奇跡  射出(4)




「航海長、艦長からですよ〜」
 第二艦橋のスパコンを前に、いつ終るとも知れない演算を続けていた大越が、片手を丸めてメガホンのようにして司に呼びかけた。自分のインカムの受信を保留にし、司の向かっているデスクへ通話を回す。彼らは引き続き一昨日から、往路の次元断層の航路計算を続けていたのだった。

「……艦長も、たまにはこっち来てこの計算やってほしいよなあ…俺たちがどんだけ苦労してると思ってんだよ……」大越はぶつくさ独りごとを言った。次元断層内部の航路計算が遅々として進まないので、だんだん不機嫌になっているのだ。第二艦橋のメンバー全員で計算には当たっているが、今のところ断層内の確実な航路策定は不可能な状態のままだ。



「…司です」花倫は深呼吸してからインカムを取った。
<司、…今、いいか>
「はい」
 島の声を耳元で聞いたのはガミラスへ到着して以来、初めてだった。嬉しいと思う反面、胸のつかえは取れない……それなのに、否応なく心臓の鼓動は早くなる。島が貸してくれたハンカチも、まだそのまま
…自室のベッドサイドに置いてある。この声が、やっぱりとても好きだ…と花倫は思った。

<GODとの空中戦のフライトレコーダーを、ヤマトに行って受け取って来て欲しいんだが、…時間はあるか?…お前の都合が悪ければ、誰か他の者に行かせてもいい。とりあえず、VHDは機密扱いになるからロボットには運ばせられないのと、そもそもお前のレコードだから、…手が空いていたらお前に行ってもらうのが一番いいかと思ったんだ>
「……分かりました。…すぐ向かいます」
<…忙しいのに、悪いな。持って帰ってきたら、作戦司令室へ届けてくれ。…ところで、航路計算の方はどうだ?進んでいるか>
「そうでもないです……大越君がだんだんキレそうになってます」
 大越が目をむいてこっちを見、ヤメテ!余計なこと言わないで!とばかりに慌てて両手を左右に振る。
<…そうか。丸一日くらい全員にオフの日を作ってやろうと思ってるから、もう少し堪えてくれ、って伝えてくれ>島は苦笑しているようだった。<…それから、お前に…ちょっと話がある…>
 花倫はどきりとした。こういう風に話を切り出されるのを、今までずっと、避けて来たのだ。しかし、いつまでも逃げていられるわけではない…
「……なんでしょうか」
<いや、できれば直接…。今晩20時に艦長室へ来てもらえないか>
「…………わ…かりました」

 声が掠れた。なんだか、死刑宣告を受けたみたいな気分になる。インカムを置くと、司は「はああ…」と大きな溜め息をついた。
「どうしたんです?なんか怒られたんですか?!」大越がヤバイ、といった顔で声をかけて来た。「作業が進まないんで叱られたとか…」
「違う違う、使いっ走り頼まれただけ」花倫は笑って頭を振る。



 さてと、と腰を上げ、ヤマトへVHDを取りに行く旨を皆に伝えた。
 上着の袖に手を通しながら、花倫はまた、大きな溜め息を吐いた——
「あーあ。…現実は厳しいなあ…やりすぎてもだめだしな…」
 男を凌ぐ抜群のレコード。…それは成績としてはいいことだろうが、…女としては…可愛げがない。肝心な人から「守ってやりたい」と思ってもらえない…。あたしが真っ先にドッグファイトで撃墜されていたら、どうしたんだ、調子悪いのか?…って、心配してもらえたのかもなあ……。

 それは殆ど独り言だったが、聞いていた大越、そして室内にいた他の班員たちは、振り返って彼女を見つめた。
「……いいんじゃないすか?俺、司班長のこと、誇りに思ってますよ」
 大越が、ふいにそう言った。花倫は、え?と立ち止まる。
「…艦長はやりすぎだって言うかもしれないけど…それは、全体をまとめなきゃならない立場だからでしょ?」
「大越くん…」
 護衛班の班長神崎を、特異な状況でも守り、機を見捨てずに帰還したこと。テストとはいえ、古代艦長と先輩の加藤を撃墜したこと……。彼女が航海班としては異質の存在なのは、確かだった。だが、気がつくとこの第二艦橋勤務の航海班員12名がほぼ皆、司の方を見て頷いたり、微笑んだりしていたのだ。

「俺たちだって、最初は班長を女だから、って甘く見てましたけど…」村上が照れくさそうに言った。「撤回します。敵わないです、ほんと」
「……村上くん」
「自信持ってくださいよ、班長」こちらを振り向きもせず、データの整理を続けていた最年長の貝原が言った。「計算が苦手なのは、我々でバッチリカバーしますから」
「貝原さん…」当初、この貝原は司の最も苦手だった相手だ。それが…こんな。

「護衛班のやつらも、今じゃ一目置いてるじゃないですか。…他の隊の奴らで班長をバカにする奴がいたら、俺らが容赦しませんよ」
「みんな…」
 花倫は胸がじ〜〜んとしてしまい、目が潤んできた。「みんな、どうも…ありがとう……!!」


