奇跡  射出(25)




 ヤマトの第一艦橋でワープ終了後の点検に勤しんでいた相原が、急に素っ頓狂な声を上げた。


「……通信関係異常無し……ああっ、古代艦長!」
「どうした、なんだ相原っ!」
 すわ敵襲か、と古代は艦長席から半ば立ち上がり、叫び返す。
 相原は嬉しそうに振り向いた。「地球防衛軍本部との交信が回復したようです!!聞いてください」

「本当か!?」何だ、脅かすなよ……という顔で、しかし安堵に顔をほころばせながら古代は腰を下ろした。
 相原が嬉々として、通信回路を開く。
<…こちら地球…軍本部……ヤマト、応答せよ……>
 懸命に周波数<サイクル>を合わせる相原の努力のおかげで、数秒後には音声がかなりクリアになる。と同時に、ポセイドンからも通信が入った。
<古代!島だ。通信が回復したぞ!こちらには映像も入って来ている>
「本当か!!おい、雪!すぐにポセイドンから映像通信をリレーしてこっちに投影してくれ」
「はい!」


 ポセイドンの方が大きなアンテナを持っているおかげで、ヤマトでは受けきれない映像も容易に受信できるのだ。
 すぐにヤマトのビデオパネルにも藤堂平九郎の姿が投影された。
<諸君、ようやく通信が回復したな。…いやはや、どうなることかと思っておった…。島、早速現在の状況を報告してくれ>
 島が頷き、立ち上がるとさっと敬礼してから話し出す。
<現在我々は、ガルマン・ガミラスに到達後、9日間の滞在を経て帰途に着いております>
<なんと……!して、任務のほうは>
<ご安心ください、長官。高濃度放射性核廃棄物はすべて、ガミラス側に引き渡しを完了しました。代わりに予定通り瞬間物質移送システムとその全パーツ、およびガミラス要撃機GOD-13・2機をはじめ、その他の輸入資源を満載しております。通信が回復しましたので、追ってヤマトからGOD要撃機とコスモファルコンのドッグファイト映像をお送りしましょう>
<おお、よくやってくれた、島>
<我々の現在位置は、アンドロメダ星雲より約22万光年、銀河系・マゼラン方面の恒星系まではあと50万光年のところです。地球の方は、変わりありませんか?>
 藤堂はにっこり笑って頷いた。
<至って平穏無事だ。地球から核廃棄物がなくなって、あとはコスモクリーナーによる浄化だけが残された課題となった。これもすべて、君たちのおかげだ。…しかしそれにしても、この短期間でよくガミラスまで辿り着いたな…>
<それについては、冥王星からガルマン帝国圏内までの次元断層航路のデータもお送りします。現段階ではまだ航路としての使用は不可能ですが、将来的に観測を重ね、異次元回廊を通常使用することができれば、飛躍的な時間短縮になります。我々は、約78万光年を地球時間の約3日間で移動することに成功しました>
<おお…!>

 藤堂は驚愕したようだった。彼の後ろに見えている本部の観測員や執務官らからも驚きの声が上がる。
<今回は、ガルマン帝国艦隊の先導があってこその次元断層内移動ですから、まだあまり期待しないでください>島が苦笑しつつ、釘を刺す。
<いやいや、それは確かにそうだ。大統領や閣僚各位にはそのように伝えよう。……おや?>
 藤堂はポセイドンの第一艦橋を眺めて、サブ操舵席が一つ空いているのを見つけた。

<……司くんは、どうしたかね?>


 古代は、ポセイドンモニタの中の島が「あ」と声を出さずに口だけ動かしたのを見た。
「……島、言うなよ、……司が撃たれたなんてことは…」古代の独り言を真田が聞きつけたが、彼は無言でメインパネルを見守った。真田としては、ここで島が律儀に報告をするのは無理からぬことだと思っていた……そうでなければそもそも、島は艦隊司令として失格だ。
 島は一瞬躊躇したが、言いにくそうに話し出した。
「…それが、…私の乗組員がコスモガンの暴発事故を起こしまして…、司が負傷しました。現在医務室で入院しております>
 古代はにやりとした。半分は本当のことで、半分は上手い具合に誤摩化したな。そばで見ていた者以外には真相は明らかにされていないし、あのパーティー会場に居たのはそもそも班長と副班長クラスの者だけだったから、口止めの通達も充分だったはずだ。……さて、あとは…もうひとつ。あいつ、言うかな。隠しておくのかな……?

<そうか。コスモガンの事故とは…。酷いのかね?>
<いえ、命に別状はありません。間もなく任務に戻れるかと思います>
<そうか、安心したよ>藤堂は、そういえば司を最初から気に入っていたようだった。孫娘とさして変わらぬ歳の、初々しい彼女が、過酷な任務に就くことを当初ひどく心配していたのだ。


<…それから、長官>島が一つ小さく咳払いして切り出したので、古代は……いや、ヤマトの第一艦橋の全員が、島の次の言葉を、固唾を飲んで待った。
<ガミラスで保護されていた地球の女性を一名、連れ帰ってきております>
<なんと?保護されていた?…誰だね?>
 藤堂は、古代守のことを思い出したのに違いない。古代の方へ視線を寄越し、複雑な表情を見せた。
<…オーストリア人技師で、テレサ・トリニティという方です。7年前、第11番惑星におられました。……あの星の遺跡を調べるためにチームで駐留していたそうですが、ガトランティスの奇襲を受けた際に行方不明になっていました>
<…そうか。それでガミラスに保護されていた、というのかね>
<…はい>

