奇跡  射出(11)




「……これがボラー艦隊の通信を傍受したときの記録です」
「ありがとうございます」
 司は宇宙港の北側にある、ガミラス帝国軍宇宙観測ステーションのメインコントロールタワーに来ていた。テレサに教えられた通りタランの名前を出すと、すぐに兵士のひとりが通信記録のコピーのようなものを持って来てくれたので、司はそれを受け取り、こちらをどうぞ、と貸してもらった解析機に向かう。



 ガミラス軍の記録保存用の機器は、なぜかすべて左右線対称ではなくアシメトリーデザインである。単にデザイン上のことなのか、機能上そういう形が望ましいのか司にはわからなかったが、兵士が記録用だと言ったメモリチップ様のもの6つと、その再生用アダプターらしき機器を見つめ、司は軽く首を傾げた。ついでに、それを手渡してくれた兵士をちらちらと振り返りながら、彼女は思った……(あの人も、ガミラス人じゃないわ…)
 何となれば、兵士たち——観測ステーションに詰めている兵士の大半がそうだった——は、頬に不思議な文様のタトゥーをしていて、しかもその肌は明るい浅葱色。ヘルメットを被っているのでよく見えないが、彼らの髪の色もブロンドと見紛うようなブルーである。同じブルーでも、濁った青色の肌を持つガミラス人とは似ているようで全く違う…彼らの方がずっと儚気に見えるのだった。

(この星の原住民さんなのかな…)
 そんなことは本当はどうでも良かったが、司はこの星の原住民が、ガミラスから与えられた仕事を快くこなしているのを不思議に感じた。通常、侵略された側、しかも末端の人民というのは抑圧されていることが多いのだが、このガミラス本星で働く非ガミラス人からは、おしなべて自由に生きている印象を受けた。それはとりもなおさず、支配側の政治的手腕が優れていることを物語っている。

(……デスラーって……噂に聞いているよりは…イイ人、なのかも)
 遊星爆弾で攻撃してきていた頃のガミラスは、地球人にとって悪魔でしかなかった。幼かった司も、当然そのように感じながら成長したが、こんなふうにフタを開けてみると、現実はこうまで違うものなのか…と思う。顔も知らない「異星人」とは憎み合い殺し合うことが出来ても、一度でも好意を交わした相手とは、…同じようにはできないはずだ。幾ばくかの虚しさが胸に去来するが、今はそんな哲学的な郷愁に耽っていてもしかたがない、と司は思った。



 解析機と対になる座席にかけ、貸してもらったメモリチップを再生用アダプターにはめ込み、大体の勘で操作する。
<frjr;gms、f」ZPロjpfs タタタ………>
(なんじゃこりゃ)
 再現された音声は、まるで聞き取れない未知の外国語、といったところだった。
「う〜〜〜……?」首を傾げて考え込んだ司の後ろから、聞き慣れた声がした。
「自動翻訳スイッチがオフになってるぞ」
 えっ…。
 息が止まった。
 いつの間にか島が、苦笑しながら後ろに立っていたのだ。



「ボラー星系言語から、ガミラス公用語に直して…、それから地球言語に変換しなきゃだめだ。こういうのは、赤石が詳しいんだけどな…この単語、なんだっけ……」
「…艦長、どうして」
 挨拶もそこそこに、席の隣に立ってガミラスの解析機に手を伸ばし操作を始めた島に、司は戸惑った。
「……お前のお兄さんのことは、できる限り協力して調べる、って…約束したじゃないか? 今日は俺も、自由行動だからな」
「…………」


 島艦長……。
 司は胸がいっぱいになって、しばらく何も言えなかった。自分は、…自分たちは、何も訣別したわけじゃない。今まで通り、艦長と航海長なのだ。テレサという存在がそこには増えたけれど…私と艦長の関係は、今までと何も変わらない。それは、寂しくもあったけれど、同時に安堵するべきものでもあった。同じ艦を動かす操舵手同士、信頼に足る仲間であることに、何ら変わりはない。
 ただ、司の気持ちは混乱していた。その場から逃げ出したい気持ちと、感謝のあまり縋り付きたい気持ちとがないまぜになり、両手をぐっと握りあわせたまま俯いてしまう。平静を装うのが精一杯だった。

