奇跡  永遠(12)




<……島艦長!!司班長がっ 単機で出て行きましたっ……!!>
 ヤマトの第一艦橋に神崎の悲痛な声が響く。



 キャノピーから海を見下ろした古代が、「あっ」と声を上げる。と同時に、メタルグレーの機体が衝撃波を残して右舷をかすめて行った。陸上の補給基地とヤマトとの間に停泊する、洋上のポセイドンから飛び立ったコスモファルコンが一機、4時の方向へ急角度で上昇して行ったのだ。
その後方からもう一機、別のファルコンが追うように上昇接近して来る。

 2機目のファルコンからの短い通信を、相原が拾って第一艦橋に流す。
<………神崎です!……司航海長を追います!>
 そう叫んだ神崎機があっという間に右舷上方へ飛び去るのを、島は目で追った。思わず操縦桿をきつく握り締める…

(司…!!)
 無茶な行動に怒りが湧きあがるが、同時に胸が潰れそうだった。
(たった一人で、どうするつもりだ…!堪えろ、戻って来い!)
 左を振り返り、相原に怒鳴る。
「相原、ポセイドンへ繋いでくれ!」
「はいっ」


 メインパネルにポセイドンの第一艦橋が映し出された。
「島だ!カーネルは戻ったか!?」
<はい、ここにおります、艦長!!>カーネルが怒鳴るように声をあげる。
「カーネル、俺に代わってポセイドンの指揮をとってくれ。主砲発射準備、艦載機隊発進準備の上、洋上でポセイドンを死守せよ。俺は戻れない。このままヤマトで敵を迎撃する」
<はっ!任せてください>

<艦長>大越が哀れっぽい声で割って入った。<…申し訳ありません!!俺たち、航海長を…とめられませんでしたっ……!>
 大越だけでなく片品、赤石、新字、鳥出らもうなだれている。

「…司の奴、飛び出して行ったんだろう」その様子が目に浮かぶようだった。島は溜め息まじりに頭を振る。「…お前たちのせいじゃない。それから……司は、…神崎が追って行ったんだな?」
<そうです>

 一瞬間を置いたのち、カーネルが問いかけた。<…ファルコン隊を援護に出しますか?>
 
「…いや。…神崎に任せる。ポセイドンのファルコン隊は地上基地とポセイドンの護衛のために必要だ。神崎と志村が居ないが、各隊は発進後艦の上空にて待機。新字、お前が戦闘の指揮を執れ。坂入、第一級戦闘配備の上作業を続行せよ。……皆、艦を守ってくれ。頼んだぞ」
<…はいっ>
 第一艦橋のクルー一同がさっと敬礼するのを島が見届けると、相原が再びスクリーンを上空の画像へと切り替えた。数秒間、島は無言で眼下のポセイドンを見下ろす……。悲痛な面持ちの島を見やり、古代が艦載機隊に発進を命じた。「加藤、ファルコン隊の半数を連れて司中尉の援護に向かえ」
「古代!」島は怒鳴るような声でそれを制した。「…神崎に任せたんだ。艦載機隊を分散するのは危険だ」
「何言ってるんだ島、司を見殺しにする気か!」
「…古代、…違う」
 逆上した古代の怒号に答えたその静かなひと言に、皆が絶句した。厳しい表情で前方を見据える島を目にし、古代は押し黙る。
 艦隊司令として、規律を乱したたった一人のために部隊全体を危険に晒すわけにはいかない。艦載機隊を分散すれば、身動きのできないポセイドンと地上基地の守りが手薄になる。だが、そう言い切ることの苦しさは察するに余りあった。

 第一艦橋のキャノピー越しに、上昇して行く2機のファルコンが高空でたなびかせる飛行機雲が確認できた。無理矢理目を逸らし、島は相原に声をかける。
「…相原、司に戻るよう、呼び掛けを続けてくれ。…頼む。……あいつ一人のために、艦載機隊を出すわけにはいかないんだ」
「…分かりました、島さん!」相原は真剣な表情で頷くと司機へ打電を繰り返した。



