奇跡  射出(13)




 2機は志村機を先頭に、ガミラス宇宙港へ帰還した。

「…あれ?どうなってんだ…?」
 驚いたことに、港は何事もなかったかのようにすっかり元の状態に戻っているではないか…。非常警戒体制、だったのではなかったのか?しかしもはやエマージェンシーコールもサイレンも鳴っていなかった。さっきの警戒警報は一体何だったのだろう? 
 復旧した誘導ビーコンの示す通りにランディングした2機は、まるで静かになってしまったタキシングコースをとぼとぼと進み、ポセイドンの艦載機射出口へと戻って来た。

「おーい!!!志村のぼっちゃん!!」走り出して来たのは、徳永だった。「お前さんたち、まったく…よりによってこの非常時に」
「爺さん!」志村はファルコンのキャノピーを開け、徳永に問いかける。「一体どうなってんだ。…俺たちが出てった時には警戒警報発令で、離陸規制までかかってたのに」
「そうじゃ!ボラーの艦隊が、この星上空の成層圏にまで現れた、ってんでもう大騒ぎだったんだぞ」
「じゃ、何で今こんな」
「…消えちまったんだよ、例によってな」
「……消えた!?」

 徳永の話では、冥王星付近での戦闘の時と同様、ボラー艦隊はおよそ進入不可能なはずのこのガミラス本星上空に突如現れた。ところが、ガミラスが迎撃のため中型戦闘機群を差し向けたその数分後、彼らは再び、またなんの痕跡も残さずこつ然と消えた、というのだ。
「ボラー艦隊がレーダーに捕えられていたのは、通算3分程度だったらしい。レーダーに記録が残ってることからして、ホログラムではないし蜃気楼のような自然現象でもない、って話だ。気味の悪いことだよ…」
 その徳永の話を、司も黙って聞いていた。

 数分後。整備班の詰め所で、徳永は志村だけでなく司のことも捕まえ、さんざんお小言をくれていた。


「航海長、一体あんたは何をしに上へ上がったんじゃ?艦長にはわしが取りなしておくから、教えてくれんか」
 宥めてもすかしても何も話そうとしない司に、徳永は困り果てていた。今目の前でかたくなに黙り込んでいる司は、徳永が知っている朗らかな彼女ではなかった。降りたら是が非でも突っかかって行こうとしていた志村も、司の様子に意表をつかれ、戦意喪失してしまっている。
「……まさか、あんた、一人でボラー艦隊に攻撃しかけようとしてたんじゃないよな?……いや、攻撃じゃない……ボラーの船に、何か用があった、……違うか?」
「何じゃと?」徳永が驚いたように呟く。
 志村の言葉に司も一瞬表情を変えたが、やはり一言も発しようとしなかった。
「…探してただろう、何かを。…なぜだい?」
「…………あなたに話しても、わかんないわよ…」
 司は初めて口をきいた。同時に、それまで堪えていた感情が急に爆発してしまったのか、彼女は目元を押さえ、歯を食いしばって呻いた。「……うう」
 呆気にとられる志村と徳永に背を向け、司はその場にしゃがみ込んで膝を抱えて泣いた……
「……あの船に、……いたのかも…しれないのに…っ…!!…」



 ボラーの船が、地球の戦闘機を迎え入れてくれるわけがない、という現実も、彼女には問題ではなかった。体当たりしてでも、飛び込んで行こうと思い詰めた。頭のどこかで、愚かな自分を嘲笑いながら、それでも抑えきれなかったのだ。

 それほどに張りつめていた気持ちが一気に崩れ、司は声を上げて泣きじゃくった——。志村と徳永は、弱り果ててその姿を見守るしかなかった。


 

                    *                       



 その日の午後——。

 ボラーの艦隊が絶対防衛網圏内へ進入したことなど、まるで誰も気づかなかったかのような総統府へ、徳永は志村と司を伴って向かっていた。 
 司はあのあと、小一時間ばかり泣き通しだった。彼女はすっかり打ちひしがれ、艦長直々の出頭命令でも総統府になど行かないと言い張ったのだが、徳永は頑固にそれをはねつけた。

「…航海長、命令違反の上、危険行為に無断発進……ちょっとな、これはきちんと艦長に申し開きせんといかんぞ」 
 徳永は渋る司の肘をしっかりと捕まえ、総統府のエントランスをくぐる。二人のすぐ後ろから、まるで見張りの兵士のように、困惑顔の志村がくっ付いて歩いていく。

 一方、総統府へ向かった島はカーネルと合流しデスラーに接見するべく謁見の間に向かったが、その頃にはボラー艦隊の機影は消えていた。代わりに総統府から戻る途上の彼が見たのは、成層圏から帰還する2機のファルコンである。出撃準備をしろとは言ったが、発進命令は出していない。その2機のファルコンが、命令を無視して勝手に飛び出した司と、それを追って行った志村だと報告を受けて、島は唖然とした。

(…どうしてあいつは、俺に心配ばかりかけるんだ…!?)

