奇跡  射出(21)




 ———時間は2日前に遡る。

 ポセイドンとヤマトが出航する前日に、ガミラス絶対防衛圏内へ進入したボラー艦隊は、たった数分座標上に姿を現し、再びこつ然と消えた。  
 攻撃もせず、偵察とも思えない短時間である。例によって、ガミラス宇宙統合軍は追撃を断念せざるを得なかったが、彼らがこんな現れ方をしたのには理由があった。

 異次元断層の太陽系内出入り口で、奇襲に失敗した彼らはまた次元の裂け目に逃げ込んだ。アロイスはツカサを休ませ、次の戦いに備えるよう命じたが、艦の損傷も兵たちの疲弊も激しく、結局そののち数日間は何も手の打ちようがなかったのだ。



 地球の艦隊がガミラスへ運んだものは、ハガールの分析によれば恐るべき物質だった。それを奪うか、さもなくば爆撃によって消滅せしめるのが目的で、アロイスはガミラス本星上空までテレポーテーションでねじ込む作戦を決行したのである。だが、彼らがガミラス本星上空へ出現すると同時に、レオン中将が動力源であるツカサを<デルマ・ゾラ>から再び外そうとしたのだ。
 かねてより、レオンはツカサを地球人の元へ返してやりたいと願っていた……ガミラス本星には、地球の船、ヤマトがいる。ツカサを自由にした後であれ、<デルマ・ゾラ>のエネルギーゲージは逃走に充分足りる……レオンはそう判断し、反乱とも言える暴挙に出たのだった。

 だが、レオンはアロイスに右腕を撃ち抜かれ、寸でのところでツカサを自由にし損ねた。宇宙港に爆撃を加えるどころか、艦内部での仲間割れである…何も出来ないでいるうちに<デルマ・ゾラ>の出力は下がり始め、ガミラス空軍の要撃機が無数に飛び立ち、向かって来るに至って、アロイスはその後僅か数分で脱出命令を下すことを余儀なくされたのだった。

 レオンは撃ち抜かれた右手を手当てされることもなく、独房に放り込まれた。
 作戦は失敗、逃走の際には2隻いた駆逐艦のうち1隻が分解し、<デルマ・ゾラ>の操作空域から逸脱して消滅した。艦隊はいまや、アロイスの司令艦とバトラフの駆逐艦の、たった2隻となってしまったのだ。その戦いの傷を癒すため、アロイスたちはこの漆黒の外宇宙に潜むしかなかったのである。


「……地球艦隊の位置を報告せよ」
「——現在ガルマン・ガミラスヨリ50宇宙キロ…補給衛星<バスカビル>方面ヘ進路ヲ定メタトコロデス」
「奴らはワープでこちらへ向かって来るだろう。修復作業を急げ。お前たちはやつらの進路の予想と航路策定を続けろ」
 ルトゥーが稼働可能なアンドロイドたちに命じ、細々と反撃の準備を進めていた。陛下が戦うと仰るのであれば、自分はそれに従うまでだ。…しかし、それにしてもこの有様は。
 惨めな気分で手の甲についた血を腰の辺りで拭う。

(確かに…アロイス陛下はどうかしておられる。…そんなこと、この私とて気付いている)
 レオンがまるで狂気の沙汰としか思えないような暴挙に出た理由も、ルトゥーには分からなくはなかった。レオンはアロイスを、止めようとしていたのだ。
 冥王星宙域での地球艦隊との邂逅を境に、確かにアロイスの行動は少しばかりおかしくなっていった。まるで何かに憑かれたように無謀な作戦ばかり立て、幼少の頃から彼女を擁護して来たレオンにも辛く当たり……。現時点で彼女が信頼し、伺いを立てるのは我々ではなく、あの得体の知れない男、ハガールなのである。

(…陛下はもしや、何か…暗示にでもかけられているのではあるまいか…?)
 ルトゥーの心にも、その疑念がないわけではなかった。レオンはガルマン星への奇襲作戦の数時間前、司令艦中央部にハガールが設けた特別区画に侵入しようとしてハガールに咎められ、アロイスにもその件で叱責されている……
(まさかとは思うが)
 アロイス陛下は、ハガールにいいように操られているのでは…?
 しかし、ルトゥーはかぶりを振った。よもやそんな馬鹿げたことがあるものか…。

 アンドロイドたちに計測させている、地球艦隊との距離が出る。
まだ、動こうにも動ける状態ではない……<デルマ・ゾラ>であれば数十万光年の距離も全く問題なく移動できるというのに、肝心のその装置は今、レオンのおかげで使えないのだ。
 地球艦隊は間違いなくこちらに向かって来る。…この状態の我らが、たった2隻になってしまった我らが、奴らをどこで、どのように…迎え撃てばいいのか。

