんとした室内には照明などないのに、周囲は仄かに蒼く、明るい。それはすべて、一つ一つの棺の機能を制御する何らかのシステムが発するランプの光だという事が、次第に分かってきた。数えきれないほどの棺がすべて、無言の灯りをともしている様は、およそ戦場とはかけ離れていた。


<…こいつら、死んでるんだよな?>
<た…多分……>
<ス…スイッチ切ったら生き返る、なんてことないよな…?>
<う…うるさいわね……変な事言わないでよ>
 知らず知らず、二人は互いを背にして竦んでいた。
<それにしたって、あ…あなたね、コスモガン一丁で援護って……、一体どういうつもりよ…!>
<…お…おう、それもそうだな…>
<まったくもう…>

 不気味に沈黙する世界。…銃撃に備えて持って来たコスモライフルを構えつつ、司は小型ロケットランチャーと弾倉帯、そしてダガーを順に後ろ手で志村に手渡したが、身体が震えて何度か取り落としそうになる。
<……ボラー連邦って、…滅亡したんだよな…>
<地球連邦政府の情報ではね…>

 ——この船は、艦隊の司令艦だ。滅びた祖国から、やっと逃れて来たけれど、ここで力尽きた人々を乗組員の誰かがこうして丁寧に葬っているのだろうか。……戦士の安寧の地と言われる、ヴァルハラに辿り着くその日のために………?
<なあ…、これ……遺体をどこかへ運ぶ途中だったのかな…?>
 そう言いかけた志村の目は、一つの棺に釘付けになった。——それは、他のものよりもひときわ小さな棺。
 志村の指差した方向を、司も見やる。他の棺よりも幾分小さなものが、数個…いや、数十、ずらりと並んでいた。
 志村は歩み寄り膝をついて、棺の上面につもっている粉塵を、手袋の手で拭った。中に眠っているのは、まだあどけない顔の子どもだった。

 

<なんだよ、これ…>
 志村の声が震えている。
 司は思わずメットの中のその顔を覗き込んだ。…これまで見たこともないほど悲痛な目をした彼に、言葉を失う……
<この船は、戦ってるじゃないかよ!こいつら、…どうするんだよ…?> 
 死んでも、戦わなくちゃならねえのかよ?…
 志村は両膝を床に着いた姿勢のまま子ども達の棺を見渡し、うなだれた。
<…志村さん…>

 ポセイドンの第一艦橋から見た、この船の司令官と思しき赤い髪の女…。真紅の衣装の鮮烈さに気付かなかったが、改めて思い出せば……彼らは皆、この部屋の棺と同じくらい、戦い疲れてぼろぼろになっていた。兄の仇と思って、怒りに任せて飛び込んだこの船……なのに、ここにも……悲しい運命を背負った人々がいる………


 司は思わず、透明な上蓋越しにその幼い顔を手で撫で…次いでそっと両手を合わせた。



『……地球人どもよ』

 唐突に、背後から低い声がしてふたりは飛び上がった。司はとっさに身を低くし、棺の影に転がる。

 ぎゅっと目を瞑った……(やられる!!)

 

 

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