奇跡  永遠(3)




 ルトゥーが出て行ってしばらく、レオンは身じろぎもしなかった。


 敵は、この船にいる。


 憔悴し切った顔のルトゥーが残したその言葉。
(そうか……やはり。ルトゥー、お前も気付いたか)
 
 踞ったまま、長いマントの裾を歯で切り細く裂き、アロイスに撃ち抜かれた右手の甲を覆うようにしてぐるぐると巻いた。歴戦の勇者であった彼の身体は、所々が機械に置換されている。右手はまだ生身だったが、撃ち抜かれて役に立たなくなったとしても他の部分と同じだ。隣接する肘の部品から出る鎮痛剤で痛みはすでに中和され、不自由さが残るのみである。
 艦はまだゆっくりと航行している……艦の修理が終るまで、あとどのくらい時間があるだろうか。
(…アロイス様…)
 撃ち抜かれた右手の傷を薄明かりにかざしながら、あの異星人に操られてしまっているアロイスを思い、レオンは悲痛な溜め息を漏らした……



 レオン!大丈夫か、…レオン!!

 名誉の負傷で片目を失い、帰還したときのアロイスの泣き顔が脳裏をよぎる……
「…姫様。勿体のうございます…」
「ばかばか!!父上を庇ったのだと?!どうしてそんな馬鹿なことをした」
 アロイスは、横たわるレオンの枕元で泣きじゃくった。
「お父上ベムラーゼ閣下は、この爺の片目なんぞよりも、もっとずっと尊いお方でございます。お護りできて、爺は光栄です——さあ、お父上のお出迎えに、行かれてください…」
「いやだ!!…お前が死んだら、私は父上を恨むぞ!」
「滅相もない…爺は大丈夫ですから、ほれ」
 宮殿の外では、帰還したベムラーゼ艦隊の武将たちがその元首を筆頭に勝利の凱旋パレードを行っている。ベムラーゼの長女、次女ともに出迎えの儀式に向かったと言うのに、アロイスはホスピタルのレオンのベッドから離れようとはしなかった。

 あの…お優しかったアロイス様が…。

 レオンは、右手の掌を撃ち抜かれた傷そのものよりも、アロイスに躊躇いなく銃を向けられ、引き金を引かれた事実に酷く打ちのめされていたことに気がついた。身体が鉛のように重いのも、打ちひしがれた心のせいなのだ。
(…だが、ルトゥーの態度ではっきりしたな)
 思った通り、アロイスは…ハガールに何かされたのだ。艦の修理も万全でないのに奇襲をかけようとするなど、本来の陛下であればそんな性急な行動に出るはずがない。

 レオンは這いつくばり、床に耳をつけて階下にある<デルマ・ゾラ>の作動状況を探ろうとした。ツカサは先刻、アンドロイドたちに連れて行かれた。再びあの装置に、つながれているのだろう。
(……ツカサ…)
 お前もかならず、助けてやる。私はボラーの栄光ある戦士だ。瀕死の重病人からエネルギーを搾取し、卑怯な手段で戦う事を、恥じないわけがあろうか。



(それにしてもハガール、あいつの目的は一体何なのだ……)
 今まで、アロイスが全幅の信頼を置いていたために、彼の正体を調べる事もなく行動を共にしてきた。だが、事ここに至って彼の素性を調べれば調べるほど、何も分からないことにレオンは気付いた。出身も履歴も、恐ろしく巧妙に改ざんされているのだ。
 ハガールがアロイスに平常心を失わせ、どう考えても不利な戦いに飛び込ませようとしているのは明らかだった。
(…奴の目的が何であるにせよ)
 レオンはマントの下のものにもう一度触れ、確信した。
(わしは…アロイス陛下をお守りするだけだ)

 マントの下には、レオンの銃があった。ルトゥーがこっそり置いて行ったのは、サイレンサーが装着された、彼のコスモガンだったのだ。牢の磁力バリアやドアロックを楽に破壊できるよう、ルトゥーは普段レオンが使わないブースターパックまで付けておいてくれた。しかも、それが入ったガンホルダーの下には弾丸の詰まった弾倉帯、そして2丁のダガーまでぶら下がっている。
(……こんな老いぼれに、独りでパルチザンをさせよる気か。…ルトゥーのやつめ…)

 ルトゥーは怪しまれないよう、艦橋でチャンスを窺うつもりなのだろう。いずれにせよ、艦中央部のハガールの区画に秘密があるのだ。わしに、その場所を叩けと…言うのだな。
 苦笑いしたレオンの目に、涙が光る。


 いや、これはただの遊撃隊ではない。アロイス陛下をお守りするための…義勇軍だ。はるかな昔、総帥ベムラーゼの指揮のもと、広大な銀河系中心部を駆け巡った記憶が老将レオンの血を奮い立たせた。
 今は、時を待つだけだ。ハガールさえ始末すれば、アロイス陛下も目を覚まされるに違いない。
 レオンは手探りで注意深く銃を確かめた。監視カメラを破壊し、この牢を脱出するタイミングはそう遠くないだろう。


 




