奇跡  射出(10)




「ところで…真田さん」
 ヤマトの艦長室から、再び真田の工作室に戻ってきた島は、イスカンダリウムと対になる鉱石、ガミラシウムについて尋ねようと口を開いた。
「……さっき、イスカンダリウムの結晶をデスラーから受け取った時、俺は…地球から持って来た核廃棄物の用途を見せてもらったんです。…本当はこのことを先に話すべきでしたね…。真田さんは、ガミラシウムについて何か知っていますか?」
「いや。他所の宇宙から盗掘しにやってくる程の代物なんだから、貴重な鉱石なんじゃないかとは思うが…。あいにく、何のデータもないんだよ」


 ただこれについては、後戻りできない事実——そもそも、「資源として平和的に運用したい」という申し出を受けて核のゴミを運ぶ、それが計画の根幹——であったから、今さらそれについて議論する余地はないのかもしれない、と島は思っていたのだった。だから、古代に対しては改まって話題にする必要はない、とも感じていた。
「……あの廃棄物の用途か。……遅まきながら、俺も…あんまりいい話ではないんじゃないかと思っていたんだ」
「気がついていましたか…」

 島は、デスラーが見せてくれたガミラシウムの威力、それに地球産の放射性核廃棄物を融合させた場合の威力の増強の様子を、かいつまんで話した。
「今まで俺も、地球から運んだ核のゴミを安全に処理してくれるのであればガミラスにそれを委託するのは妥当だと考えていました。もちろん、デスラーの言っていたことは嘘じゃない。…ガミラシウムとプルトニウムの化合物は、彼らの船の外壁や宇宙船の燃料にも使われるわけですし、それ自体は僕らにも無害の物質に精製されるわけですから。でも、あれが重火器の燃料として使われたときの威力を見ると…。俺は…果たして、地球から核廃棄物を持って来たのは良いことだったのかどうか、判断がつかないんです。彼らの侵略のための手助けを…地球がしたことになるんじゃないか。全宇宙的規模で見たら、地球のスタンスは…侵略者のデスラーと同じなんじゃないのかって…」
「…そうだな。しかも、デスラーが独裁政権から降りた時のことを考えると、俺も心中穏やかではいられないよ…。彼のフレンドシップに基づいてのみ、地球の安泰は保証されているようなものだからな」

 島は、その事実にも改めて戦慄する……デスラーが年老いて政権から退き、実質主権が世代交替した時——地球は一体、ガルマン・ガミラスから見てどういう位置に立たされるのだろう。

「……それも、…考えたくもないですね…」
 真田は、島の顔をじっと見つめた。
「……お前は嫌だろうが、長い目で考えると……地球が反物質エネルギーを所有することは、将来的にも」
「真田さん!!」
 島は信じられない、といった顔で真田の言葉を遮った。それは……テレサの力を、ガルマン・ガミラスをも含めた”侵略に対する抑止力”として、地球のために使う……という意味じゃないか…!!


 この真田の実験室内であれば盗聴の可能性はないと言って良かったが、それでも島は声を落として抗議した。
「……テレサの反物質は2度と復活しない。…我々はその前提で、彼女を…地球に連れて帰るんです。真田さんだって、そのつもりのはずだ…違うんですか!?」
「……そのつもりさ」真田は穏やかな声で言った。「…そのつもりだとも。万一、あのウォード博士の言うように、彼女の力が復活したとしても……俺は命賭けでそれを制御してみせる」
「……!」命賭けで。
 真田が、テレサのためにそうするのではないことくらい、島には分かっていた。真田は他ならぬこの自分のために、命を賭けて協力する、と言っているのだ。

