奇跡  永遠(6)




<テレサさんが言うには、あのパルスは…テレサさんを狙って誰かが故意に飛ばして来たものなのではないか、と>
「!?……もう一度言ってくれ」
 グレイスは躊躇して、言葉を選び直した。<ですから、…何者かが、テレサさんの反物質エネルギーを狙って、私たちを追って来ている、と言うんです>

 居合わせた3人ともが、顔色を変えて互いを見やった。
<それで、叫び声のようなものは、おそらく捕虜になっている地球人のものではないかって……。これは、テレサさんだけが感じたもので、何の証明もできません、ですから信憑性に欠けるとは思うんです。でも、…捕虜の名前が『ツカサ・カズヤ』だと、そこまでテレサさんにはわかったようです。もしもこれが本当なら、……大変な事ではないかと…>
 真田が低く唸った。
 ボラー艦隊は、地球人を捕虜にしている上に、テレサの反物質をも狙っている……
 
「グレイス。……この事は、司には知らせていないだろうな」
<はい、もちろんです。…彼女、また飛び出して行ってしまいかねませんから。ただ、テレサさんがどうしても、司さんにお兄さんが生きている事を教えてあげたいって仰るので…>
「……テレサは今、どうしているんだ?」
<かなり疲労が激しかったようで、眠っています>グレイスは、奥のカーテンの引かれたスペースを振り返った。
「そうか……。分かった。こちらの用事が済み次第、戻る」

 通信を切りマイクをホルダーに置きながら、島は考えた。

 どうやって救助するか、…いや、そもそも救助できるかどうかも分からないのに、司に兄の生存を教えるのは酷だ。だが、テレサの気持ちも分かる。助けられるかどうか、ではなく、10年以上探し続けた兄が、生きている……。その事実だけでも、司に教えてやりたい。…その気持ちは、自分とて同じだった。
「島、行こう。助けに行ってやろう、司の兄さんを」
 古代が島の肩を叩いた。「生存の報告が、ぬか喜びで終らないように俺たちも尽力する。……任せておけよ!」
「古代…」

 だが島は即決できなかった。目を伏せ、力なくスツールに再び腰かける。
「ボラー艦隊がテレサを狙っている、というのも分からない話じゃないだろう。やつらは彼女の反物質エネルギーが目当てなんだ。テレサを守るためにも、戦わなければ!な、島!?」
「……おそらく、そうだろうな」
 真田が古代の仮説を支持して頷いた。「このまま何もしないでいれば、やつらはずっと我々を追って来るかもしれん」
「…しかし…」
「島!」
 古代は今にも、この石頭!と叫びそうになる。島が相変わらず何を懸念しているのか、古代にも分からないわけではなかった。だが、ここへ来て、打つ手は限られているじゃないか。

「……お前が何をうじうじ心配してるか、俺には分かる。だから、約束するよ。……この作戦には、何がどうあろうと、テレサの力は借りない」
 島は、はっとして古代を見上げた。
「…古代」
「やつらの移動手段に対抗して、瞬間物質移送機をスタンバイしよう。艦載機隊を瞬時に急行させられるように準備するんだ。真田さんは一刻も早く、パネルを完成させてください…新捗状況はどうですか?」
「……古代!!」
 矢継ぎ早に作戦を立てて行こうとする古代を、島は押しとどめた。
古代は目を丸くする。何となれば、島が本気で怒っていたからだ。
「なんだ…どうした、島」
「不確かな情報だけで、たった一人のために艦隊を動かせると思うか!満足に作戦も立てられない状況じゃないか。よしんば敵艦の位置が解ったとしても、人質救出には白兵戦が前提になる…、多くの犠牲が出るだろう。テレサだって、力を貸さなくてもいいと言われても、じっとしている事は…できやしないよ」

 ——生きて、還れ——

 島は、そう全員に命じた。艦隊全体に、そう願っているのだ。いくら護衛艦としてヤマトが在るとしても、戦闘になればポセイドンの護衛班とて黙ってはいないだろう。
「…出さなくてもいい犠牲を出す事を…俺は肯定できない」
「……お前…」
「ふむ…」真田は腕組みをし、眉間に皺を寄せて深い溜め息をついた。


 島の、艦隊司令としての判断は正しい。小を殺して大を生かす、それが死線で上に立つ者としての当然の判断だ。苦しくないわけがない…まして、司の兄さんである。島自身が、誰よりも助けに行ってやりたいはずだった。

「まだ、諦める必要はない。ただし、慎重に作戦を立てる必要があるな。我々には、まだ何も相手の事が分かっていないんだ。…それでもまずはシグマの修理を急ぐ事と、テレサの安全の確保だ。…少なくともあと5日、ポセイドンは動けないんだぞ、古代。作戦を実行するなら、盤石の備えが必要だ。少しでも多くの手札(カード)がなければな」
 真田の言う通りだった。
 古代はその言葉を咀嚼するように数秒目を伏せ、深く頷いた。
「……分かりました。ヤマトで哨戒と探索を続けます。第一級戦闘配備のまま上空で待機、ヤマト艦載機隊の半分をポセイドンと地上基地の護衛にスタンバイさせましょう」
「…島、瞬間物質移送装置のパーツを大至急地上施設へ送ってくれ。それから」
 真田は、苦しそうな顔をして黙ったきりの島の肩に、手を置いた。
「テレサを、地上施設(こっち)へ連れて来てくれ。彼女を地下のシェルターにかくまった上、上空をヤマトで護る。当座はウォード博士のコンテナに入っていてもらうしかないが、出来る限り急いで、もっと広い場所を用意しよう。ハイドフェルト先生にも来てもらってくれ」
「……はい」


