奇跡  射出(14)




 ゲストホールには、ポセイドンとヤマトの主要メンバーが合計で50人ばかり集まっていた。先日のパーティーとは違い、見た限りそれほど警備も厳重ではなかった。クルーたちも今回は敵襲騒ぎの後だけに、皆制服姿で参加している。


 司は、徳永に言われたように島に対してはちゃんと申し開きし、謝るつもりでいた。

 独房で頭を冷やせと言うなら、それでもかまわない。艦長とは一緒に観測センターでボラーの通信を解析したので、事情を説明するのは簡単だろう。だが、その後に成層圏まで勝手に上がったことについては本当に愚かとしか言いようがない。そのことについては、言い訳をするつもりはなかった。
 …だが、あと、ほんの少しで兄の居る場所へたどり着けたのではないかと思うと、いまだに悔し涙が出てきて仕方がなかった。——たどり着けたからと言って、その後の安全の保証まで考えていなかったのは認める。だが、別に特攻だとか、そういった自殺行為めいたことを考えていたわけでもない。結果的に、予想した場所に敵艦隊がいなかったのは、単なる不幸中の幸いだったのだ。

 徳永にこづかれ、司は我に返る。
「…航海長、わしは渋谷くんの代わりに艦長のところへ行っとる。そんなみっともない顔で、艦長のいるテーブルに来ちゃだめだぞ?顔を洗っておいで」
 言われて、慌てて顔をこする。徳永と一緒に背を向けた志村が、あろうことか声を殺して笑っていた。ちょっとムッとしつつ、司はゲストホールを見渡した。



 いずれにしても、最初のパーティ会場もこのホールも、司にはだだっ広い披露宴会場にしか見えない。ナイトクラブのような雰囲気のホールにはアシメトリーデザインの長いテーブルが3つ置いてあり、いわゆる上座に総統や副総統、将軍ら、また古代や島と言った地球側の代表がいる。それぞれの艦のクルー代表は、長いテーブルの両側に掛ける形になるらしい。テーブルの上には、やはり珍しい文様の施されたこの星の民族芸術ともいうべき蝋燭の燭台、食器などが乗っており、その上に相変わらず酒池肉林といった風情の、料理の山が築かれていた。

(…顔洗えっていったって…どこで洗うのよ…)
 司は辺りを見回す。
 柔らかなスポットライトに照らされた座席で、デスラーが満面の笑顔を浮かべ、また「乾杯」をしているのが見えた。島の隣に古代が、そして森雪、カーネルなどそれぞれの船の第一艦橋メンバーがいる。ヤマト副長の真田の姿が見えないが、出航準備の指揮でも取っているのだろう。それぞれの座席は卓上のステンドグラス様の照明で手元が照らされているが、会場全体は薄暗い……深海の底のような神秘的な情景が演出されているのだ。幸いなことに、今夜はテレサはいないようだった。大越の隣の席が空いているが、あれが自分の席なんだろう、と思って司は溜め息をつく。何となれば、島が…、厳しい表情で幾度か大越の隣の空席を睨んでいるのが見えたのだ。


(……艦長、怒ってる……)
 無理もなかった。司自身、自分の馬鹿さ加減に、戻って来てから気がついて嫌気が差したのだ。あの席に向かえば、艦長の刺すような視線をまともに浴びることになる。かといって、このままばっくれるのはもっと拙い……。
 仕方なく、部屋の壁伝いに洗面所らしきものがないかと目でたどり、隅の方へ向かう。
 どうしよう、とあてもなく周囲を見回した司の視界に、ホールの壁際に置かれている3つの大きな花瓶とその影に佇んでいる赤石の姿が入った。


