奇跡  射出(16)




「柏木裕也?」
 ああ、覚えているとも。

 出航準備に忙しいヤマトの工作室——
 晩餐会を中座した島から事件を聞いた真田は、躊躇することなくそう答えた。島から受け取った、柏木裕也に関するデータのメモリチップを工作室のデバイスにセットしつつ、しばし瞼を閉じて回想する。
「……空間磁力メッキは柏木の功績と言っても過言ではないくらいだ。反射衛星砲を応用した防御兵器を発案したのがやつだった。そうか…、あのレーダーオペレーターの彼女は、あいつの婚約者だったのか」
「…規則を適用すれば、赤石の処遇は…」
 ——言わずもがなですが、と島が言い淀むのを、真田は黙って見つめる。島は目を落し、自問するように言った。
「もちろん…デスラーの温情を素直に受けて、同じように無罪放免にするわけにはいきません…でも、俺自身は」

 ——赤石の気持。…わからなくはありません。

「……島。艦隊司令はお前だ。俺に…意見する余地はないぞ」
 真田は苦笑して微笑んだ。島は、赤石を厳しく処罰したくはないのだろう。今に至っても、その決定を下すにあたって自分に背中を押してもらいたいと島が望んでいるのが分かる。だが、古代もお前もそうだが……いい加減、俺を卒業してくれなければ困るな。

 だが、妙に引っかかるものを感じて真田は聞き返した。
「…島。お前の決定を俺は指示するよ。……だが、一つ訊かせてくれないか」
「なんでしょうか」
「デスラーは彼女を無罪放免にする、と言ったのか」
「ええ、そうです」

 島も多分にもれず、デスラーの取った態度に心ならずも感動した人間の一人だった。まさか、あのガミラスの君主があんな風に頭を垂れて謝罪するとは。
 ここはガルマン・ガミラスであって、地球ではない。地球人の我々は、この惑星のルールに従う必要がある。赤石の罪に対する裁決は、この星の最高主権者に委ねられているのだ。もしもデスラーが赤石を断罪すると決めたのであれば、いかに艦隊司令の島であれそれを拒否することはできなかった
。——だが彼が下した決定は無罪放免……。
「身代わりに撃たれた司の治療にも、ここの最高峰の医療を提供してくれているようなんです」

 真田は、いたく感動している島の口ぶりに懸念を抱く。
 
 その場にいなかった自分には、そのデスラーの所作がどれほど真に迫っていたのかは分からない。もしかしたら、この目で現場を見ていれば自分も、デスラーの懐の深さに感動し、ガミラスへのシンパシーをさらに強くしたのかもしれない…。


 疑り深いのは哀しい性なのか。
 島や古代の言うように、デスラーの態度を素直に評価する気には、真田はなれなかった。


 かつてない広大な領土を治める君主としてデスラーが会得したのは、武力による制圧以外のものなのだ。かつてガルマン・ガミラスも翻弄された、シャルバート信者に代表される、心理的な支持。宗教は一度人の心を掴めば、何の圧力も必要とせず、ずっとそれら信者の行動を意のままに操ることが可能だ。例え、教祖たるデスラーが腹の中で何を考えていたとしても…。そうだ、あたかも宗教のように、ガミラスシンパ、いやデスラーのシンパサイザーとなった人民にとって、彼の言動はすべて慕うべきものとなる。
 しかも、自分を狙って暗殺を企てた異星人の女性に対し「復讐すればいい」とばかりに銃を握らせるとは…


(…薄ら寒いパフォーマンスだ。しかもそれが、その場にいた全員の心を鷲掴みにしている)
 島や、古代すら。デスラーに魅了されているじゃないか。

 だが、もしも本当にデスラーが心の篤い人情家であるなら、…あのアレス・ウォードがあそこまで彼を警戒するだろうか?テレサを連れて一刻も早く逃げてくれ、と自分に懇願するだろうか。



 その真田の懸念を聞かされた島は、混乱した面持ちで黙り込んでしまった。
「……あのデスラーの態度は、とても芝居には見えませんでしたが…」
「芝居に見えたらそんなのは失敗さ。彼の恐ろしいところは、そこだよ」
 他の人間が演れば三文芝居にしか見えない所作も、デスラーの手にかかれば一大叙事詩にすり替わる……
「………」
 政治的手腕、軍事的手腕に加え、デスラーは心理的に相手を同調させる手腕もものにしたのだ。
 もちろん、現時点で彼は我々の敵ではない。但しデスラーは我々より常に、一枚も二枚も上手だ。
「ことに今我々は、デスラーの意に反してテレサをここから連れ出そうとしているんだ。——どれだけ恐ろしい存在を相手にしているかを、忘れてはならん

 
 そう言った真田に、島も真顔で頷いた。
 気付けば、此の度の外交はまるで刃の上を渡るかのようだ。侵略の片棒を担ぐかのような輸送物資。それに気付いたところで、我々はそれを持って帰ることも出来ず…デスラーがそれをどう使おうと意見することは最早出来ない。しかも、友好関係を保ちつつ、彼の目を欺いてテレサを連れ帰らなくてはならないのだ。







 総統府の地下にあるメディカルセンターには、グレイス、佐渡、そしてポセイドンからは音無が、急遽駆けつけて来ていた。ところが、司の傷の治療にはガミラスの医療技術者が高度な装置を使って当たっており、今のところ3人は、それをオペ室の外からクリアガラス越しに見ているだけ、という状況なのだった。

