奇跡  射出(12)




 モバイルのメモ機能に、大画面に映る座標を入力する。

 手が震えて、何度かミスった……ああ、また最初からだ!!落ち着け…!


 叫びだしたい衝動を必死で堪え、震える指で再度座標の数値を手入力する。
 座礁はガミラス表記だが、どうにか数字だけは読めた。モバイルに数字を入力するとそれは自動的に地球の座標表記に変換される。刻々と移動はしているだろうが、これでおおよその位置は特定できた。次いでボラー艦隊の進入角度と速度を入力し、数分後・数十分後の移動位置の算出をモバイルの機能に任せると、司は観測センターを飛び出した。


<非常警戒警報発令!繰り返す!非常警戒警報発令!ボラー残存艦隊がガミラス絶対防衛圏内に進入した模様!>


 宇宙港に停泊しているポセイドン、ヤマト、そして積み荷を収容したシグマ・ラムダの上部には、ガミラス側が警戒警報発令を受けて防護シールドを展開する準備をしていた。しかしそれはドーム状の簡易シェルターに過ぎず、万が一敵が至近距離に現れてミサイル攻撃を始めればおそらくひとたまりもない。



「んあ…?なんだ?」ポセイドンの艦載機格納庫で昼寝を決め込んでいた志村は、外の方が騒がしいのを聞きつけてむっくり起き上がった。自室のベッドより、ファルコンの座席の方が居眠りをするのに快適……と言う訳ではなかったが、そこはタコ部屋の2段ベッドの下段よりは何かと便利だった。なにしろ、手を伸ばせば通信機のスイッチに手が届くし、ちょっと降りて詰め所に向かえば、わざわざ食堂まで行かなくても食べ物は手に入るし、その上トイレもあったからだ。

「エマージェンシーか…?」
 ファルコンから降りると、志村はにわかに騒がしくなった港が見渡せる、ポセイドン下部の艦載機射出口へ向かった。整備班の詰め所からも当直の隊員が2人ほど顔を出す。
「…なんですかね?」
「さあ…。艦長から連絡は?」
「無いです。…いや、待ってください…」
 彼らの声に肩をすぼめて首を振り、志村は開口部の方を見た。

 ポセイドンもヤマトも、完全にサスペンションエリア(懸架台)の上に乗っているため、船底の艦載機射出口は常に解放してあった。そこから大型の荷物を搬入する場合もあるので、港の滑走路へ続くヘキサタイトの滑らかなタキシングコースまで直通で出入りができるようになっている。
「まったく、狙ったようにこんな日に…」

 迷惑な。

 射出口の外へ出て、遥かに見えるデスラー総統府や林立するシティの高層ビルを見渡す。非常事態を知らせる赤色灯が建物の上部で一斉に光っている。そして付近一帯は今や、警戒警報のサイレンの嵐だった。
 射出口の内部にある伝声管から、詰め所の当直の声ががなり立てた。<志村さん、敵襲らしいです!>
「はあ?敵襲って…」
<ファルコン隊にも発進準備命令が下ってますよ>
「…けどよ…」
 神崎隊の面々も、自分の隊のやつらもとっとと街へ繰り出してしまっている。半舷上陸、なんていう意識はやつらには欠片も無い。

 当直?だってよ、今日しか羽伸ばすヒマねえじゃんか、まったく冗談じゃねえよ。

 ——志村は、坂田の反抗的な薄笑いを思い出した。なら行っちまえ、と送り出したのは隊長の自分だ。


(マズッたな)…しかし今さらどうにかなるわけでもない。腰に手を当てて、仁王立ちになる。
 唐突にポセイドンの艦体が振動を始めた。…補助エンジンを始動させているのだ。機関部員はきちんと当直を残して出かけたに違いない。とっとと持ち場を離れて遊びに行ってしまった護衛班としては勝手な言種だが、防御スクリーンを張るにも迎撃態勢を取るにもまず真っ先にエンジンを動かさなければ話にならないのだから、そうでなくては困るのだ。
 遥かに見渡せる滑走路から、ガミラスの中型迎撃機が数十機、次々とスクランブル発進して行くのが見えた。ガミラスさんが自前で防衛線張ってくれるわけだ。ほんじゃまあ…準備だけでもしておくか。
 そう思っているうちに、志村は港の北側から一台のエア・バイクらしきものが猛スピードで接近して来るのを発見した。
「…!」


