奇跡  永遠(5)




「……なんだか焦りますね、一日が21時間で終ってしまうっていうのは」
 探索艇の操縦をしながら、志村が言った。
 隣には腕組みをしたまま考え込んだ島が座っている。
「…そうだな。地球時間で生活できる艦内とは違うからな…」
 そう返事をすると、島はまた黙りこくった。

 本当は、すぐにでも医務室のテレサのところに飛んで行きたかったが、そうはいかない……自分はそんな勝手な事ができる身ではなかった。今のところ、サイコキネシスの発現は収束しているようだとグレイスから報告があったため、テレサをコンテナに収容するのは見合わせている。 
 その代わり、大至急真田に会ってコンテナの解析と新たに構築している反物質制御パネルの完成の是非について聞かなくてはならなかった。
(……遅かれ早かれ、テレサをあの小さな箱に閉じ込めることになるのか…)
 戦艦を一隻、突如航行不能にしてしまう程のあの力。しかもあれは、ただのサイコキネシスなのだ。反物質を呼び出した暁には……その威力は数万倍である。波動砲の暴発のようなものだ。

 彼女がヤマトに乗っていなくて、不幸中の幸いだったと真田が言った。シグマはドッキングされた艦艇の一隻だから、メインエンジンがやられてもどうにかポセイドン自体は着陸する事ができた。もしもテレサの乗っていたのがヤマトだったら、降下中のメインエンジントラブルである……墜落に近い状況で、確実に第三艦橋や艦底は酷い被害を受けていただろう。


 難しい顔で考え込んでいる島に、志村は遠慮がちに話しかけた。
「艦長……あの、差し出がましいとは思ってるんですが」
「…ん?なんだ」
 志村は躊躇いながら言った。「……司中尉の探しているお兄さん……、俺たちは、その人を助けには行かないんですか…?」
 島は目を見開いた。
 志村には、そういえば司の兄の話をしたのだ。
 赤石の事件が起きた夜、司が撃たれて運び込まれた総統府の医療センターで、なぜ司がいきなり外宇宙へ飛び出して行ったのか、志村にも説明をしたのだった。その時に司が得たガミラスの通信記録は、地球言語に直して保存してあった。

「……もちろん、考えていないわけじゃない。…だが、助けに行くと言ってもどこへ行けばいいのかが分からないんだ。相手の移動手段は、ガミラスにさえも解明出来なかった。ワープでもなく、瞬間物質移送システムでもない方法であのガミラスを翻弄して来た相手だ……。しかも、…本当にその人がボラー艦隊の捕虜になっているのかどうかの確証もない……」
 通信記録には、確かに「地球へツカサを返す・返さない」という内容の言葉が含まれていた。おそらく、そのひと言と偶然呼ばれたように現れた敵艦隊を目撃し、司は矢も盾もたまらず飛び出して行ってしまったのだろう。
「敵艦隊がどこに居るかが正確に分かれば…奪還作戦に踏み切るんですか?」
 島は志村の横顔を見た。

 志村、…お前……?

 司と張り合って来たこの若きエースパイロットは、彼女の兄を率先して探すために作戦に加わろうとしている。



 志村自身も、どうして自分があの女航海長の親戚の心配なぞしているのか、実を言えば訳が分からなかった。しかし…格納庫で床に突っ伏して慟哭していた彼女の姿が、彼の脳裏に焼き付いて離れなかったのだ。
 10年だ。志村にとっては気の遠くなるような永い年月……彼女は死んだはずの兄を思い続けて来た。その消息がやっと知れたというのに、その兄は敵艦に捕われているだなんて…。
「……もしもそれが自分の家族だったら、と思ったら。……航海長に、諦めろとは…俺、…言えないですから」
「……俺も…言えないさ」
「じゃあ」
 ちらりとこちらを見た志村を、島は制した。「いや。…作戦を立てる方法を探るのが先だ。少なくとも、こちらからは何もできない。やつらが現れるのを待つしかないんだ」
「………」志村も悔しそうに黙り込んだ。
「…降下中に妙なうなりを聞いただろう。通信機には異常パルスとして入って来たが、あれが叫び声に聞こえた、という奴もいた。あれも、おそらくボラーの艦隊に関係するんじゃないかと思っている。……分かるか、相手は…俺たちの常識を遥かに超えた異星人なんだ」
 志村は思い出したように、舌打ちした。
「チッ……くそ…」

