<司!!応答せよ!戻れ!>
ヤマトからの打電、そしてポセイドンからの音声通信が、ひっきりなしにメットのヘッドホンから聞こえて来た。しかし、司は交信機を切らず、それらを無視し続けた。
(…グレイス先生、私のバイタル…見てくれてるよね。私が冷静なの、わかってくれてるよね……)
高高度への上昇を続けているせいで心拍や血圧は上がっているはずだが、今、花倫の心は冷静だった。一旦は激昂して飛び出した…だがその心には、もはや揺るぎない決意がみなぎっている。
(……テレサを引き渡すなんて、絶対に…させない。そして…お兄ちゃんの事も…見捨てない)
“リミッター外れるとお前は怖えな”
以前、何度か誰かに言われたことがあった。……加藤先輩だったか、坂本先輩か。ただ、司自身はそれがどういう意味なのか、ずっとはっきり解らないままだった。
普段は劣等感の固まりで、その自信の無さが他人をイラつかせることもある司だが、こと実戦でたった独りコックピットに座ると人が変わったようになる。それはなんとなく…自分でも気付いていた。頭に血が上っているわけでもない、ブチキレているわけでもない。逆に妙に冷静になれるのだ——例え、相手が“ヤマトレジェンド”を持つ元ヤマトのメンバーであれ。
リミッター外れて、暴走してるわけじゃない。
追いつめられた時は、さらにその上を行くしかないだけ。
それを、加藤は「怖い」と言ったのだ。その時にこそ、古代の言う「お前の実力」を発揮する状況になる——それが今、何となく理解できたような気がしたのだった。
このファルコンには左右一発ずつしかミサイルを積んでいない。自重を軽くするために、わざと爆装していない機体を選んだ。神崎が格納庫まで追って来て、重爆撃装備のファルコンばかりを足止めするよう整備班に命じていた隙に、この機体を外へ出した。おかげで、格納庫へ走るまでの間にベルトウェイの各所に常備してある武器防具をかすめ取って来る時間があった。
今、このファルコンの後部座席にはコスモライフル、小型ミサイルランチャー、弾倉帯2、手榴弾5発、コスモガン、ビームダガーに加え、防弾スーツが乗っている。…これ全部背負って走るの、結構疲れるんだよな…。そんな事を考える余裕も、ちゃんとあった。
神崎が後ろから追って来ている事も承知している。だから、追いつかれないようにフルバーナーで急上昇した……不思議とこの身体は、信じ難い程激しい気圧の変化にも対応した。以前から感じてはいたが、自分の身体機能はやはり常軌を逸しているのだ。
(……自信を持て、か。…古代艦長、ありがとう…。古代さんの言う通りかもしれません。あたし、結構…色んなことができたんだ。もっと自信、持って良かったんですよね)
お前はすごいじゃないか、と古代にべた褒めされたことを思い出す。
(だから……)
だから、きっと上手く行く。
左右に積んだミサイルは、発射管内部の配線の整備中だったから信管を抜いてある…つまり、爆発しない。わざとそんな機体を選んだのも作戦のうちなのだ。
あたしなら、やれる。
(——あたしが地球に生まれた意味は……これだったのかもしれない)
荒唐無稽だけど、まるでヒーローじゃん。
急に浮かんだ、子どものような考えに思わず苦笑した。
フルバーナーの負荷をかけ続けた機体に、最後のパワーブースターを発動させる。分解寸前だ。ミリミリとファルコンの外装に振動が走る……さすがに、少し耳鳴りがするかな…?
後部レーダーに映る神崎機の機影が、次第に遅れ始め、ついに後方レーダーレンジから消えた。
(…ごめん、神崎くん。危ないから付いて来ないで)
神崎を引き離した事に安堵する。——これでいい。
島の顔が、ふっと浮かんだ。
……心配、してるだろうな。それとも…怒ってるかな。
(っていうか、心配してくれてなきゃ、文句言ってやる。……テレサを、守ってください、艦長。お兄ちゃんのことは、私が…独りで片を付けます)
ちょっとだけ、涙が出た。
大気圏離脱のために、ファルコンの機体全体がビリビリと振動している。涙はメットの中で、頬に流れず目尻から真後ろへ飛び散った。次第に小さくなって行くポセイドンからの通信音声、ヤマトからの打電……
——と、その時。
<……航海長ォっっ!!>
オープンにしたままのメットの交信機から、突然耳障りな男の声が響いた。
「………えっ」
<司っ!!>
は…?!
「……し……志村さん!」
なんで!? どこから!?
突然、背後にエグゾーストバーナーを最大噴射した機影が3つ、現れた。後方警戒レーダーに捕えられたのは、至近距離に迫るコスモファルコンの3機編隊だったのだ。
…どうして!?
