「総統!何をなさいますか!」
タランが咎めるように叫ぶ。
デスラーはゆっくりとタランを振り返った。
「……タラン。…己の犯した過ちは、己で償うしかないのだよ。——過去数年に渡り、私は地球だけではなく多くの星々を踏みにじり…幾多の罪なき者の命を奪って来た。それがどれほど愚かしいことかを私に教えたのは…あのガトランティスだったのだ。そして、古代…」デスラーはゆっくりと古代の方を振り返った。「…復讐の虚しさを教えてくれたのが、……古代、お前だった」
「デスラー……」
古代は、デスラーが冷静に語るのを聞いて、正直驚いていた。
暴虐の限りを尽くしたガトランティスに身を寄せ、生き延びて来た彼が身をもって学んだのは、力で他をねじ伏せることの愚かしさ、他者の権利を奪うことの傲慢さだと……。かつて地球人類を滅亡の淵に追いやり、ガミラスが悪魔の星とあだなされたことを、デスラーは後悔している、とでもいうのだろうか。…そして、それを——彼の口から聞こうとは。
「…私は、謝る方法を知らぬ」デスラーは続けた。「…だが、己の過ちを、己で認めることはできる。……女よ」
赤石はカーネルに後ろ手に押さえ込まれていたが、デスラーはカーネルの手を離すよう、彼の腕に手をかけて促した。
「…な…何を…」
デスラーは、自由にされて戸惑っている赤石に、自分の腰から銃をとって差し出した。
「総統!」
「デスラー…!!」
周囲の叫び声にもかまわず、デスラーは赤石の手に、そっと銃を握らせた。
「お前が望んでいるのは、…復讐、…だね。…それを、果たすが良い」
そんなことはさせられない、と島は思わず踏み出そうとしたが、古代に後ろからぐいと肩を掴まれる。
「よせ、島…様子を見るんだ」
「古代、そういうわけには…!!」
古代と島のやり取りなど赤石の耳には入らなかった……彼女は震える両手でデスラーの銃を受け取る。だが、それを構えることなど、できるわけがなかった。
「うう…」赤石は、必死で受け取った銃を構えようとしたが、そばで見ている誰も危機感すら抱かないほど、それはうまく行かなかった。数秒して、赤石は銃を、…床に取り落とした。
立て膝のまま赤石の眼前で目を閉じ、じっと待っていたデスラーは、ゆっくり目を開き、床に転がった銃を見やる。
——誰も、その銃を拾おうとはしなかった。
古代も島も、黙ったままデスラーを見つめる。赤石の後ろに膝をついていた雪は、過去の出来ごとを思い出し涙ぐんだ。
「……赤石さん。かつて、デスラー総統は……ガミラスを滅ぼしたヤマトを憎んでいたわ。でも、…白兵戦で傷ついた古代艦長を、撃てたのに撃たなかった。……復讐を誓って生きてきたのに、そうしなかったのよ……」
死にゆく星から、地球人類を滅ぼして移住しようとしたガミラスだが、ヤマトのために総統デスラーと残党はその祖国を追われ、復讐の鬼となった。だが、傷ついた古代を庇う雪の愛情に彼は心を動かされ、復讐のもたらす虚しさ、愚かさを思い知ったのだ。
「……辛かったわね…。でも…復讐は、何も生まない。…あなたが仇を打とうと思った大事な人も、…復讐なんか望んではいないはずよ…」
雪は優しく赤石の肩を抱き、そう語りかけた。
赤石はそれを聞いて呻き、…次いで、両手で頭をかかえ、声を殺して泣き始めた。
片品が赤石とデスラーの間におもむろに膝をつき、床に転がる2つの銃を拾い上げた。ほぼ同時にタランが、片品の手から総統の銃をひったくる。赤石が使ったコスモガンは、片品の手から島に渡された。
(……柏木先輩…。そうか、あの銃は)
片品はコスモガンの刻印の名前にようやく思い至った。訓練学校の先輩だ。柏木裕也はヤマトに乗り組み、イスカンダルへ向かったが、生きて帰って来ることはなかった。
「…デスラー総統、お願いします。彼女を、許してやってください!!」片品は向きを変え、まだ跪いているデスラーにがばりとひれ伏し、土下座した。班長として、というよりも、赤石を思う純粋な気持ちからだった。自分のために床に頭をこすりつけて許しを乞うている片品を見て、赤石は驚愕する。
ずっと見守っていた島も、片品の隣に膝をついた。「……総統、然るべき措置はかならず取ります…ですが、どうか…温情を」
「島……君の部下が、私の代わりに銃弾を受けてくれた。…あろうことか…小柄な女性ではなかったか」デスラーは目を細め、部下と共に頭を垂れる島を見つめた。「…私の方こそ、あの女性に温情を請わねばなるまい。…タラン、事件はなかったこととする。分かったな」
