奇跡  射出(9)




 デスラーとの会見は、スムーズだった。
 総統府での朝食の後、島は計画全体の進行の報告および、ガミラス側の協力に対する感謝の意を表明するために、一人謁見の間でデスラーを待った。


 デスラー付きの金髪痩身の小姓頭がいそいそとやってきて、踵を慣らし、島に敬礼する。
「島艦長、おはようございます。ただいま総統閣下がお見えになりますので、どうぞ今しばらくお待ちください」
「…ありがとう。そんなに急いではいませんから、おかまいなく…」
 島がそう言っている間に、タラン副総統を引き連れて、デスラーが謁見の間に入って来た。

「おはようございます、デスラー総統」
「おはよう、島。どうだね、作業は進展しているかね?まあ、掛けたまえ」ひらりとマントを翻すと、デスラーは豪奢な総統の椅子に腰かける。島も、タランが用意したやや小振りな1人掛けソファに腰を下ろした。
「おかげさまで、瞬間物質移送システムの全パーツは収容を終えました。要撃戦闘機GOD-13型も2機、収めさせていただいています。……ところで、…こちらからお渡しした人工放射性元素ですが…、差し支えなければその用途を教えていただくことはできますか?」
 デスラーは、満足そうに頷いて話を切り出した。「…非常に役に立っているよ、島。…君は我が大ガミラス本土に埋蔵されていたガミラシウムを知っているかね?」
「…名前だけは」

 旧ガミラスの惑星深部にあったガミラシウム鉱石と、双子星イスカンダルのイスカンダリウム鉱石を巡って、暗黒星団帝国との戦いが勃発したことは忘れようのない事実である。だが、それらのエネルギー鉱石について幾許かの詳細を知るはずの古代守は、真田にもすべてを話す前に帰らぬ人となってしまい、実際のところそれらがどの程度有用な鉱物だったのかは、分からず仕舞いだった。

「…ガミラシウムは高濃度の宇宙放射性元素を含む鉱石で、我々の文明を今でも支えている万能エネルギーだ。艦艇の外壁の強化にはもちろん、重火器や航空機の燃料にも使われる……ガミラシウム数グラムで、二層式三段宇宙空母を10日間稼働させることができるのだよ。そしてさらに」
 デスラーは満足げに謁見の間の外を指差し、続けた。「…君たちの持って来てくれた人工放射性元素をガミラシウムに加えると、さらに驚くべき威力を発揮するのだ…」
 島はにわかに胸の動悸を覚えた。

 デスラーが椅子の肘掛けに内蔵されたホログラムヴィジョンスイッチを操作する。二人の頭上に広がる、立体映像……
「見たまえ」
 それは、実験場と思しき開けた場所であった。もしかすると、この惑星上ではなく別の実験用の惑星なのかもしれない。
 ロボットアームが試験管のようなものに入った数ミリグラムほどの液体ガミラシウムと、地球産のプルトニウム含有核廃棄物一滴ほどをごく静かに、文字通り混ぜ合わせ。その化合物を一滴、1メートルほど下にある超合金製の円筒の中へ落した——と同時に。

 撮影していたカメラが瞬時に吹き飛ぶほどの大爆発が起き、円筒は消し飛び、辺り一帯は焔に包まれたのだ。画面の隅に表示されている、爆発の威力を計測するゲージの目盛りが止まるところを知らずぐんぐん伸びて行くのを、島は驚愕の面持ちで凝視した。ことによると、この実験場のような場所は、星ごとすっかり消し飛んでしまったかもしれない……

 デスラーは満足げに微笑んだ。
 「どうかね。…たった数ミリグラムずつで、この新たな燃料は宇宙空母を1年間は稼働させることができるようになる。君たちにとっては危険極まりない物質同士だが、我々にとってはこの上ない力となるのだ」


(——気違いに刃物だな…)


 島は思わず眉をひそめた。
 デスラーは狂気の人ではないが、圧倒的武力を持って宇宙の星々を制圧するさまは狂気と紙一重の鬼神のようでもある。彼らの侵略の手口には以前ほどの残虐さはないが、それでもこのデスラー率いるガルマン・ガミラスに、地球が侵略のための資源を提供したことになるのは否めない…。
 母なる大地から危険なものを除き去ることだけを考え、それが平和のためだと信じてここまできたが……俺たちは…もしかしたらとんでもないことをしてしまったのではないか……?
 島はそう感じて、戦慄した。全宇宙に対しての、地球の立場…スタンスなど、我々は考えたことがあっただろうか。地球連邦は、この広大なマゼラン・アンドロメダ恒星間連合帝国ガルマン・ガミラスに対し、ただ保身するだけが身上のちっぽけな惑星国家に過ぎない。この強大な力を手に入れたデスラーが、ただ平和のためだけにそれを利用するとは思えなかった。彼はこれほどの力を手に入れても尚、……テレサの持つ反物質エネルギーをも欲しているではないか。