<瞬間物質移送機のテストで送ってもらったんだ!志村以下、坂田、土方、ボラー艦隊まで航海長を援護する!>
花倫は呆気にとられた。
「……な……」
<アンタ独りで、あの船に乗り込もうってのか? 馬鹿の一つ覚えみてぇに、無茶もほどほどにしやがれ!!>
大気圏を離脱したその数秒後…3機は司機に追いつき、丁度4機編隊を組んだようなフォーメーションになる。
「……なんで来たのよ……」
司は機体を水平に戻し、志村のファルコンを見やった。
心細くなかった、といったらそれは嘘だ。
でも…。
<けっ、可愛げねえなあ!!援護する、って言ってんだ、素直になれ!で、作戦は!どうするつもりだったんだ?航海長!>
こちらに向かって親指を下に突きつけ悪態をつく志村の声が、いつになく懐かしい。
(……馬鹿…)
もう一筋、涙が出たが、今度はそれがメットの中で玉になって視界を遮る。花倫はそれを拭おうとして、メットのバイザーに手の甲をぶつけ、思わず苦笑した。
4機は2隻の敵艦の下方から接近し、遠巻きにそのぐるりを旋回する。頭上に戦艦の腹を仰ぎつつさらに距離を縮めた。……敵艦の下部に設えられた銃眼に灯が灯る。
<志村さん、……援護、感謝します。上を見て>
敵の司令艦艦尾に、線のような亀裂が走っていた。それを指差し、司はさらに旋回を続ける。志村たちもそれに続くように次第に機位を上げて行った。
<……大きい方、艦尾に亀裂が見えるのが分かる?あそこにミサイルを当てて、穴を広げるわ。そこから進入する>
亀裂を目視できる距離に近づいた艦を、志村たちも睨みつける。
赤黒い巨獣。ところどころ歪な突起のある流線型の船体に、無数の航海灯が灯る。下部の銃眼だけでなく、側面にある大型のエネルギー発射孔も内部の反射板を点滅させながらこちらを狙い始めた。しかしよく見れば、発射孔の幾つかは使えない状態だ。傷つき、満足に修理されていないのが見てとれた。その艦尾下部から側面にかけて、幅5メートル、長さ20メートルほどの裂け目が黒々と穿たれている……
<……あれか。視認した!>
ボラー艦の下部銃座が一斉に赤色の光芒を煌めかせた。降り注ぐ光の矢のようなレーザー弾をかいくぐり、4機は大きく戦艦の上部へと反転上昇する。
<……やつらは艦載機を持ってない、そうだったな?>
<前回交戦したときはね>
志村の問いに、司は思案顔で応える……詳細は解らない。だがもしも艦載機戦になっても、制空権はすでにこちらにある。艦載機発艦口を潰せばいいのだ。
<どうやら、艦載機は出て来ないようだぜ。…そろそろ約束の時間だ……そういや、やつらが渡せって言っていた『テレザートのテレサ』って一体…誰なんだ?!>
目を皿のようにして、敵艦載機の出撃を今か今かと待ち構えていた志村がふとそう言った……
<艦長の、大事な人よ>
<は?>
司はそれだけ言うと、機体を翻し上部砲塔から発射された赤色エネルギー弾を避けた。後続の3機も機体を捻る。志村の「は?」は無視して、司機はバンクしながら急速に機位を沈めた。
<……援護してくれる気があるなら、後続のミサイル艦とレーザー砲をなんとかして。…下からもう一度回り込む。……行くわよ!>
4機が散開すると同時に、上部レーザー砲が無数に発射された。
「チッ、クソったれ!」
「うおらあああ!!」
迸り来る無数のレーザー弾を避け、志村たちは司機の進路を塞ぐ側面、および下部銃座を舐めるように銃撃する。
司は一度大きく水平旋回して司令艦を離れ、その艦尾に向けて左右のミサイルの照準を定め…、発射した。放たれたミサイルを狙って、並んだ銃座がぐるりと発射口を移動させる。が、ファルコンの機首パルスレーザー砲がそれを片っ端から潰す。
——2発のミサイルは、艦尾の穴に斜め前方から相次いで飛び込み…切り裂くように穴を大きく開け反対側から飛び出した。
「……うめえ!」
志村は思わずそう叫んだ。空(から)のミサイルか!
どうして航海長(あいつ)は、艦載機を降りたんだ。…今さらながら、司の腕の良さに志村は脱帽した。「ちきしょう……あの野郎、やるぜ!!」
是が非でも、あいつには生きて戻ってもらわなきゃ。俺が勝負で勝つまで、死んでもらっちゃ困るんだ。
志村は坂田と土方に叫んだ。
<…俺も突入して、あいつを援護する。…お前ら、帰りの足を確保しておけ!!頼んだぜ!>
「なんだって!?」
坂田と土方は絶句した。下部レーザー砲が沈黙したその一瞬の間隙を突いて、司機と志村機は敵艦の艦尾に接近し、あっというまにその亀裂に飛び込んで行った。
「隊長ーーーっ!!」
「志村さんっっ!!!」
下部の銃座が、間髪を入れず再び砲撃を開始する。坂田と土方は、やむなく一度その空域を離脱した。
<……志村さんっ!志村隊長ォォッ!>
<ポセイドン、聞こえるか!?…司航海長と志村副班長が、敵艦内部に突入した!!……繰り返す!!司と志村、敵艦内部に突入っ!!>
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