 



「…人工放射性元素だと?」
「はい…アロイス陛下。…無知蒙昧なる地球人どもが、それとは知らずに数百年も前から造り出して来た恐るべき物質ですな…」
 羅針盤に向かい航路を策定するルトゥーの背後で、アロイスとハガールが話していた。

 白いフードを目深に被った小柄な猫背の科学者——ハガールは、次元断層出口での接近戦の際に、地球の艦の内部をどうにかして調べたらしく、大型艦に積載されている貨物の中身を割り出したらしい。
 ルトゥーはちらりとハガールの様子を盗み見る。
 ハガールは一体、どこからこういう情報を得て来るのだろう。自分たちと共に走り回って作戦行動を取るでも無く、艦橋の隅に座り込んでいるだけなのに、いつの間にかこの男は観測したり諜報活動を成功させたりしている。ハガールが、ボラーの言語では扱えない得体の知れない装置を幾つもこの船に持ち込んでいる事は、ルトゥーも知っていた。立ち入ることを禁じられた艦中央の区画にあるのがそれである。
 <デルマ・ゾラ>にせよその装置にせよ、自分たちにはその原理がまるで分からない……そんなものがこの艦内にあること自体、解せない事実だ。だが、アロイスがハガールとそれらの装置に全幅の信頼を置いている以上、口を挟むことは出来ない。本来、一旦引いて体勢を立て直し、兵力を蓄えてから悲願達成に着手しても遅くはないだろうに、アロイスが何かに取り憑かれたようになっているのはハガールの所為だと、言えないこともなかった。


(…ハガール…。あいつはどこか異常だ。我々は、あいつの口車に乗せられて滅亡の一途を辿っているのではなかろうか)
 だとしても。
 ……レオンのようにアロイスを諌める勇気が自分にはない…。
 ルトゥーは復讐の鬼と化したアロイスの憤心のうねりに翻弄される自分を、心底ふがいなく思った。



 さて、ハガールから人工放射性元素と聞いたアロイスは、にわかに焦りの色を見せた。
「…やつらのもとには、ガミラシウムがある。双方の放射性元素を融合させて、巨大なエネルギーを造り出そうとしているのはほぼ間違いないだろう……そうだな、ハガール」
 ハガールはゆっくりとアロイスに頷いた。
「ガミラシウムの生み出すエネルギーの大きさは、かつて二重銀河恒星系のデザリアム帝国がそれを奪取しようとして、国を滅ぼしたことでも知られております……奴らが現在どれほどの量のガミラシウムを所有しているのかは計りかねますが、かつて持っていたほどでは無いにしろ、まだ充分な量であろうことは確かですな…」
「…地球に埋蔵されている人工放射性元素は多くあるのか?」
「…さてそれは…」
 ハガールの調査では、くだんの地球産人工放射性元素は、今からおよそ150年前には製造が中止され、管理されたまま地中に埋まっていたものであった。ガミラシウムのように、自然の生態系の中で出来上がった天然の放射性元素とは違い、もともと人間の作為のもとに出た芥なのである。運び出したのであれば、2度と持って帰ることも無く、再びそれが自然に精製されると言うことも無い。そしておそらく、それ自体は大したエネルギーではなかろうというのがハガールの見立てだった。
「そうか。…では、地球を襲うのもあまり懸命な策とはいえんな」アロイスは腕組みをして溜め息をついた。
「…地球を急襲してガミラスに対する盾とする…。それも考えましたが……ツカサがあの有様では。それに、地球は辺境の小国とはいえ、今の我々が占拠できるほど弱小ではないと」
 地球の領空は、今ではシリウス・プロキオン、アルファケンタウロスにまで及んでいる。太陽系内は地球の絶対防衛圏内であり、各太陽系内惑星には大規模な基地が設けられ、無数の攻撃用艦船で守られているのだった。冥王星付近の異次元断層の出口も、今では厳重に監視されているに違いない。たった2隻の戦艦で立ち向かう事を考えると、ガミラス本星を攻めるのとリスクは変わらないだろう。
「それならば、やはり…地球の艦隊を襲い、反物質を持つあの女を手に入れる……それが最も今リスクの低い方法…」