「…怒鳴ったりして…すみません」
「気にするな。……いずれにせよ、デスラーはテレサの反物質が本当になくなったとは思っていないだろうな。今のところは、彼女を…、つまり反物質兵器と言う切札を、我々に預けて地球に行かせても良いと、単にそう考えているだけなんだろう。地球が自分に刃向かうことなどおよそないと知ってのことだ。しかも、彼女にはお前という…安全装置がついているんだからな」
「え…?」
「反物質の力がどれほどのものかは、白色彗星帝国が辿った運命を知る者なら、誰でも知っていることだ。少なくともマゼラン・アンドロメダ恒星間では伝説として伝わっているだろう。それを、ガルマン帝国の盟友、銀河系方面辺境の地球が所有しているとしたら?…彼の帝国は更に、領土を広げることに成功するだろう。……我々がそう望むと望まざるとにかかわらず」
 島は、真田の推測に絶句する。「つまり……僕たちが知らないところで、反物質の力が彼女になくても、そういう話として宇宙に伝播する、ということですか…?!」
「デスラーは、それを考えて…テレサをこちらに預けようとしているに過ぎない、と思うんだよ。ことに、古代の親友であるお前が、テレサを愛する限り。お前が…テレサに、デスラーをいわば攻撃するよう求めない限り、ガミラスは反物質エネルギーを遠回しに所有しているようなものだろう?」
「……馬鹿げてる…そんな」
「だがそういうことなんだよ…おそらく。だから、我々も…お前や、テレサが実質どういう状態であろうと、…地球を反物質で守る、というスタンスで行かなければならないだろう」

 …なんなんだよ、それは…!! 島は思わず拳でデスクを叩きそうになる。

 彼女を愛するということは、反物質兵器を保有するということと同義だとでもいうのか。テレサを守る、ということは…単に、彼女という一人の女性の心や身体、その笑顔を守るということには留まらない、ということなのか。
 二人はしばらく、押し黙った。考えれば考えるほど、思索の船は暗礁に乗り上げるばかりだ。


「ともあれ今、俺たちにできることは…この「制御装置」の解析だ。これがあるおかげで、とにかく一歩が踏み出せる」
 ややあって、真田が穏やかにそう言った。
 そうだ…。これらの問題は、彼女のサイコキネシスを完全に封じてしまえば九割方解決する。島は顔を上げて、感謝の眼差しで真田を見た。
「…そうですね。それしかない…」

 こんな状況で。司か、テレサか、などと自分の心が揺れていたことを、島はふがいなく感じた。自分のすべきことは決まっているじゃないか。俺は、テレサを「守る」と決めたんだ。この先、どうなるか…なんて分からない。
 俺は、彼女が反物質を制御できようができまいが、覚悟していたんじゃなかったのか?——最初に「君と一緒に、ここに残りたい」と言った、あの時から……。

 島は再び真田とともに装置に向かい、制御装置のシステム解析に取りかかった。

 

 

 

「明日は自由行動だそうだ」
 その晩、各班の班長から乗組員らにそのことが伝えられた。


 格納庫では護衛班長の神崎が、ファルコンの機体を磨いていた志村にそう伝えに来たが、志村はあまり興味がなさそうだった。
「…そうですか。まあ、俺らはずっと非番だったようなもんですからね、別に嬉しくも何ともねえなあ…」

「……なあ志村、司とドッグファイトして、どうだった?」
 唐突に、神崎はそう尋ねた。実は、自分もできることならあの航海班長とお手合わせ願いたい、と密かに思っていたのだ。
「どうって…」志村は不機嫌そうに鼻を鳴らす。「…フン、ありゃあ、突然変異ですよ。…人間の女じゃねえや」
「…そこまで言うか?」神崎はぷっと吹き出した。
「ま、普通の女だと思ってかかると痛い目見る、…そんなところですかね」
「ドッグファイトに強い体質してるんだろう、ってヤマトの真田副長が言ってたが。……あんな女も、いるもんなんだな」
「…なんですか?班長、まさか司に惚れちまったとか?」
「よせよ、そんなんじゃない」
 神崎はそう言いつつ、あの小柄で天真爛漫な司の笑顔を思い出し、くすりと笑った。
「怪我が治ったら、俺もお手合わせ願いたい、と思ったんだ。…明日じゃ、まだ無理だがな。…そのあとじゃあ、よっぽどの理由がなければ航海班員を艦載機に乗せるなんてこと、できないからなあ」
 口惜しそうな神崎を見ながら、志村もほんの少し考えた……もう一度、あいつと一戦交えたい、と。