「さあ……これでどうだ」島は、動揺して黙りこくっている司には眼もくれず解析機を調節して音声を再生した。スピーカーから、若い男の声が流れ出すが、通信電波は傍受した時点ですでに減衰していたのか、音声は途切れがちだ。島は一度音声信号をデバイスのプリプロセッサーにかけ、電波を増幅した。 …ちっ、相原みたいにはうまく行かんな、と口の中で呟く。


<……作動準備よし……ツカサをデルマ・ゾ……つなげ……レ…ン!?…中断……ガー……ツカサの装置……後退せよ……>
 スピーカーから流れ出した音声の内容はチンプンカンプンだったが、幾つかの言葉は意味を成して聞こえる。
「?……」
「ツカサを…つなげ?」
「何のことかしら…」

 司の意識は『ツカサ』という言葉を聞いた途端、通信に集中した。話には聞いていたが、本当にボラー側の発した通信の中にこの言葉があるのだ。くだらない失恋ドラマなんぞに、かまけてはいられなくなった。

 何かに繋ぐもの、であれば……人の名前ではあり得ない、ような気がする。さらに「ツカサの装置」とその若い男は言っていた…
「別のを聞いてみよう。…しかし、これは確かに、『ツカサ』って言ってるな。装置の名称なのか……」
 島は司が解析機のトレイに置いていた数個のチップを、順に解析機にかけて行った。
<……ルマ・ゾラ作動……トラフ大佐、敵艦は……ヤマト>
「!!敵艦はヤマト…って言いましたよ、今」
「うん」

 はっきりとそう聞こえた。司はいつの間にか座席を立ち、島の横に並んで音声解析デバイスのスピーカーから流れ出る声を必死で拾おうと、身を乗り出していた。イヤホンを借りて来ようか…と島が思った途端、今度は押し殺したような若い女の声が響く。
<バトラフ!無事か! ……しょう、レオン!…ツカサと……コくと…っちが…………ツカサを連れて来い!!>
 「!!」司は突如、全身の血が逆流したように感じた。確かに今、この女は「ツカサを連れて来い」と言った。「連れて来る」なら、それは…誰か「人」ではないのか?

「待て、こっちも…聞いてみよう」
 司の呼吸が速くなっているのを島は察したが、手に入るすべての資料を調べてから判断するべきだと考え、次のメモリチップを再生機にかける。
<……ゲージは……ップ…が、アロイス、バトラ…大佐だ。動力源とし……返…す…とには……対だ…>
 どうやら、敵艦同士の交信の中で、議論が交わされているようだ。何度かバトラフ大佐と呼ばれた男から、アロイスという名の女へ通信が送られている。その後突然、別の男の声で通信が乗っ取られた。
<……!!オン!レオンが……ツカサ…外した!大佐、無事か!? ……我々……論外だ…しかし…>


 ——その時。
 息を詰めて通信記録を聞いていた二人の耳に、別の音が甲高く響いた。


『全軍、非常警戒態勢!ボラー艦隊が絶対防衛網内へ進入!!全軍、非常警戒態勢!!』
「えっ…」
「なんだ!?」


 観測センター内は、瞬く間にエマージェンシーコールの渦に巻き込まれた。

 兵士たちが慌ただしく走り始める。
「…ボラー!?…行きに出会った残存艦隊か!?」
 だとすれば、今ガミラス絶対防衛圏内に進入しているのは、この通信ディスクの音声の発信源の船だ、ということではないか。
 島は急いで周囲を見回した。
「半舷当直で機関長が艦にいるはずだ。大至急片品と神崎を招集して直にポセイドンへ戻れ。俺はデスラーと連絡を取り次第艦に向う。急げ!」
「…は…はいっ!」
 片手でモバイルを操作しながら副長に呼び出しをかけつつ島が走り去る後ろ姿を2秒見送ると、司はまず携帯用のモバイルで緊急コールを発信した。だが、案の定誰にもつながらない。司はガミラスの解析機についている非常回線を使い、片品、神崎、そして大越と鳥出の生体認識コードに片っ端からアクセスした。