 今度ばかりはさすがに、本気で司を叱責しなくてはならない。観測ステーション内でボラーの通信を解析していたと思えば、発作的に飛び出すとは。
 もしかしたら、司は何か、兄の手がかりになるようなものを見つけたのかもしれない。しかしだからといって、敵艦隊がいる成層圏へ飛び出して行くなんて狂気の沙汰だ。事情を話すだけの猶予は与えようと思ったが、万が一本当にボラー艦隊に接触していたらどうなっていただろうと思うと、怒りが収まらなかった。



 さて、島が総統府内で緊急に接見したデスラーは、と言えば、ほんの少し眉をひそめ、タランに対し不服そうに防衛圏内の監視を強化せよと命じただけでそれ以上のことは追求しようとしなかった。

「…虫けらめが…」苦々しくそう呟き、デスラーは謁見の間の丸天井から上空を睨みつけた。
「…君たちの休暇を邪魔してしまい、申し訳なかった。我が名を配した絶対防衛圏とはいえ、これほど簡単に侵入
されるとは甚だ恥ずかしいかぎりだ。実質やつらに、攻撃を加える隙を与えることはなかったようだが…」
 島は、防御シールドの展開に対して礼を述べつつ、出発を早めることについて話を切り出した。
「被害はなかったのですから、我々のことは気にしないでください。それより、明日の朝より、出航準備にかかります。地球時間で午後13時には出航の予定です」
「…そうか。……<バスカビル>までの間、ヴァンダールにまた君たちを護衛させよう」
「感謝します、総統」



 真紅の絨毯の上を、タランが重厚な靴音と共にやってきて、二人に頭を下げる。
「総統、晩餐会の用意ができました。とんだ邪魔が入りましたが、よろしければ皆さんのご招待を」
「うむ」
 島は、内心うんざりしたが、これが終ればようやく地球へ向かって発進できるのだと思い直し、デスラーの招待を快く受けることにした。
「…出航準備に乗組員は忙しくなるだろう。ささやかだが、君たちの代表者だけでも、パレスに来てもらえないかね?」
「……は、重ね重ね感謝します、デスラー総統」
 そう言った島の笑顔に、ふむ、と満足そうに微笑み返し、デスラーは総統の椅子から立ち上がった。


                       *



「うへえ〜。ほんとにデスラーは宴会好きだなあ…」古代が呻いた。

 先刻、ボラー艦隊が侵入したということで上を下への大騒ぎだったガミラス宇宙港だが、今はそんなことはまるでなかったかのように平常の顔を取り戻している。古代たちももちろん、シティ内の遊興施設から大急ぎでヤマトへ駆けつけたのだが、結局骨折り損に終っていたのだ。 
 緊急事態の中、デスラーに接見して来た島から、ボラー艦隊がすでに撤退していることが知らされる。
だが、例の「晩餐会へのご招待」も同時に受けたことを聞いて、古代は辟易した。
「…まあ、彼の好意は有り難く受けようよ。全員に来るようにとは言ってないんだ。休みたいクルーも居るだろうし、少なくとも機関部はもう準備態勢に入ってもらわないと困る。…まあ、各班の班長と副班長だな」モニタの中の古代のげんなりした顔を見ながら、島は苦笑した。

 各班の、班長と副班長だ。

 島はこの際、司にどうしても小言を言わなくては気が済まない、と思った。いい加減にしろ。…いや、頼むから…俺をこれ以上…、惑わせないでくれ。
 司が危険に身をさらす度、信じられないほど動揺してしまう自分にも心底苛立つ。彼女は、自分で自分を守れる女だ。…だとしても、彼女が傷ついたり、まして死んだりするとしたら、それは自分にとってこれ以上ないほど堪え難いことだ。同志、戦友…などという感情以上に、やはり司に対して特別な思いがあることを、否応なく思い知らされるのだった。

 


                    *

 


「ほら、航海長!いい加減に観念せんかい!ドサクサ紛れだったにしろ、本来は懲罰もののところを、パーティーに呼んでもらっとるんじゃから!」
 徳永は溜め息をつきながら、すぐ立ち止まってしまう司の背を後ろに回って押していた。志村がその後ろから、相変わらず仏頂面でついて行く。

 デスラーズ・パレスのゲストホールでの「晩餐会」に、各班の班長・副班長が招かれている……あんな非常時の直後だって言うのに、まったくデスラーって野郎は呑気なんだか自信家なのかわからねえや……志村は護衛班長の神崎が来ないかと、パレスのホールへ向かう大理石様の磨きのかかった廊下を振り返った。

 

 

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