(次は絶対負けねえから…!)
 この間のテストは、味方同士だったがそれでも狙った獲物をあいつに持って行かれっぱなしだった。辛うじて最後に、坂本機を墜としたのは自分だったが、志村は司にほんの少しの畏敬の念を持ちつつも、やはり悔しくて仕方がなかったのだ。

 




 8日目——


 その日は朝から、皆が心なしかそわそわしていた。ガルマン総統府のシティ内だけでも見所はたくさんあったし、シティにある遊興施設の大半が地球人を招待してくれているとあって、皆少なからず興奮気味だったのだ。朝食を提供してくれる総統府のビュッフェも、午前8時にはすでに人がまばらだった。

 司はその朝、ジョギングへは行かなかった。自由行動、と聞いて彼女が真っ先に尋ねる決心をしたのは、ガルマン帝国軍の外宇宙観測センターである。
 テレサがタランから聞き込んで来た、ボラー艦隊の通信記録に出て来る「ツカサ」という単語。それが兄の消息を知る何かの手がかりにならないか、と彼女はずっと考えていたのだ。
 島もまた、あれから司の兄については独自に調査を続けていた。とはいえ何か特別な策を講じていた訳ではなく、ガミラスの観測センターで得られる異文明の通信記録や<バスカビル>付近の漂流物などについて、断片的に情報を入手していただけにすぎない。それでも島自身、ボラー艦隊の通信記録の中に『ツカサ』という単語が度々出て来る、という事実に行き当たっていた。


                      *



 その朝、島はまずテレサの部屋へ寄った。

 おはよう、と言いながら島が部屋に入って行くと、部屋の奥のカーテンがさっと開き、テレサが急いでそばにやって来た。無言で島の腕をぎゅっと抱きしめる。
「…どうしたの?」
 思わず微笑んだ。島には、その彼女の仕草がたまらなく愛らしい、と思えたのだ。テレサは不安そうに俯いたまま、小さな声で言った。
「いえ……あの…。寂しくて」

 寂しい、というより、本当はひどく不安だった。
 司と雨の中で話をして以来、恐ろしい不安が彼女の胸の内に渦巻いている。我知らず気持ちが萎縮し、身体が硬直してしまう。どうしたわけか、大きく腕を広げて島に抱きつく事が出来なかったのだ。

 自分は地球を救った…と言われているが、その記憶がテレサ自身の中ではぽっかりと欠落している。確かに、ヤマトを逃がすため故郷の星を破壊したことまでは憶えていた……しかし、その後のことが。

 島さんを…、漂流していた彼を救助し、手当てした……でも。どうやって彼をヤマトへ、そして地球へ返したのだろう。そこから先が、全く思い出せなかった。しかも、地球のトップシークレットとして保存されているデータには、私が…このテレサが、反物質を使ってガトランティスを滅ぼした…と記録されているという…。


(そんなはずは)


 そんなはずはない。いくら彼らが非道な国家だったとしても、この私が彼らを滅ぼす権利など、どこにもないのだ——もしもそれが事実だとしたら、私こそが…彼らをも凌ぐ破壊の神、ではないか…。
 考えれば考えるほど、恐ろしさに押し潰されそうになる。


 
「すみません…。お忙しいのはわかっているのですが…」 
「いや…結局、きみをずっと一人きりで待たせてばかりだね。僕のほうこそすまない…」
「いいえ、いいんです」
 今日はクルー全員が自由行動だ。だから、テレサと一日ゆっくり過ごす、というのも考えないわけではなかった。だが島にはどうしてもやらなくてはならないことがあったのだ。
「今日もあんまりゆっくりしていられないんだ…。どう?…身体は辛くないか?」