 自分は……臆病者なのか。部下に死にに行けと命じる事のできない俺は、艦長として失格なのだろうか。
 島は真田の言葉を聞きながら、思案した。
 …いや、違う。
 犠牲を出さない事を、俺は誓って来たじゃないか。それがかつてヤマトで共に戦った、歴代艦長たちの遺言でもあったはずだ。


 島は伏せていた目を上げ、古代を見た。「……古代、……すまない」
 古代は首を振って島に笑いかけた。
「いや、かまわん。…俺の方こそ頭に血が上っていたよ。シグマの修理が終るまでの5日間、まずは専守防衛だ。敵艦の位置が判明次第人質救出に移れるように、作戦くらいは練っておこうぜ」
「…ありがとう」
 よせよ、と古代は照れくさそうに笑うと、再び通信機に向かった。
<作業中のヤマト工作班の諸君に告ぐ。敵襲に備え、地上施設にも高射砲砲台、ミサイル砲台を建設する。滑走路も増設だ。大至急、工事を進めてくれ>


 真田が島の肩に手をかけて、彼を立ち上がらせた。
「島、…そろそろポセイドンに戻って、テレサを見舞ってやれ。…自分を誰かが狙っていると感じて、きっと今頃…怯えているんじゃないか?」
 振り向いた古代も、島を見て頷く。

 さっさと行けよ、と微笑んだ古代に笑い返し、真田に頭を下げた。自分がテレサのもとへ駆けつけたいのを堪えて任務を遂行している事を、真田さんも古代も、分かってくれている。そう思うと島は胸が熱くなった。




          *         *          *



「艦長……!」
 グレイスが医務室のドアの外で、深刻な表情をして島を待っていた。
「テレサは…」
「まだ眠っています。…というより、むしろ昏睡に近いですわ。降下中は過呼吸を発症した程度だったんですが、その後意識を失って、そのまま…」
 ただ、心拍や血圧、脳圧などは異常数値を示しておらず、本当にただ疲労のために眠り込んでいるという感じなのだとグレイスは説明した。


 島は急いで医務室の一番奥にあるベッドのそばへ歩み寄る。
「……起こさない方がいいかな?」
 後ろについて来たグレイスはかぶりを振った。
「いえ、声をかけてあげてくださいな。彼女、ずっと艦長を待っていたんです。私は地上施設へ降りる準備をしてきますから、ゆっくり話をしてあげてください。何かありましたら、内線で呼んでいただければすぐ参りますから」
 …それから。
 と、彼女は真顔で付け加えた。
「艦長。…彼女の様子に重大な変化が見られます。断定できませんが、例の、ウォード博士の措置の効果が切れたのだ…と思いますわ。シグマの事故も、私のせいだ、と彼女…ずっと言っていて。でも、そこまでの力だとは、にわかには信じられませんが…」
 無理もないな、と島も思った。とにかく、彼女のPKは地球で言うところのそれとは桁違いなのだ。
「とても辛い体験をしてきたようですね、…彼女。あれから急激に、精神状態が不安定になってきています。…できれば、安心させてあげて欲しいのですが…」
「わかった。ありがとう」 
 頷いた島に軽く会釈し、グレイスはくるりと背を向け、隣室に向かった。





「…テレサ」
 カーテンを引いて、島はベッドサイドへ入った。置いてあるスツールの一つに腰かけ、そっとテレサを覗き込む。
 身体を丸めて横になり、胎児のように膝を抱える姿勢でテレサは眠っていた。左手は酸素吸入器を握ったまま、苦しそうに時折肩を上下させている。島は、もっと早く来てやれば良かったと後悔しながら、その背中にそっと手を置いた。「…テレサ…」
 びくっと身体が震え、瞼が開く。

 心配そうに覗き込む島を目にして、テレサは僅かに微笑み「ああ…」と溜め息をついた。
「…寝ていた方がいい」
 島が止めるのもかまわず、ベッドに起き上がる。
「大丈夫です。ちょっと疲れただけです。…それより…」
 テレサは青ざめた顔で、謝った……「私、力を…。そのせいで、…大変な事に……」
 いくら宥めても、しばらくの間、テレサは酷く憔悴し切った様子でシグマの事故の事を詫び続けた。

 もういいんだ、怪我人もいない、船体も数日で治る。島は繰り返しテレサをそう慰める——今はそんなことより、君の身体が…心配だ。


 今にも自分に抱き縋って来るかと思ったのに、テレサは身体を固くしたまま、浅い呼吸を続けているだけだった。美しい顔が、苦痛に歪んでいる。
「テレサ」
「…島さん…私は」


 
 テレサの脳裏には忘れていたはずの過酷な記憶がほぼ戻って来ていた。

 

 

 

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