「心配するな、島。私は君たちを、我が同胞として可能な限り擁護しよう。地球は私の、盟友なのだから」
 島が黙りこんでしまったのを見て、デスラーはそう励ましたつもりだったようだ。
(…デスラーには、話しても通じるまい)
 島はそう感じ、心に上った恐ろしい考えはしばし封印することにした。目下、自分のするべきことは…この上、デスラーに反物質の力を握らせたりしないこと、テレサをこの星から無事に連れ出すことだ。

「ありがとうございます、デスラー総統」
 深くお辞儀をすると、島はふと思い出したような顔をして話を切り出した。
「ところで、我々の航海スケジュールなのですが…、出発を急がなくてはならない事案が発生しました。そのこともお伝えしようと」
 デスラーは、「ほう」と言いながら、狡猾な瞳をぎょろりと島に向けた。
 狼狽えまいと、島は落ち着き払ってゆっくりと言葉を紡ぐ。
「……実は…古代の奥さんが…、妊娠しまして…」
 デスラーは、島が何かテレサに関することを話しだすのかと期待していたようだ。古代の名を聞いて、拍子抜けしたようだった。
「古代の?なんと言われたかな?…」
「…古代の細君、森雪、ですが…。妊娠しているそうなのです。主治医の話では、あまり体調が良くないこともあるので、できるだけ早く地球へ連れて帰るように、とのことで…」
「……それはそれは……。この総統府には名医がたくさんいる。急がずとも出産まで、ここに留まるのはどうかな?」
 デスラーからそう提案されることも、もちろん想定内だ。
「ありがとう。ですが、彼女には心臓を患っているお父上がおられ、しかも彼女はひとり娘なのです。できれば出産は地球で、との本人の要望もありますし、幸いこちらの作業もほぼ完了に近いので、数日後には帰還の途につきたいと考えています」
 よし。不自然な要素はないはずだ。島は慎重にデスラーの表情を観察した。
「ふむ…。では、私からも古代におめでとうを言わなくてはな」

 ここで、島が慌てて「公表しないで欲しい」と言うか、流れに任せるかはその場次第だった。デスラーはかならず、直接古代に何がしかを伝えようとする。その場で古代に「いや、恥ずかしいので乗組員には内緒にしてくれ」と言わせるパターンがやはり一番自然だと思われた。
 タランに持って来させた、これまた豪奢な飾り付きのテレビ電話(のようなもの)で、デスラーはヤマトの第一艦橋に通信を入れた(しかし、そこには相原がいるのみで、相原は愛想よく古代の自室に通信をつなぐ。…これも予定内のパターンの一つなのだ)。


<デスラー!…ああ、わざわざ連絡をありがとう…>
 小さなモニタに映った古代
は、芝居とは言え、本気で恥ずかしそうにしていた。
「古代、おめでとう。島から聞いたよ。ついては、何かお祝いをしたいと思うのだが…」
<ああ、それなんだが…。君の気持ちは本当に有り難く思う。だけど、その、何分……話の内容が内容なのでな……。できれば、乗組員たちには内密にお願いしたいんだ。艦長として、示しがつかない……>
 デスラーの傍ら立って見ていた島は、つい吹き出した。古代の奴、マジで困ってるじゃないか……大した演技力だな。

