「きゃあっ…」
テレザリウムのコンテナの中にも、それは響いた。雪は耳を押さえ、ズキンとくる頭の痛みに声を上げる。
ベッドに腰かけたテレサは目を見開いていた。瘧にかかったようにぶるぶると震えている。雪はぞっとして、急いで立ち上がると彼女のそばへ行き、その肩を抱いた。
「大丈夫っ!?テレサ…!!」
「また…声が…。…私を…呼んでる……あぅっ…」テレサはこめかみを押さえ、ベッドに突っ伏した。
と同時に、基地内にエマージェンシー・コールが駆抜けた。響き渡る非常サイレンに混じって、司令所から誰かが叫んでいるのが緊急放送で流れる。
突如、目の前の通信機がひとりでに作動し、通信回路が乱暴に開かれた。
雪はぎょっとしてモニタ画面を凝視した……「やだ…何なのこれ…!?」
耳障りな金属音とともに、未知の周波数が受信装置に強引に入り込んできたのだ。
<………地球人よ……我はボラー連邦公国第3皇女アロイス。我々は、地球人を一人、捕虜として預かっている。我々の条件を受け入れるならば…この者をそちらに返そう……>
そのおどろおどろしい通信は、テレサのいる強固な守りのはずの地下シェルターの中だけでなく、地上施設の司令所の通信パネル、ヤマトの第一艦橋、そしてポセイドンの第一艦橋のメインスクリーンにも割り込んだ。
「……何だ……あれは!?」
ヤマトの第一艦橋では、古代が叫んでいた。
その場にいた島も真田も、戦慄の表情で乱れた画像を捉えるメインスクリーンを見つめた。
「………!!」声にならない叫びをあげたのは司だった。
大型アンテナを備えるポセイドン第一艦橋のメインスクリーンが、一足早く乱れた画像を補正し、正確な相手の通信画像を受信する。
——赤黒い、ボラーの船の内部。
真紅の長い巻き毛を揺らして立つ、軍服姿の若い女。部下と思しき男たち、……、
そして画面の奥には巨大な何かの装置に繋がれた、酷くやつれた地球人の男の姿があった。
男の身体には管のようなものが無数に繋がれ、背後の巨大な装置に半ば埋もれるように寄り掛かっている……目を凝らして見た真田は、男の身体に繋がれているのが電極のようなものだと悟り、その禍々しさに絶句する。
同様にそれを見た雪は、瞬時にそれが医療目的ではないと判断した。むしろ、見るも無惨な姿のその男から、何か生体エネルギーのようなものを吸い取る目的で付けられた電極なのだ。
「…なんて…酷い…!」無意識に怒りにも似た声が漏れる。
<お前たちが保護している、反物質の魔女を差し出せ。そうすれば……この男を解放しよう>
「…反物質の魔女!?」
相原がそう繰り返し、艦橋中央に立ちすくむ島と古代を振り返った。真田が弾かれたように自席から立ち上がり、古代と島に歩み寄る。
血のような色の、たぎるような瞳をした若い女、…アロイスと名乗った女が低い声で続けた。
<……反物質の力を操る魔女…そうだ、テレザートのテレサを、こちらに引き渡せ>
テレサは、震えながら顔を上げ、小さなモニタに映るその映像を凝視した。
「テレサ!こんなの真に受けちゃ駄目よ!」雪が狼狽えてモニタのスイッチを切ろうとしたが、テレサはその手を制し、激しく首を振った。
「……雪さん、…あの人…!! 後ろにいるあの人……」
あの、酷く弱り切った、地球人の男性は………!
「どうした、司」鳥出がぎょっとして司に声をかけた。
司はメイン操舵席から無言で立ち上がり、そのまま後ろに数歩よろよろと後ずさった。肩が不規則に上下している……
唐突に身体の向きを変え、彼女は鳥出のいる通信席に倒れ込むようにしてコンソールパネルに手を付いた…「敵艦の方位は!?」鳥出が首を振る。この通信からは、方位は割り出せない。
「……レーダー反応微弱…」片品が次元レ—ダーを操作して静かに言った。「……やつらはワープ空間にいるんだ。どこに出て来るか分からんぞ」
神崎が艦内マイクに向って叫ぶ。「全艦、第一級戦闘配備!防御バリアを張れ!カーネル副長、第一艦橋へ戻ってください!……島艦長は!?」
大越が叫び返す…
「ヤマトですよ!戻って来てもらわなきゃ!!」
「総員、第一級戦闘配備!」ヤマトでは古代が叫んでいた。
「土門、北野!!地上施設をポセイドン護衛班と一緒に守れ!加藤、坂本、コスモファルコン全機発進、ヤマトの周囲で待機せよ!」
「島、テレサは雪たちといっしょに地下シェルターに入った。…もう大丈夫だ」
間一髪、間に合った。真田は笑みさえ浮かべ、頷いた。
「くそっ」吐き捨てるように言うと、島は躊躇いなく操縦席へ滑り込む。「ポセイドンに戻っている時間は…ないな」
それを見て、古代が頷いた。北野は地上にいる。だが、島、お前がいるのなら、ヤマトは水を得た魚も同然だ。機関長の山崎がにっこり笑って頷いた。太田も顔を輝かせ、操舵席の島を見ている。
「よし…作戦開始だ。頼んだぜ、島!」
「反重力バランサー解除!メインエンジン始動!」
艦内マイクから響く島大介の声——機関室では徳川太助がその声に目を丸くし…しかしすぐに嬉しそうに応答の声を張り上げた。
「……島さん!!いや、島艦長、了解ですっ」
「渋谷機関長、本艦補助エンジン始動!……司班長っ!」
大越がサブ操舵席から振り返って叫んだ。
司は鳥出の通信席の傍らに突っ立ったまま、悲痛な表情でメインパネルを見上げたままだ。