 ボラー艦が通告してきた攻撃開始時刻まで、後20分足らずだ。
 一体、どうすればいい……!?
「古代。この星の大気圏内では我々が圧倒的に不利だ。敵の待つ高度まで上がるべきだ」真田が冷静にそう言った。
 うむ、と頷いて古代が言葉を引き継ぐ。
「要求を呑む振りをして、大気圏を出ましょう。相原、停戦信号を送れ。変装した囮を使い、少数精鋭で内部に突入するんだ」
「しかし…古代」
 白兵戦になれば、たった一人のために何人の犠牲が出るのだろう。そう考えると島はやはり即座に同意することができない。

 真田は自席から立ち上がり、操舵席に座る島の横に立った。
「……どれも…選べないだろう。艦隊を危険に晒すことも、テレサを引き渡す事も……司と、司のお兄さんを見殺しにする事も」
 肩を震わせて俯く島の肩に手を置き、古代を、そして皆を振り返ると、真田は言った。
「…俺たちはそのどれも選ばない、そうだな…古代?」
「ええ、その通りです、真田さん」
 首是して古代が立ち上がる。
 その言葉に、相原、太田、南部、……第一艦橋のメンバー全員が頷いた。
「…そうだ、司君のお兄さんを助けようぜ」
「テレサを渡す事だって、絶対できるもんか!」
「島さん、大丈夫、うまく行きますよ!」
「そうだ、やろう!!」
<コスモファルコン隊、全機大気圏離脱準備よし!行くのか行かないのか、はっきりしてくださいよ!艦長!>
 出撃命令を待ちあぐねた加藤四郎の声が第一艦橋に響く。
「……みんな……」
 島は、気焔を上げる旧友たちを見回し、…そして彼らに心から感謝した——。



 タイムリミットまで、あと18分。
「…ヤマト、右反転160度、大気圏離脱準備、敵ボラー艦に向かう!」
「…右反転160度!」古代の号令を、島は復唱した。昔なじみの操縦桿を握り、ヤマトを回頭させる。島が艦を制止させるタイミングに合わせ、山崎が声を張り上げた。
「メインエンジン出力120%!」
「メインエンジン点火!急速発進、上昇角45!」

 上空を制圧しているボラー艦隊を迎え撃ち、捕虜を救出するのは至難の業だ。洋上には、艦砲射撃こそ可能だが、ほぼ動きの取れないポセイドン。そして未だ万全の防御システムのない地上施設。主砲を使えば、例え敵を撃破しても地表に火の粉が降り掛かる。テレサのいる地下シェルターは深度約30メートルにあるとはいえ、地上施設が壊滅的打撃を被れば無事では済まないだろう。人質を取られた状態で、ヤマトに勝算があるとは考えにくかった。だが、……やるしかない。

 




 地上の補給基地では北野と土門、そしてヤマトの作業班員らが、滑走路入口と施設の建物上部に防御シールドを展開する作業に奔走していた。
「高射砲遠隔操作システムチェック!」
「防御シールド作動!」鈍い機械音を立ててシールドが振動し始める。
「ちょっと待ってください、北野さん!シールド張っちまったら俺たちも外へ出られないんじゃ」志村が声を上げた。「俺、航海長を援護に行きます!!」
「あ?!お前たちは、お姫様の護衛じゃないのか!?」


 志村には、なぜ司が一機で飛び出して行ったのか即座に分かった。今度こそ、あいつはボラーの船に乗り込むつもりだ。……兄さんを助けるために……。
「瞬間物質移送装置を使ってください。今から航海長を追っても間に合わねえ」
「何だって…!?」
「丁度有人テストするところだったんだ。テストでどこへ飛ばそうがかまわんでしょう!ボラー艦隊のいる大気圏外のポイントへ、俺を飛ばしてくださいっ」
 志村は真剣な顔で語気荒く土門に詰め寄った
。土門は2秒程考える……本来の任務を放り出してまで?