 ハガールは知っていたのだ。ガミラスの艦隊に奪取されてしまったが、例の小惑星の内部に、かつてテレザートのテレサと呼ばれた反物質を操る魔女が眠っていたことを。



 そもそも、あの段階では、あの眠れる魔女を蘇生させるのには無理があった。ガミラスへ渡し、蘇生させ…その上で奪還すれば済むことだ。今の自分たちには、「そのための医療設備」がないからだった。ハガールは最初からそう目論んでいたのである。
 ハガールの使う謎の分析装置は、この宇宙のどのネットワークとも異なっていた。正体を簡単に説明してしまえば、それは別の銀河から持ち込まれた科学文明の粋を集めたものであった、ということだ。ガミラスへ身を寄せ、自身の頭脳から生み出す技術を生き延びる糧としたアレス・ウォードのように、ハガールもボラーにおいてその天才的科学力を糧にその地位を築き、身を守ってきた別銀河の異星人だった。実のところ、異次元断層内に漂流する<きりしま>を最初に発見したのもハガールのネットワークであった。
 この氷の心を持つ科学者が、<きりしま>からただ一人の生存者、司和也を収容したのには理由があった……それは、司の狂おしいまでの強い願いを<デルマ・ゾラ>の作動テストにおける計測で感知したからである。



 ——ただ、事ここに至ってハガールにも解せないことが一つあった。
 それは、なぜあの尊大なガルマン・ガミラスの帝王デスラーが、反物質の魔女を手放し、それをあろうことか辺境の小国<地球>へ託したのかということだ。
 僅かに発せられる潜在的反物質反応は、発見当初から変わらずハガールの観測装置にずっと反映されている。地球の船がガミラスを出る時、それも一緒にガミラスを離れたのを、彼は信じ難い気持ちで見守った。 
 
 ガミラシウムと地球産の人工放射性物質、そして反物質の力を所有すれば、ガルマン帝国はアンドロメダ・マゼランのみならずその数倍の規模の宇宙国家を裕に従わせることができるほどの兵力を有することになるはずだ。にもかかわらず……かつて数百年規模の軌道を描いて侵略を続けたガトランティス文明が唯一恐れたほどのその力を、なぜ地球へおめおめと渡したのだろう…?

(地球へ行くこと……それが、魔女の意志であるとしたら…?)

 ハガールは一瞬そう考えた。ガミラスの帝王は、魔女を止めることができなかっただけなのだろうか?…過去にも、魔女は地球を救っている……その理由は分からないが。

 だとすれば、地球の船を襲って魔女を攫うのは、危険ではないだろうか?

 科学者は、己の白いマントの中の、懐に抱えるネットワーク端末をそっと触った。それは半分、ハガールの体内に埋込まれており、半分は外に露出している。彼の身体が消し飛んでしまわない限り、それは永久に稼働する、いわば一つの小宇宙であった。形状は球形、まるで水晶の玉のようなそれは、艦船の外壁を上回る強度を備えている。ハガール自身、サイボーグ手術によりすでに数百年生きていることも、誰も知らない隠された事実であった。
(いや……まだこの反物質反応は弱い。魔女は、再生し切っていない。……だからこそ、今しかないのだ)
 反物質の魔女は、永い間その力を失って眠っていた。ガミラスによって蘇生された後、今はまだ弱々しい反応しか無いが、再びその力を行使するだけの回復を見れば、もはや我々には従わせることはできなくなる。今のうちに、魔女を<デルマ・ゾラ>に繋いでしまえば。…その意志は物理的に捩じ曲げられ、永久に我々の……いや、「私の」意のままにすることができる…、まだ、間に合う。

 ハガールはその目に狂気じみた笑みを浮かべた。
 
 目の前のアロイスを一瞥する。深紅の巻き毛も愛らしいこの皇女には、それと知らぬうちに幾重にも催眠術による暗示をかけてある。他愛無いものだ。
「……作戦を実行する上での問題は、あの中将どのですな。……ひどく血迷っておられますから」
「レオンは厳重に監視している。大丈夫だ。今度こそ邪魔はさせない」
「…………」
 自分が立てた計画を、幼い君主アロイスが執行するために障壁となっていたレオンはようやく排除した。奴のいまいましい「正義」のために、これ以上作戦を妨害されてはかなわない。ハガールは用心深くレオンの繋がれている獄の方向を一瞥し、鼻を鳴らした。


 ハガールの目的は、アロイスと共にボラーを再建することではなく……唯一、自分の寿命を更に伸ばすことであった。ガルマン・ガミラスが台頭して来るまでは安泰だったボラーにおいての地位が、ここまで地に落ちた以上、ガミラスに寝返るのも吝かではない。だが、己の身体自体は脆弱な肉体しか備えていない……艦船の操縦もままならない自分が生き伸びるためには、次の宿主を見つけるまで…いや…、反物質の魔女を手に入れるまで、この幼い復讐鬼に戦ってもらうしかないのだ。

 

 

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