 デスラーは、笑い出した島の顔をちらりと見て、楽しそうに微笑んだ。「……そうか。そういうものなのだな。ふむ。…ではせめて、君たちのために最後に晩餐会を開かせてくれ」
「デスラー総統、感謝しますよ。…古代はあの通り照れ屋だから」
「…島、私は君たちにもお祝いを、と思っていたのだよ」
「え…」
 古代との通信を切り、ふふふふ、と楽しそうに笑ったデスラーの次の言葉に、島は戸惑う。
「君と、テレザートのテレサの再会を祝して。…これを」
 タランが微笑みながら、銀盆の上に小さな宝石箱を乗せてやってきた。デスラーは箱を手に取ると、蓋を開けて島に手渡す。
 黒いビロードの台座の上に、直径2センチほどの、桜色に透き通る美しい宝石が乗っていた。
「…これは…?」
「イスカンダリウムの結晶だ」
「…イスカンダリウム…?イスカンダルの鉱石ですか?!」
 デスラーは頷いた。「これは…資源としてはガミラシウムには劣るが、素晴らしいエネルギー鉱石だ。かつて、暗黒星団帝国がこれを盗掘しようとしたが、我々はこれを、資源として見なしたことは一度もない。君は一度、イスカンダルに降りているね。であれば見ているだろう、スターシアの宮殿を」
「……はい」

 ダイアモンド・パレス。細かなディテールまでは覚えていないが、そのスターシアの宮殿は、巨大な水晶の塊から切り出したかのような造りだった。中に入ると、不思議なほど身体が軽くなり、気持ちが落ち着くような感じがしたことは記憶に残っている。
「安心したまえ。あのスターシアの宮殿と同様、加工できるほどのイスカンダリウムは放射性元素とは言え、採掘されてから数万年経っている結晶だ。地球人の君たちにとっても、すでに毒性はない。イスカンダリウムは元々、高いヒーリング効果を持っている。この結晶は私のもとに残る、数少ないイスカンダルの遺産…いわばスターシアの形見なのだ。これを、君たちに贈ろう。古代と島、君たち二人が共に美しい伴侶に恵まれ、平和な地球を繁栄させることを、スターシアも喜んでいるだろう。死んだ彼女の夫も、地球人だったな。…彼は、古代の兄だったとか」
「ええ…」
「…これは、彼らの思い出だ。スターシアと古代の兄は、君たちの愛すべき子ども達となって、地球に還るのだよ…」

 島は思いがけず、デスラーの言葉に魅了されそうになっている自分に気がついた。デスラーは、古代と雪、そして自分とテレサのことを心から祝福しているようだった……今目の前にいる彼の顔は、少なくとも反物質パワーを虎視眈々と狙っている謀略家には見えなかった。
「貴重な品を…。……感謝します、デスラー総統」
 もう一度イスカンダリウムを眺め、島はその箱の蓋をそっと閉じた。「大切にさせて頂きます…」
 デスラーは、満足そうに頷いた。

 




「……そうか。デスラーがこれを」
 謁見の間からヤマトの艦長室に直行した島が見せた、イスカンダリウムの結晶を見て、古代は思わず言葉を失った。

 兄、守の形見と言えるような品は、彼が防衛軍総司令長官を庇って爆死した後、地上都市が壊滅的打撃を受け敵の占領下に入ったため、ほとんど残っていなかった。それは、関係上義理の姉にあたるスターシアと、姪のサーシャについても同じで、古代にとって彼らが生きていた証となるものは皆無に等しかったのだ。
「イスカンダリウムは、ヒーリング効果が高いんだそうだ。……古代のところに、置いといてくれていい。お腹の赤ちゃんにもいいかもしれないよ?」島はいたずらっぽく雪に言った。
「……島くんったら」雪の照れ方は、それが芝居だということを忘れさせるほどだ。

 彼らのやり取りを笑顔で聞きながら、真田が注意深く言葉を差し挟む。「念のために、それの検分をさせてくれ。放射能の危険がないかどうか、それから…言わずもがなだが、盗聴器や何かの探知機がついていないかどうかも調べよう」
 古代と島は頷いて、宝石箱を真田に託す。
「とにかく、数日中に帰還することはデスラーも了承済みだ。各パートの作業進行状況を確認して、そっちのスケジュールも今日中に立ててくれ。…俺としては、明後日か明々後日には、と思ってる。一日だけ、クルーに休みを作ってやりたいから、……明々後日、だな」
「ああ、それはこっちも考えてた…」島が、クルーの慰安のために一日だけ、自由行動を取れる日を作りたいと言ったので、古代も同調する。
「…で、多分…それにあわせてまたパーティーかな。…もう、うんざりなんだけどな…」


 デスラーの言う、「晩餐会」の規模が分からないが、またぞろ350人からのパーティーが開かれるのだとしたら、ちょっと億劫だ。
「……あーあ…早く帰りたいよ」
「まったくだ」
 古代と島がほぼ異口同音にぼやいたので、雪は思わず声を立てて笑った。

 

 

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