奇跡  永遠(13)




 司と神崎のコスモファルコンは急速上昇を続けていた。
 ディーバの成層圏、高度1万8千メートル…神崎は眼前に飛ぶ司機をバイザー越しに凝視し続ける。ボラー艦隊のいる外気圏まで、あとおよそ6分。……どうあっても司を一人で行かせるわけにはいかない。志村からおおよその事情は聞いていた…彼女の兄が、ボラー艦隊に捕われているのだ。だが、何度呼び掛けても司からの返答はない。


(…このままたった2機でボラー艦隊の正面に出ても、勝算はない。…艦長、援護を)そう通信を入れようと、スイッチに手を伸ばした時——
 司の機のエンジンノズルが、一瞬大きく発火したように見えた。ブースターを使って、さらに加速しているのだ。
「……クソッ」
 これだけきついGを受け続けていて、その上さらに加速だと!?…よくもあいつは平気だな。神崎は往路に受けた額の傷が疼くのを感じて片目を瞑る。…経験では誰にも負けないと自負する自分が、ブラックアウト寸前だとは。

 ——と、その時……
<神崎班長ーーっ>耳慣れた声が突然ハウリングした。メットの交信機からだ。
「……し……志村…!?」
 神崎は一瞬、眼球だけを動かし周囲を見回す。一体どこにいる……!?
<神崎班長、俺たちが航海長の援護に向かいますっ!!>
<志村隊、坂田です>
<同じく土方っ>
「お…お前たち、一体どうやって…!?」


 霞む神崎の視界に、ファルコンのバーナー噴射光が映った。どこから現れたのか、神崎機よりもはるか上空にファルコンの3機編隊の微かな機影が浮かび上がる。
 艦長が…援護を寄越してくれたのか?

<司機を捕捉、有視界内に確認…距離200!…神崎班長、無理せんでくださいっ>
「わ…わかった。俺は後方援護に回る。司を…頼む!」
 神崎は加速を抑え、無理のない体勢で上昇を続けた。「司を…助けてやってくれ…」
 司を追って、ポセイドンの精鋭3人の操るコスモファルコンは神崎に代わり、さらに上昇を続けた。






<古代艦長!地上基地の土門です>

 ヤマトの第一艦橋に通信が入る。

<瞬間物質移送機のテスト移送で、志村、坂田、土方の3名をディーバの外気圏、高度5万メートルへ送りました。彼らはそのまま司の援護に向います!>
 
「……なんだって」
 古代の驚愕した声に、島も驚き、顔を上げた。
「…志村たちが…!?」
「うおっ…!!」
 操作しているコスモレーダーに映る機影が、2機から5機に増えるのを確認して太田が声を上げる。
「そうか…!テスト移送は成功だな、土門!」

 まったく、無茶をする……

 そう思いつつも、司の援護に3人のトップファイターが向かった事に古代もほっとした。「土門と北野は、そのまま地上施設を守ってくれ。頼むぞ!」
<了解!>


 
 太田が叫ぶように敵艦隊の位置を読み上げた。
「……ボラー艦隊、方位NW5、上方角40、距離5万3千…未だ大気圏外に止まっています!…司、志村、坂田および土方機…、…ボラー艦隊へ接近!」

 

 



 アロイス艦の司令艦橋では、ルトゥーが叫んでいた。
「……陛下!別の小型機が出現しました!!本艦のスターボード30、距離1500メルテに…3機編隊です!」
「なんだと……?…<デルマ・ゾラ>の作動はまだか」
「…エネルギー充填まで、あと2分!」
「ヤマト、本艦よりあと2万メルテ!」
 鬼のような形相で、アロイスはルトウーを押しのけレーダーに見入った。「クソ…邪魔はさせん。…撃ち落とせ!」

 アロイス艦、バトラフ艦の下部銃座が一斉にシャッターを開いた。何基かは前の戦闘での損傷がそのまま残り、使える砲塔は半分ほどしかないが、執拗な艦載機攻撃は計画の邪魔だ。
「砲撃用意!」
 叫ぶルトゥーの背後でハガールがゆらりと立ち上がり、手に持った電極を一つ、また一つと和也の手足に打ち込んだ。
「ガア…アァッ」和也は苦痛に体躯をのけぞらせる。
「……お前の役割は、反物質の魔女を手に入れるまでの、あとほんの数時間だ……その見事な精神力に、敬意を表するよ」ハガールは、文字通り血走った和也の眼球を見上げ、不気味な笑みを浮かべた。「……最後まで、使い切ってやろう……余すところなく、…な」

 ルトゥーは叫び声に振り向いたが、その凄惨な場面に目を背けた。ハガールはツカサの精神力の最後の一滴まで、搾り取ろうとしているのだ。


(——レオン、…何をしているんだ)
 ルトゥーの目には焦りの色が浮かんでいた。艦橋の外へ続くエアロックをちらりと振り返る。艦内中央に位置するハガールの専有区画へも侵入できるよう、レオンには重装備を密かに渡したつもりだったのに、奴は一向に動く気配を見せない。急がないと、手遅れになるぞ…!

