奇跡  永遠(10)




「……見ててくださいな」
 グレイスはそう言うと、カバンの中からデータボードと同じ大きさの管制用端末を出した。「……指輪から発信されるあなたのバイタルサインが、ここに出ますからね」


 雪も覗き込む。
 端末のスクリーンに、半径50キロ以内のポセイドンクルーのバイタルサインが一斉に表示された。
「最大で200キロ離れたところまで捕捉できるの。でも安心してね。万一のとき以外は、殆ど見たりしませんから。プライベート情報保持のために、こんな端末を持っているのも私と音無医長に限られているの。……ほら、これよ」

 半径50キロを、半径1キロ以内、半径20メートル以内に絞って行くと、補給基地の内部のデジタル画像とともに5つのバイタルサインが出た。その一つ一つに、アルファベットで名前がついている。
 <HDFLT><TRS>が寄り添っていて、階上の司令所には3つ、<SKT><SHMR><HJKT>と出た。無数のアイコンを同画面に表示するため、アイコンのネームにつく母音は省略されているようだ。
 セイラがさらに<TRS>のアイコンを指先でつつくと、詳細が出る……「脳波正常、心拍80、血圧60-90、体温37,2 呼吸数15/1min……」
「……すごいわ。これ、島くんが作ったのよね?」
 グレイスは頷いた。「発案は艦長だと聞いています。もちろん、実用化したのは真田技術省長官…いえ、ヤマト副長ですが…。素晴らしいシステムですわ。…ただ…」
 グレイスはちょっぴり困ったような顔で付け加える。
「難点は、…発信器をつけた人が亡くなる瞬間が、記録されてしまう事です。それだけは……任務とは言え、見たくないですね。…幸い、まだ一度もそういう機会はありませんが…」


 雪はちょっと考え込んだ。この装置をつけている部位が吹き飛ばされてしまう場合を除くが、そうでないとしても。……「死んだ」ということが、確定されてしまう装置。例えば艦載機戦で、墜落した者が脱出し無傷で生きていればいい。だが、爆撃を受けて死んだ者や、救助が間に合わなくて助けられなかった者の記録は、そこで突然途絶えるか、だんだんと途絶えていく。管制をしている者にはそれが手に取るように分かるが、手出しが出来ないのだ。その時に直面したら、それはこの上なく嫌な任務だろう、と雪は思った。
「……もちろん、戦闘中には負傷者を助けられない場合もあります、…それは当然です。でも、これは適切なトリアージを施すために必要な情報源になるの。私たち医療班がどれほど尽力しても、激しい戦闘の際には…人手も医療品も足りなくなる。その時に、負傷者をどういう順で治療するかは現場の判断に任されますが、正確に判断できない場合もあります、…それは……あなたもおわかりでしょう?森生活班長」
 雪は頷いた。トリアージはいつも、自分や佐渡の判断で行われるが、あれで良かったのかと後悔しない時はないくらい、常に判断に迷う事の一つだった。
「島くんは、素晴らしい艦長ね…」
 グレイスがそれを聞いて、深く頷いた。「そう思います」



 テレサは首を傾げて、二人の会話を聞いていた。話の内容は漠然としか分からない…だが、二人が島を褒めていることは確かだ。テレサは我知らず口を開いていた。
「雪さん、グレイス先生…。私、島さんのこと…実際にはあまりよく知らないのです。もっと…聞かせてください…」
 グレイスと雪は、顔を見合わせ、微笑んだ。
「分かったわ。…何から話そうかしら」
「森さんの方がずっと長いおつきあいですから、話して差し上げてくださいな。私はお昼の支度をしてきますから」グレイスは笑ってそう言った。

 雪はテレサをベッドに座らせ、持って来た膝掛けをその膝にふわりとかけてやる。そして自分はチェアに腰かけると、小さなテーブルに頬杖を付いた。
「島くんとは、18歳の時から一緒に働いてるの。もう10年近くになるわね…」
 グレイスは雪の話を背中で聞きながら、3人分の昼食を用意するために部屋を出た。




 回転集中式のドアを開けると、この小さな部屋の壁の厚みが分かる。……ほぼ、100センチはあるだろう。テレザリウムと名付けられた、グレイスにはなじみのないその合金は、その断面も仄かな蒼い光を放ち、底知れぬ力を秘めているように思えた。壁は二重構造になっていて、外側の厚み40センチ程度の層は灰緑色の鎧のような別の金属だ。ガルマン星に居たテレサの主治医が設計したと言うが、グレイスにはそれがなぜか、冷たい合金の鳥かごのように思えてならない。何れにしても、ここまでしなければならないほどのエネルギーを、あのか弱いテレサが放つとは、やはりまだ信じられない気持ちだった。
(…この部屋を、そのままポセイドンで地球へ運ぶとしても…。連邦政府ではこれをどう扱うのだろう。これほどの能力を持つ異星人…、コントロール不能の破壊力を持つ女性を…)
 ……しかし、そんな事は…自分が気を揉まなくてもすでに艦長やヤマトの副長がとっくに考えているはずだ。当面の自分の仕事は、この場所に留まる間、敵襲に備えて彼女を守る事だった。バイタルサイン管制用のリングをテレサに付けさせることについても、半分はグレイスが自分から島に具申したのである。

 自分は狙われている。テレサはそう言っていた。気丈に笑顔を見せてはいるが、どんなにか恐ろしいことだろう。せめて美味しいもの、心和むもので彼女を慰めてやりたい、とグレイスは思った。



