奇跡  射出(20)




 ガミラス滞在9日目——
 ポセイドンとヤマトは帰還のため発進準備に入っていた。
 
「タラン…、島と古代に通信を」
「は…」
 謁見の間で総統の椅子に腰かけ、デスラーは立体ホログラムビジョンの投影画面を見上げる。
 親衛隊の警備状況報告によると、絶対防衛圏内にはボラーの艦影はなく、<バスカビル>までの航路にも異常はないということだった。その先のワープ可能空間においても、引き続きヴァンダールの親衛隊による護衛を、と申し出たが、昨晩のうちに島からは遠慮するという旨の連絡が届いていた。

「島艦隊司令が出ます」
 大画面に、黒色の艦長服と白い制帽で正装した島が現れる。
<…デスラー総統>
 自分に向かって礼儀正しく挨拶した島に、デスラーはにこやかに手をあげた。「どうかね…出航準備は整ったかね」
<はい。おかげさまで順調です>

 この島という艦長は、若いが冷静かつ慎重な男だな。…沖田に、似ている………そうデスラーは思った。彼もかつて、沖田とともにガミラスまでやって来た男だということを、デスラーは改めて思い出す。彼は古代と同様まだ若かったが、その深慮遠謀は古代に勝るものだった。…だが、彼の静かな物腰の下にある情熱は、古代をも上回るのだろう。あれほどの女神を躊躇することなく受けとめ、深い愛で包容しているのだから。
 テレサは、といえば…彼女はまるで、スターシアのようだった。儚げな外見とは裏腹に、かつてガトランティスの大帝と対等に渡り合い、かの帝国を滅びに至らせた女。彼女は島のために命をすり減らし…彼を守った。おそらく彼のためなら彼女は何をすることも厭わないのだろう。その大いなる愛を、余すところ無く受けとめた島…。彼は、一体どういう男なのだろう。


 スターシアが愛した古代守。
 そして、テレサが愛する島大介…
 私との違いは、一体…何なのだろうか?


 デスラーは、そう思いつつ島に穏やかな視線を注いだ。



「……テレサはいるかね?」
<はい>
 モニタに映る第一艦橋に、テレサの姿があった。
<デスラー…>
「…テレサ」
 デスラーは彼女の姿をみとめ、微笑んだ。
「……幸せになるのだよ」
 テレサははにかむように微笑んで、頷いた。<…ありがとう。助けてくださったこと、本当に感謝しています>
「島。彼女を…よろしく頼む」
<任せてください>

 同時につながっているヤマトの通信モニタには、古代が出ていた。
<デスラー、本当に色々と世話になった。…地球から運んだ核廃棄物は、かならず…宇宙の平和のために使ってくれ>
「…承知したよ、古代」
 デスラーは、古代の後ろに雪が控えているのに気付き、満面の笑みを浮かべる。
「大ガミラスは、いつでも君たち地球人類を歓迎する」
 総統は立ち上がると、両手を広げ、厳かに声を上げた。
「偉大なるガミラスと友なる地球に…栄光あれ」
 タランと、謁見の間に居る数十人の従者たちが一斉に拍手した。ポセイドンとヤマトの第一艦橋でも、躊躇いがちに拍手が沸き起こる。
「古代…そして、島。…君たちの航海の無事を祈る」



 地球時間午後13時零分。
ガミラス宇宙港から、地球艦隊は発進した。

 



「定刻通り発進したようね」
 ポセイドンの医務室のベッドに横になっている司に、グレイスが呟いた。

 司は頷いて、出航のプロセスを頭に思い描く。
 …第1から第3まで補助エンジン動力接続。波動エンジンへの閉鎖点オープン…波動エンジン定速回転、1800…。シグマとラムダには往路にも勝る貨物が満載だ。戦艦のヤマトは軽快に上昇しているだろうが、最大積載量の3隻がドッキング状態にある輸送艦のポセイドンにはずっと高い負荷がかかる。数分してメインエンジンが点火し、推力が急に上がるのを感じたが、上昇角はかなり緩やかだった。
「……上昇角…25度…」

 ふと気になった。いくらフル・ペイロードとはいえ、こんなに緩やかに上昇するものだろうか。輸送が主な目的であれ、ポセイドンは戦闘機動も取れる特殊輸送艦なのだが…。
 上昇角は通常35〜40度までは上げる。上昇中に第3戦速までを裕に出すことが可能なポセイドンは、無駄に緩やかな角度で上昇したりはしない。グレイスは何も感じないようだ。確かに、最大積載量で大気圏を離脱するのであれば、多少上昇角が緩やかでも誰も不思議には思わないだろう。

 …が。怪我人がいれば…話は別だ。航海長の自分でも、怪我人が乗っていればもしかしたら上昇角を押さえるかもしれない…むしろ、そうでなければこんな操縦はしない。

(…艦長……)