 過去には古代守生存の事実もあるため、藤堂はそれほど疑問には思っていないようだった。
 相原が不安げな顔で、モニタの中の島を見上げた。いずれ、藤堂には事実をありのままに伝えなくてはならなくなる。保護されていたのがオーストリア人技師ではなく、あのテレザートのテレサだと知ったら、おじいさまはどうなさるだろう……。まあ、お目玉を食らうのは僕じゃなくて、島さんだけどな。

<ふうむ、やはりどうも我々とガミラスの間には、妙な縁があるものだな。……承知した。その件も、上に伝えておこう。ところで、帰り道では中間補給基地建設を予定していたはずだが、予定地に相応しい惑星は観測できたかね…?>
 そこで、話を真田が引き継いだ。
「長官、それについては私が」
「真田副長、お願いします」
 島がにこっと笑って頷いたのを受けて、真田は切り出した。
「銀河系に入る手前のL-59恒星系第7番惑星に、ディーバ1903という惑星ほしがあります……太陽膨張事件の折りに第二の地球候補として一度探索をしたこともある惑星ですが、ディーバは地球の約3分の2程度の大きさで、大気も薄いため移住対象としては不適合でした。ですが、軍の補給基地としてであれば充分な規模と条件を兼ね備えております」
<ディーバ1903か。早速科学局に資料を提出させよう。まだデータは残っているはずだな>
「はい、そのはずです」

 さて、一頻り現状の報告を聞くと藤堂は満足げに深く頷き、島と古代、そしてクルー全員に激励の言葉をかけて通信を切った。



「……島さん、うまいこと切り抜けましたね」南部が古代を振り返って嬉しそうにそう言った。テレサの事を言っているのだ。
「まあ、いずれは事実を報告しなければならない。だが…その前に、俺がもっと頑張らないと駄目だ」真田が神妙な顔つきで腕組みをしながら答える。アレス・ウォードの反物質制御装置と同様の効果を持つ防御壁は、あと一歩というところで未完成だった。今のところテレサにはPK の回復は見られないが、何がきっかけで再びそれが発現するか、予想が付かない。ことに彼女を無駄に怯えさせることは、絶対避けなくてはならなかった。

「でも、あまり根詰めないでくださいね、真田さん」雪が心配そうに言った。真田はガミラスを出発以来、日に数時間しか仮眠を取っていないからだ。
「大丈夫さ、雪。島のためだからな…いや、あいつとテレサの」
 古代も「うん」と頷いた。「今度こそは、あの二人に幸せになってもらいたいよ…」
 ディーバまでは、あと5回ほど連続ワープを繰り返す必要がある。だが、今のところ連続ワープは一日に一回だけしかできない…それは多分に、怪我をしている司と、身体の回復していないテレサのためだった。

「一度、しっかりとした大地の上で防御壁の実験をする必要があるな。高速で移動する船の中では、色々と限界がある…」
「そうですね。…わかりました。次の目標はディーバ、惑星ディーバ1903だ」
 古代が頷きつつ、艦全体にそれを伝えた。

 

                       *




 さて一一方……地球の通信が、ワープアウト地点で突如回復したのには、実は理由があった。

 漆黒の通常宇宙空間に身をひそめていたアロイス艦隊が、ワープしてくる地球艦隊を事前に発見し、意図的にリレー衛星を配置したのである。すべては当然、地球艦隊に奇襲をかけるため……そして、反物質の魔女の身柄を奪取するためだ。


 宇宙空間では地球艦隊にはおそらく敵わない。分離されれば4隻の艦船を相手にすることになる上、執拗な艦載機攻撃は避けられない。それよりも、彼らが立ち寄るいずれかの惑星を突き止め、そこで手足をもぐ作戦をハガールが提案した。
 恐ろしいのはヤマトの波動砲だけだ。不意をついて<デルマ・ゾラ>で地上近くまで接近し、大きい方の戦艦を沈黙させ、地上に足止めする。その後、再度大気圏外へ飛び、ヤマトと大型艦を引き離す。ヤマトが大気圏外へ出て来たところで、再度大気圏内へ<デルマ・ゾラ>で降りてしまえば、その間に魔女を奪取することが可能だ。陸戦部隊出身のバトラフがアンドロイド隊を率いてその任に当たる手筈であった。<デルマ・ゾラ>は、もちろん人間個体の移動も可能なのだ。魔女の位置は、今でもはっきりと分かる……ハガールの観測装置——彼の身体に半分埋まった、水晶玉のような球体には、ずっとかすかな反物質反応が輝いていた。

(待っていろ、…反物質の魔女め……)

 ハガールは彼女との邂逅が待ち遠しくてしかたがない。白いフードの下の皺だらけの不気味な顔が、不敵に歪む。
 なぜなら、彼女は自分の生命を半永久的に引き延ばす力をもっているからだ………その生き血を啜り、反物質を吸い取ることが彼の念願だった。


 L-59恒星系、第7番惑星ディーバ1903。


 そこで地球艦隊を待ち伏せする。アロイスが全艦に指令を下すのを、ハガールは笑みを浮かべつつ聞いた。


 ——アロイス、ボラーの小さき指導者、私を生かすための駒よ…。哀しいお前の身の上に、私は同情してやった。せいぜい見返りを寄越すがいい……次は、ガルマン帝国の帝王デスラーにでも取り入って、あの広大な帝国に寄生するとしようか。手みやげは、小さき指導者よ……、お前の首かな…?


 ハガールは、灰色の口元を醜く歪め、べろりと舌なめずりをした。

 

 

 

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