 医療用アンドロイドが運んで来た食事用コンテナから、手早くワゴンに昼食のトレイを3つ乗せ換える。
(……何かスィーツがあるといいわね…)
 ふと思い立って、アンドロイドに訊いてみる。
「何かデザートになりそうなものはないかしら?」
「フルーツデスカ?ソレトモ…」
「甘いお菓子がいいわ。お客様は女の子だから…」
 アンドロイドが「ショウチシマシタ」と言いながら、隣の区画にある食料倉庫の在庫データを調べに行った。グレイスはその後について歩きながら、ワゴンの上の、味も素っ気もないステンレスボトルを見た。そして、ポセイドンの厨房にある、来賓用の白磁のティーセットを借りられないかしら、と考えた。


 




 瞬間物質移送機の照射ビーム発射装置がある地下シェルターの司令所で、ポセイドン護衛班の3人は格納スペースの片付けをさせられていた。
 滑走路から格納スペースに続くタキシングロードにラインを引く作業や、車輪止めを設置して行く作業である。

「…ベルボーイの次は道路工事かよ…」志村がぼやく。
「まあまあ、そう言わないで」坂田が志村を宥めた。「誰かがやらなきゃならない仕事なんですから…」
 志村さんは筋金入りの大金持ちのお坊ちゃんだから無理もないや、と坂田は苦笑した。任されたのは退屈な単純作業だったが、坂田は志村を宥めすかしつつ作業に向かう。
 アスファルトの路面上にロボットが印を付けている。それにそってライナーをセットし、スイッチを押す。ライナーは坂田の手を離れて、すうっと移動しつつ路面にラインを引いて行った。

「…俺、司令所見て来る」退屈でたまらなくなったと見えて、志村はくるりと二人に背を向けて、土門と北野がいる司令所へ走った。
「あっ、副班長!ずるいっすよ…!!」
 坂田と土方が叫んだが、志村はおかまいなしに走って行ってしまった。
「…俺たちもいくか?」
「…チェッ」
 ゆっくりと動くライナーを放置して、二人はだっと駆け出し、司令所へ向かった。




「なんだ、お前ら…。地下の特別室で警護に当たってるんじゃなかったのか?」土門が、志村を始めポセイドンの護衛班が3人、司令所にやって来たのを見てそう言った。
「……いや、付き添いのハイドフェルト先生に、上にいろって追っ払われましたんで」志村が無愛想にそう答えた。「戦闘班長さんこそ、上空の警備はどうしたんです?今日はヤマトのファルコンが一機も出てませんね」
「ああ…、今日はたまたまな。”これ”の実験をするんで、上空をクリアにしなきゃならないんだ。午後にはまたファルコンを出すよ」
「へえ」

 ああ、なるほど。瞬間物質移送のテストをするんで、ファルコンの哨戒もお休みってわけだ。

 ヤマトの艦載機チームは、ディーバに着陸して以降ずっと臨戦態勢で哨戒を続けていた。その間ずっと敵影らしきものを捕捉すらしなかったので、たまには息抜きも必要だよな…と志村も思う。
「まあ、適当にそこらにいてくれ。ただその辺のスイッチには勝手に触るなよ」
「了解〜」
 北野はと言えば、瞬間物質移送機のチュートリアルらしきホログラムを真剣な表情で見ている。

「すげえな…」土方が我知らず呟いた。北野の反対側からホログラムを見ていても、そのシステムのすごさは分かった。かつて、イスカンダルへの旅の途上、執拗にヤマトを苦しめたドメル将軍が開発したという有名な装置である。現在は改良に改良が重ねられ、移送ポイントの指定が非常に細かく設定できるようになっているらしい。

「座標を指定して……ビームを照射……するとあっちへワープする、…と」「…誤差が1.5メートル以内、だってよ」「すげえ」「…座標はガミラス表記でするんだろうなあ…」
「いや、あれ見ててみろ……表記はもう地球標準に直ってるぜ」土方が指差した。
 戦闘班長の土門竜介がテスト始動を始めた。2機の照射ビームが滑走路上の一点に重なるよう、発射板の角度を調節する。
「座標…方位右25度、上下角プラスマイナス2度、距離……800」
 第一滑走路上にあるのは、海上に浮かべるブイ、なのだろうか……北野が操作するモニタに、その物体が映った。
「……瞬間物質移送ビーム発射」土門が言いながら、レバーをぐいと下に押し下げた。
「おおっ」
 発射板から発射された赤い光線が、両側からブイを照らす。ブイの質量は少ないので、照射の時間は3秒ほどだった。滑走路上のブイは赤い光の中でこつ然と消えた。

「これは…次元レ—ダーで移動を追えるものなんだな」モニタには、現在位置から指定した座標までの移動経路が出るようになっている。
「…出ましたよ!」坂田がモニタを指差した。確かに、ポセイドンの右後方、浅瀬の海にブイが現れ、ぽちゃん、と落ちた後ぽっかりと浮かんだ一部始終を、追尾カメラが捕えた。


「さあて、今度は有人機でテストといこうか」北野がにやりと笑ってこちらを見たので、坂田が慌てる。
「ちょっ、まっ…いきなりっすか!?」

 ……と、その時。


 志村が真っ先に、嫌なうなりを耳にした。ポセイドンの降下中に聞こえて来た、あの叫び声のようなものと同じだ。


「うああっ」司令所の観測員、通信員が揃って耳からヘッドホンを外し、耳を押さえて呻いた——。

 

 

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