 島の優しさが胸にじんと来た。こういう方法で……、こういう風に、他の者に容易には分からないような方法で優しくしてくれるところは、おそらく彼独特のものだろう。同じ操縦桿を握る、仲間同士だからこそ伝わる優しさだ。
 司は、グレイスに泣き顔を見られたくなくて、掛け布団を頭からすっぽり被った。



         *         *         *

 


 自室のベッドにもぐっていたのは、司だけではなかった。
 赤石マイアは謹慎を命じられ、自室にこもっていた。ベッドの上で布団を被っていたが、船が動きだしたのを感じて顔を上げる。向かいのベッドに来るはずの司は、自分の銃弾を受けて医務室にいる……彼女にはどう謝罪しても、謝りきれないだろう。
 ヤマトの生活班長森雪が言った言葉、そしてデスラーが自分に向けて言ったあの信じられない言葉の数々は、呪いや恨みの感情を曖昧に濁した……


 裕也。
 あなたは、赦してくれる?
 私が……復讐を諦めたことを……


 片品から返された、裕也の形見のコスモガンを握りしめる。2度と発射できないよう細工されたそれを、今、赤石は胸に抱いていた……

「柏木裕也。……ヤマトを救ってくれた、技師の一人だったね」 
 艦長の島が、裕也の功績を記録した履歴をデータベースから探してくれ、感謝してくれたことを…赤石は忘れない。反射衛星砲からヒントを得た「空間磁力メッキ」は、ヤマトを最後の最後で勝利に導いた。非戦闘員の柏木が、ずっと真田の下でそれを解析し…防御兵器にまで完成させたことを、島は改めて報告書に記載し、赤石の件については不問にするよう指示した。

(司さんの傷は大丈夫なのかしら…)
 艦隊がスケジュールの遅れを出すこと無く出発しているのは、司の具合がそれほど悪くないことを意味しているのかもしれない…
 赤石はそう思い、ほんの少し安堵した。



         *         *         *



 出航後、ヤマトの第一艦橋からは再び真田とアナライザーの姿が消えた。

「アナライザー!解析の続きを始めるぞ」
 工作班研究室。
 アレス・ウォードが送ってくれた自動修復金属は<テレザリウム>と名付けられた。それを解析し、同様の性質を持つ金属を、手持ちの材料を使って量産するのだ。実際、彼はデスラーが催したパーティーのどれにもほとんど出席せず、ひたすらこの研究対象にのめり込んでいた。
 アレス・ウォードが一旦完成させた封印のためのコンテナは現在ポセイドンの貨物室に厳重に積み込まれ、テレサが身体に異常を感じたら即座に中へ入れるよう、整えられている。だが、それはわずか3メートル四方ほどの、小さな部屋だ。そこに彼女をずっと閉じ込めておくのは酷だった。幸い、テレサには今のところまだ、アレス・ウォードが施した処置が功奏しており、サイコキネシス発現の恐れはない。この間に、自動修復金属テレザリウムの構造を完全に解析出来れば、人工的に同じ強度のものを精製しコンテナを更に拡げることも可能になる。真田としては、最終的には彼女がかつて暮らしていた宮殿ほどの広さにするつもりだった。
 もちろん、いつ何が起きるかわからない……真田はいつになく焦りを感じていたが、島のためを思い、この途方も無い未知の科学の障壁を乗り越える決意を再び新たにした。

 




 島たちの輸送艦隊がガミラス絶対防衛圏内から出て、最初の里程標<バスカビル>へ到着する頃———

 アンドロメダ星雲から銀河系方面へかけての、惑星・恒星の殆どない暗黒の外宇宙……。宇宙の海を旅する者は、通常ここをワープして通り抜ける、「何も無い」空間。幾つかの指標となる、生命の存在しない小惑星が在る他は障害物も無いその空間に、アロイスの率いる最後のボラー艦隊が潜んでいた。

 艦内は、惨憺たる有様だった。

 血を流していない者は、一人もいなかった。室内の破損は目に見えて酷く、やっと動く計器を使ってどうにか航行している始末
である。
 稼働の可能なアンドロイドはもはや数体しか無く、それらも外壁の修理に最優先で駆り出されている。外壁だけは何としてでもすぐに修復しなければ、ワープはおろか主砲の発射にも差し支えるからだ。<デルマ・ゾラ>での移動だけは、外壁に傷があろうとなかろうと無関係だったが、今はそれ自体が正常に作動しない状態だった。



(……まだ……戦うおつもりなのか……陛下)


 第一艦橋の壁にある、大きな羅針盤を見上げながら、ルトゥーは低く呻いた。額の汗を拭った手首に血が付いていて、それが顔にべったりとつき、額から頬にかけて酷く出血したように見える。

 彼らに一体、何が起きたというのだろう?

 

 

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