 白い大理石様の磨かれた床と、黒曜石様の壁が厳かな雰囲気を醸し出すホールに、巨大な金色の花瓶がインテリアとして置かれている様はまったく不思議だった。花瓶、とはいってもそれは破格の大きさで、床から花瓶の口までの高さは200センチはあるだろうか。多分、司が両手を広げても抱えきれない大きさのその花瓶には、これまた破格のサイズの花束が生けてあった。ラフレシアを摘んで来ていれたらちょうどこんな感じなんじゃないか、というくらい大きな花だ。赤石は、その花瓶と花瓶の間の隙間にしゃがみ込み、手元で何かをいじっているようだった。
「赤石さーん……」
 顔を洗える場所はないかな、とか、なんであっちに座らないの、とか、聞くつもりで、司は赤石のそばに歩いて行った。
(……?)
 赤石は、司には気がつかない。場内に流れる独特の民族音楽と、笑いさざめく参加者たちの声に紛れ、小声で叫んだところで聞こえないのだろう。まるで柱のように並んでいる3つの花瓶の間の赤石が見えているのは、司だけのようだった。丸みを帯びた花瓶の腹に隠れ、テーブルからは赤石の足元が見える程度なのだ。それも会場の照明が薄暗く演出されているため、おそらく誰も彼女の存在に気付いていない。事実、花瓶は装飾用の柱としても用いられているようだったが、花瓶と花瓶の間は50センチ程度しかなく、その間に入っている人間がいることなど誰も考えないに違いなかった。
(赤石さん、隠れてるのかな?…なんで…?)


 テーブルの上では晩餐会が始まっており、客の間をまるで踊るように給仕して回るのは、今回は兵士たちではなく黒光りする不思議な装束を纏ったガミラスの女たちだった。肘まである、艶やかな黒い長手袋をした青い髪の美女たちは、不思議なことに皆同じような印象の顔立ちであった。手袋と同じような黒光りする面布を額から口元にかけて垂らしている。まるで、古代エジプトの王族のような特徴的な化粧を施したその目元には、キラキラ光る宝石が幾つも埋込まれ、それが天井に煌めくミラーボールの光に反射して時折眩い残像を残した。

 そばのテーブルに、ヤマトの相原通信長がいる。彼は黒装束の深海魚のような美女たちに、だらしなく鼻の下を伸ばしている……司はその顔を見て、思わず吹き出しそうになった。


 とにかく、早く顔を洗って来なくっちゃ……
 照明の加減なのか、磨かれた大きな花瓶に移った自分の鼻がやたらに赤いのに気がついて、司はもう一度赤石に声をかけようとした。
 ねえ、トイレはどこか知ってます…?顔、洗わなくっちゃなんないから…

 ——それと同時に、赤石の手元に鈍く光る何か長いものが握られているのに司は気付いた。
(なんだろ…あれ?)

 赤石は、花瓶の間から身を屈めて半身を出し…鈍く光る細長い金属の塊を持った右手、そして上腕をすっとあげた……片目を瞑り、彼女が狙っているその先は、…上座にかけているデスラーだ。
「赤石さんっ!!」
 絶叫に近い悲鳴を上げたつもりだったが、実際は「ひいっ」と言っただけだったのかもしれない。司の叫び声に、一瞬誰も気がつかなかった。 
 刹那、赤石がこちらを睨み、恐ろしい目で「来るな」と牽制した……彼女の手元のコスモガンが、司の目の前で火を吹くのと同時だった。

 


 軽い銃声。


 …ついで、その武器が赤石の手元から外れ、磨かれた床に勢いよく転がる音だけが大きく響いた。
「なんだ!?」
 誰かが悲鳴を上げた。
 近くのテーブルについていた数人が叫びながら立ち上がり…黒装束の女たちが、蝶の群れが飛び退るように壁際に退く。
 ガミラスの兵士たちが扉から靴音高くなだれ込み、デスラーの周囲を固める。同時に、古代、島が立ち上がり、とっさに自分の船のメンバーを目で数え始めた……
「…静まれ!何事だ」デスラーが叫んだ。


「………司さんっ!!」相原が真っ青になって叫んだ。「医療班!佐渡先生!雪さん!!大変だ、島さん……!!」
 相原の叫び声に、佐渡と雪が駆けつけ、一歩遅れて島と古代が皆をかき分けて走り寄る。
「司っ!!」
 島が目にしたのは、蒼白な顔で床にへたりこんだ赤石と、そのそばに落ちているコスモガン……そして、くの字になって腹を押さえ、床に転がる司の姿だった。
…信じられない、という顔をした彼女の身体の下からは、急速に真っ赤な血が床へ広がり始めている。
「私は大丈夫だ!お前たちは手出しするな!!」
 デスラーが、ライフルを構えて射撃の体勢を取ろうとする兵士たちを、立ち上がって制した。
「……か…んちょう…?」司は、震えていたが意識はまだはっきりしていた。
「司っ」
 腹を押さえていた片方の手を、島に差し伸べる。小刻みに震えるその手には、べったりと血糊がついていた。島はかまわずその手を握る。
「な…なにがあった!?」
(…す…すみません……あたし……)
 司は悲痛な表情の島を見て、謝るつもりで話しかけたが声が上手く出ない。おかしいな、貧血みたい。視界が…歪んで……