<ハイハーイ、鳥出でーす>小さなモニタに、どうにかキザなメガネの顔が映る。<おう、司!お前今どっから通信してるのよ?!このエマージェンシーは何?>
「ガルマン宇宙軍の観測センターよ。ボラーの生き残りがこの星の絶対防衛圏内に進入したらしいわ!艦長からの伝言です、片品君を連れて、すぐにポセイドンへ戻って下さい。神崎君はどこにいるか分かる?彼も連れていって!!私もすぐに向かいます」
<ぎょえええ!マジで?!>鳥出は大げさにリアクションし、小刻みに頷いた。<鳥出通信班長、ただちに本船へ戻ります!チェ、とんだ休日だぜ…>


 司は乱暴に通信を切り、他の者のコードに再度アクセスした。だが、すでに他の回線は混線しているのか、まったくつながらない……
(タッチの差で混線しちゃったかな…)
 だとしたら、鳥出にアクセスできたのは不幸中の幸いだった、ということだ。色々と回線をいじってみたが、無駄なようだった。
(私も行かなくっちゃ……!!)

 仕方なく、司は解析機のトレイに乗っているメモリチップをかき集めた。さっきこれを渡してくれた兵士に返さなくては、と周囲を見回すが、気付けばもはや観測ステーション内は怒鳴りながら右往左往する兵士で混乱状態だ。とても、誰かに何かを返す、などという状態ではなさそうだった。
「あっと…」まだ一つ、チップがデバイスに入ったままなのを見て、舌打ちする……これは、ずっと再生しっぱなしだったのだろうか。
 アダプターを再生機から取り出そうとして、聞こえて来る音声に司はハッとした。
<……解放……ろだ……?……地球にツカサを返す…ら…な……殺す………に…っていろ!…お前は>
 えっ………
 耳を疑った。
 今、何て言った…?!
 真っ青になりながら、司はもう一度その部分を再生した。
<……解放……ろだ……?……地球にツカサを返す…ら…な……殺す………に…っていろ!…お前は…れ。わずも…なだ、…カサを解放するくらいなら、殺す…がま……>


 ——地球にツカサを返す……?


 呼吸が止まりそうになる。
 アロイス、と呼ばれた女の声が、憤慨しながら確かにそう言っていた。
 しかも、「解放するくらいなら殺す」というような主旨のことを言っているように聞こえる…
 全身が震えた。
(……そういえば。…次元断層のところで交戦した敵艦から、カリン、って……声が)
 唐突に思い出した。酸欠症で朦朧としていたからなのか、被弾して気が動転していたからか、そのことをすっかり忘れていた。

(あれは……お兄ちゃんだった?!)

 震える指でそのチップを再生機から外し、ともかく大急ぎで全部をポケットに滑り込ませる……もう、返すのなんか後回しだ。
 蜂の巣をつついたようになっている観測センターのどこかのモニタに、接近しているボラー艦隊の現在位置が捕えられているはずだった。それを探さなくては!


 計器としては不自然な印象の、アシメトリーな機器の中を慌ただしく移動する兵士たちにこづかれながら、司は必死でモニタを探して走る。
 すぐ隣のセクションに、それはあった——大型のメインパネル上に、次元断層で見た赤黒いボラーの司令艦と、もう一隻見覚えている駆逐艦がはっきり投影されている。大画面の袂で、防衛網の戦艦を管制しているガミラス人の将校が大声でインカムに向かって怒鳴っていた。軍の作戦本部へ、この観測センターのモニタ画像を転送しているようだ。
(あの中に…、あの船の中に、……いたんだ!!!)
 司は早くなる呼吸を抑えようと、肩で息をしていた。もちろん、それが兄の和也である可能性は万に一つだろう。別人かもしれなかった。

 それでも、確かに、『ツカサ』は地球の人間なのだ。

 

 

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