ヤマトから、島の声で敵艦に通信が返される……
<ボラー連邦、アロイス皇女……私は地球連邦輸送艦隊司令、島だ。我々の同胞を保護していただいた事には深く感謝する。だが、残念ながら我々は「テレザートのテレサ」など知らない。速やかに我が同胞の引き渡しを願いたい>
「…テレザートのテレサ、って誰だ……?」鳥出が呟いた。片品は横目で新字を見たが、新字も首を傾げている。赤石が不安そうに、首を振った。
「司班長!」一方、大越は気が気でなかった。司の様子がおかしい。彼女は頭上のスクリーンとレーダーを交互に睨みつけ、立ちすくんだまま肩で息をしている。
「……敵艦、出現!ディーバ大気圏外、方位SW160、距離180宇宙キロ!」片品がそう言った途端、司はさっと向きを変え、出口へ向かった。
「班長!!どこへ行くんですかぁっ!」大越の怒鳴り声に、一斉に皆が振り向いた。
司は一瞬立ち止まる。…だが、振り向いて言った………
「…行かせて。…あの地球人は………私の、兄なの……!」
司から一番近いところにいた新字が、彼女を押しとどめようと座席を立ったが、その一言に一瞬ひるんだ。その隙をついて、司はオートドアから外へ飛び出して行った——。
「…艦長!!島艦長っ!!」大越が鳥出を押しのけ、通信機に向かって叫ぶ。「司班長が……!」
「俺が連れ戻して来る!新字、後を頼む」
神崎が叫ぶように言ったかと思うと、そのまま司を追って外へ駆け出した。
「……司の……兄さんって……」何が起きたのかと鳥出、赤石はただ面食らい、頭上のパネルとレーダーとをせわしなく交互に見比べるばかりだ。
<……もう一度だけ言う。これは…取り引きだ……。『テレザートのテレサ』を差し出せ。さもなくば…この地球人の命はない>
アロイスと名乗った女が、低い声で繰り返す。
<交渉に応じる気があるなら、魔女をこちらへ連れて来い。我が艦隊はこの場所にて待つ……地球時間で半時間、猶予を与えよう>
通信は唐突に途切れた。
「ボラー艦隊の位置はディーバの大気圏外、距離は約180宇宙キロ!…大型司令船1隻、ミサイル駆逐艦1隻です!」太田が叫んだ。
「島さん!!ポセイドンから入電です!司航海長が…」
相原が大越からの通信を受けてそう言いかけた時。…ヤマトの左下方からコスモファルコンが一機発進し、急上昇して行くのが皆の目に入った。
「司!!あの…馬鹿野郎!!」
血の気の引いた顔で、島は思わず叫んでいた。
ボラー艦隊が捕虜にしているあの男が、司の兄だという予測は、事実だった。
……彼は、生きていた。
こんな状況になったなら、司を止める事など出来ないだろうとは分かっていた……。
だが、事態は最悪だ。
———反物質の魔女、「テレザートのテレサ」と交換することを条件に、
司和也を返すだと……?
ヤマトの操縦桿を握る島の手が震える。
「…なんて……こと…」
雪はテレサの両肩をしっかり抱いた。島からは、何があってもここで彼女を守っていて欲しいと、上陸部隊全員が依頼されているのだ。
「テレサ!あなたは反物質の魔女なんかじゃないわ!こんなものに惑わされては駄目よ!!」
テレサは震えながらモニタを見つめていた。その大きな瞳から、見る間に涙がこぼれる。
テレサは瞬きも忘れてしまったように、見開いた目を雪に向けた。二筋、三筋と涙が頬を伝う………
「あの人は、司さんの……お兄さんです。……生きていた……ああ……私……」
「テレサ!!大丈夫よ…、古代くんと島くんに任せましょう?!」
雪の言葉に、テレサは激しく頭を振った。
モニタに映る真っ赤な髪の女の影に、白いフードの背の低い男がいる。
底知れぬ邪悪なオーラが、赤い髪の女ではなく、フードの男から立ち上るのが分かる。紛れもなく……あの恐るべき悪意の源はその男だった。
……突然、ポセイドンからの音声通信が混線したように割り込んだ。
男性の声が、必死に叫んでいる。
<……島艦長!!司班長がっ 単機で出て行きましたっ……!!>
その叫び声に、テレサは顔を上げた。
司さんが、たった独りで…助けに行こうとしている…?!
「ああ……司さん……!!」
「……地球艦隊からの応答なし。…こちらへ向かう小型戦闘機2機を確認、ヤマトが動き出しました」
ルトゥーの報告を聞いてアロイスが呟いた。
「…早いな」
「…いえ、…小型機は攻撃機と思われます」
「……想定内です、陛下。予定通り、ヤマトはこちらに向かっています。地上のやつらが素直に反物質の魔女を引き渡すとは思えないが、なに…すぐに沈黙せざるを得ないでしょう。…<デルマ・ゾラ>始動準備を」
ハガールは残忍な笑みを浮かべ、低い声でアンドロイドにそう命令した。
ディーバの神秘の海、グラン・ブルーの浅瀬の上を、コスモファルコンが一機、加速上昇して行く。
大気圏外を目指し急激な上昇を続けながら、司は半分笑いつつ…涙を流していた。
——生きてた!!生きてた……
お兄ちゃん!!
雨の中、二人で濡れて遊んだ、施設の庭。
真夏の人ごみで、聞いた花火。
行って来るよ…と片手を上げ、<きりしま>に乗り込んだ姿。
生きながらぼろ屑のようにされていても、兄和也の姿を花倫が見紛えようはずがなかった。
——お兄ちゃん……今、行くから……!!
(12)へ 「奇跡」Contentsへ