「艦長、どいてください!」
 後ろから走って来たグレイスが、司の上に両手をついてかがみ込んでいた島を乱暴に引き離した。ついで、周りの男性クルーをしっしっと追い払い、司には「声出さないで、数を数えなさい、ゆっくり、10!」と言っている。雪がグレイスの反対側に座り、応急措置を取るために司の制服を手早く切り取り始めた。佐渡が携帯していた医療箱を開け、テンポ良くステンレス製の用具を取り出す横で、グレイスは清浄布を使い止血を試みる…
 デスラーが呼んだのか、ガミラス側の医師たちもやって来たようだった。司は大きなシーツのようなもので包まれ、彼らが持って来たストレッチャーに乗せられ運び出されていった。

 島が最後に見た時には、司の顔はまっ白で……その瞼は薄く閉じられていた。
「司……、つかさ!!」
「艦長、大丈夫です。私たちに任せてください。それより…」
 グレイスは血まみれの島の手に目を落し、清浄布を一枚さっと握らせる。彼女が目で示した先には、神崎と片品に抱き起こされ、放心状態になっている赤石がいた。

「…わ…わかった。司を頼む」グレイスがしっかり頷いたのを確認し、島は司について行きたい欲求をねじ伏せ赤石のそばへ歩み寄った。

 


「……ああああぁぁ…」
 島の顔を見上げた赤石は、突然我に返ったのか、声を上げて嗚咽し始めた……雪が、赤石に寄り添ってその背中をそっとさすってやる。

 片品は、転がっているコスモガンを拾い、その銃身にある刻印を見た……

 Y・KASHIWAGI ——

 

 デスラーは、護衛の兵士たちが押しとどめるのもかまわず、上座から立ち上がって近づいて来た。
「総統、お下がりください!島艦長、これは一体……!」
 タランが叫ぶも、デスラーはさっとそれを手で制す。
「デスラー総統、…大変申し訳ありません!」
 島は即座に向き直り、叫ぶようにそう言った。古代も弾かれたように立ち上がり、島に寄り添う。赤石はポセイドンクルーらに囲まれて拘束され、すっかり憔悴し切っていた。


「……彼女が狙ったのは、…この私、なのだね?島」デスラーは、うなだれている赤石と、それを取り囲んでいる皆を見回す。
「他には武器はないか!?共犯と思われる者は?いないな!?」カーネルが周囲のクルーに確認するのを受け、島はデスラーに答えた。
「…そのようです。…私の監督不行き届きです…お赦しください」
 デスラーはタランが止めるのを再度制し、マントをふわりと後ろへ翻して赤石の目の前に片膝をついた。
「デスラー、何を…」
 古代が驚いて尋ねようとするのを、デスラーはさらに手で制する。
「私は、君に…酷いことをしてしまったようだね」


 唐突にかけられた声に、短く早い呼吸を繰り返していた赤石が息を飲んで顔を上げた。赤石の目は涙を流しながらも、憎しみのために大きく見開かれている。彼女は呻くように呟いた……
「…たたかいは…私の戦いは…まだ…終ってない……!」
 彼女の身体が、まるで吸い寄せられるようにデスラーにぶつかって行こうとするのを、カーネルが改めて押さえ込む
。「赤石、やめろ!」

 島だけでなくその場にいた数人が、彼女がまるで猛獣のようにデスラーに吠えかかるのではないかと思った。もがき、呻く赤石の頬に、涙が伝い滴り落ちる……
 その様子を、デスラーは瞬きもせずじっと見つめた。



「……地球人類がすべて、過去の恨みを忘れているとは…私も思わぬ。確かに私は…非情な暴君だった」
 デスラーは、憎しみをたぎらせている赤石を哀れむように見下ろすと、膝をついた姿勢のまま…おもむろに深く頭を下げた。

 

 

 

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