 地球のエア・バイクじゃない。やけに幅の広い、不安定極まりない様子の大型バイクだった。…あれはガミラスのものかな?
 志村はとっさに身を翻し、非常用の火器が常備されているラックのところまで駆け戻った。銃身の長いコスモ・ライフルをラックから取り出し、転がるように射出口へ戻る。身を低くして扉の影からライフルを構え、ターゲットスコープを覗いた志村は、速度をほとんど落とさずに格納庫に突っ込んで来るバイクに見たことのある人間が乗っているのを見つけ、仰天して立ち上がった。


「……航海長!!」
 司は射出口の急なタラップをバイクで駆け上ってきた。スロットルの調節がうまく行かないようで、バイクは坂を上りながらウィリーし、前部を跳ね上げてタラップを上り切る。車体をどうにかねじ伏せ、エア・バイクの機体を横滑りさせながら彼女は停止した。
「おい!どうしたんだ、何があった?非常警戒態勢って……」
「…ファルコン隊、発進準備、って命令来てるはずよ」
「わかってるよ。…あのバイク、どうしたんだ?」
 ライフルを降ろして駆け寄ってきた志村を、司は一瞥した。だがその横を、無言ですり抜ける。
「なんだよおい、無視すんな」

 司はノーヘルだったので、後ろに結ってあった髪が半ばほどけかけ、荒々しい感じがした。なんだこいつ。何怒ってんだよ……?
「…行きに出会ったボラー艦隊が、ここの最終防衛圏内に入って来たらしいの」
「なんだと!?」
「チームの他の人は?なんであなたしかいないの?」
「うぇっ?…それは…」
 志村が言い淀んでいる間にも司は足早に格納庫内部へ歩を進め、奥を見やった。バイクは港のどこかから、無断借用して来たものだ。だが、そんなことを志村に説明して、何になる。

 当直の整備兵らが次々とCFの発進準備を終えていく。司はCFの脚部に順に目を走らせた。今、格納庫のファルコンの車輪止めは整備兵らの手ですべて外されている状態だ。
「艦長はどうしたんだよ」
「総統と連絡が取れたらすぐに来るはずよ。…あたしより先に、ここに来てると思ったんだけど…いいわ、その方が都合がいい」
「あ?どういう意味だ」
 司はぷいっと向きを変えた。居並ぶファルコンの機体をくぐり抜け、車輪についている安全装置と燃料計をチラチラと見ながら足早に歩いていく。そして、神崎機の前で立ち止まると、やにわにはしごをよじ上って座席に滑り込んだ。


「おい、何するつもりだよ!」
「……見なかったことにしてくれる」
「はあ!?ふざけてんじゃねえよ!隊長の機体は整備から戻って来たばっかりなんだぞ!一体どうするつもりだ……」
 司は神崎のヘルメットを被ると、志村を無視して手早くエンジンを始動させた。そのまま、機首を出口に向けたファルコンはゆっくりと動き出す…
「ちょっと待て!!止まれ!!何やってんだよてめえ!」
「お願い、見逃して…」
 キャノピーを閉じながら、司はすでに志村ではなく、艦載機射出口を見据えていた。容赦なく志村を無視し、タキシングコースに機体を乗せる。
 志村は、機体の前に立ちふさがったくらいでは止められないと知って、チッと舌打ちすると、自分のファルコンめがけて全速力で走った。

(何考えてるんだか知らないが、この緊急事態に艦長にも無断で出て行くなんて…!!あの野郎、マジでやべえぞ……)
 どうすれば司を止められるのか。志村には何の策もなかったが、慌てて自分の機体のエンジンを始動させ、司の後を追って射出口から滑走路へと走らせた。


「…どこへ行った…」志村はヘルメットの無線周波数を神崎機に合わせ、交信を試みた。<…航海長!!>
 見れば、司の乗った神崎機はすでに、スクランブル発進の体制をとって加速している最中だ……およそ滑走路ではないところを上昇しようとしている。低空ですでにブースターを轟かせ、脚を格納している最中だった。
「あのバッカ野郎、死ぬ気か!?」
 しかし、滑走路には離陸規制がかかっているのか、耳をつんざく
サイレンが途切れることなく鳴り響く以外、動いている航空機の姿はない。レーダーにも他の航空機の機影がないことを急いで確認し、志村もできる限り急いでファルコンを発進させた。