「…よし、わかった。施設(ここ)の護衛は俺たちに任せろ」
「…恩に着ます!」
 土門が頷いたのを見て、坂田と土方は戸惑って顔を見合わせる。だがすぐに意を決して口々に言った。「志村さん、……俺たちも!」

 ——ガルマン・グラス海の洋上で、男顔負けの果敢な飛び方をした、あの小柄な司航海長の顔が彼らの脳裏に浮かぶ。どういう事情かは知らないが、志村さんが「助けに行く」というのなら、自分たちもそれをバックアップせずにいられるか。
「行こうぜ!」
「おう!」
 志村たち3人は滑走路のファルコンへと走った。

 

 




「地球艦隊ヨリ、小型戦闘機2機ノ発進ヲ確認。…ヤマト、大気圏ヲ離脱シテキマス。停戦信号ヲ受信…“コチラ ヤマト…人質ノ交換ニ応ジル、攻撃ヲ控エラレタシ”」
「来たか…ヤマトめ」
 通信を担うアンドロイドの報告と同時に、ハガールが呟いた。その手には反物質追尾装置、と彼が宣った小さな球体のクリスタルが乗っている——

「……フン、しかし反物質反応は地上施設から動いておりませんな。ブラフです…おそらく囮でも使って、こちらに乗り込もうとしているのでしょう」
「小賢しい。我々を欺くつもりだろうがそうはいかん。魔女の引き渡しには応じない、ということだな…」
 アロイスは腕組みしたまま、冷ややかに笑った。
「かまわん、予定通りだ。……所詮ツカサはやつらにとっても価値がない人間……分かっていた事だ」
 アロイスは、和也の繋がれた装置の周囲をゆっくりと回った。アロイスの立てる軍靴の鈍い靴音が、和也を正気に戻す。
「……ア…あァ…」
「…哀れだな…ツカサ。お前の同胞は、お前を見捨てたようだぞ。…見ろ」

 アロイスは和也から見えるように、艦橋のメインパネルを指差した。

 そこには蒼く広がるディーバの遠浅の海、そこに浮かぶ巨大な輸送艦、艦載機を従えてゆっくりと上昇して来るヤマト……そして先行してこちらに向かって来る小型の戦闘機が2機、映っていた。


「……艦載機は面倒です。…撃ち落としますか、陛下」レーダーを見ながら、ルトゥーが問いかけた。
「…いや、今少し待て…約束の時間までな。ヤマトは慌てて大気圏を離脱して来るだろうが、やつらがこのポイントに到達した頃には我らはここにはおらぬ」
 アロイスは羅針盤(コンパス)とクロノメーターを交互に見比べ、不敵な笑いを漏らした。
「総攻撃準備、ヤマトの最接近を待って<デル<マ・ゾラ>で移動、敵地上基地に近接する。やつらがここまで昇って来た頃には、地上基地は我々の手中に落ちているだろう。バトラフにもそう伝えろ」
「はっ」
「<デルマ・ゾラ>作動準備完了!」
 アロイス司令艦、そしてバトラフのミサイル駆逐艦は近接し、思念波移動に備えた。
「<デルマ・ゾラ>エネルギー充填装置始動開始」ハガールがアンドロイドにそう命じると、感情を持たない鉄の傀儡たちが容赦なく作動スイッチを入れ始めた。

 和也の繋がれた装置が、禍々しい唸りを上げ始める。それは呪いの波動となって拡散し、ディーバの大気を揺るがせた。テレサを怯えさせた大気の唸り、叫び声のようなものの正体は、和也から思念波エネルギーを吸い取る<デルマ・ゾラ>の生み出す波動だったのだ。
「グアァアアアアア!…」
 和也の叫び声が艦橋に響き、艦内を駆け巡った。

 

 

 

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