 テレサは昨日の晩から、ちょっと咳き込むようになっていた。聞けば、雨の中にしばらく出ていた、というではないか。雨が珍しいのは分かるが、水に濡れると思いのほか冷えるのだということを言って聞かせなくてはならないなんて、と島は苦笑する。
「喉が少し痛いんです」テレサも困ったように笑う。
「まだ体調が万全じゃないんだから、気をつけなくちゃ」
「…はい」素直に頷く彼女を、この上なく愛しいと感じつつ、島は続けた。
「ポセイドンとヤマトは、明日ガミラスを出発することになったんだ。無理しないで、それまで身体を休めていてね。後で医療班の医師を紹介するよ……女の人だ。君のことは…彼女にはキチンと説明しなくちゃならないけど、いいよね?」
 テレサはこくりと頷いた。「……私が、異星人であることを、…ですね?」
「うん。…君の潜在的な力に付いても、少しね。航海中は、その人と同じ部屋にいてもらうことにしようと思うんだ」


 当初、反物質制御装置を真田が管理する都合で、テレサをヤマトに乗せてもらおうと思っていた島だが、ウォードが例のコンテナをポセイドンに送りつけて来たために計画は変更された。グレイスと音無は、佐渡と同じくらい信用に足る医師たちだったし、口も堅い。ことにグレイスはきっとテレサの良い相談相手にもなってくれるだろう、と島は思った。


 
「それから…君に、見て欲しいものがあるんだ」
 そう言って島はホログラムディスクを3枚ほどポケットから取り出した。地球を出発する前に次郎と両親と一緒に回ったマンハッタンの観光記録。そして、次郎が撮って来た自宅の様子(中には、大事にしているネイビーブルーの車だの、兄の部屋の中で次郎が好き放題散らかしている光景だの、そんなものまで入っていた)が収録されたものである。
「……映ってるのは、僕の家族だ。僕たち、お互いのことは…まだろくに知らないだろ?それに」
 地球へ行ったら、いやでも君と引き会わせることになるからさ…。

 ディスクと一緒に、小型の再生デバイスを持って来ていた島は、テレサとソファに並んで座り、画像を再生し始めた。


「なんだか照れるな、改めて見ると」
 自宅にいる時間が少ない自分に、次郎が時々送って寄越す、家族の記録。今回は出張先から直接出航したため、私物の中に入ったままだったのだ。自分ではろくに観やしないが、家族のことを話して聞かせるよりもこの方がずっと手っ取り早い。


<兄ちゃん、今日は車、ピッカピカにしときました!帰ってきたら、洗車代よろしく!>

 次郎が得意げに VHDで周囲を撮影している。ピースサインをして、自分の顔をカメラで映し出す。
「…これは、弟の次郎だよ」
「まあ…」
 利発そうな、黒目がちの瞳の少年。その笑顔は島とそっくりだ。次郎の髪は母親譲り、兄の大介の髪は父親譲りなのだろう。
「…島さんの…お父様、お母様…」
 テレサの脳裏に、かつて負傷し昏睡していた島の深層意識に訊ねた記憶が、微かに甦った。

 ——テレザリアムの…寝台の上で眠る、あなたの中に。そう…私、この人たちを……見たことがあるわ……。
 テレサは目を細めて、ホログラムを見つめた。


「お袋は、僕が地球へ還る度に結婚しろ、ってうるさかったんだ。…君を連れて還ったら、きっと満足するよ」
「…ケッコン…?」
 まさか…、結婚が何のことか、知らない……?
 島はテレサの顔を覗き込んだ…だが、そうではなかった。テレサはすぐに俯いて、頬を真っ赤に染めたのだ。その仕草があまりに愛らしくて、島は胸が詰まった。(こういうのを胸がきゅんとする、っていうのかな…)
「もちろん、…君が嫌でなかったら、だけど」
「いや?…嫌だなんてそんなこと」——そんなはず、ないじゃありませんか……。
 島はテレサの両手を握り、ふとそれに目を落す。右手の中指に、緑色の石の付いたリングが光っている。しばらくそれをじっと見つめ、おもむろに訊ねた。
「…奇麗なリングだね。これは…デスラーがくれたの?」
「いいえ。…実は…良く覚えていないんです…」
 テレサは困ったように笑う。
「そうなの?…まあ、しょうがないか。でも、前につけていたのと似てるね。ほら、…お母さんの形見だって言っていた…」
 よく覚えているのね…。テレサはそう思って、微笑んだ。でもあれは、テレザートを消滅させた時に、消し飛んでしまったの…。
 それは今でも辛い記憶として残っていた。
 テレサが僅かに哀しそうな表情を浮かべたので、島はその手と指輪をきゅ、と握り、隠すようにしながら笑って続けた。
「…左手の薬指がまだ空いてて、良かった。…君に…指輪をプレゼントしなくちゃな。…ずっと前に、そう約束したんだから」
「左手の、薬指……」
 島は照れくさそうに説明し始めた。
 ……ええとね……