 地球人がボラー艦隊に捕われていると知ったら、古代は当然「助けに行こう」と言うだろう。それが島にははっきり分かっていた。宇宙の平和なくしては、地球の平和はない。それが古代の持論だからだ。敵艦に同胞が捕われていると知って、手をこまぬくような奴じゃない。


 だが………
 今回の旅は、戦いが目的ではなかった。ことにポセイドンの役割は輸送なのだ。もしも捕虜奪還の作戦行動を取るのであれば、ヤマトに指揮を譲ることになる。
 しかし…戦闘をする事で被るダメージは?
 死亡者や怪我人が、また大量に出るだろうことを思うと、島は決断できなかった。
 そして…テレサの事もあった。
 反物質が回復しそうな彼女に、「戦って欲しい」と願う者がいないとは限らない。たとえ敵だろうと、その命を奪う事はできないというテレサに、また不満が噴出するだろう。そして、この自分ですら……司の兄を救うために、彼女の能力を貸して欲しいと願わないでいられるだろうか。…そのことにも、自信が持てなかった。

 ——駄目だ。戦闘は……避けなくてはならない。

 島は知らず知らず、拳を握りしめていた。
(……司、……許してくれ……)



 探索艇は、地上を蠢くヤマトの工作用重機の一団から100メートルほど離れた平地へ、垂直に降下して行った。

 

                        *




「むう……、芳しくない結果だな」
 アナライザーのアンテナが帯電してパチパチと音を立ててはぜるのを見ながら、真田は呟く。
「コレハ、キツイデス〜…」アナライザーが困ったように答えた。
 ヤマトのための船台を建設する傍ら、真田はヤマト艦内の工場を使って、反物質制御パネルの本格耐性テストに入っていた。



 アレス・ウォードの作った小さなコンテナは、内部がテレザリウムで構成され、外側をガトランティス構造の装甲板が覆っている。テレサが発生させる、反物質の対消滅エネルギー予測数値を単純な電気エネルギー数値に置換し、人工的に爆発を起こすと、計算上はアレスのコンテナであればその爆発エネルギーに充分耐えることが判明している。
 しかし、テレザリウムとガトランティス構造の金属とを解析し、コスモナイトを使って独自に作り上げた装甲板——通称・反物質制御パネル——では、一定以上の数値に爆発の威力を上げると、パネルに亀裂が入ってしまうことが判った。
 例えばワープ中の船の中でこの現象が起きてしまうと、大惨事につながることは明白だ。降下中のシグマに起きたような事故がワープ中に起きれば、最悪の場合、艦全体が消し飛んでしまう。


 真田は爆発実験の後に、反物質制御パネルで作った立方体の部屋の中に入り、アナライザーにあれこれ分析させるのだが、アンテナに帯電してしまって正確な数値が割り出せず、アナライザーも苦戦していた。
「この程度の強度では、まったく役に立たん、ということだな…。しかし、それにしても……10万ゼタワットを越えるとは…」
「デモ、コレ以上ハ 強度ヲ上ゲルホウホウガ 見ツカリマセン。テレササンニハ、アノ小サナオ部屋デ、我慢シテモラウシカ……」
「つべこべ言うな。もう一度計算し直すぞ!」


 アレス・ウォードの生物学的な意識操作は、すでに殆ど効果が無くなっている。テレサはおそらく、望めばいつでもサイコキネシスを発生させることが出来る状態だ。現状ではこのディーバから地球へ向けて出発する事すら、安全とは言えなかった。もちろん現時点でも、アレスのコンテナの中なら万が一反物質を解放してしまっても惨事には至らない……だが、あんな小さな空間に、彼女をこの先一生閉じ込めておく事など、とても考えられなかった。テレサ自身はおそらくそれでもかまわない、と言うだろう。しかし、地球の科学であれ異星のそれであれ、科学を征服することを身上とする真田にとっては、「諦め」の二文字は思い浮かべるのすら許されない事なのだ


