神秘的な蒼さを持つ、広い浅瀬に面した補給基地には、すでに航空機用の滑走路が3本と地下30メートルに位置するシェルターが完成していた。
地上120メートルに停止した状態のヤマト艦内から補給基地を俯瞰しながら、真田が説明する。ディスプレイ・スクリーンに、基地の3DCGが映し出されていた。
「……ここへ、ウォード博士のコンテナを持って来る」
「なるほど」
島と古代は、真田がポインタで示した画像の一点を見つめた。地下10階にある大型シェルタ—である。
「コンテナの周囲に、反物質制御パネルで徐々に広い空間を作っていくつもりだ。この星を出発する時には、地下シェルターから直に船台へ運び込めるようにする。3番エレベーターなら可能だろう。テレサにはしばらく窮屈な思いをさせてしまうが…仕方ないな」
アレス・ウォードのコンテナ内部は、広さ5帖程度の密室だった。あんな小さな部屋にずっといなくてはならないテレサには気の毒だが、始めは致し方ない。
「まだ室内の装飾をしていないから、雪に頼んで今整えてもらっている。今日の午後には準備できるよ」
「ありがとうございます、真田さん」
「……とりあえず、ボラーの連中をどうにかしてからだ。奴らを上手くくだして、ここから無事に出発できたら…その状態で地球へ還ろう。その先は…わからんが」
——その先は……。
島は、不思議と心穏やかだった。
『テレザートのテレサが地球に居る』という流言がガルマン・ガミラスから発せられるとしても、テレサは2度とその力を使わない。例え、あの小さな部屋の中で彼女が一生を終えなくてはならなくなったとしても、自分は彼女を離れるまい、と思った。
今のままでは、当然…彼女は地球に降りることは出来ないだろう。——それでも…仕方ない。
古代の兄、守がイスカンダルへ残ったと聞いた時。その無謀さに、当時の島は正直呆れた。いくら愛した女性のためでも、あんな生き方は理解できない…そう思っていた。無論、まさかこの自分が地球を捨てたり、まして家族を離れることなどあり得ないと、つい最近まで思っていたのだ。だが…今は違う。
(反物質の力の所為で、彼女が孤独に生きることを余儀なくされるなら、俺も一緒に…どこへでも行こう…)
今は、ごく自然にそう思えるのだった。
「火星のフォボスかダイモスに、使っていない観測所がありましたね」
穏やかな表情でそう言った島に、真田は驚いた。
「…島?」何を言い出す…?
「……もっと遠くてもかまいません。技術省の管轄で、人の住める施設があれば、使用許可を取って欲しいんです。…いや、宇宙ステーションでもかまわない。…彼女と一緒にいられるなら、俺は、…どこへでも」
古代が毒気を抜かれたような顔をした。半開きの口が、情けなく歪む。
「……お前、だって…そんな」
「はは、そんな顔するなよ、古代」島は笑った。
真田は持っていたポインタをデスクの上に置き、島の顔を見つめる。
(決めたんだな…)
そう感じたが、もちろんまだ諦める必要も、運命に屈する必要もなかった。だが、島の心の海はすっかり凪いでいるようだ。
「島、でもお前、…ポセイドンはどうするんだ?還ったらもう乗らないつもりか?」せっかく艦長に就任したのに……? 古代はすっかり狼狽えていた。
常に任務に忠実な、この律儀な親友は実を言えば古代の自慢だった。石頭、となじりつつも、古代は島を、密かに尊敬していた。何度、島のおかげで難を逃れて来ただろう? その自信たっぷりの口調に、何度力づけられただろう? それがまるで守兄さんのように…どこか遠くへ行こうとしてるだなんて……?
「まず長官に真実を報告する必要があるな。…それいかんで、…まあ少なくとも、俺は艦長を辞任する。テレサと一緒に、どこかでひっそり暮らすさ」
「ま、待て、島、そんなこと今決めなくたっていいじゃないか。お前がテレサを幸せにしたいという気持ちは、すごく良くわかる。俺だってうれしいよ。でも、何も艦長を辞任しなくても…なあ!」
「…辞任はやむを得ないとしても、退役してしまうと、不便だぞ。藤堂長官は信頼できる人だ。それに、お前の階級なら色々と便宜を計れるじゃないか」
目を伏せて静かにそう言った真田に、古代はさらに抗議の眼差しを向けた。「真田さんまで、そんな!」
「今後最悪の事を考えて、腹をくくっただけの事だよ、古代。そもそも、あのままではテレサを地球へ連れて帰れるとは思えないだろ。だったら…俺が、土星でも冥王星でも、…どこへでも行くつもりだ、彼女と一緒に」
島はそう言いながら、頬に笑みを浮かべた。「覚えているか?古代。テレサが地球にも白色彗星にも味方しない、戦わない…と俺たちに言ったことを」
古代は頷いた。「ああ、覚えている」
「それがどうして、土壇場で地球の味方をしたか…わかるか」
「…それはお前がいたから」
島は頷いて、ゆっくり、噛み締めるように言葉を継いだ。
「お前も見ただろ。テレザートの滅びた都市を。…あの星を滅ぼしたのは、……彼女だったんだ」
古代が「なんだって」と声を上げたのと対照的に、真田は黙って俯いた。
島は静かに続ける。