 全身にかかるGに耐えながら、志村は歯ぎしりしていた。
(あいつ、なんだか鬼気迫る顔をしていたが…。それにしても、なんでこの俺様が…またもやあいつについて行けないんだ!)
 司の機は、上昇角60度近い急角度で全速上昇していた。志村の知る限り、こんな急上昇を5分も続けていたら、ブラックアウトは目前だ。しかも、レーダーで追尾できる距離にいるとは言え、司が大気圏外に出ようとしているのは明らかだった。
(あいつ……一体どこへ何しに行くつもりなんだよっ…)


 慌てて追って来たはいいが、大気圏脱出のための装備は最低限しか用意していない。神崎機もそれは同じだろう。何も考えずに飛び出して来た自分も愚かだと、志村はちょっと後悔し始めたが、外気圏を目前にした青黒く広がる成層圏内で、前方を飛ぶ司の機が急に速度を落としたのに気がつき、我に返った。まだガルマン星の重力圏内だ。失速してバランスを崩すぞ…!!
<おい!!航海長!こんなことして、どうなるかわかってるんだろうな!?>
 志村は、焦りつつ再度通信機に向かって怒鳴った。

 司からの返答はない。

 司はと言えば、モバイルに記憶して来た座標を確認するために速度を落としたのだが、観測ステーションで入力して来た数値に間違いがあったのか、果たして予定の座標にボラーの艦隊は見当たらなかった。
 上昇を続けながら、軌道を変えて旋回する…
(…いない……どうして…!?)
 複座の哨戒用コスモタイガーとは違い、単座のファルコンにはタイムレーダーは搭載されていなかった。広い空域を旋回しつつ、緩やかに上昇を続ける……コスモレーダーのレンジを目一杯広げ、司はじっと息を殺した。

<……おい!!司航海長!>
 ヘルメットに、また志村の声が入って来る。
「……うるさい!なんでついて来たのよ…!信じらんないっ」

 司は怒鳴るとメットの無線をオフにし、遠くの音声を拾うため交信機を作動させた。……4時の方向から、かすかな電波が入って来るのを感知する。
 後ろから接近して来る志村機をかわし、反転しなくてはなるまい……


「畜生!!徹底的に無視するか!」
 志村は完全にぶち切れた。機体を捻って右後方へ反転しようとする司機の進路へ、わざと突っ込む……
「止まりやがれ!!」
<…何すんのよ!!危ないじゃないっ>
 司の怒鳴り声がヘルメットの無線に入って来た。
<バカ野郎!こんなことして、ただで済むと思ってんのか!?理由を言え!!>
 司は、機体をロールさせながら志村機をかわそうとしたが、志村は徹底的に進路を妨害するつもりだった。司は怒りのあまり、無言になる。志村に話しても、分かるわけがない。
 2機のファルコンは、牽制し合いながら半径500メートルほどの円を描いて旋回を続けた。
<………放っておいてよ!>
「そうはいかねえ」
<いい加減にしないと、撃つわよ……!>
 司の低い叫び声に、志村は瞬間、背筋がゾクッとするのを感じた。…あいつ、何ブチキレてんだよ?
<!…ああっ……信号が消えちゃう…!!>


 司機が急に旋回を止め、志村の方へ突っ込んで来たように見えた。左に90度機体を捻り、志村機の横をすり抜ける……が、司機はほんの20宇宙キロばかり進んだあたりでまた大きくバンクし、上昇を止めた。志村は度肝を抜かれてしばらく放心していたが、すぐに我に返ると大きく反転して司機を追った。
 ようやく司機に平行するように飛び、キャノピー越しに司を見やると、彼女は必死でコクピット内を見回し、何かを探そうとしているようだった。レーダー?それとも、音声信号か……?

<…おい、どうした!…なんなんだよ!!>

 志村は無線に呼びかけた。
 司からの返事はなかった。

 

 

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