 しかし、テレサはそれを半分しか聞いていなかった。
 左手の薬指に、リングをつけることの意味……、それはかつて一度、島自身の意識からはっきりと伝播してきたものだ。
「…テレサ?」
 テレサが急に俯き、目頭を押さえたので島は面食らう。……この儚い人の胸の中では、色々な記憶が混濁し行き来し、飽和状態なのだろう。泣きながら彼女は、島の胸に縋り、途切れ途切れにこう言った…
「…嬉しいの。私…あなたが、…ずっと…そう思っていてくれたことが」
 島も思い出した。
 この白い左手の薬指に、彼女のお母さんの形見だと言う指輪をはめた自分。そのあと交わした淡雪のようなキス。
「ずっと君が好きだったよ。…忘れようとしても、…忘れられなかった」


 
 次郎が、ホログラムの中で朗らかに笑い、しきりに何か話している。だがその内容は…しばらくの間、聞こえなくなった。島の黒い髪が覆い被さるように額に触れ、頬に触れる。気の遠くなるようなキスを数回繰り返し。島はテレサを再度、きつく抱きしめた。
「ちゃんとした指輪は、地球に帰ってからでないと手に入らないけど…」 あとで一つ、プレゼントするからね。待ってて…?
 テレサは抱かれた胸から直接響くその声に、無言で頷いた。


 もう一度はじめからホログラムを見ながら、腕の中のテレサに島は話す。ここはニューヨーク。僕の家からはちょっと遠い。地球にはこんな習慣があって、あの街並にはこんな意味があって。ホログラムに映る街の景色一つとっても、テレサには不思議な光景らしかった。時折声を立てて笑いながら自分の胸に頭を預けるテレサを見下ろし、島は表情を和ませる。二人の手は、島の膝の上でずっと繋がれたままだった。
 時折愛撫するように自分の手を握り直す島に、テレサは言い様のない愛しさを感じる——
(このままずっと…こうしていたい…)
 

 


「…じゃあ、僕はまだ仕事があるから行くけど」
「…はい」
 上着を羽織り、扉に向かって立ち上がった島について、テレサも立ち上がる。袖を通した片手で彼女の肩を抱き、頬に軽くキスをして。
「またあとで寄る」
 そう言った自分に頷く彼女はまるで、仕事に出掛ける夫を見送る初々しい妻のようだ。
 そう考え、島は温かい気持ちになる……

 …結婚か。それが現実になるかどうかは神のみぞ知るところだ……。 
 けれど。俺は、…この人をやはり…愛している。俺は、守らなければならない。…この笑顔を。



「…いってらっしゃい」
 閉まる扉に向かって、テレサは小さく手を振った。
 教えられた通りに再度、デバイスを操作する。一人になって観るその映像は、ちょっぴり淋しかった。
(あなたの家族…。お父様とお母様……)
 弾けるような次郎の笑顔が、とても眩しい。彼の両親はとても優しそうで、早く会いたいと気持が募る。  
 ——と、唐突にまた一つ、記憶の琴線が音を立てた。


 この人たちのところへ……彼を、返さなくては



 急に胸が苦しくなる。私はそう思いつめ……、ヤマトを追った。島さんを、ヤマトへ送り届けなくては、と。だから……どうやって?私は、どういう方法で…そうしたの?
 青白い顔の、傷ついた彼を思い出す。
 視線が部屋中を彷徨う…そんなところに答えはないのに、戸惑いながらあちこちを駆け巡る……
<元気で行って来いよー!>
 ホログラムの中の次郎がそう叫んだ。


 ——答えは、どこにも見つからないままだった。

 

 

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