 <デルマ・ゾラ>でヤマトをかわし、このまま地上施設へ接近しても、洋上にはもう一隻巨大戦艦がいる。トラブルなのか、洋上の大型艦は身動きが取れないようだが、厄介な艦載機が周囲に多数待機している…地上施設内の敵兵の数もわからないのに、こっちはアンドロイド10数体と生身の突撃兵が数名しかいない。 …全体、この奇襲作戦は無謀だと、なぜ陛下は気付かれないのか!? だが、ハガールさえどうにかして拘束してしまえば、陛下も目を覚まされるはずだ。

 

「…<デルマ・ゾラ>、エネルギー充填80%」
「作動まで、あと1分!」
「敵艦載機4機…いや、全部で5機を確認!迎撃開始!」

 


 




「……ああ…っ!!」
 地下シェルターにあるテレザリウムのコンテナの中で、テレサが頭を抱えて小さく叫んだ。…またあの唸りと絶叫…そして例えようのない苦しみが、呪いのように降り掛かって来たのを感じたのだ。
「テレサ!!」
 雪はテレサの身体を抱きかかえる。どうしよう、酷く怯えているわ。 
 ——と思った途端、地上の様子、そして、ヤマト、ポセイドン、及び地上の司令所から同時に戦況を中継しているメインモニタが、ノイズとともにぷっつり消えた。飛び出して行った司を追って神崎が、そして志村たちが宇宙へ飛んだ……そこまでは把握したが、一体何があったのだろう?!

 雪は急いでモニタ端末の背面を開け、ヒューズの焼け焦げた部分を懸命に修理し始めた。昼食を取りに行ったグレイスが戻って来ないのも気がかりだ…彼女が何か事故にでも遭っていたらどうしよう!?


<ピーッピーッピーーッ>
 回線の一部を修理し終えた途端、室外からの音声通信が入って来る。グレイスだった。
<森さん!グレイスです!…食料庫の扉が開かないの……私、在庫を調べに行っていて。どうやら閉じ込められたらしいわ…館内の電力がダウンしていて電子ロックが開かない…>

 グレイスは医療用アンドロイドと一緒に食料倉庫に閉じ込められていた。倉庫の中は真っ暗だったが、携帯用非常灯を頼りにアンドロイドの内臓電池に強制的に配線を繋ぎ、内線を復活させたのだ。
「大丈夫ですか!?誰か近くに外の人は?!」
<階上にうちの護衛班の子たちがいるはずなのよ……でも内線も通じないの。どうしたのかしら!?そっちからは連絡が取れる?!>
「それが、…まったくだめなんです」
 雪も、端末の修理と同時に懸命に上と連絡を取ろうとしていた。だが、どういうわけか一向にどこからも返答がない。ヤマトともポセイドンとも連絡が取れなかった。額に嫌な汗が流れる。



「……上空で、戦闘が…。ボラーの船が、司さんたちを攻撃しているわ…」
 背後から、小さく声がした。
 振り向くと、両手を胸の前でぎゅっと握りしめたテレサが震えていた。



「……テレサ!大丈夫よ、古代君たちが助けに行ってくれているから」
 テレサはゆっくりと顔を上げた。
「…グレイスさんが…危険です。食料倉庫の酸素が…電力の供給が停止したせいで…少なくなっているわ…」
「…え?」
 どうしてそんな事が分かるの…と言おうとして、雪はぎょっとした。テレサの身体から、仄かに青白い光が立ち上り始めていたのだ。それはかつて……彼女が纏っていた光。
「あなた………その光は…」

 テレサはハッとして、自分の両手を見下ろした。だがすぐにその視線を雪に戻し、ゆっくりと微笑む。
「……安心してください。これは…反物質ではありません…」それを証明するかのように、テレサはベッドサイドのポピーの鉢にそっと触れた。まだ開いていないつぼみが、ぱあっと一斉に開く。
「大丈夫。……この力は私を今、守ってくれています……少しなら、外の様子も分かります」
 次いでテレサは、雪が苦労して直していたモニタにそっと指を這わせた。モニタの画面が金属音とともに復旧する。
 雪は慌てて、マイクに向かった。
「こちら森雪!応答してください!!……古代艦長!…古代くん!」
 雪は必死で回路を開き交信しようとしたが、モニタは受信だけで精一杯のようだった。こちらからの発進電波は届いていないようだ。だが、それでも仕方ない。

「雪さん、……グレイス先生を助けに行ってあげてください。私は一人で大丈夫ですから。そのうち、通信も回復するでしょう」
 雪は、しっかりとした口調でそう言ったテレサを見つめた。たった数分前まで怯えて震えていた彼女が、気丈に笑顔を見せている。
「…分かったわ。…ありがとう。グレイスさんを助けたら、すぐに戻るから」
「はい」
 テレサは頷いて、雪の手を両手で握った。「……気をつけて」

 温かくて、柔らかい…。
 雪は一瞬、テレサの両手から何かジンと胸に響くようなものを感じたような気がした。なぜだろう?
 唐突に、テレサが自分を心から慕い、気遣っていると感じたのだ。
「……テレサ…?」
 テレサは少し寂しそうに、けれどにっこりと微笑んだ。
「さあ、早く」
 包み込むようなその笑顔に、妙な既視感を覚える。だが、それが何なのかはわからなかった。ともあれ一刻も無駄にはできない……腰につけたコスモガンの安全装置を確認し、テーブルに置いていた自分の革手袋を取り上げると雪は小さな部屋の出口へ駆け寄った。
「すぐ戻るわ!」
 こくりと頷く、碧と金の姿
。笑顔でそれに応え、踵を返しドアを通り抜ける。

 コスモライトを照らし、停電している真っ暗闇の通路を、雪はグレイスの閉じ込められている食料倉庫へと向かって走った。

 

 

 

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