「ただし」貝原が初めてくるりとこちらを振り向いた。「……あんまり凄腕ぶりを見せつけられると、嫁の貰い手が無くなっちゃいますよ?それだけはいかに我々でも、カバーできませんからね?」
 第二艦橋の全員が笑った。つられて花倫も情けない顔で笑う。もちろん、内心は全然笑えなかったのだが。なんとなれば。彼女がくよくよと思い悩んでいるのは…まさに、そのことだったのだから。
「じゃあ、…あたし、ヤマトまで行ってきます」
「了解です」大越がにっこりした。「俺たち、交替で夕飯食いに行きますから、班長はそのままもう今日は上がってください」
「…ありがと」
 花倫はちっとも笑いたい気分ではなかったが、大越のニコニコ顔に負けないよう、努力してにんまり笑ってみせた。



                    *



 ポセイドンの左舷昇降用タラップを降りると、すぐその左隣にヤマトの船体がそびえ立っている。ただ、こちら側からヤマトの艦内に入るには、50メートルほど艦尾に向かったところにある非常用タラップを昇るしかない。

(…そう言えば、ヤマトって初めて入るな…)
 ムズムズした。初めて乗る艦船の内部や、滞在する宿泊施設の探検をせずにいられない好奇心(?)がつい頭をもたげそうになる。


 ヤマトの非常用タラップは本当に非常用で、最初の数メートルはワイヤ一本に片足用の金具のついた、縄梯子同然の小型リフトで上がるようになっている。吃水線より下から上がるのだから無理もないが、こうした設備の一つ一つが旧式然としていた。吃水線を越えたところに、一畳ほどの広さの小さな足場があり、そこからは人が二人並んで昇れる程度のタラップが上方に伸びていた。
 タラップを昇り切ったところにある扉にはロックがかかっているので、顔の高さほどのところに設えられた小窓を開けてインターフォンのボタンを押す。

<…はい>
「ポセイドン航海長、司花倫です。島艦長の命令でガン・カメラ映像の受け取りに参りました」
<あ、はい…聞いてます。今開けますね〜>
 朗らかな男の声がして、いきなり扉が開いた。まるで、扉の向こうにいて待っていたかのようだ。
「ご苦労様です!」
 黄色い制服に黒いヤマトベクトル(ポセイドンではヤマトの↓模様の制服をそう呼んでいた)の男が、ニコニコしながらそう言った。どうやら、「司航海長を待っていた」…といった風情だ。

「僕、通信班長の相原義一といいます。よろしく!」相原はまるで大越のような人なつこい笑顔を浮かべ、右手を差し出した。仕方なく、司はその手をちょっとだけ握る。
「はあ、よろしくです…」
「こちらへどうぞ」長身の相原は、自分より頭二つ分程背の低い司を物珍しそうにチラチラと振り返りながら、先に立って節電中の動いていないベルトウェイを歩いて行く。


「……しかし、すごいですね…。あの古代さんと加藤を撃墜しちゃうなんて。島さんの懐刀だ、っていうの、分かるような気がしますよ…」
 この相原という男は、やっぱり大越とタイプが似ているようだ、と司は思った。遠慮なく好奇心を剥き出しにして来る、…しかも屈託なく。
「…艦長がそんなこと言ってたんですか?」だが相原の言葉に、ちょっとだけ頬が緩む。懐刀……それは、かなり嬉しいかも。
「ええ。島さんは航海長さんのこと、いつも自慢してますよ。俺たちが彼女…あっと、あなたのことだけど、すごいですよね、って言うと、『当たり前だ、俺の部下だからな』って得意げに」
 司は思わず頬が熱くなるのを感じた。「そっ…そんなことはないです。艦長、…あたしを買いかぶってるだけです」
「あは、そうそう。褒めると謝るクセがある、って…それも言ってましたよ」


 なんなの、この人……。
 司は心の中で「ギャフン」と言いそうになるのを堪えながら、相原が楽しそうに笑うのを後ろから眺めた。妙に馴れ馴れしいし、艦長を「島さん」呼ばわりだし……。そこで、ふと気がついた。
「あの、相原通信班長って…島艦長の…」
「え?ああ、イスカンダル以前からの同期なんですよ、僕ら」相原は振り向いてにこっと笑った。司は改めてその顔を良く見て、それが地球防衛軍総司令長官の義理の孫であることに気がついた……
「ああっ、あのっ相原さんって…、防衛軍長官の」
 相原はなあんだ、それか、という顔をした。「はい、そう。でもまあ、それは…どうでもいいことですって。…それより」
 相原は立ち止まるなりくるっと向きを変えて言った。「どんな気分です?鬼の古代を一撃必殺……」言いかけた相原の顔が、急にきつねにつままれたような表情になった。
「どんな、って……」司は答えに詰まる。「必死に応戦してたら、いつの間にか…」
 相原は、どうしたわけか黙ったまましげしげと自分の顔を見つめている。
「な…何か?」
「いや…あ…、知ってる人によく似てるなあ、って思って…失礼」
 司はまた、胸に鉛の重しが一つ、乗せられたような気持ちになった。…島艦長の知り合いが、また…そんなことを言うわけ?…ということは、つまり、あたしに似ている人って……
「……テレサさんのことですね」
「えっ」相原は大げさ(司には大げさに見えた)なジェスチャーでのけぞり、驚愕の面持ちで聞き返す。「何?司君、テレサのこと知ってるの……?!」
「…はあ。でも、私なんかまるで彼女に較べたら…」
(知ってるも何も。…だって、パーティで紹介されたじゃない。相原さんって変な人…)
 司は鼻白んだが、敢えて言わないことにした。殊更にほじくり返すようなことではなかった。島艦長の同期、この相原という男に根掘り葉掘り聞いてみたい気持ちもないわけではなかったが、それをしたらその分だけ、余計に滅入りそうだったからだ。



 

 

 

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