「…佐渡先生!…ああ、ハイドフェルト先生、音無先生も!…どうですか、司くんの具合は」
 古代と雪が皆のいる部屋へ入ると、全員が古代たちを振り返った。
「ああ、…いや、ワシらは用無しみたいなんじゃな、これが」
 手持ちぶさたなのか、佐渡が揉み手をしながら落ち着かない様子で古代のそばにやって来る。「…みいんな、ガミラスさんがやってくれとるわい」

「島は?」見回せば島がいなかった。
「ヤマトの真田副長のところに行っておられるはずですわ」次期こちらへ来られます、とグレイスが答えたそばから、ポセイドン代表医師の音無が割り込むように話し始めた。
「古代艦長!彼らの医療技術は素晴らしいものですよ!ここに残って、技術を習得したいくらいです。あとで島艦長にも伺いを立てて頂きたいんですが、将来的に研修目的でここへ留学させて頂けるよう、本部に具申していただけないでしょうか」
「ガミラスへ留学だって?」
 古代は目を丸くしたが、グレイスが「申し訳ありません」という顔で肩をすぼめて苦笑しているのに気がついた。噂には聞いていたが、音無は、三度の飯より医者稼業が好きなまれに見るオタク医師なのらしい。
「…音無医務長、それは帰還してから本部にご自分で提案してください」 
 背後で厳しい声がした。
 島が室内に入って来るところだった。



「島」声をかける古代に軽く会釈すると、島はまっすぐオペ室内部を見下ろせる強化ガラスの窓のところへ向かう。
(ピリピリしてるな…島の奴)
 無理もない…。古代は傍らの雪を見やる。雪も心配そうに視線を返した。
「グレイス、司の様子は」
「はい、先ほど担当医師の方から説明がありました。銃創は貫通、治療にはまだあと1時間ほどかかるようです。それで…あの」
 言い淀んだグレイスに、島は改めて向き直る。「なんだ」
「出航予定は、変更する必要はないと」
「…?なんだって?」
「明日にも出航して大丈夫なんだそうです。…その、そこまでのレベルの治療を施すと。医療チームの代表の先生が、そうおっしゃられて」
 島、古代、そしてもちろん雪が一様に息を飲んだ。そんな馬鹿な。
「…グレイス先生?そんなすぐには、司さんの身体が」
 雪がそう口を挟むのと同時に佐渡がその腕に手をかける。
「わしも聞いたよ、雪」
「医療チームの代表の先生…ウォード博士の話なのですが…」
 躊躇いがちに話し出すグレイスの言葉を、島は驚愕の面持ちで聞いた。

 殺傷能力の高いコスモガンの傷の治療は、レーザーで焼かれた部分の周囲の切除から始まり、切除部分への人工筋肉や人工皮膚の埋め込みや縫合に長い時間がかかる。そして、通常の場合、切除した部分も含めて傷がかなり大きくなるため回復にも時間がかかるのが特徴だ。少なくとも、地球の医療であれば今の状態の司を外宇宙への航海に連れ出すには、最低でも半月以上はかかる、というのが通常概念だった。
 だが、この総統御用達ガミラス最高峰の医療チーム、アレス・ウォードの医療班が施す技術であれば、半日で回復する…というのである。
 信じられない、といった面持ちで雪が首を振り、佐渡にしつこく説明を求めている。

「…司には負担がかからないんだろうね?」
「はい、そういう話です」
 グレイスも半信半疑の面持ちだ。
…だが、佐渡・グレイス・音無の3人は事前に丁寧なカンファレンスを傍聴し、同じ治療を受けた兵士を目の当たりにしているのだという。
 島は漠然と納得している自分に気付く。
(当然といえば当然か…。あれはガミラスの医療なんかじゃない。…ガトランティスの医療なんだからな)


 
 アレス・ウォード。ガトランティス出身の、テレサの主治医。

 唇を噛んだ。強化ガラスに隔てられた、オペ室内部を厳しい表情で見下ろす……
 ……あの恐るべき彗星帝国が、休み無く侵攻を続けられた背景にあったのが、この高度な医療技術なのだ。傷ついた兵士に間髪を入れず治療を施し回復させ、再び戦いに送り出す技術——。

 そして、ウォードが出航を遅らせないようにしたがる理由は、一つしかない。彼は、テレサの脳への、外科的措置の効果が解ける前に、ポセイドンにガミラスを発ってもらいたいのだ。司のために少しでもぐずぐずしていたら、取り返しがつかなくなる。

 島は、オペ室で忙しく立ち回る3人の医師をじっと見下ろした。全体の指揮を執る、背の高い華奢な男がウォードらしい。
 あの男に感謝こそすれ、毛嫌いすべき理由など本来一つもない。島の愛する人をその医療技術で救い、今また大事な部下の奇跡的な回復を約束し、懸命に作業してくれているのだから…

(あの男が、テレサを…愛してる?)

 ただそれを思い出すだけで、デスラーの恐ろしさも司の容態も忘れてしまいそうになった。まさかこんなところで、あの男に出くわすとは。
……まったく、幼稚な嫉妬心だ。狭量な自分の思考にも、島は腹を立てていた。ウォードの動きから目を逸らし、窓の桟についた左手をぐっと握りしめる。
 その時、皆の背後で部屋のドアが開いた。入って来たのは、ポセイドン護衛班の志村だった。

「失礼しますっ、護衛班副班長志村です。艦長がこちらだと聞いて…」
「…志村」

 振り返って、島は急に思い出した。そう言えば、晩餐会前にこいつと司は無断で大気圏外へ飛び出したのだ。島は誰にも聞こえない程度に舌打ちした。
「ちょっと出て来る」皆に軽く頭を下げると、島は大股に部屋を突っ切り、ドアのところに立っている志村の腕を掴んで、部屋の外へ連れ出した。

 

 

 

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