<真田副長、ポセイドンの島艦長がお見えです。船台建設事務所までおいで下さい>
 艦内放送が自分を呼んでいる。真田は舌打ちして、抱えていたデータボードを床に置き、アナライザーに声をかけた。
「……仕方がない。アナライザー、小休止だ。一緒に来い」
「ハイ、ワカリマシタ」
 帯電したアンテナを出したり引っ込めたりしながら、アナライザーは大股で歩いて行く真田の後を追って、慌てて工場を出た。

 




 地上から120メートルほどの位置に、反重力バランサーを作動させた状態で停泊しているヤマトから、真田の連絡艇が舞い降りる。それは船台の建設用に仮設されたバラックの隣に着陸した。

 真田が事務所のエア・ロックを開けて室内に入ると、島が深刻な顔で何事かを古代に打ち明けているところだった。


「……真田さん」 
 振り向いた古代の顔も、いつになく深刻そうだ。
「……どうだ、シグマの修理は順調か?」
「…ええ、どうにか」だが、そう応えた島の顔は、とても「順調」という表情ではなかった。
「また何か…あったのか?」

 島は、古代に話したと同様に、真田にもガミラスの宇宙観測ステーションで起きた出来事をかいつまんで話した。
 この航海中、ずっとつきまとっているボラーの残存艦隊のうちのどれかに「ツカサ」という名の地球人が捕虜として乗せられているらしい事。それが島の部下、航海班長・司花倫の兄ではないかと考えられる事。その根拠として、ガミラスの宇宙観測ステーションで司と調べた、ボラーの通信の傍受記録を島は持参していた。その通信記録の所為で、最後の晩餐会の直前、不用意にガミラスの成層圏へ飛び出した司を志村が止めて連れ帰った事も、島は付け加える。
 かつて、テレサの不鮮明なSOS通信だけを頼りに、地球から強行発進したこともある古代だ。島の話を聞いた途端、即座に彼が「助けに行くべきだ」と言ったのは予期すべき反応ではあった。

「…だが、どこへ助けに行くんだ?相手はどこからどうやって接近して来るかもわからないんだぞ?」
 真田が島とまったく同じように返したので、古代は唸って黙り込んでしまった。
「…問題は、ボラー艦隊が一体今、どこにいるのか、という事です。さっき真田さんに送った異常パルスデータの件、あれも…何か関係があるんじゃないかと俺は思っている。しかしあれが“上空”から来た信号だという事以外は、まだ何も解らないんです」床に視線を落したまま、島はそう言った。
「ふうむ……この星の上ではない,と言うこと以外…方角も距離も不明か…」


 突然、インカムから雪の声が響いてきた。
<古代艦長、島艦長はそちらに居ますか?>
「何だい、雪」壁に設えてある館内マイクを取って、古代が返答した。
<……ポセイドンのハイドフェルト先生から、通信が入っています。そちらに繋ぎますので、至急回路3305を開いてください>
 島がさっと顔を上げ、腰かけていたスツールから立ち上がる。
「分かった」
 古代は頷くとバラック内の簡易通信装置の端末をいじり、音声と画像をモニタに出した。
<………ハイドフェルトです。島艦長は>
「どうした、グレイス?」島が急いで通信機の前にかがみ込んだ。「…テレサがどうかしたか?」
<……いえ、彼女の体調はそれほど悪くありません。でも、早急にお伝えしたい事が>
「なんだ」
<先ほどの異常パルスの件なのですが……>


 グレイスの背後に映る室内には、テレサの姿がなかった。カーテンの引かれた向こう側に、眠っているのだろうか……訝る島の耳に、信じられないようなグレイスの言葉が飛び込んで来た。

 

 

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