 ディーバ1903の浅い海で、ポセイドンは停泊を余儀なくされていた。水深がどうにかポセイドンを浮かべられる程度に深いその場所で、船底の被害状況の調査が行われている。

「……下部パルスレーザー砲塔が何基かやられてますが、腹はそれほど傷ついていません。海水の比重が地球のものより重いために、こんな浅瀬でも水がクッションの代わりをしたようです…でも」
 ——と、工作班の坂入が深刻な顔で報告して来た。「ポセイドンの砲塔も問題ですが、一番被害が激しいのはシグマの波動エンジンです。駆動部がまるごとやられてます……修理には5日はかかるかと」
「…5日も…」
「最短でも4日は。その間は、出航自体が不可能です」
「…そうか…坂入、ともかく可能な限り作業を急いでくれ」
「はい」
「カーネル、作業の進捗状況を監督して適宜報告を」
「はっ」
 シグマの損傷は当初考えられたものより大きく、修理には思ったより時間がかかるようだった。島は、カーネル、及び軽く敬礼して作業に戻った坂入に片手をあげて応えてから、着信を受けて振動する胸元のモバイルを取った。

「……修理に5日もかかるのか?!」
 島の報告を受けた古代はうなった。
 モバイルの小さな画面に映る島の表情は強張っている。
<爆発の起きた場所が、波動エンジンの駆動部だった。部品全体を交換すればすむことだが、駆動部全体の部品はちゃんとしたドックでしか組み立てられないからな。…今は間に合わせの部品で応急措置をとるしかない。…コスモナイト鉱山でも見つければ話は別なんだが…>

 島も少なからずショックを受けているようだった。島の背後には消火作業を終えてまだ煤が残るシグマの艦内が映っている。硬化テクタイト製の隔壁は跡形もなく吹き飛ばされ、数十メートルに渡って壁だか廊下だかも判別できなくなっている。その惨状が、例の「力」の威力を物語っていた。
「………たった一発で戦艦を動けなくしちゃうのか……すごいな…」
 古代の「すごい」、というのはつまり、テレサの力のことを言っているのだ。
<よしてくれ…、古代>
「あ、ああ。すまん」
 島が不機嫌そうに諌めたので、古代は即座に謝る。古代にはいつも、悪気はないのだ。島にだってそれは分かっている…。

「…これは、PKなのか?それとも」
「PKだよ。…反物質パワーはこんなものじゃない」
 真田が疑問を口にした古代の背後から静かにそう言った。「少なくとも、サイコキネシスだけは…復活した、ということだ。すぐに彼女を、例のコンテナへ移したほうがいい」
 反物質を呼び出してしまうサイコキネシスが甦ったのだ。いつ何時、それが反物質発現の引き金にならないとも限らない…。
「……了解です。地上施設が整い次第、コンテナを移します…」
 島は惨めな気持ちでそう呟いた。

 

                       *



 
 土門と加藤がコスモハウンドで探査したディーバの地表は、うっすらと緑色をしていた。キャノピーの外には白い霧のようなものが飛び、その下方に牧場のような大地が広がる。
 植物は当初無いと思われていたが、軌道上からの観測で補給基地建設予定地付近は緑色の背の低い植物……苔のようなもので覆われていることがわかった。
「気温12度、気圧756ヘクトパスカル、風速0.5メートル…至って静かです」
「土門…映像をヤマトに送れ」
「はい」
 基地建設予定地には、艦隊が即座に発進可能な状態で停泊するために、谷のような地形の場所が前もって選ばれていた。

「……スコットランドのハイランド(高原地帯)に似てるな」
 メインパネルに映った地表の様子を見ながら操縦席の加藤が呟いた。
「じゃあ、山間には湖があるといいですね」土門がレーダーを隅々まで見ながら、そう相槌を打つ。
「じゃ、ネッシーもいるかな」
「ネッシーってなんですか?」真顔で土門が訊いたので、加藤は思わず目を丸くし、苦笑した。土門はいわゆる現代っ子というのか、伝説神話の類いや海外の古史には興味がないらしい。
「生物のいる痕跡はないですね…谷には水面もない…」土門は笑われたことには気付かない。
「いや、今は隠れているだけかもしれないぜ…」
「嫌なこと言わないでくださいよ、加藤さん」
「…これで酸素濃度が低くなければ、地球とほとんど変わらないのになあ」
「以前、ここの調査をした時には、電磁波の影響で歌声みたいなものが聞こえた、って聞きましたけど…」
「歌声?」
 土門の話に、加藤もメットの交信機に耳を澄ませてみる。
「海には人魚がいたりしてな…」
 ……人魚の歌声は、ヤバいんだぞ。
「人魚?…って、あの…裸の女の子の腰から下が魚ってやつですか?」
「お前な、なんか言い方ヤらしいぞ…」
 え?スンマセン、と笑った土門に、加藤も苦笑する。

 苔と水の星、神秘的な緑の歌姫…ディーバ。苔とはいえ、こんなに緑が奇麗なのに、ここではおそらく、ヘルメットなしでの生活は出来ないのだろう。そう思い、加藤は溜め息をついた。
「よし、充分だろう。戻るぞ」
「はいっ」
 コスモハウンドは大きく旋回し、海の方へ戻って行った。

 

 

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