「…は…ははっ」
「総統!!……そんなわけにはいきません」
あくまでも艦長として責任をとる意志があることを島は必死で強調しようとしたが、デスラーは聞き入れなかった。
「己の無くした信頼は、己で回復するしかあるまい?……この女性のように考える地球人がいる限り、私の罪は消えぬ。いや…かつてガミラスが私の名の下に行って来た非道な侵略の的となったすべての星に…この女性のような者がまだ…たくさんいるだろう。だが、そのすべての者たちに対し…全力で信頼に足る行動を取り続けるしか、ないのではないかね…」
赤石がそれを聞いてか、がっくりと両手を床に付き、むせび泣き始めた。雪がその背中を優しく撫で続ける。
島は唇を固く結び、デスラーに深く頭を下げた。
「…島」古代がその肩に手を回し、励ますようにそっと叩く——「ありがとう、デスラー……」
* * *
「…島のやつ、赤石を厳しく叱らないでくれたらいいんだけどな…」
晩餐会はその後、仕切り直され続けられたが、やはり集まった者たちの動揺は激しかった。ことにそばで見ていた乗組員たちは赤石のその後の処遇や島の対応を固唾をのんで見守っており、最早宴会どころではなくなりつつあった。
古代も、宴半ばで赤石を連れて島とカーネルが中座するのを止めることはできなかった。どうしても赤石について行く、といって譲らなかった観測班長の片品も含め、…いや司を含めると5名の退席者が出たが、その後の晩餐会は古代と相原たちヤマトの主要メンバーで保たせるしかなかったのだ。あの後赤石を島がどうしたのか、古代にはまだ分からなかった。
「島くんはそんなことしないわ。大丈夫よ、古代くん」
「あんな事をしでかしたら、本来は営倉独房入りの上軍法会議送り、…下手したら死刑だからな…。島の奴、まさか防衛軍本部に通告するつもりじゃないだろうな…」
「大丈夫だったら。…この艦隊の司令官は島くんよ?」
「だから心配なんだろ、あいつ、規則に対しては恐ろしく石頭なんだから…」
古代と雪は、総統府のメディカルセンターへやって来ていた。
晩餐会は結局早々に打ち切られた。すべてのクルーは、総統府の割り当てられていた客室から手荷物を持って各艦船へ戻る用意をし始めていたが、古代と雪は司の運ばれた医療施設へ様子を見に来たところだったのだ。
赤石の身柄は、カーネルと片品がとうにポセイドンへ送っていた。一旦は赤石についてポセイドンへ向かった島だが、ポセイドンのマザーコンピュータで赤石のコスモガンに刻印されていた名前の人間……柏木裕也についてのプロフィールを検索し、その結果を古代のモバイルに転送して来た。古代と雪は、そのプロフィールを見て愕然としたのだった。
真田に聞けば、まず間違いなく覚えているだろう…イスカンダルへの旅路で、最後まで真田の工作室で反射衛星砲の仕組みを解析し続け、最終的にそれを一つの防御兵器として完成させた技師がいたことを。柏木裕也は、「空間磁力メッキ」の事実上の開発責任者だったのだ。彼は記録によれば、地球を目前に宇宙葬にふされた…それは、体当たりして来たデスラー艦から放出された、高濃度の放射性ガスのために遺体が酷く汚染されていたからだった。だが、目撃者の話によれば、柏木隊員は最初のガミラス兵突入の際、デスラー総統と思しき人物に狙撃され、そこで絶命していたというのだ。エンジニアだった彼は、ずっと非戦闘員だった。最低限の射撃訓練は受けていても白兵戦については門外漢である。しかし、あのデスラー艦突入の際には非戦闘員だろうが何だろうが、近接区域にいた者は否応無く銃を持って出て行かねばならない状況になっていた。地球と、自分を待ちわびている婚約者を目の前にして、彼は凶弾に倒れた。……赤石にとっては、婚約者の柏木を殺したのは「ガミラス」ではなく「デスラー」その人だったのだ。
哀しくやるせないその記録を見て、古代と雪は絶句した。
しかし一方、デスラーの態度は古代にとっても雪にとっても、…もちろん他の乗組員にとっても驚くべきものであった。
謝る方法など知らない、と言いながら。
デスラーは赤石に銃を握らせ、復讐を彼女に委ねたのである。この広大な、二つの銀河にまたがる大帝星の元首が、自分の過ちを認め…たった一人の異国の女性の前に頭を垂れた。強大な力と人としての情けを持った、類い稀なる偉大な支配者として、デスラーはその懐の深さを皆に示したのだった。
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