「テレザートを全滅させた罪を背負って、彼女は自分の星が彗星に踏みにじられてもしかたがないと思っていた。滅ぼされても、戦わないと決心していたんだ。…それなのに、俺がいたために、彼女は戦わないという誓いを自ら破ってしまった。彼女にとっては彗星帝国を滅ぼすことも、大きな罪だったんだ。……おそらく数十万の彗星帝国の人間が、…あの時犠牲になったはずだ」
「…罪…?」古代は愕然とした。そんな風に、考えた事もなかった。テレサは地球の救い主、地球にとっては絶対的な「善」であるはずだった。…白色彗星帝国を滅ぼした事が、「罪悪」だとは。
戦って勝つ事が必ずしも「善」ではない。勝利が正しいとは、限らない……そのことは、自分も嫌というほど分かっていたはずだ。だが、あの彗星帝国すらもテレサにとっては…「生きる権利を持つ、平等な命」だった、そのことを……古代は見過ごしていた。
そもそも地球のために、テレサが自分の故郷の星や自らの命を犠牲にする筋合いはなかった。彼女がそうしたのは、たった一人の男、……愛する島のためだったのだ。
「だからその罪は……彼女一人が背負うべきじゃない……そうだろう?だから俺は、……彼女を離れない。地球へ連れて行けないのなら、俺が彼女と一緒に出て行くさ」
「…島」
古代は親友の顔を、穴が開くほど凝視した。
島…。
「…俺は、俺たちは……何をすればいい?お前のために…お前と、テレサのために……?」
縋るように問いかける古代に、島は苦笑する。
「なんだよ、今生のお別れじゃあるまいし…そんな顔、するなって。イスカンダルよりは、地球の近くにいられるさ」
真田も苦笑した。彼も、古代守のことを思い出していたのだ。派手で快活な古代守とは対照的に、島は理性的で自分を律するタイプだ。だが、二人に共通していたのは恋した女が異星人だということだった。そして、揃って相手にぞっこんと来ている。もう一つ敢えて彼らの共通点を上げるとすれば、一度心に決めたら、2度と迷わない…、ということだった。
「さあ、そんなことより…この基地の守りがどうなっているのか、それを説明してくれないか…?古代」
島は朗らかに笑いながら、古代を促した。その顔に、口調に迷いがない事は明らかだ。
(島……お前がどんどん遠くなってしまうような気がするのは、俺の…気のせいか?俺は…お前が、愛する人に再び会うまでにどれだけの苦難を乗り越えて来たか…すぐそばで見て来たつもりだったのに。なんだかお前は、いつのまにか俺よりずっと……先を歩いていたんだな…)
古代は戸惑いながら、瞬間物質移送機の配置について説明し始めた。
* * *
「これが……例の瞬間物質移送機か」
ポセイドンの護衛班から地上施設へテレサの護衛に回された、志村、坂田、土方。
3人は地下から地上へ向かう滑走路のタキシングロード横に設置された、太陽電池の親玉みたいな装置を遠巻きに眺めていた。
「どいたどいた!お前ら、ファルコンをもうちょっと奇麗に揃えて停められないのか!?奥がもっと空いてるんだ、順番に詰めといてくれよ!」ヤマト作業班の隊員が、太陽電池の親玉をもう一つ、トレーラーの荷台に載せて運んで来て、3人に向かって怒鳴った。
「なんだよ、もっと奥に詰めろって……、まだラインも引いてないじゃねーか、そんなの分かるかよ」トレーラーをやり過ごしながら、志村が舌打ちする。
3本の滑走路はすべて、地下の駐機場へつながっている。中央の滑走路の左右には、瞬間物質移送機の照射ビーム台が設置され、奥からタキシングしてくる戦闘機を即座に移送できるような構造になっていた。
「これって、ワープとは違うのかね?やっぱ、酔うのかな」
坂田が心配そうにそう言った。「物質移送って、人間もできるんだよな。……単純に距離が短い、っていうだけのことかな…」
「さあてね…。次期にテスト移送するだろうから、その時に嫌って言うほどわかるだろうぜ」志村が苦笑してそう言った。
「航海長はいいよな。自分でワープのタイミング計れるだろ?自分で動かすのと、他人様に連れて行かれるのとでは大違いだってーの…」土方の、単座の艦載機乗りらしい意見に、全員が笑い出す。
「で、こいつの発射操作はどこでするんだ?奥か?」
「ほら……奥にヤマトの航海班副班長と戦闘班長が来てるぜ。あそこでやるんじゃないのか?」
志村がくい、と親指を立てて示した先には、司令所があった。それは滑走路の一番奥にあり、瞬間物質移送機からは100メートルほど離れている。強化クリスタル張りの大きな窓の中で、北野と土門が何事か話しつつ、新しく与えられた装置を操作しているのが見てとれた。
<…ポセイドン護衛チーム!連絡艇が降りるから、そこをどいてろ!>
唐突に滑走路いっぱいに怒声が響いた。半地下に設えられた滑走路の入口は、音が大きく反響する。司令所から、青いヤマトベクトルの士官がマイクに向かって怒鳴っていた。
シャッターの外を見れば、水色の空から白いペイントも眩い、医療班の連絡艇がゆっくり降りて来るところである。
「……お姫様のご到着だ」志村はそう言うと、だらしなく開けていた制服の前のファスナーを、ぐいと引っ張り上げた。他の二人も、慌ててグローブを取ってボトムの尻ポケットに突っ込む。素手で髪の毛を整え、掌の汗を脇腹で拭ってから制服の襟を整え、ファスナーを閉め直した。
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